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爪切りをする話




パチン、パチンと乾いた音が響いている。ここのところ吉影さんは、毎日爪を切っていた。

また、爪がよく伸びるアブない周期に差し掛かってきたのだろうか?少し気がかりだなぁ、大丈夫かな。

吉影さんを気にしつつ、私は目の前の仕事をテキパキと片付けていった。
洗い物を終え(もちろんゴム手袋を着用していた)、仕上げに台所を綺麗に布巾で拭く。綺麗好きな吉影さんが喜んでくれるように、しっかりと水気を拭ってピカピカにした。よし、オッケーだ。上手くいい奥さんのように振る舞えているような気がして楽しい。
自分の手も洗ったあと、ほんのりと香るハンドクリームをよく塗り込んでおく。これも、吉影さんの喜ぶ顔が見たいし、褒めてほしいから。吉影さんのことを想って何かをするのは好きだ。他のどんなことをしている時よりも幸せな気持ちになれる時間だから。
吉影さん、吉影さん。私もっと吉影さんに見てもらいたい。今だって十分すぎるくらいに大切にして貰っている癖に、もっととねだるのは人間の悪癖だ。でも、それが人間のサガだというなら、それは仕方がないってものですよね?

「さて、と……」

準備万端になった私は、つま先歩きでコソコソと居間へ乗り込んでいく。

……いたいた。吉影さん、背後をとられるなんて無防備なことだ。余程集中しているとみた。

黙々と爪を整えている吉影さんの後ろからそっと抱きつき、ワイシャツの背中に頭を押し付ける。

「吉影さん、抱っこ、抱っこ〜」
「抱っこ?ンン……?」

手を止め、不思議そうな声を上げて振り返る吉影さん。そりゃそうだろう、私だってもう大人だ。人に抱っこをせがむ年齢ではないが、でもどうしても吉影さんに甘えたくなってしまったのだ。発作的に人肌恋しくなってしまう、抗いがたいあの感覚がきたのだ。

「構わないが……どうしたんだい?赤ん坊返りかな?」
「寒いんですよぉ、なんか心に唐突な隙間風が……。吉影さ〜ん、温もりを下さい……!」
「なまえは困った子だねぇ。まぁいいよ、おいで。わたしがホカホカにしてあげなくてはいけないね」
「ありがとうございます……!是非ともお願いします〜……!」

にこやかな吉影さんの脚の間に招き入れられた私は、ぴっとりと彼の体に身を寄せた。ぬくい。とってもぬくい。
私を抱く腕は力強くて、守られているような安心感に包まれる。ふわりふわりと髪を撫でられれば、その心地良さにあっという間に心がほどけた。自然とお互いの目が合って、私たちはどちらともなく微笑んだ。
耳をするりと撫で、首をさすられると気持ちが良くて眠くなってしまいそう。撫でくり回されて段々と気分が落ち着いてきていた。目を閉じて、私を愛でる温かな手の平の感触に深く、没頭してゆく。

「ふ……。く、くぅ……ん……」
「随分とうっとりしているね、なまえ……。なんだか子犬みたいだよ」
「子犬……。吉影さんの子犬になら、喜んでなりたい ものです」
「そうかい?わたしもなまえのような愛らしい子犬だったら、死ぬまで大切に飼いたいと思ってしまうよ。育てがいもあるし、とても楽しいし、ねぇ?」
「ん……」

プニプニと頬をつつかれ、くすぐったくて笑ってしまった。それを見て吉影さんもくつくつと楽しそうに喉を鳴らす。
ああ、あったかいなぁ。くっつけ合った身体もそうなんだけど、主に心がとってもあったかい。萎びた体に新鮮な力が蘇ってきて、火が灯ったようなぬくい感じがする。
なんだこれ?幸せすぎるよ……。このまま吉影さんの腕の中で死んでもいいかもなぁ……。ああ、脳みそがゆるゆるになっていってしまう……。

そんな変なことを考えつつも、私ばかり気持ちよくなってる場合じゃないなと気を持ち直す。貰った幸せを私だって吉影さんにたくさん返したいのだ。

「ふふ……ありがとうございます。お陰様でなんだか元気になりました……!お返しに爪、私が切ってあげますね?」
「おや……嬉しい申し出だね。それじゃあお願いしようかな。深爪しないように気をつけるんだよ」
「もちろんですよ、任せてくださいね!」

両足の爪は既に整え終わっていたようなので、手を拝借させて貰うことにする。
逞しい腕に抱えられたまま、ウキウキな気分で吉影さんの空いた左手をとった。

「あ……」
「どうしたんだい?」
「吉影さんの手、大きいですね」
「ンー……?なまえの手が小さいからそう感じるだけだよ」
「そうですかねえ。あ、ほら……それにゴツゴツしてて、男らしいです。なんというか安心感がありますね」

大きくてそれなりに厚みのある吉影さんの左手。包み込むようにして握りながら、揉んだりさすったり、温かな感触を楽しむ。
それにしても、骨ばってたり指の関節とかががっしりとしていてカッコいい。全体的に頼りないというか、貧弱な私の手とは大違いだ。男の人の手は皆こうなのだろうか?
この手は私を脅さないし、殴らない。それどころかいっぱい撫でてくれた。私を守ってくれる手だ。
なんだか愛しくて堪らなくなり、私は導かれるように握った手に頬ずりをした。普段は私がされる側だから逆のパターンだった。
吉影さんの体が小さく揺れたのを感じた。

「っ、なまえ……」
「んん……けっこう気持ちいいものですね、こうするの。吉影さんの気持ちが分かるような気がします。ふふふ〜……って、わっ……!?」

つ、爪が伸びた……!?うわー!!!

目の前五センチくらいの至近距離でギギギと禍々しい音を立てて伸びた爪。中々怖い光景である。
何事かとギョッとして顔を覗き込むと、瞳をギラギラと輝かせた吉影さんと目が合い、二重にゾッとした。吉影さんは私を害さないと理性で知っていても、反射的に本能的な警鐘が体を駆け巡るのだ。
突然の反応に少しまごつきながら、様子を伺いつつ吉影さんに声をかける。

「ひええ……大丈夫ですか吉影さん。今、殺人欲求が結構ヤバいのですか?」
「……わたしの爪が伸びる時はね、なまえの言った通り殺人欲求が高まった時もそうなんだが、厳密に言うとそれだけではないんだ」
「?」
「綺麗な手を見た時もけっこう反応してしまうようでね。今はきみが煽ったからつい、こう……下品なんだがムラムラ来てしまってね?殺そうと思ったワケじゃあないよ……」

そう言う吉影さんの目はやっぱり暗く怪しい光を宿していて、なんだか背筋がゾワゾワしてしまう。こういう時、殺人鬼としての吉影さんを強く感じてしまってドキリとする。呑み込まれそうなほどの圧倒的な闇への恐れ、それと……「悪いもの」に対する仄暗い憧れの気持ち。混じり気のない純然たる悪意は、強さの象徴でもあった。このひとの持つ攻撃性に、なぜかは分からないが強烈に惹かれている。私が持てなかったものだからかも知れない。不良に憧れる優等生みたいな気分だ。


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