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吉影さんに癒して貰いたい




「なまえ、……なまえ?」
「……」
「……おい、なまえ。大丈夫かい」
「……!?あ、はい……。えっと……なんですか……?」

ビク、となまえの肩が僅かに跳ねた。きょとんとした顔で吉良を見上げたところを見るに、どうやら聞こえていなかったらしい。
吉良はなまえの真横にいるため、本来この距離で呼ばれて聞き逃すなんて事はないはずだ。余程ぼうっとしていたようである。

「疲れてるんだろう?さっきからフラフラじゃあないか……。今日は早めに休んだ方がいいよ」
「しんぱいかけて、ごめんなさい、よしかげさん……。でもわたし、大丈夫……ですよ」
「……どこが大丈夫なんだ?」
「だいじょ……大丈夫ですから……全然へーきですよ、ふふふふ……」
「平気って、……はぁ」

受け答えが微妙にズレているし、どう見ても様子がおかしい。
取り繕った笑みを浮かべながらうわ言のように「大丈夫」と繰り返すなまえに、吉良は呆れていた。
この子は根を詰めすぎなのだ。大方今日も仕事で精神的に疲弊しているのだろう。可哀想に。
どうも、なまえはいくら疲れていようが苦しかろうが、その辛さを隠そうとする節がある。いっそ強情なまでに弱った姿を見せたがらなかったなまえが今日はこの有様。一体どうしたというのだろうか。
一度気にし出したらおさまらない性分である吉良は、なまえが死にかけである原因が気になって仕方ない。

なまえの顎を掴み、自分としっかり目を合わさせた。少し手荒だとは思ったが、こうでもしないとなまえはトリップしたままだろう。多少の事は許してほしい。

「それのどこが平気なんだか」
「あっ……?よ、吉影さん?」

ようやく目が合わさり、なまえの意識がはっきりと自分に向けられたのを感じ、吉良は安堵した。

「嘘をつくんじゃあない」
「え、嘘……って……。わたし嘘なんて……。だって、まだ頑張れますし、ご飯だって食べられてますし、夜は眠れてますから大丈夫じゃないですか。私そんな、ヤワじゃない……ですよ」
「本当は?」

困ったような笑みを浮かべているなまえの瞳を見つめる。一瞬でも目を反らす事は許されないーーーそう思わせるような何かを感じ、なまえの瞳が揺らぐ。
やがて絞り出すような声で


「わ、わたし……つらいです」

やっと瞳に弱気の色が滲んだ。
強がりの仮面が剥がれて落ちてしまえば、後はもうなし崩しだ。

傍で見守る吉良は、なまえがいつか限界を超えて壊れてしまいやしないかと、それが心配でならない。



それにしても今日のなまえの疲弊っぷりといったら尋常ではなかった。
彼女が勤め先から帰宅してからというものの、足取りは覚束ず、吉良邸の廊下をよろよろフラフラ。さっきは靴棚に激突するという有様だ。会話もどこか上の空で噛み合わないし、呂律も若干怪しいという始末。そして何より―――目が死んでいる。
瞳がまるでブラックホールのように黒い。ぽっかりとした空洞があるかのように、ただ黒い。いつもならば星の海のような煌めきで吉良を見つめる夜色の瞳も、さすがにこの時ばかりは曇り空のようだった。
何の感情も持ち合わせていないんじゃないかという無機質な黒に、吉良は寒気を覚える。
このままではなまえがやばい。ならば自分がどうにかしてやらなくては。放っておくときっとなまえは無理をし続けるばかりなのだから。


なまえが運んでいたひと抱えの洗濯物の束が、力なく手から滑り落ちたのを合図に、吉良は決めた。
なまえを癒してやろう、と。


廊下に落ちた洗濯物に加えなまえが抱えていた洗濯物も奪い取り、左腕で抱える。そして空いた右腕でなまえの腰を抱き寄せて支えてやった。見ていて危なっかしくて敵わない。転ばれたらとても困る。

「あっ……ごめんなさい」
「いいよ、これはわたしが持つから、とりあえず着いて来るんだ」
「はい……すみません」

吉良に支えられているなまえはやはり上の空だ。されるがままに吉良に従う。


「凄まじく眠そうな顔をして……可哀想に。こっちへおいで」






「もういや!!私もうお外に出たくないですよぉ吉影さぁぁん……!!!!」
「よしよし。どこにも行かなくていいよ、なまえ。ずっとここにいればいい。ここなら誰もきみの事を責めない。誰かに合わせて神経を擦り減らす必要もない。無理して笑わなくったっていいんだ」


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