夢小説 ジョジョの奇妙な冒険 | ナノ




毒も薬も同じく苦い





始まりは何だったか。
よく覚えていないのは、その頃、彼女という人間自体にはさして興味がなかったから。

薄いさくら色の小さく愛らしい爪と、透き通るような白い肌をいたく気に入った、それだけ。
殺してしまえばこの見事な調和はたちまち損なわれ、見る影もなくなってしまう。
だから吉良吉影は、この女を殺さなかった。そのかわり、たまに鑑賞しようと決めた。

紳士のふりをして言葉巧みに彼女に近づき、たまに会うような関係を手に入れるのは、彼の頭をもってすれば容易いことだ。
最初はただ、消耗品の「彼女」をつくる日常のかたわらで、ずっと美しいままのこの手を、たまに眺めるつもりだけのはずだった。
一ヶ月経とうが朽ちず、肉の腐りゆく臭いもしない手。
定期的に替えを用意する必要はないけれど、その代わり好きにはできない、生身の手。生きた人間の、女の手。
それがみょうじなまえという存在だった。





********





「吉良さん、んっ、…こことかどうですか?気持ちいい?」
「ああ、いいよ。とてもいい。随分上手くなった。…ふ、わたしが悲鳴をあげてばかりいた頃が懐かしいね。」
「もう…意地悪言わないでください。私だってちゃんと勉強したんですからね。あれから図書館に通って整体の本ばかり読みふけってましたよ。吉良さんがあんまり痛そうにするから、さすがにまずいかなと思って…。」
「今じゃそこらのマッサージ師より腕利きになったんじゃあないか?店でも開いたらどうだい。無論、客はわたししかとらせないがね。」
「ええ、それじゃあ食べていけないですよ?困ったなぁ。私、行き倒れちゃう」
「それは大変だ。仕方ないからわたしが養ってあげよう。」
「ふふ、よろしくお願いしますね。」

うつぶせに寝転がり、寛いだ男の広い背中の上を、小さな白い手がゆるりと動き回っている。
常からは考えられないほど気の抜けた表情をした吉良は、傍らに寄り添う少女にすっかりその身を任せていた。

吉良吉影。彼のことを知っている人がこの場面を見れば、紛れもなくその全員が二人の距離感に驚くことだろう。
彼は決して愛想が悪いという訳ではないが、いまいち感情の起伏を露わにせず、ましてや他人に向かってこうしてだらだらと緩んだ姿を見せる事は決してない。
ならばなぜ、彼女とは仲の良さげな軽口を交わし、あまつさえ無防備な姿を見せるのか。それにはちゃんと理由がある。

吉良にとって、いわば彼女は例外だった。
「自分」と「女の手」しか存在しなかった彼の世界で、初めて出会った、己以外の人間。

彼女と何回も会う中で、驚いたことがある。
なまえは吉良が話せばよく耳を傾けて聞いてくれるし、いいつけもちゃんと守った。
余計なことをして手を煩わせたり、我儘をごねたり、騒がしくしたりというような、彼の嫌う振る舞いは一切しなかった。
利口で真面目な…今時珍しい子だと吉良は思う。あまりに素直だから、悪いやつに騙されないか心配してさえいる程だ。

しかしそんな一方で、自分がその「悪いやつ」だとはちっとも考えないらしい。
あくまでこの娘の前では、ただの目立たない男。ごくありふれた会社員。
やや歳の離れたなまえから見れば、優しいとか、しっかりした大人の男とか見えるだろうか。
とにかく、そういうものでいたかったし、彼女の前では一層そう振る舞ってきたつもりだった(今の彼の甘えようからは想像がつかないだろう)。
彼の今までの行いを見れば、まったく身勝手な願いではあるが。
それでも、たとえ許されない行いだと世間が批判しようと、吉良は自身のしたいことをするだけだし、それになんの迷いもなかった。
これまでもそうだし、これからも変わることはない生き方だ。


「はい、おしまい。今日もお仕事お疲れ様でした。もう寝ますか…?」
「いいや。まだ少し時間があるからね。せっかくだし、きみにもおかえししてあげないとなぁ。ンー、…こうかな?」
「きゃ…!?や、やだっ、くすぐったいですよ…!」


吉良はやんわりとなまえを布団に押し倒すと、その華奢な体をまさぐり始めた。
なまえは基本的に、吉良が何をしても拒否しない。それが分かった時から、色んなことを彼女に試したことがある。
夕食のメニューをあれだこれだとリクエストしたり、唐突に手を握るような簡単なことから始まって、果ては、背中を流してくれとまで。
段々とエスカレートする要求に、さすがになまえも驚いた様子を見せることがあったが、結局は決まって快い返事をした。

健気で、無邪気。従順で、愛らしく、弱々しい。

子どものようでもあり、母性そのもののようでもある彼女に、吉良がやがて安心感を抱くようになったのはいつからだったろうか。

太ももの裏をコショコショと撫でてやると、くぅ、と鳴いて身悶えするのが可愛らしくてつい触りすぎたが、ふと我に帰る。
年甲斐もなくセクハラめいた馬鹿なことをしている自覚はあるが、どうせここには二人だけしかいないしどうでも良かった。
問題はそこじゃない。
別にやましいところは触ってないが、吉良の腹の底から湧いてきた、何か得体の知れない気分が彼を困惑させていた。
もっと呼吸が乱れるほどまで苛めてやりたいような、しかしそれでいてキャッキャと喜んでいる顔ももっと見たいような…、全く謎めいた衝動だった。
こんな気持ちは、経験したことがないためどうするべきか分からない。
自分はこの娘に苦痛を与えたいのか、それとも笑ってほしいのかが判断できない。
なまえといると、たびたび訳のわからない感情に揺さぶられることが吉良の最近の悩みであった。

今回もどうにもそれが気に掛かかったので、早めに切り上げて寝ることにする。
試しに苦痛を与えてみることも、喜ばせてみるといったこともせず、出来るだけ考えないように、と悩みを頭の片隅へと追いやる。
これ以上感情をかき乱されたくなかったから、忘れることにしたのだ。つまりは逃げである。


「んっ…は?き、きらさん…?」


突然責めから解放されたなまえは、恥ずかしそうな顔で吉良を見上げた。
頬がふんわりと赤くなり少し息が上がって、薄いパジャマに包まれた胸が上下している。
見てはいけないものを見たような気がして、吉良は咄嗟に目を逸らしていた。それすらも何故だか分からなかった。
彼はこの気持ちにつける名前を知らない。

なまえが、どうしたの?とでも言いたげな顔だったので、適当に取り繕って答える。


「さて、ついウッカリお遊びに夢中になってしまったが、やっぱり寝ようか。明日も早いからね…。」
「あ、はい、そうですよね。…あれ、お米炊く予約しましたっけ私?」
「心配ないよ、済んでいた。」
「良かった。朝ごはんは今日の残りのカレーと、サラダにしますね。ちゃんと早起きしなくっちゃ。」
「寝坊したらわたしが起こしてあげるよ。だからなまえは何も考えずにぐっすり眠るといい。」
「うふふ。なら大丈夫ですね。」


雑談もそこそこに、そのまま二人は一つの布団で身を寄せ合った。
こうすることが当然とでもいうように、吉良はなまえの左手を取り、唇を寄せ、何度かやわく口付ける。
それを優しげに見守る視線が、彼にとってたまらなく心地良い。

愛されている、と思った。彼女からの愛を、今自分が独占しているのだと強く実感し、満たされる。

左手はしっかりと捕らえたまま、二人で一緒に夢の中に落ちるのが、習慣だ。
出来ることなら、彼女をこのままここに鎖で繋いで、いつでも自分の手の届く場所に留めておきたいが、今のところ吉良にはまだその予定はない。
理由は、可哀想だから。
なんとなくそう思った、それだけだ。

しかし一方で、もし彼女が少しでも自分から離れて行こうとする素振りを見せれば、それこそ何をしてでも繋ぎ止めておこうとは考えている。
大切なものを人質に取ってもいいし、精神的に弱らせてまともな判断力を奪った上で、自らここにいることを選ばせるよう仕向けるのもいい。
どうしようもなければいっそ妊娠させてしまうというのもありだろう。
優しく責任感のあるなまえのことだから、これは効果絶大なはずだ。
切り札として覚えておこう、と吉良は考えた。

どこまでも上から目線で、自分勝手極まりなく、横暴そのものみたいな考え方。
世間はこれが正しい人間関係だとは言わないだろう。
しかし例え間違いだとしても、全てはもう手遅れなのだ。

彼はこれまで、彼女なしでどうやって生きてきたのか思い出せない。
もう知ってしまった。二人で食べる夕食の味も、握った手の温かさも、受け入れられる喜びも、全部。
それは吉良にとって、あまりに残酷なことだった。
知らない感情が、吉良の中へと急激に流れ込んでゆき、そうして己の形をどんどん変えられる。
気分を激しく上下させられることは吉良にとって耐え難い苦痛であったはずだが、だからといってなまえから離れようとも思えなかった。

優しくされ、あたたかく接されて生まれたのは、強烈な執着心であった。

いっそ何もかも知らないでいられたらこんな思いはしなくて済んだのに、と彼女を恨めしく思ったこともある。
そういう塞いだ気分の時は、綺麗な笑顔で吉良に笑いかける彼女を、優しい手つきで吉良を撫でる彼女を、殺したいと何度も思った。
殺せば訳のわからない気持ちからも解放されて、楽になれると。しかし、彼にはどうしても出来なかったのである。

一度得た幸福を失うことは、今の吉良にとって最も堪え難いことになっていたのだ。






*******






みょうじなまえ。
それは吉良が世界で初めて出会い、そして愛した、生涯でたった一人の人間だった。

吉良にとっての愛とはエゴだ。親のエゴにがんじがらめにされて育った結果身についたのは、己のエゴを抑えない生き方。
好きなものを自己都合で好き勝手にするのが、彼が唯一知っている他人との接し方であり、愛の形もまた、同じくそうであった。
支配と被支配、人間関係とは、ただのそれだけだ、と。

それ以外を知らない吉良に、初めて愛の雨をを注いだのはなまえだ。
蜂蜜のようにキラキラしたその愛の甘さといったら、空腹の彼にとってはあまりに魅力的な薬でもあり、それと同時に、中毒を引き起こす最も危険な毒でもあった。
なまえの持つ、一見すれば甘味のような、男を惑わせる毒。吉良の持つ、底知れぬ暗さを秘めた手に負えない猛毒。
ある意味似た者同士といえるかもしれない。だから惹かれた。仕方がない。

まあ、今更になって理屈をいくら並べたところで意味はない。再三になるが、兎角、もう遅いのだ。
吉良の異常な執着心。それが初めて生身の人間に向けられてしまった。
なまえが生きるためには、吉良とずっと一緒にいるしか道はない。
普通の男女の関係のような、冷めたら別れて終わりでは済まないのだ。
別れたいと思った時こそが即ちそのままなまえの生の終わりになる。

普通の人間なら、深く関わるうちに吉良の闇に気づいた時点で全力で距離をとるだろう。
しかしなまえはそれをせずに、今日も変わらず笑っていた。吉良の隣で幸せそうに笑っていた。そこに偽りの色はない。
なまえは決して愚鈍ではないから、そもそも気づいていないはずはないのだが、どういうわけか最近ますます楽しそうにしている。
過ごした時間、すなわち吉良のことを知った時間が増えるのと比例するように。






********






簡単に言えば、なまえの生い立ちは、吉良と似たようなものであった。

二人の始まりは偶然。しかし吉良のことを知れば知るほど、お互いのどうしようもない生まれや性格に共通したものを嗅ぎ取り、運命めいたものを感じた。
知るほどに愛しく。知るほどに苦しく、狂おしく。
どうしても己の姿と重なり、この人が幸せになってくれればいいのに、と強く願った。

そんな想いも相まって、元からの優しく穏やかな性格との相乗効果もあり、吉良と接する時はついつい過剰に優しくしてしまう。
こうされたら傷付く。こうされたら嬉しい。繊細ななまえだからこそ、吉良がどうされたいのか、なんとなく分かってしまうのだ。
そうしてそれを真面目に実行するものだから、結果として吉良にいたく気に入られてしまった。
会うだけの関係だったはずが、今やこうして吉良邸に入り浸る毎日だ。
家に居たって居心地は良くないのだから、それは好都合でもあるのだけれど。

吉良のあまりに異常な執着が己に向けられていると気付いた時は、驚いたが、特に嫌でもなかった。
もしも自分から離れていこうとすれば、激昂して殺されてもおかしくないような危険な類いの異常さだとは分かっている。
しかし人間はいつかは死ぬのだから、寿命で死のうが、彼に殺されようが、大して変わりはない、と、なまえは思う。
吉良から逃げて今までどおり一人で生き、生きた意義すら分からないままに一人で死ぬくらいなら。
愛しいものに寄り添って、最後はその手で殺してもらったほうがずっといい。それがきっと―――幸せということだ。
だから今日も、なまえは吉良の傍にいる。
明日も明後日も、傍にいる。





*********






やがて日が昇れば、杜王町には朝が訪れるだろう。それでも二人の間に光が届くことは、きっとない。

平和な町の片隅で、小さな暗闇がふたつ確かに息づいている。





[ 25/25 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -