夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




外れぬ首輪で、飼い殺し






「吉良さん、誰かと付き合ったことってあるんですか?ええと、生きている人間限定の話で」
「…なんだい、急にそんなことを言って。やきもちでも妬いているのかい?」


質問を質問で返すこの姿勢。
ままあることですし、別に不快ではないのでいいのですが、吉良さんらしいなと感じます。
人には指摘するけれど自分はガバガバなところが、自分勝手の極みという吉良さんの性格を如実に表しているあたりが。

季節は初夏。
湿気をはらんだ生ぬるい風が肌を撫でる、晴れとは言えどちょっと過ごしにくいような日。
私たちは何をするでもなく、いつもより薄着で寄り添っていました。
ただでさえ暑いのにくっつかなくても…と思われるかもしれませんが、でもこれがいつも通り。
今更離れて座るのも違和感ありまくりです。
吉良さんはシャツを腕まくりしているし、前のボタンは珍しいことにゆるーく開けちゃっていました。
ゆえに鎖骨がよく見えました。
私は私で、ペラペラのキャミソールにショートパンツと、ほぼ肌剥き出しの格好でした。
最初はギョッとして、正気か?みたいな目で見てきた吉良さんでしたが、今やもう慣れたようで、何も言われません。

吉良邸の縁側は風通しが良く、また上手い具合に影が出来ているので中々の良スポットでした。
ちなみに、風鈴なんかも飾ってあって時折透明な音が届きます。
やたら物が少ない家だなと思って私が買ってきた品物で、吉良さんが大層気に入ってくれたやつです。
こういう風情があるもの好きかなーとの考えがあったのですが、ドンピシャだったようで安心しました。
不要なものは欲しがらないけど、こういったものなら大丈夫みたいですね。
ゆっくり物を増やしていこうかな。
二人の好きなものでこの家での思い出を上書きして。
今より少し華やかに、楽しいお家になるといいなあ。

…ああ、なんの話でしたっけ。
そうそう、吉良さんが人間とお付き合いしたことがあるのか、についてですね。
別にやきもちではなく。
いえ、厳密にはやきもち心もちょこっとあるのですが、今はそういう意味で聞いたんじゃないのです。


「いえ、なんていうかその、確認しておきたかったので。それに吉良さんの『彼女』にいちいち嫉妬してたらキリがないですよ?私、何十番目になっちゃうのやら…」
「酷いことをいうもんだ。数だけ見ればそうかもしれないが、わたしは一人一人を大切にしていたよ。肌の色に合わせてマニキュアの色味を変えてあげたり、ぴったりサイズの合う指輪を探してあげたりと。もっとも、きみと暮らすようになってからは一切恋人は作っていないがね…フフ。わたしはそういうところ、キチッとする男だからね」
「それは『手』の恋人の話じゃないですか。生きてる方はどうなんですか?モテてはいたんでしょう?私、知ってますからね〜」
「モテようが何だろうが関係ないよ。そんなものはいないがね。大体、喋れるようにしておく意味も、五体満足でいてもらう意味もないだろう。となると必然的に生身の恋人を作る理由などないね。面倒くさい」
「へえ。じゃあ凄く疑問なんですけど、なんで私は今日までこうして生きているんでしょう?」
「さあね、面倒くさくないからじゃないか」
「本当かなあ」


そういう吉良さんはこの上なく面倒くさそうな表情をしていますが。
まあ、わざと面倒な質問を投げた私が悪いですね。
なんだかたまにからかいたくなってしまうんですよね。意地悪をしたくなるというか。
吉良さん相手にどこまで許されるのか、無意識に推し量ろうとしているのかもしれません。


「そんなのは、なんだっていいじゃあないか。…一体何を恐れているんだい。今日のなまえは疑問が多いね」
「え、そうでしたか?気のせいですよ、きっと」
「……へぇ?」


吉良さんの青い瞳が、私を上から下までじーっと見つめていました。こちらの本心を探るように、疑い深く。
この視線は苦手でした。
…嘘が『バレそう』だからではなく、『どういう意図があって』嘘をついたのかを探られているからです。
最初から通用しない嘘と分かって欺いていても、さすがに冷や汗が…。


「…というかね。理屈なんてどうでもいいのさ。生きていようが手だけだろうが、何かを愛する心に正しいも間違いもないからね。好きだと感じたから好きになった。あーだこーだとか理由はいらないんだ。いいかい?こういうのはね、感じるままであるべきなんだよ」


どうやら吉良さんの興味の矛先が逸れたようでした。
一気に体の力が抜けます。あーあ、怖かった。
愛についての、所々強引な自論を気分良く話し続ける吉良さんに生返事をしながら、私は考えました。

吉良さんと一緒にいる上で、どうしても気になる問題ってありますよね。
彼、殺人鬼じゃないですか。
どうやらやっぱり生身の恋人は私が初めてらしいけれど、この関係が終わる時って、私はどうされるんでしょう。
一つの可能性としては、「計画的に殺す場合」がありました。
色々知り過ぎちゃってるから、爆殺で私の存在ごと綺麗さっぱりなかったことに…、がやっぱり妥当でしょう。
それも油断している時に、何も知らないまま不意打ちでドッカン。
爆殺されるのってどんな感じなのかなと興味を持ったところで、被害者にインタビューなんてとても不可能ですし。
死人に口なし、です。
仮に聞ける状況が成立したとしても、興味本位で己の不幸な死因について無遠慮な詮索をする者など、良くて平手打ちで追い返されるのが関の山というところでした。
まあでも、私は吉良さんが凶行に及ぶその瞬間こそ見たことはありませんが、吉良さん本人が割と積極的に人を殺した時のことを事細かに心情を交えて話してくるので、どういう殺し方をしているのかは知っています。

…爆殺は明確な殺意があった時の手段になることでしょう。
もう私がいらなくなって邪魔とか、歳をとったら一気に魅力的に思えなくなったとか、そういうのです。
正直今ですら魅力的とは言い難いのが痛いところなんですけれども…とにかく冷静に、合理的に、私という存在を「不要」と結論づけた場合のケースといえますね。
…自分で言ってて傷つきました。
いらないもの扱いされるのはちょっと、嫌です。
特に吉良さんにだけは。
……、……。


あとありえるのが…そうそう、衝動的に殺す場合。
爪が伸びる周期になると、どうも頻繁に悶々としているようなので、つい勢いで私の首を絞めたらぽっくりいっちゃった!なんてこともあるかもしれません。
あるのかな。
…あるよね?
…うん、ありえるはずです。
吉良さんだし。

そういった時期は不用意に私に近寄りすぎないようにして外で鬱憤を晴らしているみたいですけれど、事故が起こらないとも限りません。
もともと忍耐力のない人ですし、私がしつこく近寄ってわざと煽りに行ったり、手や首を触らせたりすれば充分危ないでしょう。

髪を弄んだり気まぐれに手ぐしで梳いたりと、勝手に私の頭で遊んでいた吉良さんの手をとると、長いお話がぱたりと止まりました。
不思議そうな顔をしながらきゅっと手を握り返されます。
違う、そうじゃない。

その優しさが欲しいんじゃない、それを伝えるために、吉良さんの大きな手を自分の首へと誘導します。
吉良さんの大きくて骨ばった手で、しっかりと私の首を掴ませました。
その気になれば私の貧弱な首なんて簡単に折れてしまうという事実に、ごくりと喉がなりました。
喉仏に当たる親指がもし私の喉を強く圧迫すれば、息をするのも苦しくされてしまうでしょう。
心臓が早鐘を鳴らし、全身がぶわりと熱く滾りました。
ああ今、私の生は完全に吉良さんに掌握されています。
もしかしたら、次の瞬間…殺されちゃうなんて可能性も、ゼロではない…かも?

夏のせいではなく、ぼうっと熱いもやのかかった頭のまま、されるがままの吉良さんに問いかけました。


「…ドキドキします?」
「……、……。はぁ。きみねぇ……」


対して吉良さんは、まったくの呆れ顔でした。
ええ、拍子抜けするくらい、微塵の興奮の色も滲ませていない、涼やかな表情です。


「なんでそんな顔してるんですか。興奮、しませんか?」
「わたしの前にきみ自身はどうなんだ。どんな顔をしているのか、…なまえ、自分で分かってるのかい?」
「え…別に、普通ですよ。私、なにか変ですか?」


笑っても怒っても悲しんでもいないと思うのですが…何がそんなに引っかかるのでしょうか。
吉良さんは何か言いたげに私を見つめます。
よく分からないままに青い瞳を見つめ返していると、不意に吉良さんの指に、頚動脈の上をすりすりとなぞられました。
奇妙な感覚に、途端に全身が震えました。
でも、これは、嫌なわけじゃなくて…。


「あっ……、はぁっ……き、吉良さん……?」
「瞳は蕩けきって、興奮に頬を赤らめて、これから殺されるって顔じゃあないな。どちらかというとそれは加害者の表情に近いと言える」
「……」
「わたしにきみを殺させようとしているだろう。だからきみは加害者の顔ができる。ああ、もう、まったく…。人を使った自殺はやめてくれたまえ」
「……うふ。バレちゃった」


あーあ。
もう、これだから…。
これだから吉良さんって大好きなんです。
私たちってやっぱり同じ…隠しても分かっちゃう。
隠したいことでさえ、分かられちゃう。
恐ろしいような、しかし嬉しいような。
恥ずかしいような、しかし快感のような。
多分吉良さんが私に己の殺人趣味を打ち明ける時と同じ気持ちで今、私の胸の中は無茶苦茶に渦巻いていました。
こんなにも昂ぶって、あなたに分かってほしいのだと確かに叫んでいました。


「ね、吉良さん。私、ずっと聞きたかったことがあって…。いつになったら殺してくれるんですか?ああ、別に催促してる訳じゃないんですよ。ただ…大まかな目安を教えてほしいんです。ほら、あるでしょう?飽きたと思ったらとか、私が若くなくなったらとか、そういうの」
「……」
「吉良さん?聞いてますか?」
「…はぁ。またきみはそんなことを言って、まったく…。いいかい、わたしはなまえを殺さない。殺してあげないからな、きみだけは。何度言われようが同じだよ」
「そんな…。他の女の人には強引にどうこうしちゃうくせに、私にだけ意地悪をするなんて…。ひどいんですね」
「ひどいのはきみだ。勝手に死にたがるんじゃあないよ。きみの命はわたしのものだろう?最初にそう約束した時から、一秒だってきみ自身がきみのものだったことなんてないんだからね」


ああ、そういえばそんな約束もあったような。
いえ、私の命は吉良さんのものだなんて言った訳ではありません。
なんてことない会話の中で、吉良さんのこと好きですよと軽く口にした際、ならなまえはわたしのものということだね?と謎の解釈をされた時、ノリでそうですねと答えたことを上記のように捉えたようです。
…こうして思い出してみると、ぶっ飛んだ会話ですね。


「熱烈ですね。う〜ん…、でも…そうじゃなくて…」


その強引さも横暴さも素敵なんですけど、大好きなんですけど。
今はそれよりも…。

そこから先の言葉を黙らせるかのように、不意に吉良さんの指が喉を軽く押さえつけました。
思わずぐえっ、と変な声が出そうになり、涙目で吉良さんを見上げます。


「分かってるよ。なまえの考えてることなんて。だって…」


こんなにも私に近しい人間、この世にまたといないだろうさ。と。
まるで運命が選んだ二人だとでも言うように、吉良さんもまたこの時、うっとりとした瞳で語っていました。
互いの声と風鈴の音しか聞こえないこの縁側で、今、確かに世界には二人しか存在しませんでした。
ずっとこうしていられるなら、どんなにいいことか。
今が永遠になってくれればいいのに。
ずっと幸せでいられるのに。


「きみは…」


喉を圧迫していた手が少し緩み、ほう、と息を吐きます。
続けて、吉良さんは静かに口を開きました。


「きみは殺されることを期待しているね。それもただ死にたいというわけじゃあない。あくまでわたしの手で、生を奪われることを望んでいる」
「…だって、最後の最後まで吉良さんに奪われ尽くしちゃうなんて、素敵だと思いませんか。どうせ色んな初めて根こそぎ奪ったんですから、この際責任を取って全部コンプリートするっていうのもありかなぁ、とか思っちゃったり?」
「…それがきみなりの殺しの『美学』かい。まあ悪くないし、そうだなあ…せっかくの機会だから詳しく聞こうじゃないか。殺してはあげないが」
「頑固ですね」
「フ、どうとでも言うがいいよ」
「…もう!」


依然として首に添えられたままの手を、勢いのまま振りほどきます。
殺しの美学…と言えるのかは分かりませんが、吉良さんはやっぱりこういう話題が好きなようですね。


「…生きてると、嫌なこともあるじゃないですか。で、もしかしたら、これから先絶対耐えられないレベルの嫌なことに見舞われるかもしれないでしょう?そうなる前に吉良さんに殺してほしいなと、ふと思って。この先も生きていればどうせ受けるはずだった痛みを凝縮して、吉良さんから直々に刻み付けて終わらせてもらえるなら、そっちの方が素敵だなって、それだけですよ」
「なるほど。なまえはロマンチストだね。いや、じつに気に入ったよ。面白い考えじゃあないか。殺しはしないが」
「ああもう、分かりましたから!頼みませんよ!」
「フフ。時が来たら一緒に死のうね。残念ながらそれまでは、まだまだきみは生きる予定だよ」
「…えっ?」
「なんだね、もっと喜ぶかと思ったんだが。意外かい?」


誰よりも生に執着しているはずの吉良さんの口から「一緒に死のうね」なんて言葉が出てきた衝撃に、面食らってしまいました。
しばし呆然。
どういうことなんだかよく分かりませんが、ええと、つまり。


「心中?」
「ンー、ちょっと違うかな。積極的に死のうとしたい訳ではないからね。生きられるところまで生きても、最終的には必ずどちらかが先に死に、片方は一人残されることになるだろう?」
「うわ、現実的ですけどキツい状況ですね…」


私たちが腹を割って話せる人間なんて、もちろんお互いしかいません。
一人置き去りにされてしまったら、死ぬまでまた仮面を被り続けるしかないのです。
一度外した仮面を拾って、今度は本当に二度と外すことのない人生。
きっと仮面の下で何度でも、素顔を晒せた人との日々を思い出しながら、当たり障りない人間を演じ続けるのです。
ああ、なんて生き地獄。


「そう。とってもキツいのさ。だからそうならないように、どちらかの死が確定した時点で一緒に死ねば問題ないだろ?それにその瞬間まで手を繋いでいれば、もしかしたら、あの世でも一緒にいられるかもしれない。そこは運任せ…いや、運命任せかな。ま、あの世があるのかは知らないが…いいこと尽くしって訳だ」
「そこまで考えてたんですか…ちょっと驚きでした」
「わたしは計画的なのさ」
「さすがです…」


吉良さんも、私たちの終わり方については普段から色々考えてはいたんですね…。
私の発想がいかに短絡的で衝動的なものか、思わぬ形で思い知らされる羽目になりました。

そうです、私のは思いつきです。
自信のなさからくるただの自虐です。
吉良さんに嫌われる日をいつか迎えるくらいなら、今確かに愛された実感に包まれたまま死にたい、という身勝手な願いごとでした。
夏だから、外はこんなにも晴れ晴れとして爽やかだから、その反動でネガティブになってしまったのでしょうか。
どこまでも続くような綺麗な青空と、どこへも行けない私たちだから。
色んなことを諦めた私たちだから。


それにしても、死んだあと、かぁ…。
死んだ瞬間、全てが終了になると思ってたんですが、吉良さんはそうは考えていないようです。
こういう議論って人によって諸説ありますが、どうやら吉良さんは記憶は引き継げる派みたいですね。
死んだ後くらい、生きていた時に彼を蝕んだ生い立ちも、刻んだ罪も、全てがまっさらに戻って次こそ幸せになってほしいのですが…。

複雑な胸中を抱えて考え込む私を見て何を思ったのか、吉良さんは眉根を寄せて言いました。


「納得いかないって顔をしているね。死ねばわたしから逃げられるとでも思ったのなら甘いな。泣こうが喚こうが、死んだ後もわたしはきみをつけまわすからね」
「ええ…!?なんですか、物騒な…。いや、別に逃げたりしませんよ…」
「本当だろうね?」
「本当の本当ですって、いつも言っているでしょう?」
「そうかい。そこまで言うなら信じるよ。なまえは一生…いや、魂のひとかけらも残さず全てぼくのものだってね。裏切ったら、そうだな…きみの大切なものを全て爆破することにするよ」


発想が斜め上すぎて怖いですね。
なんですかつけまわすって。
あと、今の脅しみたいなセリフはかなりマジでしたね。
一人称が「ぼく」なのは、本心に近い言葉をぽろりと漏らしている時の証拠です。
私は逃げないよって常日頃再三言いまくっているのですが、そこまで不安なのでしょうか。
さすがにちょっと心配になって、いつになく目がヤバい吉良さんの膝に跨って、ぎゅっと抱きしめました。
広い背中に、「吉良さんは大人の男の人なんだな」と思わずきゅんとします。
体ばっかり立派になっても、本当はいまだって迷子の子どもの、寂しがりの吉良さん。
私なんかより大きくてがっちりとした背中にしがみつくと、応えるように私の背中にも腕が回されます。



「吉良さん、寂しいの…?」


そうだとも違うとも言わない吉良さんの金髪を、撫でるように指で優しく梳いていきます。
饒舌に脅し文句を吐いていた口は、今やだんまりです。
うなじへあやすような口づけを落とし、頬を撫で、熱い体温がさらに上昇して。
しばらくそうして慈しんでいたでしょうか。


「…ん、とう、は」


ぽつりと、消え入るような声でしたが、至近距離だったのではっきりと聞こえました。


「本当は、ね。きみを一番殺したかった、よ。」


一番欲しいのだと。
一番奪ってしまいたいのだと。
抱きつく私の背中を撫でながら、吉良さんはそう言いました。


「手だけと言わず、全身きちんと保存処置をとれば、長く一緒に暮らせるかとも考えた。しかしさすがに、そんな技術は持ってない。そういう以上、殺すわけにはいかないんだ」
「…それは、世界一熱烈な告白ですね」
「…そりゃあどうも」


……。
…………。


なんか、凄まじくとんでもない事実を知ってしまった気がするのですが。
私は一歩間違えれば人間の剥製…ドールにされていたかもしれないんですか。
本物の考えることはやはり一味違いますね…。


「…気持ちが悪いだろう?おぞましいだろう?」
「…怖いとは思いましたよ。でも、それぐらい私のことを欲しいって思ってくれている訳ですよね。なら、別に。特に怒りも気味悪がりもしませんよ。吉良さんなりに、私を愛しく感じてくれているんでしょう?それが普通の形でなくても……きゃっ!?」
「……はぁっ、……はぁっ、…んっ、ちゅっ、んぁ…」
「ッ…!?っ…っ…、……ぷはっ!き、吉良さん!?」
「ああ、やっぱり、きみなんだ…。わたしはきみがいい…」


青い瞳をこれまでに見ないほど熱っぽく浮つかせ、キスの余韻に浸る吉良さんを見て確信しました。
これは今から抱かれますね。
発情しきった吉良さんの熱にあてられて、どうにも私までおかしな気持ちにさせられてしまします。

きゅ、と。
吉良さんのシャツを縋るように握ったのが合図になりました。
ひょいと抱き上げられ、性急な足取りで向かったのはやはり寝室。
こんなに暑いのに、これから二人でもっと暑くなって、白昼からうだるような淫らな夢に溺れるのでしょう。

ひとつの布団に私の体をそっと横たえると、視界を遮るように吉良さんが覆いかぶさりました。
興奮を露わに、吉良さんが言いました。


「今日は、中に出させてくれないか。証が欲しい。きみをわたしから絶対に離れられなくする、きみを縛る枷が欲しい」
「…それであなたが、安心できるなら」
「…なまえ」


吉良さんの手が私の手をきつく握り、シーツにしっかりと縫いとめました。
捕らえた蝶を殺すか迷った挙句、生きたままその羽を展翅板にピンで留めておくことにしたような。
吉良さんのやっていることは多分そういう暴挙なんだと思います。
でも、そういう人を受け止める人間が一人くらいいたって、いいですよね。
そうじゃなきゃ、救われないじゃないですか。










*******











「はぁあ〜…あっつーーい…」
「フゥ…汗と…あと色んなものでぐしょぐしょになってしまったね…」
「あはは…いつも以上にぬるぬるしますね」
「水、飲もうか。熱中症になってしまっては大変だからね」
「ありがとうございます…んっ…ぷはぁ。吉良さんもどうぞ」
「ありがたいが、私はさっき台所で飲んできてしまってね」
「あ、そうなんですね」


コップの水を飲み干して一息ついているこの瞬間も、吉良さんの出したとろとろとしたものが、閉じた両足の間から溢れ出ています。
途中で数えるのをやめたので、何回分かは分かりません。
本当に33歳なんでしょうか…元気ですね…。
さっさとシャワーを浴びるべきだとは思うものの、正直疲れて動くのがだるいです。
吉良さんの腕に頭を預けて、反対側の手には指を絡めて、戯れ。
目を閉じたり開けたり、微妙な睡魔に襲われていました。
頭をふわりふわりと撫でられ、ああもう寝ちゃっていいかな…と意識を手放す選択をしかけた時、吉良さんは言いました。

「わたしはきみを害したいと思うのと同じくらい、何もかもからきみを守りたいと思っているよ。…ああ、矛盾だらけだ。自分でも、何を言っているのか分からないが…わたしは、きみを…」
「ん…大丈夫。分からなくったっていいんですよ、そんなのは。私たち、一緒にいて幸せ。それだけ分かってれば今はね、きっとそれでいいんです。私も吉良さんを守ってあげる」
「なまえ……」

さっきまで、殺すだの殺さないだの言ってたのが嘘みたいに、今はこうして手を繋ぎながら甘い微睡みに揺られています。
ならばそれでいいじゃないですか。
何もかもがなあなあで、答えも見つからないままでもこうしていられるのって、存外素敵なことなのかもしれません。
だから、ええと、ええと。

ああ、駄目ですね…言葉が上手くまとまりません。
すごく…眠くて、私……。
……。
…。










*******


( 吉良視点 )










くったりと力の抜けきったなまえの頬を二、三度撫でるも何の反応もない。
よし、バッチリだ。
ちなみにこの薬は以前何度か自分自身に試し、その時しっかり心得た容量をなまえの体重用に計算し直して使っているので、安全性なども問題ない。
もちろんだろう、なまえにもしものことがあってはいけないからな。

ぐっすり眠っているなまえはまるで人形のようで可愛いのだが、わたしはどちらかというと開いた瞳が見たかった。
わたしを映す、星のようなあの瞳を覗き込むのが好きだ。


「どうしてだろうね。誰かに注目されるのは煩わしいが、きみの視線だけは、嫌じゃあないんだよ」


なまえ、聞いてくれるかい。
きみにだって言えない、この心の内を。

再び頬を撫でながら、わたしはなまえに語りかける。
気持ちの赴くままに全てを剥き出しにして、何も聞こえないなまえに向かって好き勝手に話す。


「きみと色んなところに出かけたい。この街にはね、素敵なところがたくさんあるんだよ。きみにも教えてあげたいな。ああ、でも誰にもきみの姿を見せたくない。出来ることなら隠して仕舞っておきたいし、誰とも話さないでほしい。誰のことも見ないでほしい。わたしもきみしか見ていないのだからね、きみだってそうであるべきだろ?」


一見矛盾しているように見えて、実は全てが本心だ。
そんなだから、未だにどうするべきか分からない。
出かけたら出かけたできっと楽しいのだろうが、不安にも襲われるのだろう。
困ったことだ。


「それとね、実はきみとセックスしている時が一番幸せなんだ。なまえの全てがわたしのものだと疑いなく実感できるからね。わたしのことしか見えなくなって、必死にわたしの名前を呼ぶなまえがとても好きなんだ。ずっとセックスしていたいくらいだよ、本当に」


まあ、仕事もあるし、なまえの体力のこともあるし、普通に不可能だろうがね。
これはただのたわ言だ。


「ああ、しかし…たまにならできるかもしれないな。休みの日、食事以外部屋にこもってずっと体を重ねるんだ。月一回くらいなら割と現実的に可能な気がする。フフフ」


ああ、言いたいことが次から次へと溢れてくる。
日頃隠していた反動だろうか、一度話し出したら止まらなかった。
なまえの髪を、頬を、唇をフニフニと好きに弄んでいると、なんだか気分が良く、饒舌になることに拍車をかけている。

話したかった。すべてを。
聞いてほしい。知ってほしい。分かってほしい。

理性を通さず、考えたことがそのまま口から流れ出していく。
無防備な言葉を、わたしの本心をなまえにぶつけてしまいたい。
何を言っても、きみなら笑って受け入れてくれるような気がして。


「なまえが…」


わたしの頭の中が、何もかもがそのまま流れ出していく。


「なまえが母だったらよかったのに」


ああ、これは間違ってもなまえには言えないな。

なまえだったら、テレビのクイズ番組を観ながら、ああだこうだと喋りながらくだらない事で笑えていたかもしれない。
昨日の夕飯の時、そうだったように。

なまえだったら、わたしの物を勝手に捨てなかったかもしれない。
なりゆきで同級生にいらないからと貰った…確か当時流行っていた玩具だろうか。
物珍しかったから、棚に隠してたまに取り出しては見ていたはずなんだが。
ああ、あれは何だったか…わたしなりに大切な物だった気がするが、今は思い出せない。
まあ、どうだっていいが。

なまえだったら、無理やりバイオリン教室に通わせるなんてしなかったかもしれない。
わたしはあくまで聴いている方が良かった。
聴くのと弾くのはまるきり別なのだ。
こういうのはなまえなら分かってくれるだろう。

なまえだったら、あの時ぼくを叩かなかったかもしれない。
あの日、何もかもに嫌気がさして習い事をこっそりサボったのがバレても、ちゃんと話を聞いてくれたかもしれない。
なまえは優しい子だから。

なまえだったら、ぼくが悪い子でも、受け入れてくれたかもしれない。
いい子じゃなくても、いいよと。
なまえなら言ってくれるだろう。
ああ、頭が痛い。

どうしてぼくのお母さんはなまえではなかった?


「……う、……」


痛い。頭が痛い。何か思い出したくない記憶まで蘇りそうな気がして、ぼく―――わたしは、これについて考えるのをやめた。
大体、イフで物事を語ったとして何になるというのか。
何の生産性もない思考実験にすぎない。
気分も落ち込むし、メリットがなさすぎる、やめよう。
楽しいことを考えるべきだ。

気分を回復させるべく、なまえの白く柔らかな手をしばし拝借し、口に含んだ。


落ち着く。


「ん…っ、……。ちゅぅっ…、はぁ。美味しい…」
「……」


なまえの手は疲れた時の絶品の補給食だな。
本当に食べはしないが。
寝ている時はなまえからの反応が一切ないのが唯一の惜しい点というところだ。
いくぶん持ち直した思考力でわたしは再び考える。


そうだ、なまえがわたしの母になることはないけれど、わたしがなまえを母にすることはできるな。
ああ、そうなったらなまえが子育てするところを見られるじゃあないか!
それなら、産まれてくる子は男の子がいいだろう。
いや全く、これは素晴らしい。
どうしてこんなことに気がつかなかったのか?


「ああ、なんてことだろう…。とても楽しみだね…なまえ」


思わぬラッキーという感じで気分がいい。
あんなにたくさん出したのだからきっと出来るんじゃあないだろうか。
そうしたらなまえは母で、わたしが父か。
フフフ。

良い気分のまま、わたしもひと眠りするとしよう。
腕枕のいいところは、起きた時腕が痺れる点にある。
なまえがこの腕の中で寝ていた重みが、起きた後もしばらく残るのだ。
楽しみだな。
今のわたしには何もかもが薔薇色に見えるような気がするよ。


「おやすみなまえ。きみの目が覚める頃に、わたしも起きるよ」


愛しい眠り姫のまぶたにキスをして、わたしも目を閉じた。




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