夢小説 弱虫ペダル | ナノ




見えないものなら教えて下さい




「ねえ、今日空いてるって言ってたけどさ、…買い物付き合ってくれるなんてことは万が一にも可能性すらない?」
「そこまで期待されてへんのもいっそ清々しい気もするけどなァ、まあ確かに行かへんけども」
「だよね」
「せやよ」


私の休日は終了した。
御堂筋くんは空いた時間の全てを自転車関係、部活関係のあれこれに費やしてしまうので休日丸々オフでその上私と過ごしてくれるという旨を回りくどく言いだした三日前、それはもうテンションが上がってどこへ行こうかとその日からいろんな場所を調べたものだった。
結果、ここから少し遠くにあるいい雰囲気の和菓子屋を見つけて舞い上がった。
いつか行こうと思っているばかりで結局足を運ぶことはなかった所だ。
無難にぶらぶらできるショッピングモールの店舗のうちのひとつだから、時間が余っても万全。
ああ、食べたかったなぁ…アイスクリーム鯛焼き。
発想が斬新で、しかしそれでいてちゃんと美味しそう。いいなぁ、いいな…。
御堂筋くんと二人でデートらしく私服で二人並んでちょこちょこお話しながら鯛焼き…。
もう叶わない夢となってしまった訳だけど、そんな楽しそうなイメージを思い浮かべてしまいなんとなく未練が残った。

…せっかくだから、もう今日は切り替えて一人で目的の物を買ってきてしまおうか。
で、すぐ帰って二人で食べよう。それ位ならきっと拒否されない。はず。
殺風景な部屋のすみに立てかけておいた、服に合うよう選んでみたものの今となってはあまり特別な意味のなくなった、思ったより重いバッグを拾い上げた。
明るい声を出すよう意識して、軽く伝えてみる。


「じゃあちょっと行ってくるから、少しの間留守番よろしくねー」
「え、ちょ…」
「……ん?」


珍しい。いつも丸い目をさらにまん丸に見開かせ、信じられないといったふうな純粋な反応が返ってきた。
これは本当にびっくりしてる時の顔だ。それくらいはもう分かるようになったこと、御堂筋くんは知ってるのかな。


「あ、お昼ご飯ならもちろん作るから心配ないよ!ちゃんと間に合うように帰ってくるから心配しないで大丈夫だからね」
「ちゃうわ。なんやボクが行かなくても一人で行く気満々なんやね」
「だって元々寄りたかった所だもん。それに加えて御堂筋くん珍しくお休みだって言うから一緒に行けたりするかもなぁ、って考えたらなかなか無いチャンスだと思って誘ったわけだよ。
まぁ無謀なチャレンジだったとは思うけどね!」


あはは、と乾いた声が無意識に口をついた。私は割と真面目に断られたのがショックだったらしい。
今、最高に空元気そのものである。御堂筋くんと出会って並大抵の事には動じなくなってきた実感はあるのだけれどまだまだのようだ。
御堂筋くんのジトーっとした視線を浴びせられ落ち着かず、不自然に目をそらしてしまい後悔した。
落ち込んでるのがバレるのはなんだか嫌だ。


「…そんなどうしても行きたいん?」
「うん。まぁ、すぐ済ませるから少しだけ待っててよ」
「…ボクまだ着替えてすらないんやけど」


ぼそりと発したその言葉を私が聞き逃す筈がない。
1秒前までの憂鬱さをまとめて吹っ飛ばすような衝撃を持ったそれをゆっくりと噛みしめて私はようやく言葉の真意に辿り着く。
当然ながらだらしなく緩んだ顔をしていることだろう。


「…分かった、10分待ってるね。遅れたら置いて行っちゃうからね!」
「ふん、30秒で支度したるわ」


素直じゃないなあとつくづく思うが、それは私も御堂筋くんもなのでおあいこだ。










目的の和菓子屋に行ってお昼ごはん代わりにふたりで色々食べた時に思ったことだが、御堂筋くんはたい焼きをちまちま食べていてなんだか無性に可愛かった。
あんなに大きい口をしているんだから丸呑みも余裕ぐらいには見えるものだが。
私の頭の中では前にスイカを切って持っていった時に一瞬でばくっとたいらげられてびっくりした思い出がフラッシュバックしていた。

お腹もいっぱいになった所で色んなお店を見て回って、服屋に入った時にはもう随分と遅い時間になっていた。
そんなに経っていたとは全く気づいていなかったがそれは御堂筋くんも同じようで、時計を見せると素で少し驚いていたから笑ってしまった。
まだ遊び足りないが、ここで最後にしよう。
合いそうだなと思った服を何着か押し付けると御堂筋くんはまたかという顔でしぶしぶ試着室に消えていった。
それを見送って私も普段ならあまり着ないタイプの可愛い服が並ぶ中から店員さんにおすすめされたものを手に隣の試着室へ入った。
彼氏とラブラブらしい可愛い店員さんが言うには「これを着れば彼氏もドキドキしちゃう」らしい。
まあ相手が御堂筋くんだから反応はもう分かりきったものだけど、断りきれずに受け取ったからには着るしかないだろう。






「ププッ…似合ってへんで〜?何肌晒しまくっとるん?なまえちゃんのくせに」

開口一番でそれなのかとある意味ブレない御堂筋くんに感心してしまいそうになった。
こんな格好して一番恥ずかしいのは私だからな!と逆上する訳にもいかず、ぱっくり布が開いてスースーする胸元を手でそれとなく隠した。
御堂筋くんの視線がそこで止まっていて本当にムズムズと恥ずかしかった。


「…相変わらず辛辣だなぁ…似合ってないのは、知ってるよ…」
「…、別にキミが何着てようがボクには関係あらへんけどね」
「まあ、そうだね」
「せやから、つまり……」
「……」
「……自分の好きな服着たらええ。…まぁスカートやたら短いのは気に食わんけど別にそれでもええやろ」


後ろの方は矢継ぎ早に目を逸らしながら言われたことだが、瞬間、確信した。
御堂筋くんがなかなか人に見せたがらない、心の柔らかい部分は時々こうして顔をのぞかせることがある。
そんな時は決まって視線がおよいでいるから割と分かりやすい。日々の御堂筋くん分析が役に立ったようだ。
私ごときに本心を見透かされるとはまだまだ詰めが甘いと思うよ御堂筋くん。


「…ねえ、御堂筋くんは思ってること素直に言葉にしたら死ぬ魔法にでもかかってるの?」
「……」
「……」

「……、…か」
「か?」
「か、…わ、……ええ、んやないの」
「…ありがと。いつもそうだと凄く嬉しいんだけどね! あ、私も御堂筋くんのファッション好きだよ」
「ピギ……」
「黒って凄く似合ってるんだよね。長身細身なんてまぁ何着ても大体いけそうな反則具合なのもあるけど、うん。かっこいいよ御堂筋くん。シルエットがとっても素敵」
「やめぇや…」
「ちゃんと言葉にしないと伝わらないことだってあるの」
「…確かに今のはボクがあかんかった、分かったから」
「うん、好きだよ御堂筋くん」
「それはコトバにしなくても知ってるやつやで」
「あ、そだね」


そうだ、帰りの駅までの道のりは手を繋いでできるだけゆっくり歩こう。
きっと夕日が綺麗にさして街を赤く染め上げた光景は、忘れられない記憶のひとつになると思うから。こうやって少しずつ思い出が増えればそれでいい。それがいい。










それから帰路について歩いていた時に分かったことだがどうやら今日は家で2人でまったり過ごそうと思い家に呼んでくれたらしい。
御堂筋くんの頬がほんのり赤かったのは、おそらく夕日のせいだけじゃない。


「こうやって一日落ち着いていられる日あんまないやろ、せやったら、あれやろ……満喫せな勿体無いわ」
「なんだ…そっか」


そういう理由ならば先に言ってくれれば良かったのに。緩んでなかなか戻らない頬を見られないように、髪を直すふりをして空いている手で口元を隠した。
反対の絡めた指から伝わる体温はあたたかい。
御堂筋くんが荷物を全部持ってくれようとしたのを断った甲斐があった。両手が塞がっていては叶わないことだったから。
次のお休みは一日二人でだらだらして過ごすのもいいかもしれない。よし、そうしよう。今決めた。有言実行だ。
次を決めてしまうと途端に今からわくわくしてきてしまう。帰り道の寂しさなどどこかに消し飛んだ。


「なァ」
「なあに?ふふ、御堂筋手ぇ大きいねぇ」
「今日、楽しかったで」
「……!!」


どうしちゃったんだろう。素直に受け取るには甘すぎる響きだ。
いつもの口調で、まるでなんでもないという風に彼は普段ならまずありえない言葉をぽつりと口にしたのが本気で夢じゃないかと思えて。
嬉しいとか感動とか驚きとかが混ざった何かが、気付いた時には訳も分からないまま溢れていて。


「、うん…!うんっ……!!」
「ッ……!?なっ…なまえちゃん何泣いとるん」
「わたっ…、ゔぅッ、ひぐっ……!!わ゙たしも、たのし、かったぁぁあ゙…!」


御堂筋くんは大きくて真っ黒の目をぱちぱちさせている。
困らせてしまったな、と考えながらも全然抑えられない涙の粒は私の意思とは関係なくぼろぼろとひっきりなしにアスファルトの道路に消えてゆく。
いつのまにか二人の歩みは止まっていて、そして時間すら止まっていたような気がしてなんだか不思議な感覚の中に漂っている。
これが夢ならもう醒めなくていい。


「…ボク涙はキライやわ」
「ふぁ…、うぅ…ごめぇ…ッ」
「やからボクがソレとめたるわ」


そう言って御堂筋くんが涙でぐちゃぐちゃの私のまぶたに落としたキスがあまりに優しすぎてもっと泣いたら、私の顔を御堂筋の胸に押し付けたと思ったらそのまま頭をずっと撫でていてくれた。
その時、御堂筋くんのあたたかな心臓の音が私にも黄色に見えた気がしたことをいつか彼にも教えてあげよう。




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