夢小説 弱虫ペダル | ナノ




今夜あなたを、狼にする。




お風呂上がりの御堂筋くんはホカホカでいい匂いで美味しそうに見えるのが毎度の事である。
人間に対してそんな表現はどうかとも思うが他に適当な言葉が見つからないので、開き直ってこう言うしかない。
そして私は、とても美味しそうなそのデザートをまだ食べたことはない。
まだ少し湿った襟足が色っぽさを漂わせていることにも、私が見惚れていることにも本人は少しも気付いていないのだろう。
いつもは真っ白で生気を感じさせない肌も今はほんのり色づき視線を誘い、
血色の良くなったピンクの頬と鼻先が彼をちょっと幼く見せて、そういえばそもそも15歳ってまだ子供だったな、と私に実感させる。


「もう、髪まだ濡れてるよ。乾かすからこっちおいで」
「なんや、過保護やね」
「んー…そうかもねー」
「認めるんかい」

そう言ってちゃっかり私の膝元に座る御堂筋くんはやっぱり可愛い。

「…眠い」
「も少しだから、待って。終わったら寝ようね」
「……」

うとうと、と普段からは考えられないような無防備な姿に頬が緩む。
今ならなんでもできそうな程隙だらけである。
…何もしないけどね!






「…なまえちゃん、何考えてるん」
「うん?御堂筋くんがあったかいなーって」
「嘘やろ」
「ええ?嘘じゃないよ、冷たかったら怖いでしょう」
「そうやない、なんか別のこと考えとるわ」
「なんにせよ御堂筋くんのこと考えてたんだよー…」
「……」



ちょっとびびった。
まさに御堂筋くんの事で気になることがあったからどうしたものかと思索に耽っていたところだから。
そういうところは敏感らしい。

御堂筋くんは本当に思春期の男の子なんだろうかと、たまに疑問を抱く。
付き合ってもう半年が経とうというのに私達はキスをしたことがなかった。
二人になると途端にべたべたと甘えてくる割にそういう方に関しては本当に何も、だ。
御堂筋くんの考える距離感や恋愛観をよく知らないままに下手な事をしてしまって嫌がられたら立ち直れないので私から強く何かを迫るというのはまずない。
そもそもお荷物になりたいのではなく、少しでも支えになりたいと考えてこの立場を貰ったのだからある程度の我慢も必要になってくる事は分かっていた、ゆえだ。
キスもそうで、なんとなくそういう雰囲気になっても手を繋がれ終わるくらいの、幼く綺麗なままのお付き合いだ。
…今時の小中高生カップルの方が恋人らしいことしてるんじゃないかとはたまに思うたび少し落ち込んでもいる。

最初こそそれでも全然問題ないと思っていた、むしろ恋人として必要とされたという、彼にとっての特別であるという事実にこの上なく満たされていたものだったが、
いつしかその気持ちは少し変わってしまっていたことに気づいたのが最近だ。
大きくて温かな体に抱きしめられた時、繋いだ手の大きさの違いに御堂筋くんも男の人なんだなぁと感じた時、ふと優しさを見せてくれる時。
そういう瞬間に「恋人」としての御堂筋くんを感じるとなんだか欲深くなる私をたびたび自覚していた。
もっともっと、この立場だからこそ知る事ができる筈の新しい御堂筋くんを知りたい。
それをどこまで許してくれるかはまだ分からないけれど、キスくらいなら多分、きっと…。

今までは安眠用と称し抱き枕扱いを受けているだけの夜だったが、今日は違う。
どこにもいかせないとばかりにがっちりと全身を抱きこまれているこの状況は御堂筋くんのいい匂いに包まれていて、これも悪くないのだけれど。


「ねえ、御堂筋くん…、御堂筋…、くん、…」
「なんやの」
「…あきらくん」
「…だから、なん」


今日は機嫌がいい日らしい。
柔らかく頭を撫でられ、すこし安心する。
しかしここで満足して終わってはいけない。あやうく優しい手つきに骨抜きにされるところだったではないか。危ない危ない。切り替えなくては。
纏う空気が少し和らいだ今、私が仕掛けてみせる。
これで拒否されたら…物凄く辛いと思うがそれはそれで受け入れなくてはならない。
したくないことを無理矢理するのは本意ではないし。
暗闇の中で白く浮かぶ頬に集中し、ゆっくりと手の平を滑らせ、…捕まえた。
少し驚いたような目をしている御堂筋くんと視線がかっちりと混ざる。ここまで来たら直球勝負、なるようになれ、だ。いくぞ。
少し顔を寄せると、相手の息遣いさえ感じられる距離。唇と唇だって、もうこんなに近いのに。
今までほんの少しの勇気が足りなかったのかもしれない。


「前から考えてたことがあるの。嫌じゃなければなんだけど…、してもいいかな」
「……」
「私はしたいよ。御堂筋くんと」
「……」
「……あ、えっと、…やっぱり駄目だった?」
「……」
「……なんか言ってよ…」


石になったかのように微動だにしない。
せめてまばたきしてよ、こわいよ。
完全に黙ってしまった御堂筋くんに申し訳なくなりながらも、そっと頬から離した手に行き場はもうない。
さっきまでまるで熱く沸騰していたかのようだった頭が急速に冷静さを取り戻してゆき、その代わりに胸がぎゅうっと苦しくなって、ゆっくりと事態を飲み込む。
やはり私とそういう事は特にしたくはならないのかなあ。それもそうか。
じわりと目尻が熱くなってきたところでこんな顔は見せまいと再び顔を御堂筋くんの胸に戻したが、予想していた優しい心音ではなく、割と早く鳴るその音に少し驚いた。
一応ドキドキはしたらしい。それだけ、だったが。

…早く切り替えよう。御堂筋くんと私の求めるものが一致しなかった、それだけだ。そういうこともある。
目が覚めたらきっと気持ちも落ち着いているだろう。


「ごめんね、…な、何でもないから、おやす…わ!?」


凄い勢いで御堂筋くんの胸元から引き剥がされ困惑する。掴まれた両肩がけっこう痛い。
ちょっとひどい扱いではないだろうか。どうした。そんなに嫌か。
いよいよ堪え切れなくなったぶんの涙は抑えられ自由のきかない腕では隠すことも出来ず滑り落ちていく。
それに気付いた御堂筋くんが珍しくギョッとして、それから焦るような素振りを見せた。


「ぁっ……ち、ちゃうわ。……ボクだってしたいわ、けどあかん」
「なん、で……私も、したいよ、それなら……」
「、……せやかて嫌な思いさせたい訳やない」
「嫌って何、したくないならしたくないでいいんだよ、ハッキリ言ってよ」
「そういうことやないやろ、だァから…ッ!?」


つい衝動的になったと言ってもいい。彼の言葉を聞き終わらないうちに強引に唇を奪った。
何を言ってるんだろう、御堂筋くんは。嫌なことなんて微塵もあるはずないのに。
だって今、こんなに愛しいと思えるのに。


「んぁ、…は、みどうすじく…」
「、……ッ!!」


さっきよりさらに強く掴まれた肩がそれこそ触れられた部分が焼けそうなくらいに、熱く熱を持っている。
私をベッドに押し付け跨る大きな影は、紛れもなく男であった。
形成は逆転で、待ちわびた御堂筋くんからのキスを目の前にして、今だけ、普通の恋人同士のような甘い気分にどっぷり沈むことを許してください。


「なまえちゃん…ええんやな」
「…うん」
「ほうか、…女の子は最初は痛いらしいって、せやからすぐする必要もないと思って」
「……うん?」
「でも、なまえちゃんもしたいって言うてくれるんなら、できるだけ痛くないように…優しく、する」
「……!?」
「ボクのはじめてあげるから、キミのも今日、…貰うわ」
「……!!!ひぇッ、あの、…ん!」

何か噛み合わない会話になんでかな、なんてこの期に及んでとぼけている暇などなさそうだと悟る。
多分、いや完全に、明らかにキスとは話がズレている。勘違いしている。勘違いさせてしまった。

再び合わされた唇は明らかな熱を持っていて、これだけでは到底終わらなそうな事を暗に示している。
まさかキスを望んだ事で、勘違いとはいえいきなりそこまでするなんて流石に予想などしていないし、心の準備も足りていない。

ただそれでも、私に断るなんて選択肢などそもそもなかったことを思い出して、握られた手に私も応えて返した。





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