夢小説 弱虫ペダル | ナノ




もう一度、もとの場所



光太郎は私に対してどうも甘い。


「あ、数学の宿題やってない…」
「確か今日あたる日やろ、とりあえず3時間目までに写しとき」
「いいの!?助かります…いつもごめんね石垣くん」
「はは、昨日遅くまで部室の片付け手伝ってくれとったからなぁ、ちょっとしたお礼や!」


「あれなまえ、珍しいな。今日は購買なんか」
「うん、朝バタバタしててお弁当忘れちゃったの。まぁでもここのパン美味しいっていうし、たまの気分転換だと思うことにしようかなって」
「そうか…確かに評判はええんやけど正直この時間行ってももう何も無いと思うわ。あらかた狩り尽くされてるで多分」
「え、もしかしてこの男子の波って買い終えた人達?…よく見たらビニール袋ぶら下げてるし…」
「そうやろうな」
「うわーお昼どうしよ、コンビニ行くの面倒くさいなぁ。じゃー私職員室で外出許可届け貰ってくるからこれで…」
「あっちょっと待ち!オレ、パン多めに買ってあるんや、良かったら一緒にどうや?屋上とかで」
「とても素敵なお誘いだけどいつも頼りきりでその上石垣くんに奢らせる訳には…」
「ちょうど今一人やからなまえが話相手になってくれると嬉しいんやけどなぁ」
「…そういうことなら好意に甘えさせて頂く事にするけど。でも私も今度何か奢るからね!」
「ええんやて、そんくらい。いつもマネージャー頑張ってくれとるなまえに
逆にこっちが色々お礼せんとあかんわ」
「…それはマネージャーとして当然のこと、してるだけだって」


「よし、全部終わった。随分遅くなってもうたな。日落ちんの早いなぁ」
「本当だねぇ、真っ暗。もう月も見えるんじゃない?」
「んー…あったあった、綺麗な満月や。はい、カバン持つで」
「…もう、当然のように送ってくれなくても平気なのに。有難いけど。あとカバンくらい自分で持てるっていつもいってるでしょ」
「男子の義務やからな!それとこんな暗い中女子を一人で帰らせる奴はおらんよ。それともなんやなまえ、もしかして本音はオレと帰んの嫌とかそういうのか?誰も見とらんし気にする事ないって。
何か言われるようなら過保護な幼馴染ですいうとけば大体大丈夫や!」
「過保護の自覚あるのね」


とまあ、このような感じで。
光太郎は 私を見つけてはやたらと世話を焼こうとしてくる。
二人目のお母さんか。
勿論光太郎本人の性質でもあるのだろうが、私に関しては自惚れでなくとりわけ過保護な気がするのだ。

今もこうして私のマネージャーのお仕事に付き合ってもらっている。
午後練のあとの部誌のまとめと提出が終われば今日のところはこれで終了。
私は机に向かっているから振り向かない限り光太郎が今何して暇潰ししてるのかは分からない。
手伝ってもらう事も特にはないし、何より練習で疲れているのだから早めに休んで欲しいのに。

最初の頃こそそう言って説得しようとしたものだが、なまえが無事に家まで帰ったの見届けないと安心して休めないからな、とか
あの人の良さそうな笑顔で言われてしまえば悪い気はしなかった。
ちょっとした優越感もまぁ、あったのは否定しない。
あれでけっこう頑固というか信念を曲げない人だし、なんだかんだで色々押しきられてしまっている節もある。

とまあいつもこんな調子なので、たまに光太郎は善意100%で出来てるんだろうかと思ったりしてしまうのである。
高校三年生にして既に聖人になってしまったのか。
いつも過剰に優しいくせに自分はたいした見返りも求めないんだから、よく分からない。
私ってそんなに目が離せないレベルでおっちょこちょいだとか思われていて心配かけているとかなら、嫌だなぁ。
せっかく二人なんだし聞いてみようかな、と首だけ振り返る。


「ねぇ、石ー…」


私が後ろに振り向いた瞬間、部室のベンチにゆるりと腰掛けた光太郎とばっちりと目が合う。


「どした、終わったん?」
「え?あぁいや、ごめん」
「そか、ちゃんとおるから急がなくてええよ」
「あっうん、でも多分もうちょっとだから…」


何かきまりが悪くむずむずとして、私は机に向き直した。

見てた?
いつもやたら静かだなとは思っていたけど、もしかしてずっとこっちを見ていたのだろうか。
部誌を書いている所なんて特に面白くも無いだろうに。
今もずっと見られているのかもしれないと分かると途端に集中出来なくなり落ち着かなくなった。
何してるんだ、石垣くん。私観察か。


「…石垣くん、暇じゃないの」
「んー?何でや」
「することないでしょ?今日はそんなに遅くならないだろうし、後は任せてくれて大丈夫だよ」
「急にそんな事言って、なんや、ずっと見られてたの知ったら恥ずかしくなったん?」
「!なっ…て、ていうかやっぱり見てたの!?びっくりしたじゃん、もう…」
「ま、確かにびっくりするやろな。でもほんまにそれだけか?」
「なにが、…っ?」


いつの間に背後に立っていたのかは知らないが、急に肩を掴むものだから今度こそ本当に驚いてペンを落としてしまい、静かな部室にカランと乾いた音が響く。
強張る肩を撫でるように優しく手を離された。


「あ…」
「はは、おっちょこちょいやななまえは」


ほら、と差し出されたペンを反射的に受け取った右手に光太郎の左手が重ねられ、そのままふんわりと包み込まれて、いよいよいつもとは違う何かが現在進行形で起こっている事を実感したのだった。
光太郎とこんな妙な空気になった事なんてあっただろうか。
けっこう長い付き合いではあるけど彼はいつも優しい頼れるお兄ちゃんポジションで、それで…。
何事かと思い顔を上げると、いつになく真剣な表情をしている光太郎とまっすぐ目があう。
今度はそらせなかった。


「あんな、なまえ。言わなきゃならない事がある。オレはなまえのこと幼馴染として凄く大事に思っとるよ」
「あ、ありがとう…?」
「けどな、大事なはずなのにな、イライラすんのや。なまえが友達と楽しそうにしてるとな、オレの方がずっとなまえと仲ええわって、なんか不満っちゅうか、オレが隣にいられればええのにってそんな事ばっか考えて。
一回それでオレは何考えてるんや、こんなん良くないって頭の中ごちゃごちゃになってたんやけど、分かった」


そこで一拍置き、焦らすかのようにゆっくりと丁寧に指が絡められる。
久しぶりにちゃんと触った光太郎の手は私のそれよりずっと大きくて骨ばっていた。
普段は自転車のハンドルを握る為にあると言っても過言ではないその手は今は私をとらえて離さない。
もう駄目だ。恥ずかしすぎて死にそうだし、頬は赤いしきっと涙目になってる。
そんなにまっすぐ見つめないで欲しい。
さっきからの急展開にうまく言葉が出ないまま固まっている私は続く言葉を待つしかなかった。
光太郎の唇の端がゆるく持ち上がる。


「こういう事やわ」
「あっ……!?」


視界いっぱいに広がった白いシャツとほのかに香る制汗剤に胸がきゅう、と切なくなった気がしたのは、きっと光太郎がただの幼馴染ではないからだろう。
でもだとしたら私は、いつから?


「オレは、なまえのこと独占したいんやな」


頭上から降ってくる声は予想外にもスッキリしていて、それから幸せそうだった。
独占したい。現実的に不可能だとよく分かっていても消せない幼い欲だ。
どこか子供らしいこの気持ちは大人びている幸太郎にはあまり似合わない気がしたけど、決して嘘ではないのだろう。
それに、いつもニコニコ誰にでも優しい幸太郎より、目の前の彼の方が人間らしく感じられて、いい。
顔に押し付けられている胸板は硬く、とくんとくんという鼓動が直接伝わってくる。
これからどうなるんだろう。
光太郎は、…そして私は、どうしたいんだろう。
ふと私を抱きしめる腕が緩み、耳元に顔を寄せて私達の関係を変える決定的な言葉を、彼は口にするのだ。


「一緒にいたいって思う気持ちが好きってことなら、きっとずっと好きやった。オレと付きあってくれ」


光太郎に恋人がいたことはない。
誰に対しても明るく思いやりがあって、女子の評判も良いらしい。
なのになぜか。簡単だ。
色んな時に私を優先してきてくれたから。


「…あ、…いし…、いしがき、くん…」
「うん」
「あの…私、そう思って貰えてたなんて凄く嬉しい」
「うん」
「それで、えっと…、」


断る理由なんて一つもなかった。
ゆっくりだけど、よく考えながら言葉を選んでいく。
ばくばくと鳴る胸と緊張に震える唇をどうにか抑えて。
私が言うべきことは、かえしたい言葉と気持ちは。やっと気付けた。


「私も、一緒にいたいって思ってるよ、光太郎と」


やっと呼べた、小学生以来の光太郎の名前は久しぶりだけど不思議と馴染んだ響きで私をほっとさせる。

中学になってからは男女の仲があまり良すぎるのはもれなくひやかしの対象になったものだ。
私と光太郎もそうで、なんだか突然恥ずかしくなり他人行儀な呼び方に変わって、少しよそよそしくなって。
初めて「石垣くん」と呼んだ日に、少し寂しそうに笑ったのを覚えている。
しばらくして、これからは光太郎って呼ぶ事はもうないんだなってなんとなく分かってなぜかモヤモヤした。
そんな私を変わらずなまえと呼び、気にかけてくれていた大事な幼馴染の名前。

私達の関係に名前がついた瞬間から、きっとこれまでのように名前で呼ぶことが出来るようになるのだろう。
確かめるように頬を撫でられ、私は見上げて見つめ返す。
真正面から向き合って気づいたが、光太郎、背、けっこう伸びたね。
二人の唇が重なるまで、あと1秒。





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