夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




トゥルー・バッド・エンド






吉良邸の寝室では二人、いつだって身を寄せ合って眠るのがすっかり習慣になっていたのですが、どうやら今夜はそうもいかないみたいで…。


「……えっ……」


夜。街もすっかり寝静まって、時計もそろそろ十一時を回ろうかという頃、私は布団の前で困惑したまま立ち尽くしていました。いつものように吉影さんの隣に入り込むことができないからです。
だって、既に『二人』…布団に入っているのですから。


「明日も早いんだ、もう寝るぞ。こっちへおいで、なまえ」
「夜更かしはいけないよ、生活リズムが乱れるからね。さ、寝ようか。なまえ……」

「あっ、はい……」


思ったより弱々しい声が出ました。
凄い絵面です。
大分がたいの良い成人男性2人組が、一つの布団の上で私が来るのを、それぞれ青と黒の瞳を期待に輝かせて待ち構えています。


「わたしたちの体温で布団もすっかり温まっただろうからね。きっとぐっすり眠れるよ」


右にどかりとあぐらをかいてこちらを見つめているのがハイ吉良さん……もとい別人の顔に、派手な色のスイカ頭(って言ったら怒られそう)の吉影さんで、調子乗り状態ゆえか普通の吉影さんよりグイグイくるのが特徴です。
怖くてちょっぴり苦手、というのが正直な感想です。
もう1人と区別するために「ハイ吉良さん」と呼んでいました。
正確にいうと、かわ…何だっけ。川尻?何とかさんという名前になっているらしいのですが、訳が分からないのでとりあえずそう呼んでいます。
今日のお昼頃、私達の暮らす吉良邸の庭のど真ん中に倒れて気を失っていたところを保護しました。
何から何まで、意味がわかりませんね。
吉影さんと私は当然、彼に経緯の説明を求めたのですが、「今は話せない」と詳細をはぐらかされてしまったため……詳しい事情は未だ不明です。


「…おい、もうちょっと端に寄れ。なんでわたしが狭い思いをしなくちゃあならないんだ。…さあなまえ、風呂上がりの体が冷めないうちにおいで」


そして左でくつろいで手招きするのが吉影さん。
ふわふわの金髪に、同じく金色の睫毛からのぞく穏やかな青い瞳、優しげな垂れ目。
その美しさと、纏う高潔な雰囲気はまるで西洋の人形のようだ、とすら思わされます。
こっちの吉影さんは穏やかで落ち着いていて、一緒にいると落ち着く吉影さんです。
そんな二人が布団で私を手招いている訳なのですが、この場合、私はどうするのが正解なのでしょうか…?


「あ……あの、なんていうか、その〜……」
「……?」
「なまえ?」


二人の「吉良吉影」はオロオロと視線を彷徨わせる私をじいっと見つめたあと、急かすように問いかけてきました。


「何をボーッと突っ立ってるんだい。わたしは早くきみの手を抱きながら寝たくてたまらないんだよ…。ホラ、どうした?さっさと来るんだ。優しく頭を撫でてあげるよ」
「おい…わたしだってなまえの手を握りながら眠る予定なんだ。くれぐれも独占はするんじゃあないぞ。…さ、なまえ。わたしはたくさんキスをしてあげるから、ここに来てくれないか」
「いや、えーっと、あの…ですね…」


ばすんばすんと布団を叩いて催促されますが、これは一体どういうことなんでしょう。
もしかして、二人の間にあるわずかな空間に入れと、そう言いたいのでしょうか?

三人で使うことなんて想定されていない布団は、いつも二人で使っていても少し狭めです。
1人用の布団に2人の男ってだけでもギリギリなのに、そこに私が投入されればどうなるかなんて目に見えています。
左右からムキムキの体に圧迫されてつぶれされる自分を想像して、肝が冷えました。
私はとても圧迫祭りに耐えられるような屈強な体はしていません。

どう考えても無理でしょう、これは。寝られません。
シンキングタイムは終了です。


「あの、ちょっと狭いかなって思うんですけど……。多分私入りませんよ。というか2人がお布団からはみ出しちゃいますし、やめておきましょうよ。ね?」
「そのくらいの難は目を瞑るさ。なまえが真ん中なのが一番争いにならないから、と…さっき二人で決めたんだよ。いいアイデアだろ?ン?」
「わたしは自分といえど男と同衾なんかしたくはないが……これが一番ましだからな。よってこうなったというわけさ。分かってくれるね、なまえ」
「な、なるほど」


ささやかな抗議を試みるも、当の2人は大して気にしてないといった素振りで、段々と不安感が増すばかり。
なんだか丸め込まれたような気がします。
でも、ここであっちのペースにのまれるわけにはいきません。
無理なことはちゃんと無理と断らないと良くない結果が出るのは既に実証済みなのでした。
苦々しい思い出が脳裏に蘇ってきて、目を伏せます。

お昼寝の時間では膝枕の取り合いで、自分の方が疲れているからなまえの膝を借りる権利がある、とかなんとかで口論になってたし、夕食後はどちらがハンドケアをするかであわや緊迫のスタンドバトルにまで発展しかけたことを思い出し、慌てて気を取り直します。
あの目は本気でした。
私はどちらの吉影さんが怪我をするのも見たくありませんから、しっかりしないと。
同じ失敗を繰り返すのはご免だったし、ここは上手く頭を使って乗り切りたいところです。
……といっても、上手くいったことなんてないんだけれど。
自分で言ってて悲しくなりますが、しかし、だからといって諦めたら駄目なのです。


「あの、提案があるのですが……」
「なんだね?」
「どうした?」


二人の前にぱっ、とパーにした手をかざすと、一瞬でそこに視線が集まります。
面白いくらいにシンクロした動きに、ちょっとくすっときました。
まるで兄弟みたい。
兄弟っていうか、本当は同一人物なんですけども。
じっと手を見つめて大人しい二人に、私はゆっくりと語りかけます。
三人でお布団で眠るのは確実に不可能。
ならば解決策はひとつです。


「二人でじゃんけんして欲しいんです。負けた方はお布団から出てもらいますが、その代わり、……勝った方とは手を繋いで、ひとつひとつ指を絡めたままで一緒に寝ましょう。もちろん朝まで、ですよ」
!!


瞬間、同時に二人の目がカッと見開いたのを、まるで獲物を前にした猫みたいだなという気持ちで眺めます。
ハイ吉良さんは見た目はまるきり違うけれど、ちょっとした所作からやはり吉影さんなのだとしみじみ実感させられます。
何がどうしてこんなこと…他人の顔になんてなっているのかは知りませんが、きっと色々あったのでしょう。
まあ、何はともあれ当初の試みは上手くいったらしいので、心の中でふっと一息つきました。
ほんと、この人は手を持ち出すとよく食いつきますね。怖いくらいに。
その執念は一体どこから来るのか、いつか詳しく話を聞いてみたいものです。


「勝負は一回きり。あいこの場合は私が別の場所で寝ます。どんな結果でも恨みっこなしです。…このルールはちゃんと守ってくださいね」


二人の吉影さんを見下ろしたまま、彼らの眼前に両手をかざして、グー。
そのまま、チョキ、パーと形を変え、最後にひらひらと手を振ります。


「……」
「……」


じっと大人しく見つめてくる二人が面白くって、そのままついでに悪戯心で、自分の片方の手を、もう片方で弄ぶさまを見せつけてみます。
手首から指先までをつうっ…となぞり上げ、両方の指を熱っぽく絡ませ、ゆるゆると擦り合わせるさまは、自分で言うのもなんですが、中々に扇情的。


「私の、この手…独り占めしたいでしょう?だったら、『じゃんけん』…ですよ」


…あ、吉影さんの喉仏がごくりと上下したのが見えました。
頬を薄く染め、悩ましく眉をひそめて見入る表情は情事の時のそのもの。
これだけでとんでもなくいやらしい顔をしてしまうなんて…吉影さんは本当にいけない人ですね。
興奮を滲ませた顔を目の前で晒されて、私の胸もドキドキと暴れ始めます。

ハイ吉良さんは……うわっ。
吉影さんのような惚けた表情はしていなくて、むしろギラついた男の顔をしているのもまた格好いいのですが…しかし、こ、股間が…。
あれって、た、勃ってる…?
なんか…紫のパジャマのズボンの前が明らかにちょっと……い、いや、見なかったことにしましょう。
正直、全体的に怖いです。
勃ってるのが吉影さんなら「可愛い、でもドキドキする」くらいのハプニングで済むのですが、ハイ吉良さんはちょっと…何をしてくるか分からないところがあるので、ビビります。

余計なことをしない方が良かったかもしれない、と後悔しても今更どうにもなりません。
それにまあ、吉影さんが勝ってさえくれれば、怖いハイ吉良さんとは寝なくて済む訳ですので、審判の身で公平ではないかもしれませんが、こっそり吉影さんの勝利を応援します。
頑張れー、吉影さん!
私、たとえ同じ吉影さんといえど、勃ってる人と密着して寝るのはさすがに抵抗があります!

さてさて、手を引き合いに出した途端に真剣モードになったお二人の、血で血を洗う…ということは物理的にはない、比較的平和な勝負のスタートです。


「はい、二人とも異論はないみたいですね。それじゃあじゃんけん、始め!」





*******






「やったぞッ!!わたしの勝ちだ!!やはり運はこの吉良吉影に味方してくれているッ!!確実にわたしの方にツキが回っているんだッ」
「このクソカスがァーーーッ!!!なんでこいつなんだ!!こんなのはおかしい……!!わたしは認めないぞッ……!」


ハイ吉良さんがチョキの手を天に掲げ、例を見ないほどハイな雄叫びをあげているその横で、吉影さんが深刻な面持ちで沈んでいます。
二人とも「吉良吉影」を名乗るのでとても分かりづらいですが、勝ったのがハイ吉良さん、残念ながら負けてしまったのが吉影さんです。む、無念…。
しかし結果は結果です、仕方ない。
ごめんなさい、吉影さん。
放っておいたらきっと拗ねてしまうから、この埋め合わせは今度何かでしてあげないといけません。
彼は見かけによらず子供っぽいところがあるのは知っていますし、アフターフォローはしっかりと。
ここまでやって、平和的解決といえるでしょう。

勝敗がハッキリしたところで、先にもぬけのからになった布団に潜り込んで、ぱ、と両手を伸ばします。
これ以上長引かせると口論に発展しそうだし、それでは平和的解決を試みた意味がありませんし、なにより私ももういい加減眠いのです。
二人の相手は単純に二倍疲れます。
ああもう、いつまで三人での生活が続くんだか知らないけどそのうち死にそう…。
両手を伸ばしている私はあくびも隠せないまま、お布団でハイ吉良さんを待ち構えます。


「じゃあ、吉影さんには申し訳ないのですが…そういうことで。んん…ふぁ〜ぁ……。ハイ吉良さ、ん…。こっち来てください……早く……来て……」
「な……!?」
「!!」


ハイ吉良さんの喉仏がごくりと上下に動いたのが分かりました。
白い虎みたいな髪色も相まって、噛みつかれそうで少し怖いくらいの気迫です。
…さっきからハイ吉良さんの印象に関して怖いしか言ってないですね。
同じ吉影さんなのにかなり印象が違っていて、時折こうして不思議な心地になるのでした。
もしかしていつまでも、整理がつかないままなのかなぁ。


「早く、ハイ吉良さん…、早く〜……」
「ああ、なまえ…。今、行くよ…」
「あっ…、おい!」


ユラリと危うげな足取りで一歩二歩とこちらへ踏み出したハイ吉良さんの腕を、はっとした吉影さんが慌ててふん掴んで止めます。
丸く収まろうとしていた空気も一転、再び一気に場が張り詰めました。
ま、まさか喧嘩でもしようというのでしょうか…!?


「待つんだ、なまえ……!こんなやつと寝るんじゃあない、絶対に危ない。こいつはわたしとは思えないほど調子に乗っているのは知っているだろう。何をするか分かったもんじゃあない…!」
「なッ……!なんだ貴様!この期に及んで往生際の悪い…!!いいか、お前に口を挟む権利はないんだ。負け犬は黙って床で寝ているのがお似合いだが?文句があるなら勝ってから言うといい…。お前こそ同じわたしとは思えんほどみっともないなァ!?」
「なんだとォ……!?訳のわからんクソふざけた頭をしている奴に言われたくはないんだがな……!!」
「川尻浩作の冴えないナリをし続けるよりずっとマシだろう。バックに纏めるのは癖みたいなものだしな…ああそれに、なまえだって素敵だと褒めてくれたぞ!まあ、お前は知らないだろうがな」
「は……?なまえが、褒めた……だと?その頭を?」
「ちょっとちょっと、やめてくださいよー……!!」


私の努力が…!あっという間に水の泡!!

放っておくとすぐこれです。
いや、基本的にお互い衝突はしない性質なのですけど、一人しかいない私のこととなるとどうしても争いが生まれてしまうのです。
私が分裂できればいいんでしょうけど、アメーバじゃあるまいし、普通に無理な話。
揉め事の度に騙し騙しの対処を取っているのが現状ですが、この様子じゃあそれも長くは続きそうもありません…。


「ご心配ありがとうございます吉影さん…!でも約束をした以上、反故にする訳にはいかないですよ。逆の立場だったら嫌でしょう?私は多分…きっと…恐らく……大丈夫だと思いますので」
「ホラ、なまえもこう言ってることだ。分かったらそっちの『わたし』はさっさとその辺に座布団でも敷いて寝るといいんじゃあないかな。さっ、なまえ……」
「いや、ダメだ。危ない証拠があるんだからね…。なまえ、わたしは見た、さっきこいつは勃っていたんだ。それだけじゃあない…今もだ…!!」
「ぐっ…!?そ、それは…」
「わ……っと。ハイ吉良さん……まだお元気なんですね…」


言われてみれば…注意しなければ気づかない程度ですが、さっきほどではないにしても未だにパジャマの股間が不自然です。
ハイ吉良さんはとっさに前屈みになると、吉影さんをきつく睨みました。
甘勃ちくらいですし、もうそこまで脅威ではないので私は寝かせて欲しいのですが…。


「ごめんなさい、私がさっき変なことしたせいですよね。完全に私の自業自得なので不問です。ということでもう大丈夫ですので、本当に大丈夫ですので…寝ましょうよ…寝かせて……」
「……」
「……」


互いに睨み合って動かない吉影さんズ、一向に聞く耳持たず。
揃いも揃って、自分が納得いかないと動かない性質を発揮しまくっているのでした。
困った大人です。


「はぁ……。いいですよ。それが出来ないと言うのならば、私が座布団で寝ますので、どうぞお二人で仲睦まじくお布団を使ってくださいね…。それじゃあおやすみなさい…」
「うぐっ……!い、嫌だ…わたしが勝ったのにどうしてそんな目に遭わないといけないんだっ……!?」
「なっ……ま、待てなまえ……!分かった…分かったからそれはやめてくれ……」


慌てた二人が戦闘態勢を解いて、やっとこちらを向きました。
これ以上は待たないぞ、という気迫を込めて、むすっとしたままバシバシと布団を叩いて催促します。最初とは真逆の構図ですね。
ハイ吉良さんが、吉影さんから逃げるようにさっさと隣に潜り込んできたのを見届けたあとで、ぽつんと残された不満げな吉影さんにペコリと頭を下げて言いました。


「本当にごめんなさい。明日は吉影さんの番ですから、今日はどうか、これで……」
「……まあ、いいよ。見せつけられるのも癪だし、わたしは一人寂しく居間で眠るよ。居間の硬い床でね……。明日はサービスしてもらおうか…」
「はい……」
「なまえ、おやすみ」
「おやすみなさい、吉影さん」


居間までとぼとぼと座布団を敷きに行った吉影さんの背中を見届けるも、段々と微妙な気持ちになってきました。
家主吉影さんなのに、布団で眠れないなんてなんか可哀想…。
私が言い出した事なのですが、見送る背中が哀愁漂っていて悲しくなってしまいました。
若干放心している私の手をさわさわと撫でてくるハイ吉良さんの頭をよしよしと撫で、私も布団に入り込みます。
向き合うととても近くて、こんな近距離で真っ黒な闇の底みたいな瞳で見つめられると、そわそわして落ち着けそうにありません。


「なまえ」
「……なんですか」
「手をぎゅっとしてくれるんじゃないのかい…」
「はいはい、こうですね」
「ああ、もっとピッタリと…よし、そうだよ。はあ…幸せだ…」
「……ふふっ。吉影さんみたい…」
「そりゃあ、わたしだってわたしだからね。むしろわたしの方がわたしだ」
「んん……??うーん、よく分かりませんが…ハイ吉良さんは何があってこうなったのですか…?そろそろ話してくれてもいいですよね。ここに来る直前は何を?」
「…色々と散々な目にあっていたよ。直前は…そうだな。東方仗助たち……アイツらとやり合っていた。状況が状況だったから、少し焦っていたかな。まあ、わたしが負ける訳はないんだがね……」


東方仗助って誰だろう。まあ、その人のせいでピンチだったということは理解できました。


「ああ、誰かと戦っていたんですね。ん…、ええと…。つまり、簡単にいうと…」
「戦いの最中、わたしの新しい能力で、なぜだかここに飛ばされた。巻き戻しすぎたというべきか…その辺は残念ながらわたしにもよく分かっていないんだ」
「新しい能力…ですか…。本来戻るべき時点にではなく、既に本来の『吉影さん』が存在している時点まで戻ってしまったと…。そのせいで吉影さんが二人も存在するという謎な状況になってしまったのですね」
「まあ、そんな感じだ…。フゥ〜…、なまえの指はやはり小さくて愛らしいなぁ〜…」


求愛でもするかのように熱心に指同士を擦り合わせながら、ハイ吉良さんはこれまでの経緯を語りました。

ことの全貌をなんとなく把握はしたものの、たくさんの疑問点が残ります。
一つ目。同じ時間に吉影さんが二人存在することになりますが、大丈夫なのかどうか。
今のところ特に問題はないのですが、妙なことが起きないか、一応警戒しておいた方がいいでしょう。

そして二つ目。ハイ吉良さんが元いた時間はどうなったのか。
ハイ吉良さんが飛ばされたこの場所は、彼からするといわゆる平行世界的な別物なのか。
もしくは時間も世界もあくまで一つのみしか存在せず、本当に時間の巻き戻しをしすぎただけに過ぎないのか。
…後者だとして、ふと最も恐ろしい想像が頭をよぎりました。
それは、「ハイ吉良さんが追い詰められて新たな能力を発動して、そしてこの時点まで戻りすぎてくる」…という一連の流れを、もしかするとこれから延々と繰り返し続けるのではないかという懸念です。
進まない時間の中に閉じ込められるループ地獄というべきでしょうか。
私は時間の概念など分からないし、全ては憶測に過ぎませんので、とにかくそのへんがどうなっているのか「確かめる」必要がありました。議論するにしてもとややこしい話ですし、今はとても眠いし……こちらは追い追いという事でいいでしょう。

最後に三つ目。
これは直接聞いた方がいいことです。

私の指を弄り回して恍惚としているハイ吉良さんの手を、ぎゅっと掴んで動きを止めました。
突然動きを阻まれたハイ吉良さんは、不思議そうに私を見つめます。


「ねぇ…聞いておかないといけないことがあるんですが…」
「なんだね?もちろん知ってることなら答えるが」


むしろ誰よりもあなたが知ってるはずのことですよ。


「…ハイ吉良さん。あなたが闘っていたその時、私はどうしていたか分かりますか?」
「……」


もとの時間の私はどこにいて、何をしていたのでしょうか。ハイ吉良さんが非常事態だったらしいのに……。


「それは。……」


微妙に落ち着きをなくし、歯切れの悪い返事をするハイ吉良さん。
黒い瞳の底を探るように見つめていると、サッと視線を逸らされました。


「……分からない。会えてないんだ」
「え、嘘……。会えて…ない…?って、どういうことです」
「……話すと長くなるんだが―――」


ぽつりぽつりと語ってくれた話をまとめると、要するに。


「ハイ吉良さんは仗助……という人たちに追われていて、私とは離れ離れになっていた。そのうち仗助さんたちと戦わざるを得なくなった。その時、土壇場で使ったキラークイーンの能力で『なぜか過去に巻き戻りすぎた』と……、そういう事ですね」
「そうだよ。……いずれ迎えにいくつもりだった。仗助たちを始末してから、いずれ……」
「……」


思ったよりずっと、事態は深刻だったようです。「近い将来、まさかこの人がここまで追い詰められる事になるなんて」という焦りの気持ちと、「ああ、殺人鬼にも遂に裁きの時が訪れるんだ」という気持ちとで正直複雑でした。殺人を続ける人間の行く末なんて、とうに分かっていたはずだけれど。
そうと知っていて、それでも私はこのひとの事を慕っていました。狂おしいほどに。
そうして今、この期に及んでも、彼を守りたいと思っています。人殺しを守りたいなんて、皮肉みたいな話ですが……まあ、これは私の最低のエゴイズムでした。しかし恥じてはいません。

正義の心なんて、真っ当に、幸せに生きてきた人たちだけが何の疑いもなく掲げていられるものだから……、そして私達は、そうはなれなかった。ただそれだけ。仗助さんとかいう人には、私達の気持ちなんて決して分からないだろうし。分かり合えない者同士が闘いに発展するのも当然の展開でした。嫌ですね。

目の前の、すっかり顔は変わってしまったけれど、それでも変わらず愛しい人の頭を抱き寄せます。応えるように私の胸に顔を埋める銀髪を、優しく撫でて慰めました。……いつの間にか、最初彼に感じていた筈の「怖さ」や「違和感」みたいなものは綺麗さっぱり消えています。
―――このひとは紛れも無く、私の好きな吉良吉影その人です。


「はぁ、やっぱりきみはいい匂いだね、なまえ。きみに会えなくて頭がおかしくなりそうだったよ。何をしていても苛立つばかりでスッキリしなかったからね。地獄かと思った」
「……ハイ吉良さん、手、出してください」
「ん。どうしたんだ、急に」
「どうもこうもありません。ほら、出して」
「……なんだい今日は。なまえ。珍しく強情だね」


ぶつぶつ言いながらも差し出された両手を見て、私の口からは小さくため息が漏れました。
やはりというか、……指先が傷だらけ。原因はもちろん、爪を噛んでいたからに他なりません。ストレスでいっぱいいっぱいになりながらも、一人で何とかやっていた結果がこれです。可哀想に。


「よく頑張りましたね、ハイ吉良さん」


そっと手を取り、親指から、人差し指へ、一本ずつ。大切に、丁寧に。私は彼の指先へ口づけました。ハイ吉良さんは放心したようにその様子を見つめています。


「……ちゅ。……でも、もういいんですよ。頑張らなくていいんです。これからはここで一緒に暮らしましょう。吉影さんは……まあ間違いなく渋るでしょうが、私が説得しますので。だから今日は安心して休んで下さいね」
「……」
「あなた、一人でいると無理をしちゃいますからねぇ。出来るだけ傍についていたいんですよ」
「……なぜわたしが、『ここ』へ飛ばされたのか分かった……そんな気がする」
「え?」


何か重大な事が明らかになったのでしょうか?弾かれるようにハイ吉良さんの顔を見つめるも、思いの外彼の表情はとても落ち着いていて、穏やかでした。彼がここに来てから初めて見せる表情です。
視線が交差すると、私達の間に不思議な時間が流れます。


「きみに会いたかったからだ。……離れてからの日々で、心が休まる事など一度もなかったが……今ようやく、心の底から安心出来たような気がするんだ」
「ハイ吉良さん……」
「吉影と呼んでくれ」
「よ、吉影さん。」
「いい子だ、なまえ。わたしのものだ。この先もずっと」
「ん……」


お互いがお互いに引き寄せられるように、私達は自然にキスを交わしていました。幸せだと、確かにそう感じました。
唇が離れるとハイ吉良さ……ええと、『吉影さん』はぱしぱしと瞬きを繰り返し、小さく欠伸をこぼします。今にも消えてしまいそうな弱々しささえ感じました。
珍しいですね。本当に気が抜けてしまったようです、ちょっと可愛い。


「なんだかドッと疲れがきたな、とても瞼が重くて起きていられない……。安心したから余計に……。今日はもう眠らせてくれ。わたしをちゃんと、抱いていてくれ、なまえ」
「そうですね、たくさんお疲れ様でした。ゆっくりおやすみなさい。愛していますよ、吉影さん」


抱きしめて手を握れば、『吉影さん』は一瞬で眠りに落ちてしまいました。それはもうぷつりと、電源が切れたかのように。余程気を張り詰めた生活をしていたのでしょう。
でももう安心です。この先はきっと、このひとは心穏やかに過ごせる事でしょう。そうありますように。





*******





「……ん、ん〜……。おはよ、ございま……はいきらさ……。あれ?」

障子の隙間から漏れる朝日に照らされた布団は、もぬけの殻。でも彼を抱きしめていた感触や温もり、それに匂いも確かに残っています。

あれ、変なの。どこへ行ったんでしょう。お先に起きて、顔でも洗っているのかな。それかお手洗いでしょうか。
私も起きて、廊下で彼を探してうろつきます。
今日はハイ吉良さんと一緒にお散歩でもしましょう。久し振りにゆっくり過ごして貰いたいところです。

「あ、吉影さんだ。おはようございます。今日はその辺にお散歩に行きたいんですが、吉影さんも一緒に来ますよね」
「……当たり前だ。本当はなまえをあれと二人きりになんてしたくないんだからね。おはよう」

ハイ吉良さんの前に吉影さんに出くわしてしまいました。髪が若干乱れているので、同じく今起きたところのようでした。

「ああそういえば、ハイ吉良さんこっちに来ませんでした?」
「調子に乗っている方のわたしかい?……いや、見ていないが」
「え?」





*******





( ???視点 )





わたしの名前は吉良吉影。生前の記憶はない。覚えている事といえば、自分の名前と、心残りはきちんと果たしてこうなったという、ただその自覚ぐらいだ。他は何もない。

しかしその心残りというのが何だったのかは、ハッキリとは思い出せないのだ。ぼんやり、誰かに会いに行ったような気がする。重要な事の筈だが、肝心なところだけがポッカリと―――まるで穴が空いたように思い出せないのはなぜだろう。心地が悪くてしょうがない。
死んだ事すら無自覚なまま、魂だけの状態になって会いに行っていたぐらいだから、よほど大切な用事でもあったと思うのだが、一体それは何だったのか。


「―――思うに、それが君の罰だからじゃないかしら。君の事情は知らないけれど、そんな気がします」


わたしの顔見知りの(わたしがいわゆる幽霊のようなものになってからの知り合いである。わたしを視る事が出来る人間で、説明が難しいが、仕事相手に近い)女坊主はそう言った。
何も知らないくせにこのわたしにそんな偉そうな事を……。と毒づきたくなったがそれは抑えて、話の続きを促す。得られるヒントは多い方が良かったからだ。この幽霊生活になってからは、話せる奴は限られている。……というか、悲しいことに、ほぼこの女しかいない。別に話すのが好きな訳じゃあないが、どうにも……話せる奴がいないと幽霊生活で役立つ知識が手に入りにくいのがネックだった。毎日何もかもが手探りで、暗闇の中のようだ。


「罰ゥ?何を根拠にそんな事が言えるんだ」
「だって、大切な人がいた事自体は忘れられないでいるのに、それが誰かという記憶のみが不自然に欠落しているなど……。おかしいと思わないのですか?」
「……」
「そもそも生前の事で他に覚えている事は?もし何もないのであれば、答えは出たようなものです」
「……もういい。黙ってくれ。それで今日の依頼は何なんだ。オレはもう行くからな」


女坊主から今日の依頼を聞き、さっさとその場を後にした。特に期限はないものだったので、わたしは仕事前に海を見に行こうと思った。時々こうして自分の好きな事をするのがこの不安定な生活の中での癒しだった。たまの贅沢ぐらいしてもいいだろう、電車でも使って遠出するか。適当な駅で降りよう。そういうのも悪くない。




*******




ふらりと行き着いた先は杜王町という町だった。

磯風に乗って、段々と潮の香りが流れてくる。
海に近づけば近づくほど、人の気配はしない。当たり前だ。冬の海に来る物好きな奴なんかいない。
まあ、今は「人からぶつかられれば魂に傷が付く」体質のわたしにとっては都合が―――……なんだあれは。

女だ。若い女。それも一人。ちなみに生きた人間だ。
……潮の香りというのは海に住む微生物が死んで発する匂いだそうだ。たくさんの死の匂いに満ちたこの海岸で、生きた者は彼女一人だけだった。
黒いワンピースを海風にはためかせて真っ直ぐこちらへ歩いて来る様子をじっと観察する。
まるで喪服だ。というか多分喪服なのだろう。誰かの葬式にでも出た後か?
というかなぜこの女はこちらへ来る?もしやこいつ、―――わたしが視えている?


「……」
「……おっ」


てっきり話しかけられるものだと思って少し身構えたが、まさかの素通りで拍子抜けする。わたしが視えてなどいない、ただの人間の女のようだった。視線があったような気がしたのは気のせいで、彼女はどうやらわたし越しにこの先の海を見つめていたらしかった。あの女坊主以外にも話せる奴がいるのかと一瞬柄にもなく期待しただけに、正直ガッカリだ。
それにしてもこの時期に一人で海を見に来るなど、奇特な人間も居るものだなと思った。人のことは言えないが。しかし案外趣味が合ったりするのかもしれないなと思い、なんとなく彼女を観察していたのだが……。
足取りはしっかりとしているが、まるで先の道など見えていないかのような歩き方だ。そう感じるのは何故か。彼女は歩みを止めず、ただ真っ直ぐに歩いていく。海へ海へと、歩いていく。

もうこうなってくると、なんというか……ただならない事態が目の前で起きている事は明らかだった。


「おいおいおいおい……。そっちは崖だぞ?そんな所に何の用があるっていうんだ」


無論、考えられる用なんて一つしかないだろう。
ため息をついたわたしは女の後を追う。
―――普段からこんな善行めいた事をしてるのかって?まさか。バカバカしい。ただ今はなんとなく、こういう事もしておけば今後何かの役にたつかもと思い立っただけである。「蜘蛛の糸」という話があるだろう。とにかく特に意味はない、気まぐれなものだが別にいいだろう。

崖の先。ほんの一歩踏み出せば真っ逆さまという嫌な場所で、彼女は止まった。わたしはその真後ろにつき、いつ彼女が行動に出ようと咄嗟に動けるようにと集中する。
しかしいつまで経っても彼女はそのままだ。
……なんだ?やめたのか?それに越した事はないが。
それにしてもこう密着していると、彼女はなんだかいい匂いがする。線香の香りに隠れるような、微かな彼女自身の匂いの方。せっかくの集中が途切れそうだ。


「あなたのためなら」


不意に彼女の口から吐息混じりに吐き出された、消え入るような声。どうやらそれはここにいない誰かに向けられた言葉のようだった。瞳はまっすぐに、海の向こうへと向けられている。景色を見ているようでいて、しかしそのどれも見ていなかった。


「……あなたのためなら、私、死ねると思ってた。その気持ちに嘘はありません。でも、実際訪れたその時、私は一緒に死ぬどころか……傍にさえいられなかった。あなたがどこにいるのかも知らずに……全てが終わった後で、あなたが死んだと、それだけ聞かされた」


祈るように、彼女は両手を堅く組んで目を閉じた。


「だから改めて今日、ここへ来ました。色々終わらせて、区切りもついたので。さっき、あなたがもうここにいない事をやっと実感できましたから。ああ、今が二度目の『死ぬべき時』なんだって……。でもね……覚悟を決めたはずの今も、私……どうしてだろう」


閉じられた瞼から、はらりはらりと水滴が舞う。それは風に飛ばされて、呆気なく消えた。わたしが今日ここに偶然来なければ、きっと彼女も。


「私、死ぬのが怖いの。でも、もう行きますね」


だから、待っていて―――そう呟きながら最期の一歩へとつま先を浮かせ―――


「何してるんだ?あんた、死んだらどうする」
「……ッ!!」


今まさに死にゆかんとしている彼女の腹へと。
両腕を回し、後ろへ思いっきり―――引き寄せる!

―――幽霊は、自分から「話しかけよう、聞こえさせよう」と思って話しかければ、生きてる人間にも声を聞かせる事が出来る。どういう原理かは知らないが、いわゆる心霊現象みたいなものだな。まあ、それはともかく。

もつれるように二人して地面に倒れこんだ。いつまでも生きた人間に触っている訳にもいかず、彼女の無事を確認すると同時にわたしは横に転がり素早く身を離す。
無事死の淵から生還した訳だが、つい勢いをつけすぎたせいでわたしは背中を強打した。庇うように抱いたが彼女も少し肘を擦ったようだ。呆然としている彼女の剥き出しの左肘から左手首へ。真っ白な肌に一筋の赤い血が流れているさまを、何故だかいやに艶かしいと思った。綺麗な腕を傷つけてしまって悪かったが、まあ、死ぬよりは軽い怪我で済んだのだから文句は言わないでくれよ。


「あぅ、……あ、あ、……!!こえっ……、今っ……!!どうして……。あ、あぁぁ……」


―――彼女はその場に力なく倒れ伏して、わんわんと泣いていた。さっきまでの落ち着き払った様子は何処へやら、子どものようにただ泣いていた。助けたついでに背中でもさすってやろうかと思ったが、そういうのはらしくないのでやめた。何をするという訳ではないが、泣き伏す彼女に近寄り、傍にしゃがみ込む。
言葉にならない嗚咽の中、しきりに何かを繰り返している。よく聞き取れないが……名前?誰かの名前だ。何と言っているんだろう。
……さん。……かげさん。……―――よしかげ、さん?よしかげと言っているのか?
よしかげ。まさかわたしの事か?だとしたら……。


―――彼女は誰だ?


わたしはふと、先程あのまま彼女を死なせておけば、わたしと同じような幽霊になったんじゃないかと思った。彼女が死んだ瞬間に魂を引っ掴んでこちらへ引き抜くという事も出来なくはないと思う。この先話し相手にも困らないし、勿体ない事をしたなと思った。彼女の言う「よしかげ」って奴の話も聞いてみたかったしな。しかしわたし本人だという線は限りなく薄いだろう。一瞬ドキリとさせられたが、偶然寄ったこの町で、生前のわたしを知る者に出会うなど―――ありえない。
それこそ、何かの運命でもない限り。

だがまあ、もう助けてしまったし、これはこれでいいか。今から崖から突き落として殺すのは流石のわたしも忍びないからな。勘違いしないで欲しいが、そこまで鬼ではない。

偶然か、何かの縁かは知らないがこうして生き延びたのだから、きみはこれから先も生き続けていけばいいんじゃないか。

立ち上がり、彼女を上から見下ろす。目の前の光景が何か無性に懐かしいような気がしたが……、とにかくわたしに出来る事などない。彼女を帰るべき家に送り届けてやる事はおろか、寒そうな格好の彼女に服を掛けてやる事も出来ないし、事情を聞いて慰めてやる事も出来ない。してやれる事はもう何もない。
……そうだな、強いて言うなら彼女の前から去る事くらいか。


「……それじゃあ、わたしはこれで」


彼女に別れを告げて、わたしは海を後にする。別れの挨拶は、彼女に「聞こえさせて」はいなかった。
死人が生者にあまり不必要に関わるのは良くないだろうから。
だからこれは独り言みたいなものだ。

わたしの名前は吉良吉影。

いつ……なぜ自分が死んだのかはどうしても思い出せない。ひとつだけ言えることは、自分は決して天国へは行けないだろうという実感があるだけだ。
だがそうなるとどうだ?わたしはさっきの彼女ともう二度と会うことはないのだろう。自殺という罪を犯さず天寿を全うして死ぬのであれば、その時彼女はわたしとは違うところへ行く気がする。

一度くらい話をしてみたいと思ったが、それはきっと叶わない……、か。
まあ、今日のことは、そうだな。心の隅にでも覚えておくとするか。

冷たい風が頬を撫でる。そう、これは死に満ちた潮の香りだ。既に死しているわたしの肺にはよく馴染むが、彼女には似合わなかったな。






-fin-






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