夢小説 弱虫ペダル | ナノ




オオカミにマタタビ





「荒北くんお疲れ様!ボトル変えておくからちょうだい」
「のわッ、く、くんな!!」
「えっ」


なんだかいきなり拒否をされたが思い当たる節がない。
ほんのさっきまで荒北くんが校外へ周回トレーニングに出るまで学食のおすすめメニューについて普通に話していたから尚更よく分からないのだった。
ちなみに荒北くんが好きなのはハンバーグ定食とカツ丼大盛りらしい。バリバリの肉食男子だ。
今度一口やると言われたが別にいらないと言ったらちょっとしょんぼりしていた。
そんな感じで過ごして部活が始まって、裏門まで帰ってきたと思ったら怒鳴られた、本当に突然だ。
荒北くんから見れば私はさぞ間抜けな顔で突っ立っていたに違いない。
お互いあと数メートルという微妙な距離で固まっているという妙な状態でしばらく蝉の声を聞いていたが、やがて痺れを切らした荒北くんが発した大きな声で一瞬にして我に帰る。


「バッ…バァカ!!別に変な意味じゃねーヨ!!!ちげーヨ!!」
「な…何が…?どうしたの?何かあった?」
「何もねェ!!!」
「ちょっと落ち着いてよ。言ってくれなきゃ分からないよ、いきなりどうしたのって」


やたらうるさい威嚇モードの荒北くんに対して静かに言い返すとはっとした顔をして、それからばつが悪そうに視線を足元に彷徨わせ何か言いにくそうにしている。
さっきまでの威勢とは真反対なその姿にしょんぼりとうなだれた狼の耳と尻尾が見えた気がした。

何かあるのは間違いないが見当がつかない私は彼の口が開くのを待つばかり。
今も照りつける日差しは暑く、荒北くんの顎を伝って汗がひとしずく落ちて、日の光に一瞬きらめく。


「…今オレ、ぜってェ汗クセーからやだ…」


不意に吐き捨てるように発したその言葉に思わず耳を疑った。あの荒北くんがなんか女々しい事を恥ずかしげに呟いたのだ、なんという衝撃だろう。お前は乙女か。
というかちょっと前までそんなの部活中に気にした事無かったのに。部員たちは大体皆練習終わりの着替えの時には制汗剤をこれでもかという位にかけているのは知っている。
…おかげでの部員の更衣室は汗臭さと制汗剤の匂いと男くささが混ざりまくって、何度換気しても酷い匂いだが。夏場は特に地獄だ。まあ今それは関係ないけれどゆくゆくは改善してほしいものである、というのがマネージャーの切なる願いだ。

それにしても一体どういった心境の変化があったかは知らないが別に部活中に汗なんて気にする事ではないように思う。努力した分だけ汗もかくだろうし。
言ったきり黙り込んでしまった荒北くんにとりあえず思った事を正直に伝えてあげないといけない。


「全力で走ってるんだからその分だけ汗かくのなんて当たり前でしょ、皆そうだし私は気にならないけど」
「……そォ?」
「もちろん。突然どうしてそんな風に思ったのさ」
「ん、…なんか、なまえチャンに汗クセーとか思われたら…なんかヤだと思った、っつーか。…アー、よく分かんねェ」


曖昧な返事でこっちもよく分からないが、納得してくれたのならホッとした。万事OKだ。


「ぶっちゃけ皆汗臭いしね!」
「なッ!やっぱクセェんじゃねーか!!!」
「でも問題ないよ、ほら」


ぱっと荒北くんに詰め寄り汗が光る首元に顔を寄せ、すん、と鼻をならすが不快感はまるでない。
汗をかいた直後だからまだ汗臭くないというのもあるが、そもそも部員の汗と涙のしみったタオルやシャツを日頃から洗濯している立場から言わせてもらえば正直ある程度ならどうって事はないようになった。


「ね、全然だいじょ…ぶッ!?」
「テ、テメッ、何すんだッ!!」


真横から伸びてきた手に頭を掴まれびっくりしているといつの間にか荒北くんから凄い勢いで引っぺがされていた。痛いよ。
荒北くんは怖い顔をしている。こんな所で元ヤンの貫禄を見せられても困る、恐ろしいすごみだ。耳まで真っ赤なせいでいまいちかっこうがついていないけれど。


「えぇ?実際に大丈夫だと分かりやすく伝えようと思って…。嫌だったならあの、ほんとにごめん」
「……そーかヨ!!頭掴んでゴメンネ!!」


お詫びのつもりか、乱暴に髪をぐしゃぐしゃと撫で回されたあとバッと解放された。めちゃくちゃ不器用すぎる撫で方に髪がボサボサだ。撫でるというにはいささか力が強すぎるその手つきは改善した方がいいと思うよ。

ふと何かに気づいた荒北くんがすんすんと犬のように鼻をならす。


「アァ…?何でなまえチャンは普通にいいニオイすんだヨ!?オメーも汗かいてる癖に、マジで意味分かんねェ!」
「そう?特に何もしてないよ」
「ハッ、隠したってムダだっつーんだヨ。ん…スッゲー甘ったるいニオイ…けど香水みたいな不愉快なクサさがまるでねーな。…なんだコレ」
「わひっ!?」


Tシャツの後ろの襟を調度ネコを持ち上げるように掴み引き寄せ、うなじあたりに顔をうずめ、思い切り匂いを嗅がれているようだ。現在進行形で。ちょいちょい女子の扱いがなってない事に流石に不満を覚える。
しかし、ハァ、とかかった熱い吐息に体が無性にぞわっとしたところで考える余裕を根こそぎ持っていかれてしまったみたいだ。頭がぼわっとする。熱い。


「なにコレ、スゲー…知らないニオイだ。今まで嗅いだ事ねェな。なまえチャン、何使ってんの?それか菓子持ってンだろ」
「だから何も…ふぃッ!?」
「ぶっ、変な声ェ。んー、甘ァ…はー、……、ふ、……」


段々夢中になって匂いをかがれている気がする。さっきとは違った意味でまた怖い。
うなじに時折荒北くんの薄いくちびるが掠めるのも、柔らかい前髪が優しく肌の表面をくすぐってくるのも、とにかく全部が私の感覚全てを鋭く刺激している。
いつの間にか髪に顔をうめてくんくんされてしまっている事に気付くも遅い。
これが大きなモフモフ犬ならば可愛い〜!と大歓喜する所だが相手は人間だ。人間で、男の人だ。
そんなアホな事は言っていられないし、ここまでくると恥ずかしさとさっきからのぞわぞわから来るよく分からないものとですっかり目のきわにはには雫が滲んでいる。


「もういいでしょ、ねえ…ちょっ……と!わっ…くすぐったいってば…、ひんッ…!やめてくださいぃ…!!」
「…さっきのお返し。……ん、……はァ…ぁ…」


…さっきより熱の篭った荒い息が耳に当たるも異様に耳元でハァハァしている荒北くんを前に完全に固まってしまい動けない。

そんな状態の私達が徐々に近づいてくる自転車の音に気づくはずもなく。



「んなーーーッ!?!?」



よくとおる高い声がキーンと耳を貫いた。


「オイ荒北ッ、な…何をしているのだ!!?なまえを放せ!!部活中にいかがわしい事など言語道断だぞ!!!」


同じく外回りから帰ってきた東堂くんが、私達を見つけるなり大きな目をさらにかっぴらいた驚愕の表情でこちらに自転車をとばしてきた。
瞬間、同じく襟首を引っ張られさっきのように引き剥がされる。…かがれている時は見えなかったため気づかなかったが荒北くん、顔が真っ赤だ。耳まで。


「ッせーいちいち叫ぶんじゃねーヨ東堂ォ!!!うるせェ!!」
「どう間違ってもお前の方が数倍うるさいと思うがな!!というかそんな事はどうでもいい!なまえ、この暴漢に何をされた」


悠然と、しかし怒りを滲ませて歩いてくる東堂に手を引かれ後ろに庇われると荒北くんがあからさまに不機嫌になった。
どす黒いオーラが尋常じゃなく発せられているそのさまは気合いだけで人を殺せそうなレベルの恐ろしさである。
ヤンキーやめたんじゃなかったのか。

一般人ならここで後ずさりでもしそうな迫力だがたじろぎもしないどころか一歩も引かない東堂の背中は広い。
…おお、なんだか男らしいな。
ただこのままだとどんどん悪い雰囲気になるのは目に見えていたので私がどうにかしなければ、最悪、荒北くんの入部したてのあの頃のような喧嘩になるから、必然的にこの重い空気の中に切り込まなくてはならないのはもう仕方ない流れだ、と諦めもついた。


「…荒北くんは、ぼ、暴漢じゃないよ…ただ、えーと…」
「ただ?…大丈夫だ、最後まで聞くからゆっくり言え。オレは女子の味方だからな。どんないやらしい事をされた?」
「ンなこたしてねーっつーんだゴラふざけんなテメェ!!」
「…言わせてもらうが女子の首元に顔をうずめてするような事がいやらしくないとは言えんと思うが。息が荒いぞ、荒北」
「ぐっ……!!…とにかくちげーヨ」


ひたすらくんくんされたのは驚いたが多分荒北くんも悪気があった訳ではないと思うし、あまり虐めても可哀想だ。ちゃんと突っぱねられなかった私にも非があるだろう。
東堂が助けてくれたのは嬉しいけど説明を…と思うもこれどうやって納得してもらおう…。
汗臭いかそうじゃないかとかで私が荒北くんの匂いをかいだとか、私からは甘いニオイがとかなんて言えばいい。意味が分からないだろうし、あまりに恥ずかしすぎる仕打ちだ。無理。


「東堂、本当に違うんだよ。あの、…匂いを、かがれていただけで……、つまり、ええと…」


とりあえず分かりやすくかつ誤解のないように…と色々はしょったが益々変態くさくなった感がするよ。もう私には無理だ。ごめん荒北くん。


「…荒北お前は女子の匂いを嬉々としてかぐような趣味があったのか」
「だァからちげェ…!なまえチャンが変なニオイさせてたんだヨ!そしたら気になンだろ!!」
「へ、変て」
「ふむ…。なまえ、少しばかり失礼するぞ」
「わ、東堂…!」


軽く肩を引かれた。…さっきの荒北くんとはまるで違う紳士的な手つきだ。そこは流石東堂!といったところか。
女子をチヤホヤしまくっているのは鼻につく時もあるが、こういうさりげない優しさと気遣いが出来るのは素直にすごいと感心する。旅館の息子スキルだろうか。


「オイ、触んな!」
「ム、それは聞けんな。なまえは荒北のものではないぞ?」
「……チッ!」
「ふんふん…柔軟剤の香りだ。女子らしくていいな、なまえよ!」
「……くすぐったいです、あとタラシみたいな台詞やめてよ」
「東堂テメーそれじゃねェよアホ、もっと甘ったりぃヤツのほうを言ってんだ」
「うん?…やはり柔軟剤の香りしかしないぞ?」
「そんな筈ねーヨ、すげー甘くて頭までぐわんって痺れるヤツだ、つーかまだしてるし!ここまで漂ってんだヨ!誤魔化されねーぞ」
「………あー…、成る程な。分かった分かった。いや、すまんね」
「……?」


なんだろうこの私だけ取り残されている感。おいてけぼりは困る。
じっと二人を見つめていると東堂が荒北くんの腕を無理矢理引っ張っていき、少し私から離れたところでなにやらこそこそと話し始めてしまった。私は入れてもらえないらしい。
…なんで?男の子同士でするような会話なのかな。ハブられたのは地味にショックだ。


「お前は人一倍鼻がきくんだったな」
「たりめーだ、だからぜってェ間違いなんかじゃねー…」
「なまえの甘い匂いは何に似ていた?」
「何って…食いモンの…デザートみてーな甘さだ」
「それでいてやみつきになるような痺れがあるんだな?そのデザートを誰かにみすみす横取りされてやる気は一ミリもないのだな?」
「そーだけど、なんだヨ、よく分かってんじゃねーか。…やっぱりオメーも感じたんだろ?ハッキリしろってんだ」
「じゃあハッキリ言わせてもらうがお前はなまえを獲物として見ているぞ。…といってもメスの獲物としてだがな」
「……あ゛!!?」

「しかし食うのはなまえの了承を得てからでないと許さん、犯罪だぞ」
「なッ……に、言って…!!オメーの方が脳内やらしいじゃねェかッ、ふざけんなヨ!?ンの色ボケカチューシャ!!」
「ふざけてなどおらんよ。潔く認めろ」
「そんな訳ねェ!!」
「これが恋でなくて何が恋なんだ。…何か自覚はないのか?相手にどう思われているのか過敏に意識したりとか」
「……!!」
「…まったく、ホンモノの不器用だな。まあ頑張れ?」
「…クソ、頑張れとか軽々しく言うんじゃねーヨ」
「いや、頑張れ。オレも頑張るから」
「意味分かんねー、ハッ、ウゼ」
「まぁお前が頑張らねばオレの一人勝ちになるのだがな。ワッハッハ!それでもいいぞ。なんせオレもなまえが好きだからな。恋敵は少ない方が安心だ。ただし後悔はするなよ」
「……ハァ!?」


荒北くんの汗が伝う白い首筋を見ていた。
時折怒鳴る荒北くんの声しかハッキリ聞こえなかったから会話内容は想像がつかないが、ただ、何か結論が出たようには見える。
…が何やら二人とも難しい顔をしている気がした。
話が終わったようだった東堂に聞こうとするも「荒北に聞いてくれ!」と言うや否や自慢のリドレーに跨って手を振り行ってしまうし訳が分からない。背中は音もなくすぐに見えなくなった。やはり森の忍者だ。
場に未だ残るこの微妙な空気は何だろう。
荒北くんはさっきからこっちをチラチラ見てくるし、何か変だ。


「ねえ、甘いのの正体分かった?」
「……!」
「あ、その反応怪しい。分かったんでしょ、教えてよ!」
「…なまえチャンはそんなに知りてェの」
「うん」
「……だァめ。まだ教えてあげナァイ。また今度」
「ケチだなあ」
「…じゃあ、なまえチャンもオレから甘いニオイするなって思うようになったら教えてあげるヨ」
「私そんな匂い分からないもん…」
「つか、さあ。今日も帰り遅いンだろ?」
「部室の鍵当番だからそうなるね。何?話逸らそうとしてるでしょ」
「そうじゃねェ。女一人で夜道歩くと物騒だから、アー…、あれだヨ…送るヨ、なんなら今日から毎日よォ」
「ありがとう。でも、ええと」


荒北くんからこんな分かりやすい優しさをかけてくれるとは。失礼ながら突拍子のなさも加えて二重に驚いてしまったじゃないか。
分かりにくい優しさなら思い返せばけっこうあったが、ストレートにされたのは初めてで嬉しい、んだけど。


「私ね、遅い日、東堂に送ってもらってるの。おんなじように心配されちゃって」


荒北くんのきょとんとした間抜けな顔が忘れられない。いつもの歯をむき出しにして吠えているようなイメージとはかけ離れたその間抜けな表情にちょっと笑ってしまう。
ありがとう荒北くん、と呼びかけるとパッと機嫌の悪そうな顔に戻ってしまったけれど、けっこう可愛かった。
東堂がいる訳で心配はいらないけど、せっかくだし今日からは三人で帰ろうと提案するもそれは嫌だと眉にしわを寄せながら突っぱねられて、そこからはまたいつもの調子に戻っていた。何だったんだろう。


「チッ!ンだアイツ抜け目ねェな!!オイなまえチャン!!」
「は、はいっ?いきなり大声出すのやめてよ。ドキッとするから」
「明日からメシ!!屋上な!ンでたまに学食!!」
「一緒に食べる人は…あっ、いないのか。いいよ」
「オイさらりとヒデーこと言うな」
「あ、でも」


大事な事を忘れている。そもそもこっちが解決してないのに、ズルい。
すっかり荒北くんのペースに呑まれていた気がする。


「甘いのの真相を教えてくれるんなら、だけどね!」
「だぁッ、まだ言うのかソレを!!…あー、もォ…」
「お願いだよ荒北くん。…さっき、何か分かったみたいだったよね?」


なんとなくここで聞いておかないといけないような感じがしたから、しぶる荒北くんの腕を掴んで引き止めた。
まっすぐ顔を見上げると荒北くんもまた私をじっと見つめていた事に気付いて少し恥ずかしさがこみ上げるが、今は目を逸らさない。隠されれば聞きたくなるものだ。
しばらくそうしていただろうか。見つめあったそのままでの我慢比べに負けた荒北くんの薄い唇が観念したようにゆっくりと開いていくのを見つめた。


「……今、教えていいんだァ?」
「むしろ今じゃなきゃ気になって仕方ないよ。どうして私が甘いのさ」
「そ、じゃあ特別ネ。…だけど絶対後悔すんなよ。したら…どうにかしちゃうからァ」


何か物騒な様子に若干怖気付くが、一体私の甘い匂いにはどんな秘密があるというのか。
すー、はー、と深呼吸してる荒北くんが何だかおかしい。一体何に緊張しているんだろう。というか荒北くんも緊張するんだ…という失礼な感想を抱く。


「なまえチャン、東堂のこと付き合いたいって意味で、好き?」
「わっ何いきなり。そういう意味じゃ全然だけど。ファンクラブに抹殺されるのはご免だよ」
「ふぅん。…じゃあオレの事好きになって」
「え、どういう」
「アイツにはぜってー…あげないからァ」


ガッシリと両手首を掴まれうわ、と突然の衝撃に完全にそっちに意識が移ったその時だった。
全く予期しなかった柔らかい感触が右頬に優しく押し付けられたのを私は黙って受け止めていた事に一瞬遅れて気付くも動けなかった。動けるわけが無い。
だって、あの荒北くんにキスをされた。告白のようなものもセットで。
この強力な不意打ちコンボを受けて平然と笑っていられるような精神力の持ち主がいるだろうか。


「……やっぱりいいニオイ、するネ。…ドロドロに甘くて思わず全部ペロッと喰べちゃいたくなるようなニオイ。これで意味、分かったァ…?」
「わ、……分かった…けど…それは…」
「ああそーだよ、それはなァ」


熱の篭った目に射抜かれて分からない程馬鹿ではない。しかしどうしてろう。なんで私を。
…何かの勘違いじゃないだろうか。大抵の生徒、特に女子は荒北を怖がり近づかない。
だけど私はあまりそういうのを気にしないタイプだったため別に普通に話したりしていたのがきっとそれが珍しかったのだろう。
話してみると悪い奴じゃなかったからその後も普通に接していたけど周りからは「よく近づけるね」と驚きと呆れ半分に言われていたものだ。


「東堂のヤローによると恋らしい…、けどォ」
「う、…うん」
「なまえちゃんはオレのことそんな風に見た事ねーだろうし、つかオレもさっき気付いたわけだからさァ…」

少し考えこむように間を置いてぽつりとこぼした声は小さかった。
これから好きになってもらうからァ、と赤い顔で言われてもいつもの勢いがなくて荒北くんが荒北くんじゃないかのようだ。
というか私が荒北くんを好きになるのは決定事項なのか。
立ち尽くしたままぐるぐると思考を巡らせている無言無表情の私に焦ったのか耳まで赤くして、だからよろしくネ!!と言い残し逃げるようにまたビアンキと周回練習に出て行ってしまった。速っ。
…荒北くんが目の前風をきった一瞬だけ、ふわりとなびいた黒髪に乗せてなんだかバニラのような甘い香りが舞ったような気がしたけどこれは多分私の勘違いだ。もしくは制汗剤に決まってる。

…それにしても頬にキスなんて、随分と可愛い狼もいたものだ。
別に荒北くんの事は友達として見ていたはずだったのに、たったひとつ右頬の熱だけが消えない。





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