夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




せいぜいお布団で楽しんでください




朝の静かな杜王町。
ここのところ本格的に寒くなってきたせいで、外出がとても億劫だ。しかし私は行かなくてはならなかった。
子どものように私に抱きついてくる彼の頭を優しく撫でて、微笑んだ。


「それじゃあ行ってきます。休日だっていうのに寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。」
「本当に行ってしまうんだね、なまえ」
「出来るだけ早めに帰ってきますから、待っていてくださいね」


首元に巻いたマフラーを少し下げ、玄関で触れるだけのキスを交わす。
吉影さんは名残惜しそうな表情をしていた。別に100年の別れって訳でもないのに、私の両手をぎゅっと掴んで離さない。その姿がまるで子供のように思えて、クスクスと笑ってしまう。


「吉影さ〜ん……?」
「なんだね……」
「手、放してくれないと……ね?少しの辛抱ですから……お留守番ですよ」
「気にくわない」
「え〜……」
「やっぱりわたしもついていくよ。ハァ……、そっちの方がまだマシだからな」
「ちょっとそれは困りますね……。吉影さんみたいなカッコいい人連れて行ったら目立っちゃいますよ。嫌です」
「誰か男と会うんじゃあないだろうな……」
「そんな訳ないじゃないですか。私が吉影さんしか見えてないの、貴方が一番よく知っているでしょう」
「怪しい……」
「はいはいはい、とにかく急いで帰ってきますので!それじゃあ、行ってきます!」
「きみが帰ってくるまで玄関で待っていることにするよ。わたしを凍死させたくなければ余計な人間と話し込んだりはせず、最短で帰ってきなさい」
「またそんな事を言って……」


嫌な脅しをかけてくる吉影さんを置いて、私は玄関の引き戸をガラガラと開けた。途端に吹き付ける冷たい風に身震いしながらも、マフラーとコートという強い味方に守られてなんとか歩みを進める。
……本当は私だってこんな日に外に出たくはない。だけど、今日はレポートの提出期限なのだ。夕方までに出せばいいのだから、お昼頃に出ても良かった。しかしそれでは吉影さんがもっと寂しがるだろうから、朝早くさっさと行って用事を済ませ、午後はずーっと吉影さんと一緒にいようと思ったのだ。要するに吉影さんのための選択だというのに、まったくこのひとは……。

家の敷居をまたぐ所で私は家を振り返る。案の定、玄関の戸を少しだけ開けた隙間から吉影さんがこちらを見ていた。パジャマだから寒くて戸に隠れているのだろうけど、覗いている感じがホラー感を滲ませている。
苦笑し、怪しい吉影さんに小さくバイバイと手を振って私は再び歩き出した。




*******




バカすぎるよぉ……!!救いようがないバカだよ!!
何なの本当に!我ながらどうしようもないよ!!


「ああもう……、何で……!!ううっ、寒いよぉ……!!」


提出するレポートを家に忘れた。王道ど真ん中の凡ミスである。昨日印刷して、ちゃんと机の上に置いておいたのに。
幸いにも駅で気付いたので、さっさと引き返す事にした。時間的には全然余裕だけれど、こんな寒い中無駄に外を歩き回るのが苦痛だった。自業自得だから文句を言う資格はないが……。

先ほど通った道を早足で歩いていると、虚しさに襲われる。また行って帰ってくる訳だから、今日だけで計4回も寒さに震えながらここを通る事になる。間抜けなことだ。しかしやるしかない。私は単位を一つだって落とさずに、安心して卒業したいのだ。少しの不安も抱かずに、安寧・安定・安心をモットーにコツコツと生きていく……というのが私のスタンスなのだから。


「た、ただいま……です……」


かちゃりと鍵を開ける。見慣れた玄関で小さく声を出し、引き戸をなるべく静かに引いた。また先刻のような別れ際のモタモタをするのは面倒くさいから、吉影さんにはなるべく見つかりたくない。コッソリ自室からレポートを確保し、再び離脱するのがベストだ!
そうと決まれば早速作戦決行である。
やるぞ……!と小さく拳を握りしめた。

どうせすぐにここを出るのだし、コートもマフラーも着たままにしておく。泥棒のような気持ちで長い廊下をすり足で歩くと、目的地に到達した。無事に自室まで辿り着くことができ、ホッと息を吐く。
ここまでくればもう、目的はほぼ果たしたと言っても過言ではないだろう……。

己の勝ちを確信して、私は自室のふすまをゆっくりと開け―――


「……」


―――そして閉めた。


「……!?」


私の見間違いでなければ、私の自室に吉影さんがいた。しかしこちらに気付かれてはいない。なぜなら彼はふすまに背を向けるようにして、敷きっぱなしの私の布団にパジャマのままうつ伏せになっていたからだ。

……なぜわざわざ人の布団で二度寝をしているんだろう。もしかして寂しさに耐えかねて、私のお布団の匂いを胸一杯に吸い込む事で気を紛らわせているのだろうか?

そう考えると何だかキュンときてしまった。ふすまをほんの一センチ……顔をくっ付けてやっと中の様子が見えるくらいに小さく開けて、中の様子をコッソリと覗いた。布団に顔を埋める吉影さんの背中を、微笑ましい気持ちで見守る。
朝はたくさん意地悪な事を言ってきて困らせられたものだが、なるほど、寂しすぎて拗ねまくっていたのかもしれない。そう思えば今朝の面倒くさい絡み方も愛おしく感じられてしまう。

それは良いのだが、しかしここで難問が発生した。そう、私の完成レポートはこの部屋の中。どうやってお目当ての物を回収すべきだろう?目と鼻の先にあるものの、彼が部屋にいるとなると当然入っては行けない。満足して出て行ってくれるまで、どこか別の部屋で息を潜めて様子を伺っているべきだろうか?
本格的にコソ泥じみてきた所で、妙な違和感に気付いた。吉影さんの腰がゆっくりゆっくりと、小刻みに揺れていたのだ。布団に押し付け、擦り付けるような嫌に熱っぽいその動きはまるで……。


「ッ……!!!」


「それ」がどういう行為なのか理解してしまった瞬間、途方もなく莫大な羞恥心に襲われた私は咄嗟に口元を手で覆った。小さく漏れ出そうになった悲鳴をすんでのところで飲み込むも、全身に火がついてしまったみたいに発熱して熱い。
本人がいないのをいい事に、あの吉影さんがまさかこんな事をしているだなんて。何だかんだ言って普通にお留守番をしてくれていると信じていただけに、衝撃は計り知れなかった。ちょっと変態趣味があるなと感じた事は数あれど、誰がここまでやると想像できただろう?
普段は紳士らしく振舞っている吉影さんと、人の布団に情けなく腰を擦り付ける浅ましい男の人とが別人に思えさえしている。むしろ別人であってほしい。


「……ン……。……、ッ……」
「……!?!?」
「は……ぁ。……あっ、ぁ……」
「〜〜〜!!!」


私が仰天して固まっている間に、徐々にあからさまになっていくいやらしい腰の動き。ちょっと揺れているな、程度だったものが今やもう言い逃れ出来ない程に熱心に腰をくねらせているではないか。声だって、快感が露わになってきている。

……吉影さん、私の匂いで発情したんだ。

見られているとは知らずに、本人の目の前で自慰に夢中な吉影さん。もし私が見ているのを知ってしまったらどうするだろう?
「自分は恥ずかしい目に遭わされた。だからなまえも、わたしの目の前で同じことをして見せろ」と、強要……してくるのではないか。恐ろしい。
それが分かっていながら、それでも私は目が離せなかった。
こんなレアな光景、二度と見られないかもしれないのだ。そもそも人の部屋で自慰行為に耽る吉影さんが悪いのだから、たまたま見たって私に非なんて無い。
そうだ、たまたまなんだから……!だからあと少しだけ見てしまっても仕方のない事なのだ。


「はっ、はっ、……ぁっ、……あぁ……」
「……」
「ン……ぁ……!なまえ……!ぅっ……」
「……」


吉影さんは私の枕を手繰り寄せると胸の中に強くかき抱き、再び布団に腰を擦り付け始めた。あの枕を私の体に見立てているのだろう。私の布団と枕を、私の知らない所で好き勝手に擬似的なセックスの道具にしているんだ。
こんなことをするなんて情けない。恥ずかしい。……いやらしい。
嫌なはずなのに、なぜかドキドキしている。


「なまえ……あぁ……、なまえ……ッ」
「……!」


必死に私を呼ぶ吉影さんの声が色っぽく上ずり始めた。そろそろ射精が近いことを察知した私はゆっくりと慎重にふすまを閉め、部屋を後にした。もう十分だし、このまま見ていたって私に得はない。
近くの普段使っていない空き部屋に逃げ込み、やり過ごそうと目論む。タンスの影に身を潜めてしゃがみ、口元を押さえる。まだドキドキと全身に鳴り響いている自分の心臓の音がとてもうるさかった。今日見た光景は、この先どうしたって忘れられそうにもない。
程なくして私の部屋のふすまが開く音が聞こえる。事を終えた吉影さんが出てきたのだろう。足音はそのままお手洗いの方へ向かい、小さくなって行った。


「……ッ、はぁ〜……。緊張したぁ……。死ぬかと思った……」


ズルズルとその場にへたれこみ、私は大きく息をついた。……忘れ物を取りに来ただけだというのに、どうしてこんな目に。隠密にレポートを回収して出て行くという当初のミッションの5倍くらい疲れた。今日の私の行動は完全に泥棒のそれであった。朝は数値にして100ぐらいはあった体力も、今や5ほどしか残っていない。スッカスカだ。
もう今日は何もしたくない……けれど、レポートの提出期限は私を待ってなどくれない。人の気配の消えた廊下に顔だけ出して周囲を確認すると、そそくさと自室に戻ってレポートだけを回収し、素早く庭に出た。
今あの人と鉢合わせするのだけは絶対に避けたいのだ。家の中を呑気にほっつき歩くのはあまりに危険すぎるので、庭の植木に隠れるように身体を縮こめながら玄関を目指して進む。こういう時、あと少しという所であえなく見つかるんじゃないかって心配したけれど、特に問題もなく吉良邸の敷地から足を踏み出す事ができた。
赤い頬をマフラーで隠し、気を取り直して歩みを進める。吉影さんのせいで想定外の時間を食ってしまった。本当に疲れた。

……私は無事に学校まで辿り着けるのだろうか。まったく、朝から先が思いやられる。




*******




「ただいま戻りました〜……」
「おや、おかえりなまえ。待ちくたびれてしまったよ。やっぱりどこかで道草してたんじゃあないのか?」
「電車でうっかり眠ってしまいまして……えへへ、ドジしちゃいました。お待たせしてごめんなさい」


勿論嘘である。私が遅くなったのは忘れ物をしたから一度家に戻ったことと、そこで余計に時間を食ったことが原因であった。
しかし、よく待ちくたびれたなんて言えるものだ。一人でいやらしいことを満喫して楽しんでいた癖に。
とは言えず、複雑な心中を隠す私に気づかない吉影さんは、カッコつけた表情で私の顎に手をかけて持ち上げる。
……いつものあれだ。反射的に目を瞑った。


「まあ朝早かったからね、無理もない、か……。さぁなまえ、いつものご挨拶をしようね」
「はい……。んん……」
「……、ちゅ……。フゥ……、こうして直になまえの体温を感じられてやっと落ち着いたよ。わたしは本当に寂しかったんだからね」
「あー、それはまぁ、分かってますよ……」


寂しさに耐えかねたあなたが「何してたか」も全部知ってるんですからね、と―――もしそう告げたら吉影さんはどんな反応を見せてくれるのだろうか?流石に狼狽えたりするのか。開き直り、覗いたことへのいやらしい報復をしてくるのか。
生憎そんな勇気はないし、この先ずっと胸の中に秘めたままになるんだろうけれど。


「そうだ、今日は天気が良かったからね、布団を干したんだ。フカフカになったから心地よく眠れると思うよ」
「それは素敵ですね、フカフカのお布団は大好きです。ありがとうございます、吉影さん」


干した理由は全然素敵じゃないですけどね、と心の中で付け加えながら微笑んだ。どうせ精液の青臭さを消すためだろう。
私の気持ちを知るすべのない吉影さんは機嫌良さげに私の腰を抱くと、「遅くなってしまったが昼食にしよう。なまえと一緒に食べようと思って待っていたんだよ」と嬉しそうに微笑み返してくれた。
可愛いセリフだが、今朝の吉影さんの痴態が脳裏をよぎってしまい顔を見るたび恥ずかしくなる。意識しないように努めても無理だった。それを悟られないように私は満面の笑顔を貼り付けて「嬉しいです!」と言って吉影さんに抱きついた。
今日いっぱいはなんかもう駄目だ。吉影さんがどんなにカッコいいセリフを言っても、優しい言葉で気遣ってくれても、「でも私の布団で変なオナニーしてたくせに」という邪な思考が過ってしまいそうだった。

そうは言っても明日になれば少しはこの恥ずかしさも薄れて、一週間後にはそこまで気にならなくはなっているだろう。時間は何にも勝る薬だ。それは分かっている。
……それでも今後、私が外出している時に布団を干された時は、「あっ、吉影さんまた私の布団で恥ずかしいオナニーしたんだな」と、どうしても予想してしまうだろう。

本当に、本当に困ったものである……。






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