夢小説 弱虫ペダル | ナノ




名前をつけるなら



早朝に集まり御堂筋くんの考えた戦法を頭に叩き込んではペダルを回す部員たちをサポートしつつ、放課後は下校時間いっぱいまであちこち走り回って仕事して、帰って、また明日。
それが大体いつものスケジュールである。
はたからみると部員の皆と比べればだいぶ易しくみえそうなマネージャー業は実際、仕事は絶えないし、楽ではない。明日も早めに部室に行って やる事やっておこう。
色々と考えながら今は御堂筋くんと私しか残ってない静かな部室で提出用の部誌を埋めて行く。
今日一日の活動内容を書き留めるのも私の大事な仕事だ。

夕日が差し込み赤く染まったこの部屋の雰囲気が、この時間が、実は好きだったりする。
誰もいないと御堂筋くんは自転車に関係ないことを話しかけてきてくれたりするのだった。
普段は無駄口を嫌い必要な事に絞って話している印象があったので、最初は意外に思ったものだったが今はすっかりこのつかの間のやり取りを楽しんでいる。
彼は決まって朝は一番乗りで来て、放課後はこうして最後まで残っているので必然的に二人でいる時間は増えた。
たまに突拍子もないことを言い出したりするのが面白い。


『…よし、部誌終わったよ〜。』
『ボクも着替えた』
『じゃあ帰ろっか。カギ返してくるから御堂筋くん先帰っていいからね、お疲れ様でした』


そう言ってドアへ向かおうとすると立ちはだかるように御堂筋くんが行く手を塞いできて、思わず一瞬固まってしまう。
一緒についてきてくれたり部室の外で待っててくれたりすることはあったが阻止されたのは初めてだ。
行く手を阻んだまま一向に言葉を発しない彼にかわって私が口を開いた。


『どうしたの?何かお話しある感じ?』
『まぁ話ちゅうか、あれや…。なまえちゃんボクの部屋来ん?』

今日のお話はいつにもまして突拍子がなかったのだった。











『人んちってなんか緊張するな…お部屋お邪魔しまーす』
『ん。適当にしたっててええから』


あれから愛車を押しながらスタスタと歩く御堂筋くんの隣をなんとか早足でついていき、彼の部屋にお邪魔させて頂いている次第なのだけれど
予想していた通りの…一言で言うと殺風景な部屋であった。
目に付くのは自転車関係の雑誌とか道具とかで、あとは普通に教科書やノート類が机の上に綺麗にまとめられている。
余計なものは何一つなさそうな印象。
どこまでもストイックな人だ。そこが魅力的でもあるんだけどね。
が、少し心配にもなってしまう部分があるのも事実だった。


『…確かにボクは適当にしたってて言うたけどそれはどうなん?』
『あ、ごめんね座るところが見当たらなかったので…つい』
『そんなホイホイ男のベッド上がるもんやないわ。まぁ確かに仕方無いから今回は見逃したるけど』
『ありがと』


勉強机の備え付けのイスが一脚って友達とか来た時どうするんだい御堂筋くん。
イスに座った御堂筋くんの膝の上に座る図を想像してしまった。
どういう状況だろう。完全にギャグだ。

ベッドに軽く腰掛けた私の隣、少し距離を挟んで、目を細め呆れたような顔をしている御堂筋くんがどかりと座る。


『そう言えば何で今日家に呼んでくれたの?』
『そりゃあコレに決まっとるやろ?』


どさり。と。
表紙から見るに自転車やそのレースについて細かく載っていそうな雑誌やら本やらを彼は大量に目の前に出してくれたのだった。
今どこから出してきたのだろう。というかこれを読んで吸収しろと…?
いささか多すぎやしませんか御堂筋くん。


『こ、これ全部…?』
『そやよ?まぁ、さらっと目ぇ通しておけばええもんからちゃんと覚えておくもんまでまとめてあるけど』
『なら何とかなるかな…あ、でも流石に多いから何回かに分けて借りてってもいい?一度にだと多分肩が外れると思うし』
『ファー?何言うとるん、ここで読めばええやん』
『マジですか』
『マジや』


まぁまず一日では終わりそうもないので、この部屋にしばらく通うことになるだろう。
御堂筋くんはそれで大丈夫なのか。


『ボクはボクでやる事やるからなまえちゃん気にせんで読んどり』
『了解です…』


御堂筋くんは机の上にノートを広げ始めた。多分戦略を細かく書く用のやつだ、見覚えがある。
ちなみに字が綺麗だった事をなんとなく覚えている。
ほっぽり出された私はもう完全にベッドの上に上がり目を通すだけでいいと言われた方のレース雑誌をめくり始めた。


『…座る時もうちょっとスカート気にし。見えそうで落ち着かんわ。』
『あぁこれね、大丈夫なの。スパッツ履いてるから。ホラ』


御堂筋くん結構細かいとこ気にするんだなぁと思いつつ、証明するように制服のスカートの裾を少しだけ持ち上げて見せると、
目の前の彼はピギッ!?という妙な声をあげ、目に見えておろおろし始めた。


『ん、あぁごめん』
『破廉恥やわ、女子がそないなことするもんやない…さっきから何なん…』


最後の方にいくに連れ聞き取れなくなっていった呟きをこぼしてから、御堂筋くんは完全にそっぽを向いてしまった。
端っこの方だったからあまり気にしなかったのだが、本来人に見せるものではないので配慮が足りなかったのかもしれないな、と少し反省する。

たまに分からんとこないかと聞かれたり雑談を交えたりしながらそれぞれ作業を進めていたら気づいた。外、真っ暗だ。


『御堂筋くん』
『何や』
『暗くなっちゃったからそろそろ帰るね。遅くまでごめん』
『別に気にせんでええ言うとるんや』


玄関まで送ってもらって、じゃあね、と声をかけようと振り返ったら御堂筋くんが消えた。
と思ったらいつもの愛車ではない、ママチャリを押した御堂筋くんが暗闇からぬっと現れる。


『わ、何か御堂筋くんがママチャリ押してると変な感じするかも』
『仕方無いやろあっちは二人乗るもんやないし。ほな、いくで』
『え待ってまさか』
『こないに暗いなか帰せへん。責任持って送る』
『それは有難いけど、でも』
『なら問題ないやろ。』


御堂筋くんは意外と優しいんだよな、と少し失礼なことを考えながらどうしようかと思案する。
ふ、二人乗りか…これって何処に掴まればいいの?
失礼します、と断りを入れて御堂筋くんの肩に手を置く。


『…それやと多分落ちるで』
『落ちる程スピード出さないでよね?レースじゃないんだから安全運転でお願いします』
『分かった分かった、ええから早うしっかり手ぇ回し。腰んとこや、腰』
『う、うん』


御堂筋くんのお腹の前に回した手を組み、まるで抱きつくかのような体勢になってしまう。
というか御堂筋くんの背中と私の胸がぴたりと密着し、完全に抱きついてしまっている。
思い切り胸当たってるんだけど御堂筋くんはこういうの気にしない人なのだろうか。
落ちないためといえど私はちょっと気恥ずかしい。
どうも気になってしまいそろりと御堂筋くんの様子を伺ってみると、耳が赤くなっていた。
背中からちょっと早くなった心臓の音が聞こえる気がする。
ほな、と再度この不思議な空気を打ち消すように言ってペダルを回し始めた彼の体はなんだかあったかくて少し安心した。

夜の肌寒さも、ペダルを回すたび肌を撫でる風の冷たさも、今は不思議と気にならない。

ひょっとしたら彼はこれから毎日送ってくれるつもりだろうか。
だとしたらその分増えるおしゃべりの時間が、楽しみだなぁと素直に思えて、なんだか顔が熱くなる。



この時間が心地よい。
もしかしたら、私。




『名前をつけるとしたら、恋』







あとがき

一人じゃない自室っていうのが新鮮だったのと二人だと寂しくなかったのでいっそ家に返したくなくなるやつ。



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