夢小説 弱虫ペダル | ナノ




鬼は静かに牙を剥く




廊下までローラーの音が響いている。
あまり馴染みのない人には喧しく感じるかもしれないが、私はこの音が好きだ。
皆が部活に精を出している最中、いつも通り部員のサポートをしつつ備品のチェックや洗濯物といった雑用をこなしていると、向こうから私に気づいた新開くんがこちらに寄ってきた。
汗を流して暑いのかジャージの前を完全に開けておりそのよく鍛えられた体を大胆に曝け出していた。
新開くんはとってもムキムキだ。

寄るなり洗濯籠をぱっと持ち上げられ途端に軽くなる。
私が両手で抱えていたそれを新開くんは片手でかかえて笑ってみせた。
新開くんはいつも優しい。


「ご苦労さん。これ、持つぜ」

「あ…大丈夫だよ。嬉しいけど選手には休んで貰わないと。インターバルだよね?今」
「ああ。でもこれはオレがやりたくてやってる事だから気にしないでくれ。いつもありがとうな」


そう言ってグローブをしていない手で私の頭を少し強めに撫でる。
特に嫌ではないのでされるがままだが少し驚いた。これがモテ男か…。
新開くんのイケメン力に若干圧倒されつつ出来るだけの笑顔で答える。


「ううん、これが仕事だから当たり前だよ。でもありがとう」
「いや、よく気が利くし働き者だし真面目だしでさ、おめさんが思ってる以上に皆感謝してるぞ?本当、いいお嫁さんになりそうだなぁ」
「またそういう調子のいい事言って…」
「本心だぜ」
「はいはいありがとうございます。それはそこの部屋のはじっこにお願い。私、まだ用事あるから行くね」
「ああ、よろしく頼むよ」


それじゃ、と軽く挨拶してから未だふわふわと頭を撫で続ける大きな手からぱっと逃れ、水場の方へ向かう。
ずっとあやすように撫でられまくりだんだんと恥ずかしくなった。
それにたまに部員が通るだけとはいえそれでも学校、いつ誰が来るかなんて分からない。
こんな所、もし新開くんのファンにでも見られたらひどい誤解を受けることになるだろう。
女子の嫉妬は怖いのだ。できるならそういうドロドロはご遠慮したい。
私は安全な学校生活を送る予定なのだから。

東堂くんとの関係を疑われてあわや大騒ぎになるところだった事が前に一度あったが、その時はひどく疲れた。
名前も学年も知らないような人からやたら話しかけられるようになるのだ。野次馬根性というやつだろうか。
その時は東堂くんが直々にファンの前で「なまえは大事な友人だ!」などなど諸々を熱弁してくれたおかげですぐにおさまったけれど。
後で迷惑かけてごめんねとひたすら謝ったが
「気にすることはないぞ、これからもよろしく頼む!!いつもなまえのおかげで大いに助かっているぞ」
と笑顔で返してくれた東堂くんは流石だ。頭が上がらない。
ただの騒がしくてナルシストなお調子者ではない事をこの時ありありと実感したのであった。
とにかくあれの二の舞は嫌なので、誰にも見られていませんようにと心の中でそっとお願いした。







「なぁ…最近おめさん誰彼構わず撫で回されてねえか?」


珍しくムッとした表情の新開くんが聞きたいことがあるといったから聞いてみればこれだ。
確かにあの後色々あったが元はといえば新開くんのせいなのだ。
休憩室の柔らかいソファーに二人で腰掛ける。


「ああ…なんかあの日、新開くんによしよしされてるのどっかから東堂くんが見てたらしくて。改めていつもありがとうとか言って撫でられたんだけど、それを見てた福富くんもなぜか参加しだしてね〜…。恥ずかしかったなぁ…。」
「寿一まで!?」
「あぁ、荒北くんも誰もいない時にしてくれたんだよ!最近はユキちゃんも撫でてくれるんだけど、後輩にされるとなんだか変な感じ」
「随分とまた色んな奴に…!そんな…気持ち良ければ誰でもいいっていうのか、なまえは!?」
「そういうのじゃないでしょ。ていうかせっかく好意でして貰ってるのに振り払う訳にもいかないし。私だったら傷付くもん」
「それならおめさん、オレと寿一、どっちのが気持ち良かった?」


真剣な眼差しでこっちをまじまじと見つめてくる青い目から視線を逸らした。
会話の途中だけ聞くと修羅場っているように見える気がする。
さっきから他の部員にチラチラと気にされているし少し言葉を選んでほしい。
あと声がでかい。やめて。


「もうすこし静かに…。別にどっちがどうとかないけど…福ちゃんの方が手が大きくて安心感あるよ」
「じゃあオレは?」
「新開くんは…うーん…手慣れてるなぁって感じかな」
「…オレおめさん以外ウサ吉しか撫でてないぜ」
「あ、じゃあそれでテクニックが培われたのかな!そうそう、ちょうど動物を可愛がるみたいな手つきだったかも」


途端に一帯の空気がざわついたのがわかった。
ここまでいくと何を話してもあやしく聞こえている気がするからもう本当に切り上げよう。
新開くんはニコニコして微塵も気に留めてないようだけれど。
マイペースだなとつくづく感じる。


「ヒュウ!大胆発言だな」
「なにが。ていうかやめてよ新開くんのせいじゃん。とにかくそういう事なので!」
「ま、確かにそれもそうだな。…場所移そう、こっち来て」
「もうい……あっ」


有無を言わさず手首をガッチリと捕らえられ部屋から連れ出される。
柔らかい物言いの中にもノーと言わせないような、たまに見せる押しの強さがあったので仕方なくついて行った。
ドアが閉まると同時に内側から黄色い歓声が聞こえてきた。
もういいや。後で新開くんに説明させよう。私は知らない。
窓から差し込む夕暮れに紅く照らされた新開くんの背中を見つめながら、さっきのきっと噂されるんだろうなと少し気掛かりになった。
どうして男女で仲が良いとなんでもそういう方向へ持っていきたがる人がいるんだろう。そういう噂は一人歩きして知らぬ間に大抵良くない方向へ変わっていく。
そのせいで普通に仲が良かったのに話しづらくなったり人目を気にするようになってしまうのだ。
そんな事で新開くんとギクシャクしてしまうのは嫌だった。










「…どこまで行くの?この辺で大丈夫じゃない?」
「ついて来て」
「……」


やはり有無を言わさずという感じだ。
普段使わない日当たりの悪い階段を上がり薄暗い通路の脇にある空き教室のひとつに入る。
椅子や机がやたらたくさん積まれているから物置がわりにされている場所だろうか。
窓は黒いカーテンで覆われ、ここも暗くて視界が悪い。
あまり長居したくないような所だ。
幸いにして綺麗だったのは救いだが、おばけが出そう。


「あれ。、電気どこだろ…」
「いらないよ、なまえ」


カシャン、と小さな音がした気がして振り返ると新開くんが後ろ手にドアを閉めたようだった。
こんなじめじめした場所で二人きりとか嫌だなあ。
というかここまでして他人に聞かれたくないような事を言われるのだろうか。
ちょっと怖くなってきて早足でドアに近づく。


「ココ怖いしさ、別の場所で話そうよ」
「それもダメ」
「で、でも」
「ダメだよ」
「えっ…え…いや、あの…ちょっと待って」
「待たない」


させないとばかりに行く手を阻まれ部屋の隅に簡単に追いやられ、発せられる不穏な気配に疑問を抱く。
新開くんからいつものニコニコした穏やかな感じがすっかり消えていて、普段とのギャップが大きいためか謎の威圧感さえあるような気がする。
静かに両脇の壁に手をつかれ、気づけばあっという間に所謂壁ドンされているような体勢になっていて、逃げ場はない。
咄嗟に俯きかなり近い距離になった整った顔から目を逸らす。
よもやときめき必至らしいこの状態に新開くんとなるなんて、誰が想像しただろうか。
もしかしていつものようにからかわれているのだろうか。
固まっている私をよそに新開くんの唇が開き、何を言われるのかと思わず身構えた。


「色んな奴にベタベタ触らせるの、よくないぜ」
「え…」
「そもそもオレが始めたのに何で流行っちまうかなー、ほんと。なあ、嫌ならやめてって言わないと変な勘違いされるから気を付けろよ?」
「その辺は大丈夫だよ。だって皆は…」
「大丈夫なことないだろ。下手に期待させて調子に乗らせたら何されるか分かったもんじゃないぜ。後から後悔したって時間は戻らないしな。それにさ、現に勘違いさせてるじゃねえか、オレを」


固まった。


「オレさ、けっこう頑張ってアピールしてるつもりなんだけどな。忙しそうにしてる時まで毎回ちゃんと構ってくれるし、もしかしたらってその度…考えちまうんだよ。馬鹿だって思う。でもおめさん、誰にでも優しいよな」
「…マネージャーとして、平等にするべきだって思ってるから」


喉から絞り出した声は自分で思ったより小さく、少し震えていた。


「はは、そっか。そうだよな。おめさん相変わらずマネージャーの鑑だよ。なぁ」


そういう真面目なところも好きだぜ、付き合おう、と。
耳元に唇を寄せられハッキリと鼓膜に響いた音に、ああ私今告白されているんだなぁとどこか他人事のように冷静に状況を観察している自分がいた。
よく話しかけてきてくれて嬉しいなと思っていたし、彼特有のまったりのんびりした雰囲気が気に入っていて一緒に行動したりということもあった。
だから、友達として好きだった立場としてはこの告白は残酷なものだ。私たちの関係は間違いなく何かが変わってしまう気がする。

前半の吹っ切れたような明るい声と今の真剣そのものの声に心が痛むが、それでもやはり新開くんにそういった意味での特別な感情はないし、答えは決まっていた。
明日から少し気まずくなるかもしれないけれど、適当な気持ちでOKしたり思わせぶりな答えを出すよりはお互いのためになるだろう。私も勇気を出してきちんと伝えよう。
真剣な気持ちには同じ位真剣に答えるべきだ。
だから、ごめんなさい。それから、そう言って貰えることはすごく嬉しい。
頭の中で伝えたい事をまとめて、決心はしたはずだったのに一瞬躊躇いが生まれて息を飲んだ。
でも、このままじゃいけない。
頭を落ち着かせて、ゆっくりと口を開く。


「あのね、私」
「な、キスしよう」
「はっ…!?」


返ってきた言葉は一通り想像した反応とはどれも違うものだった。
答えを察したのか言わせないとばかりに被せるようにとんでもない言葉が聞こえたような気がする。
当然断ろうと口を開いたその瞬間、狙っていたかのように重ねられた唇の温かさが妙に現実的だった。
知らない感触に体が一瞬で熱くなり事態が掴めずほうけていたせいで知らぬ間に舌の侵入を許してしまい、自分の中を自分ではないものが好き勝手いやらしく動き回る。
我に帰りとっさに身をよじるが新開くんが体全体で私を壁に押しつける形で動きを抑えてきていて正直焦った。
背中には壁で、もうどうしようもないのは明らかだ。
目尻が熱い。生理的な涙が溢れて視界を覆っていくさまをただ感じていた。情けない。


「ぅむっ、ひんかいく、…ふ…ぁ!」
「ん、…、は、…なまえっ、ふッ、…」
「ッ…、けほ、はぁっ、待っ…て…!!んぅ…!」
「んん…、……は、……」


息継ぎが追いつかないくらいがっつかれクラクラとしてくる感覚に思考が追いつかない。
いつの間にか頭もがっちり固定されていて為す術もなくひたすら貪られるようなキスを受け止め続けた。


口内をいやらしく弄んだ舌がやっと出て行き長いキスが終わる頃には床にへなりと座り込んだ私に新開くんが覆い被さる体勢になってしまっていた。
つ、と細い糸を引いて唇が離れるさまがやけに目に焼き付く。


「ん、ふぁ…っ、……、ぅ」
「ふぅ…、ッ…そんなエロい反応してさ、おめさん煽ってるみたいだぜ。それとも無意識?…だったら、ほんとやらしいな…はぁっ、…」
「ひ……!!」


Tシャツの隙間から大きな手が入ってきて、まるで遠慮なく直に肌を這い回る感覚に思わず肩が震えたのは隠せない。
熱い息が首筋に当たるたび頭がおかしくなりそうになる。


「んぁ、…っ」
「なぁ、分かるよな。どうせフられるって分かってんならさ、こうした方が早いよな」
「なっ、何!?なんで…!?やめてよ、本当に、…やめてっ」
「ごめんな、どうしてもおめさんがいいんだ。…はぁ、…っ、いい匂いする…。責任、しっかり取るよ。ごめん、少しの辛抱だからな」
「ぅぁ、……!」


分かった。最初からこうするつもりだったんだ。
告白して、受け止めて貰えたらそれでばんざい。そうでなければ、恋人同士がするような事をなし崩しにでもやって、後から責任を取るという形にしてしまえばいい。
つまりそういう事だろう。
恐ろしい考えに体が凍りついたのが分かる。


「ん…、柔らかいな、体…」
「や、やめっ…やめて…新開くん。意味ないよ。こんな事したって何も…」
「ごめん。大事にするから今だけ、今だけ我慢してくれ、な」
「ぅ…!」


ブラに到達した手がやんわりとそこを揉む。
最初は反応を伺うように、それから次第に強弱をつけて。
私の息が上がったり思わずおかしな声が漏れたりすると、満足げに口元を歪ませた。
が、目が笑っていなくて、どちらかというと獲物を前にした鬼の表情…と言った方が近いその顔に思わずゾッとした。
どう説得すればいいんだとかどこまでされるのかとか不安が渦巻いてもう逃げ出したかったが伸ばした足の上に跨がられては起き上がりようがなく、されるがままにするしかない。

どうしたらいい?
やはり定石で股間を蹴ろうか。
しかしそれで万が一事故が起きたらそれこそ責任が取れないし、あと感触が生々しそうで嫌だ。
いざやらなくてはという場面になっても、そんな度胸はない。
あとさっきからずっと気になっていたのだけど脚にゴツゴツ当たるし勃ってないかなこれ…。
意図的にやっているのか分からないけれど気分の良いものではない。

それとも大声をあげる?
…新開くんはわが部の大事なスプリンターだ。
こんな事が知られてしまえば停学や、ひどくて部活停止なんてのもありえるかもしれない。何にしろ迷惑がかかる。
…それに、この辺は誰も通らない。

じゃあ私が、我慢する?もうそれしかないのだろうか。
ある程度までならもういいやと思えてきている諦めの早い適当な自分と、それでも恋人でもない人とこんな事もう駄目だという理性的な自分との間で揺れる。

どれも嫌だ。そもそも何で自分がこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
これがトラウマにでもなって変にスれたり男性恐怖症になったらどうしてくれるというのだろうか。
しかしイエスもノーも聞き入れてくれそうな様子ではない。それなら。
…3つ目の答えがあったとしたら?


「新開くん、ぁ、聞いて」
「…なまえは心配しなくていいよ。優しくするから、受け入れてくれよ」
「そうじゃなくて…、んっ…、は、付き合う、付き合うから」
「…なに?」


動きの止まった新開くんの、背中のホックに到達していた手を掴み、ゆっくりと言い聞かせる。
新開くんには悪いが、この嘘はいわば正当防衛だ。


「新開くんと、付き合うから…だから今日いきなりこんな事はやめてほしいの。お願い」
「……」
「そんななし崩しに一緒になるよりそっちの方がずっといいよ。私にもちゃんと選ばせて。でないと納得できないと思うから」
「そうか。よく分かったよ」
「!なら…」
「…そんなあからさまに助かった!って顔しちゃってさ。その場しのぎでそんな事を言って逃げようとか考えるほど、オレとすんの嫌なのか。傷つくよ、まったく」
「!!」

「もっと酷いことしてんのオレだって事も、分かっちゃいるんだけどな」


瞬間、腰を浮かせた新開くんが私の足から下着を抜き取り、ヒザを割り脚を大きく開き…気付いた時にはまるでそこを目の前の新開くんに見せつけるかのようなポーズにさせられていた。
仮にも学校の一室でこんなありえない格好をしている私は一体何なんだろう。
でも、もうきっと遅い。打てる手はない。
今からもっとありえないことをされてしまうのだろう。

しくじった。
とりあえず逃げよう、逃げてから作戦を練る時間を確保しその後でどうにかしようと甘い考えを持ったのが間違いだったようだ。

狡猾な鬼にまんまと捕らえられた私は、逃げる術など持ち合わせていない。




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