夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




貢ぎの天秤





「ほら、とってもよく似合っているね。うーん、素晴らしい…。ホラ、笑ってごらん?」
「……」
「これもいいね。こっちの紫色のはどうだい?服にもピッタリだ」


ちょっといいとこの洒落たバッグ、お値段も当然それなり。
お店の壁に備え付けられた大きな鏡の前で、吉影さんに言われるがまま、私はこの綺麗なバッグを手に軽くポーズをとらされていました。
恋人とウインドウショッピング…シチュエーションだけなら、素敵で楽しそうな響きですね。
高価な服を着て、綺麗なバッグを持たされてばっちりとおめかしした鏡の中の私は、格好に似つかわしくないしかめっ面をしています。

…ええ、ええ、そうです、いつものことですからね。


「どうしたんだい?難しい顔をして。これは気に入らなかったか。別のを試してみようね」
「あっ、違います違います!そうじゃなくて、吉影さん…。わたし、これ、いりませんよ…。毎度毎度、同じようなバッグを何個買ったら気が済むんですか?」


私とは対照的に機嫌よくバッグを品定めしている吉影さんを止めて、言いました。
私の部屋のクローゼットは吉影さんからの大量のプレゼントのせいで、無茶苦茶カラフルになってしまったのです。
けっこう華やかな…いや、派手な?なんて表すのか分かりませんけれど、とにかく個性的なコーディネートをするタイプの吉影さんからのプレゼントは、やっぱり個性的な色の品々でした。
私のクローゼットは吉影さん色に染められてしまったのです。
いい加減物が溢れそうだし、今日という今日はきちんと拒否しないといけませんでした。
対する吉影さんは特に気にする様子もなく、再び紫のバッグを私の手に握らせると、色んな角度から眺め始めました。
うろうろと私の周りを回りながらじっくり吟味する吉影さんは、どこまでも真剣な表情。
どうもこうも、夢中になっちゃっているようです。
……。


「よ、吉影さーん…?これ、いりませんってば…聞いてますか?」
「何をいうんだ。きみのために作ったんじゃあないかってくらいピッタリなんだから、やはり買っておかないと。売れてしまって後で後悔するんじゃあ癪だからね」
「いや、似合うとかの話じゃなくてですね…。そもそもバッグに限った話でもなくって。今日着てる服も靴もそうだし、あ…あとこの腕時計も吉影さんから頂いたものです!何でもかんでも貰ってると、やっぱり少し申し訳ない気持ちになるんですよ…。プレゼントは本当にありがたいし嬉しいんですけど、そこの所も考慮してほしいな、って」


今日の私は―――いや、いつもそうなのですが―――全身吉影さんから贈られたもので出来ていました。
服や靴はもちろん、パールのピアスやネックレスもそう。
果ては、ポーチの中の化粧品の一つ一つまで。
指先でピンクに艶めくネイルは直々に塗られたものだし、あと、そう、見えないところまで…身に着けているヒラヒラの可愛い下着さえも。
クローゼットのみならず、私自身まで着せ替え人形かのように、すっかり吉影さんの好きに染め上げられちゃっています。


「ああ、よく覚えているよ?その時計は一週間前に買ったものだったっけねえ…やはりわたしの目に狂いはないな。とても可愛らしい…はぁ。なまえ、なんて素敵なんだ…」
「話の途中ですよ!」


謎の恍惚モードに入りかけている吉影さんに制止をかけます。
私のこととなると目の色を変えて熱くなりだすのは悪い癖としか言いようがありません。
愛してもらえるのはもちろん嬉しいのですけれど、その愛情の示し方は少々問題なのでした。


「ああ、そうだった。しかしなぜだね。きみにぴったりだから買って損はないよ。それにこれもわたしが払うし、何も気にすることはないだろ?」
「吉影さんはそうでも、私が困るんですって。いつも頂いてばかりというのは心理的にちょっと、どうしても引け目を感じてしまうんですよ。分かってください…」
「引け目?そんなの感じる必要はないよ。わたしはわたしのやりたいようにやっているだけだからね」
「うう…」


そうじゃなくて…!
上手く気持ちが伝わらず、焦れったい気持ちで次の言葉を探しますが、なんと言えば分かってもらえるのかさっぱりでした。
言葉は通じるのに話が通じません。
この虚しさ、嫌いです…。


「ええと…。あっ…それに、お金使いすぎなんじゃないかって心配なんです…!どれも質の良いものでしょう?」
「まあ確かにそこはこだわってるがね…お金も気にすることはないよ。正直なところ他に使い道がないんだ。わたし自身は特に物欲もないし、たまに気に入った服を買うくらいさ。だからなまえにかけられるお金は実はけっこうあるんだよ」
「そう、なんですね…」
「そうだよ、これで分かったかな。なまえはお姫様だと思って、何でもねだるといい。わたしがどんな物でも買ってあげるから」
「…ありがとう、ございます」


確かに吉影さん、ミニマリストみたいな生活してますもんね。
余計なものが一切ないのはもちろん、ちょっとした娯楽品すらもありませんから、本当にお金を使う機会は限られているのでしょう。
それは納得です、ですが…なんだか悪い方向に話が進んでいるような。
わたし、物なんていらないって言ってるのに、一向に理解してくれる気配がありません。
悪気がないのは分かるのですけど、だからこそちょっとたちが悪いというか…。
愛情の押し売りをされている気分です。

…これも吉影さんのこだわりのひとつなのでしょうか。
だとすると絶対になにがなんでも考えを曲げることはないはずなので、もう私が折れるしかありません。
しかしそうすれば際限なく物が増えていくわけで。
まさか頂いたものを売るわけにもいかないし、私は一体どうしたら…。
今までにないほど途方に暮れました。
にっちもさっちもいきません。

虚ろな目で立ちすくむ私にさすがに何か感じ取ったのか、眉間にしわを寄せた吉影さんが目前にぐっと詰め寄ってきて言いました。


「…なんでそこまで拒否するんだ。私の気持ちなど受け取れないっていうのかい?」
「…そんなわけ、ないでしょう。そうじゃないんですよ…。吉影さんの気持ちはとっても嬉しいんです。だけどね、物を何でもかんでも買い与えるのが愛情かと言われると、なんか違う気がして…」
「…なまえ、これまであげたバッグも靴も洋服も、いいところのものだよ。嬉しいだろう?それとも、もっと高いところのが好みだったかな?そういうのなら、きみだってまた気に入ってくれると思うんだ。作りも材質も一段と違うからね。」
「……」
「そうだ、今日はもう少し名の高いブランドのお店に行ってみようか。このデパートにも確か数店舗入っていたはずで…」
「…行きたくない…です…」
「は……」
「私、行きたくない……」
「……」


唖然とする吉影さんのこの世の終わりみたいな表情に罪悪感を抱きながらも、私はもう顔を伏せることしか出来ないでいるのでした。
私が吉影さんをここまで拒否するのは初めてですからね、吉影さん的に相当ショックだったのは分かりますが、仕方のないことなのです。

どうしてこの人はここまで必死に、私に物を買い与えようとするのでしょう。
俯いて考えに沈む私の手を吉影さんが両手でガッシリと掴み、―――痛いくらい力強く掴み、反射的に顔をあげた私に、吉影さんは縋るように言いました。


「どうしてなんだい、なまえ。最初はあんなに喜んでくれてたろう」


途方に暮れた弱々しい声。
吉影さんは色々な感情が複雑に混ぜ合わされた表情で、こちらを見つめていました。
その中でも一番濃いのは、困惑の色です。
握った手の指先を何度もすりすりと触りながら、吉影さんは言いました。


「…忘れもしない。初めてわたしがあげたのがこのピンクのマニキュアだった。あの日から欠かさず、今日だってつけてくれているこれだよ…」
「それは…私も、覚えていますよ。初めて吉影さんから頂いたもの…とっても嬉しかったですから。……あっ」


初めてのプレゼント、ピンクのマニキュア。
綺麗な小さい包装に包まれた贈り物を貰った時のことが鮮やかに蘇ります。
そうでした、あの時嬉しさの頂点に達した私は、興奮に任せてぴょんぴょん跳ねながらありがとうございます!と繰り返していて。
吉影さんは全身で嬉しさを表現する私をはしたないよとたしなめながらも、ゆるみきった嬉しそうな顔をしていたことを思い出します。
とても印象的でしたから、ついさっきのことのように、幸せな一幕が鮮やかに脳に蘇ってきます。


もしかしなくても吉影さんは、勘違いをしていたのではないでしょうか…?
ああ、なんだか…どうしてすれ違ってたのか、少しずつですが分かってきた気がします。


「吉影さん、聞いてください。それはね、『物』を頂いたこと自体を喜んだというよりも、私を想ってそれをプレゼントしてくれた吉影さんの『気持ち』が何より嬉しかったんですよ。どういうことかって言うと…」


出来るだけやんわりと手首を掴む両手を外し、きょろきょろとお目当の品物を探します。
ありました、あれでいいでしょう。
近くの商品棚から適当な青いネクタイをひとつ選んで、どんよりとしたオーラを放っている吉影さんの前に掲げました。


「例えばこれです。このネクタイ、私からプレゼントされたらどうしますか?」
「そんなの決まっているよ、分かるだろ?たくさん使うのは勿論のこと、汚れようがほつれようが後生大事にとっておくね、わたしだったら」
「ありがとうございます。…じゃあ、もしこれが会社の同僚からのプレゼントだったら?」
「気味が悪いよ。ネクタイ自身に罪はないが、捨てさせてもらおう」
「え、そ、そこまで!?」


着けるのを躊躇う、受け取ってもあまり嬉しくない、くらいの反応を待っていたのですが、想像以上に拒否しましたね。
すさまじい待遇の落差ですが、そこまで言わなくてもいいのでは…!?
まあ、論点はそこじゃないし、吉影さんの中の人間格差は今に始まったことではないので、ここはスルーしておくべきでしょう。


「と、とにかくですよ。物自体は一緒でも、誰が贈ってくれたのかによって感じ方が全く違う。『誰から貰った』か…つまり、その人が自分のことを想って買ってくれたという気持ち自体が重要なんです!」
「わたしは常になまえを大切に思っているんだが…?適当に選んだプレゼントなど何一つないと言わせて貰いたい。全て真剣だったからね」
「それは痛いほど分かってますよ。だけどその気持ちは、必ずしもプレゼントで示さなくてもいいってことなんです。気持ちは色んな行動に乗せて贈れますから…。えっと、だからその…キスとかも…お金はかかりませんが、気持ちのプレゼントでしょう?好きって気持ちを贈るための、コミュニケーションのひとつ」


自分で言っててなんだか恥ずかしくなってきました。
私が吉影さんに愛を説いているみたいですね。
みたいっていうか、その通りです。
変な感じがします。
でも吉影さんは静かに聞いていてくれているので、私も目一杯頑張って伝えます。


「だから物品を贈られなくてもね、毎日たくさん気持ちを頂いてますから、私は嬉しいんですよ。ねえ、吉影さん。話していて分かったんですけど…。やたらとプレゼントをしてくれるのって、私を、喜ばせようとしてくれていたんでしょう…?」
「……」
「……違うんですか?」
「…いや、違くない。違くないが…」
「……?」


どうしたのでしょうか。
何かを言い淀む吉影さんの視線は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと落ち着きがありません。
珍しいことに、自分自身の中の何かに戸惑っているようでした。


「…わたしはなまえの喜ぶ顔を見て満足したかったんだ。きみに色々与えたのは、最終的には全てわたしの満足のためだよ。そう…自分のためだ」
「…へぇ。じゃあ仮にそうだとして、なんで吉影さんは私の喜ぶ顔を見ると満足するんでしょうねえ」
「決まっているだろう。なんでってそりゃあ……」
「そりゃあ?」
「そりゃあ……、……!!」


気づきましたね。
私のためにしても、吉影さん自身のためにしても、どちらにせよ同じ前提の上にしか成り立たないのです。
だから本質的にはどちらも一緒。

微笑みながら見守る私をムッとした顔で見下ろして、だんまり。
やがて吉影さんは、観念したように口を開きました。


「そりゃあ、なまえが……好きだからだが?なにかおかしいかね。え?」
「…ふふ。天邪鬼ですね」
「くっ…なぜだか知らんが死ぬほど恥ずかしいんだが…?まさかなまえにしてやられるとはね…」
「うっふふ、吉影さん、私のこと、大好き〜」
「…そんなの分かりきったことだよ。いつも好きだと言っているだろう。何を今更…」
「吉影さんは、心から私のこと、大好き〜」
「もう好きにしてくれ…」


ハァアと深いため息をついて手で顔を覆っても、頬の赤さは誤魔化せません。
普通に恥じらう吉影さん…!
なんということでしょう、激レアです、激レアですよ!!

ていうか吉影さん、自分でもよく理解できていなかったんですね。
好きな人が喜ぶ顔が見たくてプレゼントをするという心理…ごくありふれた普通の感情だと思うのですが、人間らしい心の機微には意外と疎いのでしょうか。
人を思いやる気持ちとか、好きな人の気を引きたくなる気持ちとか、あたたかで自然な感情。
人らしい感情。
本人もよく分かっていない、心の底に隠れたひとかけらの柔らかい部分。
そして、そういうのを指摘されると、恥ずかしく思うんですね。

なんか、変なの。
いつも好きだの大切だの頻繁に口にするくせに。
そういう種類のツンデレ的なものでしょうか?
なんだかよく分かりませんが、これだけは分かります。

吉影さん…可愛い!


「私も、吉影さんのことが大好き!」
「そんなのよく知っているよ。全く。きみは…本当に…。…はぁ、もういいよ」


吉影さんは腕に抱きつく私の頭をわしゃわしゃと雑に撫で回すと、観念したようにバックを元の棚へ戻してくれました。
や、やったー…!やりました…!
これで無限プレゼント問題はひとまず解決なのです!
気持ちの贈り合いなら金銭は発生しませんし、負担にもなりませんし、何より二人ともとっても幸せ!
健全で素敵な関係ですよね!
この先永く一緒にいても、相手を思いやる気持ちはずっと忘れずにいたいものです。
吉影さんが暴走しそうになった時は、その都度私がどうにかしましょう。
吉影さんには、やっぱり支えてあげられる人間が必要です。
今は私が、傍でその役割をしていたいです。


「…ふむ。ま、確かに調子に乗って買い過ぎていたかもしれないね。これからは別のことでわたしの『気持ち』を嫌というほど分かってもらうことにしようかな…」
「はい、出来ればそれでお願いしますね。私もいーっぱい『気持ち』のお返ししますから!」
「言ったね?その言葉、よく覚えておくように」
「え?」


私、何か変なこと言いましたかね?
ぽかんとする私の耳元に、意地悪な顔をした吉影さんがぐっと顔を寄せ、小さく掠れた声で囁きます。


「…今夜は、なまえの気持ちのお返しをたっぷり貰いたいと思ってね。だから…いつも嫌がってた騎乗位の練習をちゃんとしてみようね?」
「……!!!」
「してくれるだろう?」
「ぅ…、……!!そ、それは……その……」
「勿論してくれるんだよね?お返しをくれるんだろ?なまえから言い出したことなんだから…責任を持ちたまえ…」


怖っ…!
一切の言い逃れを許さないというような、いつになく威圧的な口調に、逃げ道がないことを悟ります。
さっきからかったことを完璧に根に持っていますね…?
しかし私もさっき偉そうなことを言った手前、大人げないですよ、やめて下さい、とは言いづらいです。


「わ、分かり…ました…。今日は、上で頑張ります…」
「ああ、それでいいよ。きみの溢れんばかりのわたしへの愛情をとくと見せてもらおうじゃあないか。いやあ、楽しみだなあ〜」
「……」


先程までとは打って変わって、随分とご機嫌になった吉影さんの頭をポンポンと撫でて、私はこっそり小さなため息をひとつ。

これでいいのです。
この位なら充分なんとかなりますし、恥ずかしさをぐっと堪えて、ちょっと気合い入れて動くだけ。
そう、いつもよりちょっと頑張るだけ…。
まあその恥ずかしさが何よりの問題で、今までちゃんと出来なかった体位なんですけど、今が腹をくくる時のようです。
やるぞ、私、頑張れ、私…出来る出来る。
なんとか、やってみせましょう!


「ああ、それと」
「ふぅ…なんですか、吉影さん」
「最中『いや』『だめ』『無理』は禁止だからね」
「えっ…」
「そういう時は、『気持ちいい』『好き』『もっと』って言うものさ…今日はそれが追加ルールだ」
「う、ううっ…!分かりました!分かりましたよ!吉影さんの想像以上にすっごいことしまくっちゃいますんで!それでいいでしょ…!!」
「フッ…、は、フフッ…」
「な…何笑ってるんですか…」


突然プルプルと堪え切れない笑いを漏らし始めた怪しい吉影さんに若干引きつつ、様子を伺います。
今度は一体何を言いだすつもりなのでしょうか…!?
無意識に身構える私に対し、吉影さんは妙に楽しそうで、不信感は募るばかりです。


「いやぁ?なまえも意地っ張りだなぁと思ってね…負けん気が強いっていうか…。そういうとこ、わたしに似てるんじゃあないかな」
「えっ、そうですか…?」
「そうだよ。転んでもただでは起きないし、実はけっこう我が強い」


褒めてるのか貶してるのか分かりづらいですね!


「…まあ、それ位じゃないと吉影さんの傍にはいられないでしょう」
「フフ。ほーら、そういうとこだよ。可愛いねぇ」
「なっ……」


くっ…ついムキになって言い返してしまいました…!
私をまんまと罠に嵌めた吉影さんは得意顔です。
これ以上ボロを出すと恥ずかしいので、適当に切り上げてさっさと別のお店へ行きましょう。


「あ〜…、そういえば吉影さん、他にどこか行きたいお店はあるんですか?」
「特にないよ。もともと今日は、店のものを見てはしゃぐなまえを見て楽しもうと思っていたからね。なまえの好きなように回るといい」


斬新な楽しみ方ですね。
あえてそこはノータッチです。
物欲のない吉影さんにとってはそれでいいのかもしれませんしね。
ショッピングの楽しみ方は人それぞれです。

じゃあ雑貨屋さんに行きたいですと言い、握ったままだった商品のネクタイを棚へ戻そうとすると、慌てて腕を掴まれました。
え、どうしたのでしょう。


「ちょっと待ってくれ。このネクタイ、わたしに贈ってくれるんじゃないのかい?てっきりそうだと思ってワクワクしてたんだが」


ああ、あれ。話の例えで出しただけなんですけど、せっかくの機会ですしネクタイは買ってもいいかもですね。
ひとつくらい癖のない爽やかな柄のネクタイがあってもいいでしょうし。
でもそれじゃあ吉影さんの個性が死んじゃうのかな?
…ファッションは難しいです。


「んー、これでいいんですか?けっこう適当に選んじゃったので、良かったら今から真面目に選びましょうか?」
「いや、これがいいんだ。さっきの例え話を聞いて、すっかりこれを貰う気になってしまっていたからね」
「じゃあこれにしましょうか。何かの縁かもしれないですし」


吉影さんが気に入ったのなら問題ないでしょう。
戻しかけた手を止め、私達はレジへと向かいました。
ラッピング用のカウンターで綺麗な包装を施してもらい、いざお会計…とレジに戻ってきて、私は驚きました。

なんで吉影さんがお会計済ませちゃってるんですか?
え、何?私から吉影さんへのプレゼントなのでは?
プレゼントとは一体…?
……???


「よ、吉影さーん…?何故お金を払ってしまったんですか…?」
「ああ、すまないね。しかしこれ、レジで気がついたんだがけっこう値の張るやつじゃあないか。学生にはちょっとキツいだろうと思ってね、気にしなくていいよ」
「あ、そうだったんですか!?」


痛恨の確認不足です!
急いでレジの表示を確認すると、確かに私のお財布には辛めのお値段が厳かに表示されていて、衝撃を受けました。
しかしそれでも、払うべきは本来私…なのに…!
先程散々偉そうなことを言ったくせに私は一体…なんてことを…!
せっかくの吉影さんへのプレゼントなのに、こんなんじゃ…!!


「あっ…あああ…。よ、吉影さん…!わ、私っ…」


みっともなく狼狽える私の両肩を掴み、どこまでも落ち着いた目をした吉影さんは宥めるように優しい声音で私に語りかけるのです。


「大切なのは贈ってくれた人の気持ち。そうだろう?」
「あっ…」
「だから別にいいんだ。これをわたしに渡す時、ありったけの気持ちを込めてくれればそれが何よりのプレゼントだからね」
「よ、吉影さぁん…ありがとうございます…!!」


やだ…かっこいい…!
なんてスマートで…紳士で大人で…吉影さんはやっぱり凄いです!
正統派のかっこよさを完全に不意打ちで浴びせられた私は、吉影さんのあまりの眩しさにクラクラです。

こういうところ、もう、ほんっとう、敵わないなぁ…。
私ももっと大人になったら、吉影さんみたいにスマートに誰かを支えられるようになれるのかな?




一悶着ありましたが、最終的には私はもっと吉影さんを好きになって、お店を後にすることになったのでした。










*******










その後、私達はぶらりと色んなお店を見て回って、帰宅しました。
いつも通り吉影さんの美味しい夕食を頂いた後は、私が食卓を片付けて…。
よし。
タイミングとしては、二人とも落ち着いている今がベストでしょう。
たくさんの思いを込めて、ネクタイ、渡さなきゃ。

そわそわしながら待っていると、食器を洗い終えた吉影さんが居間にやってきました。
今です!私からの気持ちを…吉影さんへの特別な思いを贈るのです…!
座布団からすっと立ち上がって駆け寄ると、ぱちりと目が合い、分かっていたよと言うかのように微笑まれ、少し頬が熱くなりました。


「吉影さん。…改めて、今日はありがとうございました。お店、一緒に見られて、色々お話しできて…楽しかったです」
「うん。わたしも楽しかったよ。また行こうね」
「はい、是非。それでその、いつものお礼にこれを…良かったら受け取ってください。いつもありがとうございます。吉影さんは優しくてかっこよくて…強引なところも私にとっては頼り甲斐があって。す、好きです」


あああなんか、告白みたいになっちゃいました…!
でもまあいいや!だって吉影さん、嬉しそうだから…!
穏やかな吉影さんのこの笑顔が、私は一番大好きなんです。

背後に隠したプレゼントを、吉影さんの目の前にパッと差し出します。


「ありがたく頂くよ。私もなまえが好きだよ。誰よりもどんなことよりも、今までもこの先も、きみだけを愛しているよ」
「えへへ…もう、そうやってすぐ大袈裟に言うんですから…」
「いいや、本心さ。分かっているくせに、恥ずかしいからってそんなことを言って。困った子だ」


私はプレゼントを差し出す手をすりすりと撫でられながら、何度も落とされる可愛らしく啄ばむキスを受け止めます。
ああ、ダメなんです、私。
こんな風にされたら、好きって気持ちが交じって…幸せになっちゃう…。
吉影さんに大切にして貰うと、とっても嬉しくて…もっともっとと、欲望が底を尽きなくて…。

全身に染み渡る幸福感でぼんやりとしながらもなんとか立っている私の頭には、もう既にピンクの霞がかかっています。
幸せで…もうなんでもいいやって、そんな気分になってしまうそうで…。
……。


「ん…ちゅっ。…さて、それじゃあ早速開けさせてもらおうかな。…ん?」
「はぅ…」
「おや?これは…なまえ?」
「……はっ。あ、えっとそれも、吉影さんにあげます…。好きな時に使ってくださいね」


いけません、あやうくどこかへ飛びかけるところでした。
ぼけぼけしかけていた精神を何とか引き戻して、私は吉影さんに『二つ目のプレゼント』を差し出します。
結局ネクタイは吉影さんの負担になっちゃいましたからね、だから私からの純粋なプレゼントとして、これを。
さっき吉影さんが夕飯の準備をしている間にこっそり作ったんですよ。


「これは、ふむ…何?『何でも言うこときく券』…!?いいのかい、こんな凄いものを貰って!」
「はい、それが私からの気持ちです」
「うおおお…!!」


思った以上に喜んでもらえて私も嬉しいです。
子供のように純粋に興奮している、いつにない様子の吉影さんに、微笑ましい気持ちが湧いてきます。

『何でも言うこときく券』。
子どもが親の誕生日にプレゼントするような、まあ、手作り感溢れるあれです。
後ろに書いてあるいくつかの但し書きさえ守ってくれれば、何でもありの超スペシャルな券。
悪用は厳禁、他人を害する恐れのあることは不可能。(一緒に人殺しをしようとか命令されたら流石にまずいので、一応の保険です)
五枚綴りなのでけっこう好きな時に使えるかと思います。

ひとしきり興奮しきって落ち着きを取り戻した吉影さんが、二つのプレゼントを心底大切そうに胸元に抱きしめます。
その顔は安らぎに満ちていて、一種の達観さえ感じさせる表情でした。
…な、なんだか想像以上の効果でしたね!


「なまえ…私はとても…とても幸せだよ。想定外のことは嫌いなはずなのに…きみのくれる想定外はいつだってわたしを素敵な気持ちにさせるんだ」


陶酔のため息をこぼして、吉影さんは語ります。


「昼間、きみがわたしにネクタイを贈るという例え話をした時、凄く嬉しかったんだ。粋なことをするなぁと思ってね…」
「…?粋なこと?実はちょうどネクタイが欲しかったとかですか?」
「…え?」
「あれ、違いましたか?え、ごめんなさい、どういうことでしょう」
「男にネクタイを贈るのは…あなたに首ったけって意味なんだよ。分かってて例えに出したもんだと思っていたが、もしかして違ったのかい」


…し、知らなかった…!!
それにあの時は咄嗟なうえ、必死でしたから…!
あ、そういう意味だからこそ同僚の男性を例えに出した時にあそこまで酷く拒否ったのですね。
男から熱烈なアピールを受けたって寒気に襲われるだけでしょうし、今やっと納得です。
無知なことを後悔しつつ、しかし過ぎたことはどうにもできず、歯がゆい思いで反省。
…でも私は、昼間、吉影さんに言われた通りの負けん気の強い人間ですから、逆にこのピンチをアピールポイントへと変えてやるのです!


「すみません、私、そういう意味があることは知らなくって…。でも、吉影さんに首ったけなのは紛れもない真実なんですよ!それを今夜、いつもよりたっぷり、お見せしますから……ね?」
「おや、それは楽しみなことだ…。もしかしたら今夜はとびきり素直ななまえが見られるのかな…」
「そうできるよう、目一杯ご奉仕しますので、よろしくお願いしますね」


真剣に頑張りますよ!という意思表示も兼ねて、ぺこりとお辞儀をします。
珍しく泣き言も、ポーズだけのいやいやも言わない私を前に、吉影さんも目を丸くします。
素直さは100%、吉影さん大好き度は1000%で挑むつもりですので、最中はきっと自分でも知らない自分になってしまうことでしょう。

恥じらいと意地。
いつも私の理性をギリギリで繋いでいるそれも、今夜は最初からありません。
だって、約束した追加ルールもありますしね。
『いや』『だめ』『無理』が封印となると、必然的に吉影さんに縋り、よがる言葉しか言えないわけですし。
うーん、吉影さん、やっぱり策士ですね。
私、してやられちゃった。

吉影さんはお辞儀から顔を上げた私を気分良さげに眺めると、優しく、優しく、髪を撫でました。


「今日のわたしはとっても優しいからね。騎乗位も、なまえのペースでゆっくりじっくり練習しようじゃあないか…」
「ありがとうございます。でも、きっとその必要はないと思いますよ?」
「おや?どうしてだい?」
「だって吉影さん、途中で我慢できなくなって、絶対下から滅茶苦茶に突き上げてくるはずですからね。…あ。我慢比べ、してみましょうか?」
「言うじゃあないか。フフ、いいとも。なまえが上手に騎乗位で動けるようになるまでわたしが堪えられたらわたしの勝ち。その前にわたしが勝手に動けば、負けだね」
「そんな感じですね。私、勝ったら吉影さんから『なんでも言うこときく券』が欲しいなぁ…」
「いいだろう。わたしが勝ったら、…第2ラウンドをする権利でも貰うとしよう」
「決まりですね!」


慣れない体位でヘトヘトのところに連戦を仕掛けられようものなら、死んでしまいかねない気がしますが、そうだとしたってやはり問題はありません。
だって私が勝つんですから…!!
今こそ負けん気の強さを充分に発揮する時です。

さてさて、今夜はお互い譲れない戦いになりそうです。
お風呂に入り終えたら、試合開始の合図。
気合い入れていきますよ〜!











*******












そうしてオチはどうなったのかというと。

勝負は私が勝つことになるのですが、お互いがこれまでになく…比類なく燃え上がっていたせいで、結局第2ラウンドどころかなし崩しの第4ラウンドまで雪崩れ込むことになるなんて、先ほどの二人には知る由もないのでした。
腰の酷使による翌日の鈍痛もまた前例がない程ではありましたが、おかげで(?)吉影さんが動けない私の世話を焼いてくれることになりました。
その後頂いた『何でも言うこときく券 from吉影』を使うまでもなく甲斐甲斐しく寄り添い、やたらと過剰に何でもかんでもしてくれようとする吉影さんに苦笑しつつ、私はしみじみ、『このひとに愛されているんだなあ』と胸を温かくしてしまいます。

目一杯の愛を貰って、ありったけの愛で応えて。
相手にあげたせいで空いてしまった部分は、相手からのお返しの愛で埋めることで、天秤は常に釣り合います。
それを繰り返していく内に、心がだんだんぽかぽかしてきて、幸せになって。

不思議ですよね。

交換こですから、計算上はもとからあった量と変わらないということになるはずですが、愛も心もそう単純なものではなく。
相手から貰った分は、十倍も、果ては百倍も価値のあるもののように感じられます。
その理由はきっと、好きだから。
大好きな人から貰ったものだから。

吉影さん、あなたにだったら私、際限なくこの愛を貢いでしまいたいって思えるんです。





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