夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




猫可愛がりしてみせて





「クッ…、フフッ……。フフフフ…!!とてもよく似合っているじゃあないか、なまえ…!」
「あーっ、笑いましたね!ひどい!言っておきますけど、凄く勇気を振り絞って着たんですからね、これ!正直傷つきました…!」
「いやあ、あんまり可愛いものでね?いや、お世辞ではなく本当にだよ。それとも、嫌なら脱ぐかい?せっかく買ったのに勿体無いが、気に入らないなら無理強いなんてできないからなあ〜〜」
「うっ…!そんなことを言ったって、だってこれを脱いじゃったら、私…」


もじもじ、と剥き出しの腕を自分で抱きしめるようにしてうつむきます。
ぽっと赤らんだ肌の上を、吉影さんの視線がいやらしく這うのを感じて、お風呂上がりの体がぶるりと震えました。
服は一応着ているとはいえるのですが、過度な露出のため全く落ち着けないです。
今すぐ逃げ出したい…。

私を飾り立てるピンクの華美なフリル、肌にピッタリ張り付いたツルツルの布地は、ところどころ透けていました。
腰の左右では、ヒモみたいなリボンが誘うように揺れています。
そして、なんといっても特徴なのが防御力の低さに他なりません。
このリボンを引っ張られるだけで、私はたやすく下半身裸にされてしまうことが予測されます。
可愛らしさといやらしさで構成されているこの華やかな下着は、紛れもなくセクシーランジェリーでした。

これだけでも充分衝撃的な格好なわけですが、今の私にはさらなるアクセサリーがつけられています。
黒いフワフワの猫耳カチューシャに、お揃いの尻尾。
こちらもセクシーランジェリーと一緒に置いてあったもの。
きわどい下着に猫耳がプラスされただけで、マニアックさが段違いです。

もちろんこんな際どさ満点のものは私の趣味ではなく、吉影さんからの唐突なプレゼントなのでした。
お風呂から上がったら、脱衣所のカゴに綺麗にラッピングされた袋が置いてあったので、ちょっとワクワクしてたのに…。
最初は新しいパジャマかなと思ったんですよ。
以前服屋で猫耳フードのついたフワフワパジャマを見て、二人で可愛いねと話したことがあったから。
だから感動してしまったんです。
吉影さんさすが!覚えていてくれてこっそり買ってたんだ、って、すごくすごーく嬉しい気分でした。
誰だってときめきますよね。

しかしいざ開けてみれば中身が予想外というか、前述のアレだったわけです。
…びっくりしすぎて逆に真顔です。
さすがにエロい下着はないですよね、いきなり何だというのでしょうか。
胸に芽生えたほのかな温かみを返してほしい…と、若干の切なさを感じながら、手に持ったものをどうしようかと考えます。
テンションが急降下したこともあって、さすがに今身につける気にはなれません。
見なかったことにしておくのが賢明だと判断して、無言のまま再び包装を閉じました。

プルプルと頭を振って、微妙な気持ちを記憶の片隅へと追いやります。
さあ、気を取り直して服を着よう。
お風呂上がりのさっぱり気分を取り戻さないと。
―――そう思った瞬間、気がついて手が止まります。
用意した着替えのパジャマ、全部持ってかれてる…!

あの時の絶望感といったら、もう…。
用意周到な吉影さんにまんまとハメられた私は、そんな経緯で泣く泣く吉影さんの待つ寝室に行く羽目になったのでした。

それにしても、こんなものどこで調達したのでしょう。アダルトショップを楽しげに物色する吉影さんを思い浮かべてしまい、微妙な気持ちになります。
なんかやだなあ。他にも変なもの買ってたらどうしよう…?
絶対ろくな目に遭いません、私が!
わけの分からないおもちゃを手に迫り来る吉影さんの図を想像して、今度は寒気で体が震えます。
あのひとのことだから、私が嫌と喚こうが上手に丸め込んで自分の好きにさせるに決まってます。
そうして数々の凶悪なおもちゃで、抵抗できない私を楽しそうに弄び、次第にヒートアップした吉影さんは…きっとさらにとんでもないことを…!!


……やめましょう、こんなの考えても仕方ないです!
怖さが増すだけで、なんのメリットもありません、忘れましょう。
都合の悪いことは積極的に忘れていきたいですね。
幸せに生きるためにはある意味必須なスキルです。

…まあ、とにかくそんな、ただでさえ防御力が低い衣類なわけなので、これを脱いだら正真正銘素っ裸です。
部屋の明かりを煌々とつけたまま、吉影さんの前でそんな姿を晒すなんてまっぴらごめんでした。
私のそんな気持ちは当然分かっている上で冒頭の意地悪な問いかけをされたわけですが、吉影さんは本当に私を苛めるのが大好きなようで。

頬を膨らませて、目の前で満足げにニヤニヤしている吉影さんをキッと睨みます。
あんなに目を輝かせちゃって、そんなにいやらしい下着が好きなんでしょうか…。
呆れちゃいますね。


「よーく分かりました。私にこういうことさせて楽しんでるなんて、吉影さんはすごーくエッチな人だったみたいですね…」
「そうかい?別にわたしが特別エッチなわけじゃあないさ。きみが随分と純情だからそう思うだけで、男なら普通だよ。だって、こういうのは買う人がいるからこそ売ってるんだからねえ…」
「よく考えてみると一理あります。けど、何にしても、せめて事前に言ってくれればまだマシなので、次からはそうして下さいね…」
「それではサプライズにならないだろ?プレゼントは意外性が大事なんだ。予告したら、きみはビックリしてくれない。そうしたらわたしも悲しい。とてもね」
「まあ、確かにそうなんですけど…って、またそうやって丸め込もうとしてますね。釈然としない…普通はもっと、こう…」
「まあ、世の男たちのことなんかどうでもいいじゃあないか。それよりホラ、きみはわたしの猫なんだろ。わたしと遊ぼう。」


そう言うと、布団に胡座をかいた吉影さんは両手を広げてみせました。
こっちへ来い、と。
吉影さんの呼びかけにしぶしぶはいと答えたものの、私の表情は強張ったまま。
ずり落ちそうな黒い猫耳のカチューシャを直しながら、一体何をさせるつもりなんだろう、と警戒します。

ふすまからそろそろと手を離し、彼へ近づこうとしたところで止められました。


「床に手をついて。猫が4足で歩くのは、きみも知っているね。つま先でちょんちょん歩くあの姿はなかなか美しいと思わないかい?」
「……そこまで本格的にするんですか?」
「まあな。やるからにはね」
「……」


うわ。

そうです、吉影さんは何にでもこだわりが強い方でした。


「ホラ、可愛い姿を見せておくれ」


吉影さんはそう言って、とても綺麗に―――思わず見惚れるほど美しい顔で笑いました。
目を細め、優雅な笑みをたたえて、唇だけで「お、い、で」と…。
吉影さんもまたお風呂上がりなのでいつもの髪型ではなく、今は無造作にかき上げられています。
お顔がよく見えますね。
甘いたれ目に、血色の良い唇、彫りが深く男らしい顔立ち。
そして、パジャマの前はいつもよりボタンが外れていて、けっこう肌が露出されていて。
まるで西洋の絵画や、彫刻のような…優雅な色気が目の前で私を誘っていました。
妖しく、美しく、そしてどこか淫らな香りを漂わせて。
反射的にドキリと胸が高鳴って、私は吉影さんから目が離せません。
…さあ、どうしましょう?

この人にとって、私を支配することはとても幸せで、安心すること。
普通、恋人や夫婦は対等な関係が良いとされますが、彼は支配・被支配の考え方しか持っていないので、こういった無茶な要求や強引な振る舞いは最早日常茶飯事でした。

母親に一方的な愛を注がれ、自身は女性の手だけを恋人として好きに扱ってきた吉影さん。
横暴に見える私への振る舞いも、例え歪んではいようと彼なりの愛し方です。
いつだったか彼の生い立ちを聞いて、それをなんとなく理解してしまって、寂しい運命のもとに生まれたひとだと知りました。
そして同時に、愛しいひと、と。

いつか、あたたかな気持ちの人並みの愛を、吉影さんも感じられるようになれたらきっと、幸せ。
少しでもその力になれたらいいな、と。
思い上がりだとしても、あの時確かにそう思いました。
それに関して後悔する予定はありません、何があっても。

彼が自覚なしに苦しんでいる生い立ちという鎖を、呪いを、もしも解けたら。
それまでせめて傍にいる。
気が変わっていつ殺されてしまうとも分からないし、今日は今日でこんなだから道のりは長いですが、それが私の目標です。
だからなんだかんだと文句を言いつつも、結局この人を本気で拒否できるわけもなく。
私のやることはいつも最初から決まっていました。
なんだかんだと恥じらい、えっちだスケべだと不満をこぼしながらも、要求を受け入れるのです。
そこには、吉影さんのワガママに私なら応えてあげられるという喜びや自負もありました。
それこそ思い上がりで身勝手な喜びが。
―――私もまた、自分勝手なのです。

畳に膝と両手をつくと、本当に自分が吉影さんのペットになったような錯覚がありました。
猫のようにお尻を振りながら四つ足で足元へ寄り添うと、吉影さんは私の頭を満足気に撫でます。


「いい子だね、可愛いね」
「うにゃっ、うにゃ〜ん…ごろごろ…。これでいいんでしょう……?」
「フフ、上手じゃないか!そうだ、私のものだって証にプレゼントをあげよう。喜んでくれるといいんだが」
「にゃっ、て、ええっ……!?そ、それは人につけるものでは…!」
「きみのために選んだんだよ。ほら、綺麗だろう。ピンクはなまえの白い肌によく映えるんだ」


目の前に差し出されたのは首輪。
華奢なつくりの美しいピンクゴールドがキラキラ輝いています。

吉影さんの手が困惑する私の髪をかきあげて、白いうなじを露わにします。
一瞬、反射的に湧き上がったであろう欲求を、グッと飲み込んだ気配を背後に感じました。
背筋がビリリとくるので、吉影さんから殺気を感じると、すぐに分かってしまうのです。
私はそのたび吉影さんの真意をはかるように、体を硬くしてこっそりと様子を伺うのでした。
反射的なのか、殺人欲求がものすごく高まっている危うい時期なのか―――私のことがついにいらなくなったのかを。
別になんだってかまいませんけれど、吉影さんと離れるのは悲しいから、今はまだ死にたくはありません。
たとえ今手にかけられたとしても未練たらたらで、地縛霊になってしまうことでしょう。

しばらくお互い動かず、息を殺すようにして固まっていました。
こういう時、相手の表情が見えないのってとても怖いですね。
やがて、どうやら落ち着きを取り戻したらしい吉影さんが、後ろから私の耳にキスを落として、やっと部屋に満ちた緊張感が解けるのを感じました。


「…相手はきみだ。殺したいわけではないよ、怖い思いをさせてすまない。今のは…ただの条件反射みたいなものさ」


―――殺すならどうでもいい、その辺の女がいいからね。
吉影さんがポツリと呟いた言葉は不穏なものでした。
そんなことを言い放たれても、複雑です。

衝動を抑えた吉影さんは、私にカチャリと首輪をつけます。
これはこの人の最上の愛の証であり、愛の呪縛なのでしょう。

殺さないことが愛。
私のことは生きたまま捕え続けたいのだと。
あまりに歪な気持ちではありましたが、確かに本物でもあるのだとひしひし感じています。
これまで私は本当に吉影さんに首を絞められかけたり、感情的に怒鳴られたりしたことは一度もありません。


「…ホラ、ピッタリだね。良かったよ。合うかどうかとちょっぴり不安だったんだ。なんせオーダーメイドだからね、だめだったらさすがに勿体無すぎる」
「あ、ありがとうございます…?」


今オーダーメイドとか言いましたよね?
どれだけ気合はいってるんですか。
まさか普段も付けていろと言うわけじゃないよね…と微妙に心配です。
普段から変なプレイをさせられるなんて、さすがにちょっと抵抗が…!

しかし満足気な吉影さんの爽やかそうな顔を見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまいました。
…他人に危害を加えるのはやめて欲しいけど、もう自分のことなら、いくらでも好きにしたらいいです。
多少の無体くらい、なんてことはありません。
それで気がすむのならむしろ安いものですよね。

せっかくこんな恥ずかしい目に遭っているわけだし、そうと決まればとことん楽しんで貰うぞ、とコッソリ意気込みました。
恥ずかし損では勿体無いし、発想の転換って大事です。
前向きさでは負けませんよ!と吉影さん譲りのポジティブシンキングを発揮させ、さてどうしようかな、と考えを巡らせました。


「さて、猫のなまえはどこを触られると気持ちがいいのかな。こうかね」
「あっ……ぁぅぅ…」


本物の猫にするようにこしこしと顎をくすぐってくる指は、猫の扱いに手馴れている手つきでした。
吉影邸にはたまに野良猫が来るので、その子たちと遊んでいたのかな?と吉影さんの子ども時代に思いを馳せつつ、負けじと頬を擦り寄せ甘え返します。
吉影さんはご奉仕されるのが大好きなはず。
口元に近づいた指を、パクッと口内へ迎え入れました。
唇で甘く指先を噛み、隙間からちろちろと舌で撫でて応えます。
すると吉影さんは心底嬉しそうに、うっとりと言うのです。


「ああ、可愛いなあ…。本当に可愛い…。なまえ。なまえ。わたしの猫。ずっと一緒にいておくれ。不自由はさせないよ」
「そんなに呼ばなくたって、私はここですよ。本当に、吉影さんは甘えん坊さんですねえ…」


ちりんと首輪の鈴を鳴らして、私は言います。
吉影さんを喜ばせようプラン、なんだかとってもいい感じ。
他に何か、ペットらしいことで楽しめることはないかなあ…?


「にゃあ。そうだ。…素敵なプレゼントのお返しをしなくちゃいけませんよね?」
「おや、それは嬉しいね。何だろうなあ。もちろん、なまえがくれるものなら何だって最高のプレゼントになるが」
「うふふ。…なんとなんと、今日の私は吉影さんのペットなんですよね。そして、ペットは芸が出来るんですよ!」
「おやおや。芸か。芸ねえ。…犬があれこれするのは知っているが、猫も芸をするのかな?」
「な、何でもいいじゃないですか。とにかく!私は賢いペットなので色々出来るんです。試しに何か言ってみてください。ちゃんと言うことを聞く、いいペットですよ」
「芸ね。そうだなあ…」


吉影さんの前で、いかにもペットらしく座って待機します。
足を左右にぱっかりと開いてしゃがみ、前足…つまり両手を床につきました。
何事も形からとはいえ、やってみると想像の倍くらい恥ずかしいです。
下着のせいも相まって、相当ヤバいプレイみたいになっています。
でも、「らしさ」って意外と大事だと思うし、ついでに吉影さんはこだわり派なので、ここはこのポーズを保ちましょう。


私の渾身のおすわりポーズを全身くまなく、じっくりと眺めたあと、右手を上げて吉影さんが命じました。


「はい、お手」
「にゃあ!」


タッチです。


「じゃあ、おかわり」
「にゃい」


続けて逆の手でタッチ。
…なんだか地味な遊びだなあ。
これは楽しいと言えるのでしょうか?
ていうか、失敗したかも、どうしよう…。
一人テンション急降下って感じでした。
何か別のことを考えなくちゃいけません。
しかしいい案は思いつきません。
内心焦りながら吉影さんの命令に答えます。


「次は、そうだね…ごろごろかな」
「ごろごろ?」
「布団の上に体をごろごろさせるんだよ。お腹をこちらへ向けてね。やってごらん」
「あ、はぁい」


言われるままに布団に倒れ、ごろごろ言いながら体をくねらせます。
吉影さんの布団に自分の体を擦り付けるさまは、まるでマーキングしているかのようです。
吉影さんは、私のもの!
…ペットのフリに気合いを入れすぎ、なりきりすぎていたせいか、なんだか知能の低下を感じました。
まあいいか。
ちょっと楽しく「ごろごろ」を遂行していると、吉影さんが呆れたように呟きました。


「…きみは、無邪気だねえ。まったく」
「え、どうしたんですか?」
「その格好で、しかも布団で情熱的に体をくねらせて。淫乱な娘が誘っているようにしか見えないってことだよ」
「…またそんなことを…。ペットに欲情しちゃあいけないんですよ。捕まります」
「世の中にはそういう人間だっているだろうさ。わたしは手に欲情するしね」
「それを持ち出されると正直何も言い返せませんね…。訂正しましょう、ペットに欲情するのもありえる話でした」


…いや、そんなこと言っちゃっていいんでしょうか。
少なくともあまり堂々と宣言するようなことではないです。
それにしてもこのひとの前では倫理観など、何の価値も拘束力もないに等しいですね。
吉影さんはいつでも我儘フリーダムです。
なんだか困ってしまい、ごろごろの動きを止めて吉影さんの瞳をじっと見つめると、綺麗な青に一瞬、ゆらりと熱がこもりました。


「そんなわけで、今わたしはきみにとても欲情しているよ」
「やめやめ!この話はおしまいです!次の芸いきましょう!」


危うく変な流れに持っていかれるところでした!
油断も隙もありません。
会話の主導権を渡すとすぐにこれなのは嫌でした。
まあ、悪気があるわけではないのでしょうけど。


「ん、それもそうだ。いつまでもきみの悩殺ポーズ…通称『ごろごろ』を見せられていては、わたしが獣になりそうだしね。獣同士では収集がつかない事態になりそうだと思わないかい。わたしときみがもし犬とか兎とかに生まれていたら、四六時中ずっと交尾しているんじゃあないか?」
「もっ…もういいですから!次の芸はなんですか?」
「次?次の芸はちんちんだよ」


『次の芸はちんちんだよ。』…?
そういう芸があるのは知っていますが、このタイミングで?
耳を疑ったあと、どう考えても聞き間違いの可能性はないという答えに行きつき、無言で固まりました。
吉影さんがしつこくセクハラ親父みたいなことを言ったことに、少なからずショックを受けます。
話題転換しようとした矢先にこれはあんまりじゃないでしょうか。
そんなに流れをセックスの方向へ持っていきたいんですか。

怒るとか悲しむとか呆れるとか通り越して、無でした。
私はこんなおかしな服を着て一体何をしているんでしょう。
なんで私は猫の真似事などしているのでしょう。
私は何がしたかったのでしょう。
思考が拡散して、今の状況から現実感がふわーっと薄れていきます。
そういえば、今日は何月何日でしたっけ。
吉影さんと付き合って、どれくらいになるのかな。
……。


「おい、そんな顔をするな。別にきみにセクハラをしてやろうと思ったわけじゃあない、他に芸が思いつかないんだよ。大体芸の種類なんてこんなもんじゃないか」
「……あっ。言われてみれば……」
「はぁ。嫌われたかと思って今年一番ヒヤッとした」
「いや、そんなわけ…ないじゃないですか!もう、大げさですねえ」


吉影さんがほっと胸をなでおろしたのと同時に、私も心底安堵しました。
良かった、しつこいセクハラをする吉影さんなんて存在しなかったんですね。
危うく幻滅するところでした。

気分を紛らわすために、座った吉影さんの膝の上へ登ります。
縋るように、頭を硬い胸板へと押し付けると、ぎゅっと抱きしめられました。
二人の間の距離がゼロになり、ぴたりと体がくっつきます。
体の温かさはどんな時でも変わりません。


「ま、芸はここまでにしておこうか。ありがとう、なまえのわたしを想う気持ちが充分に伝わってきて感動しているよ」
「それなら良かったです」


頑張った甲斐がありましたね。
私が笑うと、吉影さんも満足気ににこっとしました。
やっぱり、吉影さんが楽しそうなら、私も嬉しいです。
途中雲行きが怪しくなりもしましたが、結果オーライということでいいでしょう。
再び撫でくりまわされ、なんとなくほっとしたら、気が抜けて脱力してしまいました。


「は、ふー……にゃあ…吉影さん…」
「不思議な満足感があるよ。なんだかとてもいい気分だからね…今日は、何もしないでこのまま寝るかい」
「……そうですね、たまにはゆっくりしましょう?」


そうと決まれば、と、吉影さんの気が変わらないうちに二人でストレッチをしました。
…この下着を身につけた瞬間から、今日は凄まじい抱かれ方をするものだと泣く泣く覚悟してたのですが、珍しいこともあるんですね。
体を酷使することなくゆっくり眠れるなんて、思わぬご褒美です。

私のストレッチは割と適当なため、すぐ終わってしまいつまらないので、途中から吉影さんの背中を押しにかかりました。
別にじゃれついているわけではありません、本当ですよ。


「ん……終わりました?じゃあ私、ホットミルク入れてくるんで待ってて下さい」
「ああ、いいんだよ、わたしがやる。なまえは布団で丸まって主人の帰りを待っていなさい。フフ」
「あ、そうでした。猫ですからね。…それにしても本当に上機嫌ですねえ、吉影さん」
「勿論だよ。楽しくてしょうがないのさ。なまえからのお返しが、とっても嬉しかったからね…。きみは最高の猫だということを改めて痛感することになった」


鼻歌まで歌いながら部屋を後にした吉影さんの言いつけ通り、布団の上で背中を丸めてきちんと待っていました。
やがてひょっこりとふすまから顔を出した吉影さんが手にしていたのは、吉影さん愛用の見慣れたマグカップと、ええと…。
……平たい皿です。
もう猫プレイは終わったものだと気を抜いていたところに、新たな試練が待ちかまえていたようで。
色々と察してなんともいえない表情をする私の目の前の畳に置かれた平皿。
自分のマグカップを傾け、温かなミルクをおすそ分けしてくれました。
やっぱりそういうことなのでしょう。
しかし…ほ、本当に…?
畳に片膝をついた吉影さんが、笑顔で「よし」の合図をしたのが始まりでした。


「さ、なまえ。おあがりなさい」
「にゃ…にゃー、…!」


ええ、ええ、もちろん跪いて一生懸命お皿に舌を這わせましたとも。
吉影さんの見守る前で!
ここまでやったからには全て完璧に終わらせるのです…!
もはや執念の行動でした。


「よしよし…全部綺麗に飲めたね…とても賢い猫だ。おや、しかし…鼻先にミルクがついてしまったようだね。フフフ、可愛らしいことだ」
「あっ…」


うわ、恥ずかしい。
猫になりきるあまり夢中で気がつかなかったのでしょう。
鼻先を優しくティッシュで拭われ、甲斐甲斐しく世話を焼かれて、心まで猫にされてしまいそうです。


「ごちそうさまでした…。寝ますよね…これでもう本当に寝られるんですよね…」
「ああそうだよ、ここに入るといい。ホラ」


横になった吉影さんの掛け布団が捲られ、ポンポンと布団を叩かれました。
猫耳カチューシャを脇に置いて、吸い込まれるようにそこへ滑り込むと、背中からぎゅっと抱きしめられて、やっと私は安心して目を閉じました。
下着姿のままだとさすがに寒いかなと思ったんですが、これなら大丈夫ですね。
なんだかちょっぴり疲れました。
今日は、ゆっくり…寝られ、る…。






*********






「んっ…………ふあ〜〜〜っ…!」


ふすまの外がぼんやり明るくて目が覚めました。
朝です。
布団の中で伸びを三度繰り返すと、いくらか眠さが散った気がします。
それでもまだふわふわとする思考をなんとかかき集めていると、ふと気付きました。
私、何か抱きしめて寝ていたようです。
ちなみに吉影さんではありません。
彼は背後から私に抱きついてまだぐっすり寝ていました。
寝るとき何も持ってなかったはずなのですが…大きくて柔らかい、何なのでしょうか。
…あ、リボンがついてる。

ピントが合ってきた視界で見てみると、どうやら桃色の包装紙に白のリボンがかけられた、愛らしい包みのようです。


「あ…プレ、ゼント…かな…?」


リボンを解いて包みを開けて、中身が判明すると思わずふっと笑ってしまいました。


「ふふ…もう、ちゃっかりさん」


なーんだ、やっぱり覚えていてくれたんじゃないですか。
それに腕を通して前のジッパーを閉め、フードを被れば、私はまたすっかり猫になってしまいました。
なんとなんと、ふかふかでモコモコのこの服は、確かにあの日二人で可愛いねと言った黒い猫耳パジャマなのです!


「にゃあ。…ふふふ」


さて、どうやって吉影さんを起こしてあげましょうか。
猫よろしく、上に乗っかってぺろぺろと唇を舐めて起こしてあげたら、喜ぶかな?
抱きしめる腕の中からするりと抜け、獲物に狙いを定めます。

調子に乗った黒猫が、飼い主様にいたずらを仕掛けても、どうか許してくださいね!




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