夢小説 弱虫ペダル | ナノ




すっ転んだら、新開くんにお世話されました




「あっ」
「あっ」

二人分の声とどたん、という音と共に洗濯したばかりの真っ白フワフワのタオルが派手に宙を舞う。
普段なら滅多にこんな初歩的というか、間抜けなミスなんてしないのに今日はついてないな、と床に突っ伏したまま頭だけは冷静に嘆く。IHが近づいての激務にどうやら自分が思ったより体は疲れているようで、なかなか腕に力が入らずもたもたとしていると、後ろから近づいてくる足音に気付いて二重の意味で溜息が漏れた。


「大丈夫か、なまえ」
「…まあ何とか。私はいいけど洗濯物、ごめん。洗い直さなきゃ」
「おいおい、オレはなまえの心配してるんだぜ?気にしなくていいよ、タオルの事は」


いつもどこから湧いて出るのか、神出鬼没の新開くん。私が一人でいたり困っていたりすると割とよく現れる。何者だよ。
今は無様に地に這いつくばる私に手を差し伸べていてくれている。なんだか癪だがこの手を取らないと立てそうもないのもまた事実だったので、しぶしぶと手を重ねると新開くんはニコッと爽やかスマイルを見せた。不意打ちの眩しさに少しだけ見惚れているとグイ、と力強く引っ張り上げられ立たせてくれた、ところまでは良かったのだ。足がふらついて、目の前の逞しい胸に飛び込んでしまったのは予想外だった。


「ぅお、っと…。本当に大丈夫か?」
「あ…あれっ…?」


がっちり抱きとめて貰えたおかげで事なきを得たけれど、本当にどうしたというのか。私、おかしい。
そんな私を見かねたのか、新開くんはいつもキリッとしている眉を下げて心配そうに少し休もうかと告げた。



******



新開くんに連れられて近くのベンチに座ってしばらくぼーっと地面を眺めていると不意に冷たい感触が私の頬を少し濡らした。何事かと反射的に顔を上げると優しげな笑顔に戻った新開くんと、その手に収まっている缶ジュースが目に入って、ああ、と遅れて納得した。新開くんはこう見えて悪戯っぽいところがあるからなぁ…。今はなんだか言い返す気力もない。体がだるい。


「洗濯物さ、量多くて足元見えてなかっただろ。気になって後ろから見てたけどフラフラ歩いてた。無理するもんじゃないぜ」
「あ……マジで…?」


そこまで見られていたのか。いつもみたいにたまたま通りかかったものだと思っていた。それにしてもタイミングが良すぎる感じは否めない。じわじわとわいてくる違和感は心の端っこに引っかかって不安定に揺れているままだ。
しかし思考に沈む私の足元に突然跪くかのようにすとんと座り込んだ新開くんに驚いてハッと意識が引き戻された。何だろう、この図は。主とその召使いのようだ。隣に座ればいいのに変な新開くんだなぁ…と思いじっと見るも視線は交わらない。どうやら私の足を熱心に見つめているらしい。


「それからもう一つ気になってたんだけどよ。もしかしなくてもおめさん、足捻ってねえか」
「え、別にそんなことな……、っ!」


そう言われて何の気なしにぷらぷらと動かしてみたらズキ、と隠しようのない痛みが走り思わず顔を歪める。当然それを見逃す新開くんではない。しまった、と思った時にはもう遅い。


「ほらな。ちょっと見せてくれ」


そう言ってジャージのズボンの裾を膝まで捲り上げられるが、捻ったのは足首なので多分今のは必要なかったんじゃないかなーと思いながら素足を好き勝手べたべた触ってくるゴツい手を見ていた。


「いい足だ」
「ぶつよ」
「ホラここ、赤くなってる……捻ったな。それも強めに。尚更今日はあんまり歩かないで安静にしとくべきだなぁ、これは…」
「!今日はまだやる事いっぱいあって、……だから」


それは困る。自分の不注意のせいでマネージャー業を休む訳にはいかない。そもそもマネージャーが足りていないこの状況でそんな事をすれば大きな迷惑がかかる。
そう反論しようと口を開けば見透かしたような目をした新開くんに先手を打たれてしまう。


「言っとくけどおめさん、自分で思っている以上に体調悪そうに見えるからな?なんだか顔色も悪いし。寿一にはオレから言っておくからさ、な」
「だめ、他のマネージャーにその分の仕事がいっちゃうからさ、……」
「……優しいおめさんにひどい事を言ってやろう。そんな状態でやってたら逆に足手まといだ。皆に心配かけることになるのは、分かるな?」
「ッ……」
「さて、保健室で湿布貰うか。できれば大事をとってよく冷やしておきたいな。よし、行こうか」
「はい……」
「いい子だ」


そう言ってやはりどこまでも優しげに笑う新開くんはけっこう策士なんじゃないだろうか。してやられた感はあるものの、言っていることは確かにもっともなので大人しく従うことにしよう。
あ、でもこの足で歩けるのかな……。
保健室まではけっこう距離があったはずだよね。


「そうと決まれば、はい。こっちな」
「え……」


なんだと。

しゃがんで背中を向ける新開くん。そう来るとは思わなかった。いや本当に。
体調が悪いとはいえ新開くんにおんぶされるなんて注目の的になることに変わりはない。いくらなんでも恥ずかしすぎる。そう考えると、今はその優しさにどうしても素直に甘えられなかった。
しかしだんまりで硬直している私を許してくれるはずもなくすかさず無情な追い討ちがかかる。


「嫌か?お姫様だっこの方がやりやすいからオレとしてはそっちの方が助かるけどな。いいぜ、オレの腕の中においで」
「ああもう分かったよ、乗ればいいんでしょ…!」


冗談じゃなくやりかねない勢いだな新開くん。第六感が全力で警鐘を鳴らしている。
やたらキメ顔でキラキラしている新開くんに観念して、肩を控えめに掴んだ。
が、一向に立ち上がる様子のない新開くんの顔をどうしたの、と覗き込むと珍しく…というのも失礼だと思うけれど真面目な顔をしていた。


「もっとしっかりと。それだとなまえ落ちちゃうぜ」
「あ、うん。…失礼します」


申し訳程度に添えていた手を少し前に回して軽く後ろから抱きつくみたいな状態になると、胸が当たった瞬間新開くんは小さく「うお…」と声をあげた。スケベ野郎め。いつも女子たちにキャーキャー言われてるけど全然かっこよくない。
ムキになって体を離すのも面倒くさいので逆に腕に力を込めてみた。身体は今より押し付ける事になるけどその分新開くんの首が締まるという仕組みだ。
……どうやら新開くんには全然効いていないようだが。むしろさっきより満足気にニコニコしている。もういいや。


「隼人号、出発だな」
「重くない?」
「余裕だぜ」
「そっかぁ…」


後ろを気にしながらあまり揺れないように歩いてくれる新開くんの背中は広くて温かくて、不思議な安心感があったように思う。





*******





今は何時だ。
目覚めて真っ先に浮かんだ言葉はこれだった。視界にぼんやりとうつるのはただ薄暗い室内と白い天井のみ。微妙に朦朧とした頭でとりあえず時計を探そうと起き上がるも一番最初に目に入ったのはベッドに乗り上げケータイをこちらに向ける新開くんであった。慌てて背後に隠そうが遅い。見たものは見た。


「……」
「……おはよう。熱があるから急に起き上がらない方がいいぜ。ここは保健室。時刻は6時。オレは新開隼人だよ」
「知ってるよ。…ケータイこっち向けてたよね。何してたの?」
「いやぁ……」


緩やかに肩を押されベッドに戻された。
はは、とお得意の爽やかスマイルをしたって今は無駄だ。私が騙されると思っているのか。


「あのですね、この状況でしらばっくれられると思ったんなら大間違いだからね?」
「まぁそう怒るなよ。なんつーかさ……しばらく本読んでたんだけど、ちょうど終わっちまって……そんで手持ち無沙汰だったんだけどふと、思ったんだよ。あっ、なまえの寝顔が撮れるなあ、って……」
「アホなの……?」


寝てる最中の間抜け顔を撮られるなんて、罰ゲームに他ならないのでやめて欲しい。どういう了見だ。明日福ちゃんに言いつけてやる。
大体私なぞの寝顔なんか撮ってどうしようというんだ。


「勝手に撮ろうとしたのはごめんな。でもさ、おめさん大事な事を忘れているな」
「大事なこと?心当たりないんだけど……」
「おめさんもオレの寝顔写メ見たんだからお互い様な部分もあるんじゃないかな、ってね」
「あ〜……アレは仕方ないでしょ」
「恥ずかしかったぜ」
「そんな風に見えなかったけどなー?」


飄々としたその様子からはこれっぽちも恥じらいなど見て取れない。それに確かに見たけどその件は私のせいじゃない。いわば不可抗力とでも言うべきか。
自転車部のLINEに新開くんが授業中に爆睡している写真が、荒北くんによって載せられたのはつい昨日の事。そこで終わればいいものの、アプリか何かを使ったのだろう、荒北くんは寝顔に散々落書きをしたものを次々と載せてきたのである。授業中に一体何に白熱してるんだ、と突っ込みたいのをなんとか堪えて、私は流れを見守っていた。最終的には途中で起きて気づいた本人もその祭りに参加しだし、謎の盛り上がりを見せたのであった。


「だからなまえもちょっとくらい恥ずかしい思いをする事になっても仕方ない事だよな」
「さもそれで当然みたいな感じで言ってるけど丸め込まれないよ?嫌なものは嫌だからね」
「じゃあ普通にツーショット撮ろうぜ」
「尚更なんでよ。訳わかんないってば。」
「待ち受けにするからさ。な、風邪治ったらでいいから」
「……今待ち受け何にしてるの?」
「見る?」


ずい、と目の前に差し出された画面ではウサ吉がもぐもぐと人参を咥えて、真っ黒のつぶらな瞳でこちらを見上げていた。なんという癒し画像だろう。可愛い。可愛すぎる。新開くんにしてはいいチョイスだと思った。


「ね、これ、ウサ吉のままでいいと思うけど…」
「まぁそう言わずに約束してくれよ、なまえ。ずーっとウサ吉ってのもあれだろ?」
「でもなあ。」
「今度学食なんでも奢るから。なんなら限定商品でもいいぞ、な?」
「え、ちょっと待って。一日十個限定の上、入荷日不定のなんか凄いらしいメロンパンでも、……いいの?」
「お安い御用だよ。俺さ、学食のおばちゃんに気に入られてるみたいでさ、多分なんとかなると思うんだよね。ほーら、こんなチャンス二度とないぜ?なまえはどうすんのかなぁ」
「ん……まぁ……。そこまで言うなら、いっかな、と思わなくもない感じ、だけど
……!!」
「やっぱおめさん素直じゃないな!」
「うるさいよ」
「まあそういう所も可愛いんだけどなあ」
「うわ、寒気してきた。やだー。」


甘い言葉がさらりと口から出るなんて、そういう事を新開くんは一体何人の女子に言ってきたんだろう。本来好きな人にだけ言う言葉じゃないのか、と思う。私は新開くんのそういう所が苦手なんだよ。
無駄話をしていたら目が覚めてきた。もう時間だし寮に帰らないといけない。
……今更だが、もしかして新開くんは私の目が覚めるまでずっと付き添っていてくれたのだろうか。というか、小説を読んでいたと言ったし恐らくそうなのだろう。随分とお世話になってしまったみたいで、少し焦る。


「体はもう大丈夫か?そろそろ寮に……ん?」
「あっ……」


なんて言おうかと思案を巡らせていると突然立ち上がった新開くんの制服を反射的に掴んでしまった。一瞬目を丸くした彼だったが何かを悟ったのかまごついている私を静かに待っていてくれる。いつも腹が立つほど余裕たっぷりの振る舞いだ。やられてばかりはやはり悔しいし、たまにはこちらからのカウンターパンチも受けるといい。


「あの、あッ……ありがとう!!今日は色々して貰っちゃって」


ただこの場合お礼を言うのが筋だと思って必死に口にした言葉は強気とはかけ離れたものだった。あれっ。
寒がりの新開くんは私にマフラーをぐるぐると巻きつける。


「具合悪くなったら大変だしな」
「重ね重ね大変ありがとうございます〜……」
「いいっていいって。あーあ、このまま部屋まで行ってみててやれたら安心なんだけどな」
「ええっ……、さすがに友達にそこまでしてもらうのはさ、ほら、悪いよ」
「そっか。ま、普通そうだよな。いつかそう出来るようになれたらいいなあ……」


それどういう意味なの、とは私はまだ聞けそうになかった。


[ 3/19 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -