夢小説 弱虫ペダル | ナノ




建前をまだ壊せない




私がそれはそれは一生懸命に机に向かっていた時に、よりによって時間のないこの時に、
気まぐれを起こした荒北が背中にぼすんっと抱きついてきて衝撃で思い切りつんのめり、描き途中であった文字が紙の上で惨めにも歪んだ。


「なまえチャンあーそぼッ、暇でしょォ」
「2時間机に向かいっぱなしのこの状況を見てどこがそんな風に見えたのかちょっと分からないな」
「えーオレと遊びたいとかエッチなことしたいとか考えてたデショ?」
「いや全然全く。どっからそんな考えが出てきたのかびっくりだよ」
「フフ、ごめんねェー」


突飛な会話に加え、間延びした返事はどうしても真面目に謝っているようには聞こえない。
癖だからしょうがないのだろうが。
まあ今は荒北の態度などどうでもいい。そんな事より明日提出期限のレポートが終わるかどうかの方がよっぽど重要なのだ。
スリスリと体に纏わりついてくるまるで猫のような荒北の頭を肘で適当に押しのけて、さっき手が滑った場所に淡々と消しゴムをかける。
甘やかしては駄目である。こいつは繊細そうな見た目よりずっとしたたかで狡猾で、意地悪だともう散々学んだ。
折れたら負けで、負けたらそれは巧妙な手口でいいようにされる。


「とにかく分かったなら一人で遊んでおいで」
「じゃあここで一人で遊んでいーい?」
「騒がしくしたり邪魔しないなら別にいいよ」
「分かったァ。なまえチャンてば結構大胆だよネ」


荒北の言ってることの意味が分からないのはいつもの事なので振り返りもせずレポートの続きに集中する。
今からで本当に間に合うのかと後悔が押し寄せるがそう思うなら早めにやっておけという話だ。
と毎回考えつつ最早いつもこうなのでちょっと諦めかけているのが本音。
まぁ私も人間だし、こういうことも仕方ないだろう。
と、半ば投げやりな思考に囚われ肝心の筆が進まない私の背後で耳障りなカチャカチャという金属音がし始めいよいよイライラの頂点に達しそうになり、勢いよく振り返り一喝くれてやろうと思ったがくしくもそれは叶わなかった。


「えっ…何脱いでんの!?変な事しないでよって言ったでしょ!こら、おすわり!…や、やめてよ」
「なまえチャンが一人遊びでもしてろって言ったんだヨ」
「そういう意味じゃないし分かっててやってるのもイラっとくるしそろそろ本気で怒るよ」
「……遊んでヨ」


こいつ。
拗ねている荒北ほど厄介なものも中々ない。つくづく手間のかかる子である。


「ていうか自分の提出物やったら?あるんでしょ、山のように」
「終わってるヨ、そんなん」
「……!?なっ、まさか全部捨てたとか…!」
「福チャンがとっても良心的でしたァ」
「あー…、そういう事」


荒北はもともと要領は良い方なので誰か優れた人に素直に教われば大体のことが出来てしまうのだった。羨ましい限りだ。
…段々とやる気が削がれているのをまじまじと感じる。
ふ、と小さな溜息が漏れたその時机の端に置いてあった携帯がヴヴヴ、と振動した。今日は色んなものから妨害を受ける運命らしい。
深いため息をついたあと誰からの電話か確認しないままに携帯を耳に当てると聞こえてきたその声に、私はさっきまでの疲れが吹き飛んだ。







「うん。じゃあ15分後にいつもの所でねー!…はい、それじゃ」

「…ナニ?お出かけ?」


耳元に唇を寄せ息を吹きかけるようにして話してくるのはやめて欲しい。
背中にぺとりと張り付いた荒北を振り払うようにもがくが効果はなかったので気にしないことにする。


「…ちょっとね、勉強の息抜きしよーってミキが。食べたいって言ってたドーナツ買ってきてあげるから少し待ってて」
「フーン、オレ頭数に入ってないんだァ」
「あーごめん、まぁすぐだから素直に待っ…あっ!ちょっと返してよ!」


背後からケータイをかすめ取られて何をするつもりなのかと手を伸ばして奪い返そうとするものの身長差は歴然で、追い打ちをかけるように背伸びされてはもう結果は見えていた。
こういう時無駄にでかいその身長にむかつくのだ。


「はい、リダイヤルっと」
「こら!!返せ!」
「……ん、えーとォ、ミキチャン?ん、あぁ、そォーこいつのカレシだけどォー、息抜きならオレが……うん、そ、察しが良くて助かるわぁ。だから悪いけどキミは他のオトモダチと楽しんで来てねェ、うんアリガトー、はーい、そんじゃーネ」
「なっ…ドーナツは!?」
「第一声がそれかヨ…んなのオレと行けばいいじゃん」


でしょ?、と悪戯な表情をした荒北が私の手に携帯を包ませる。
もちろんその上から荒北の手に握られている。
なんのつもりだ。


「フフ、やっぱなまえチャン手ェちっさー。可愛いネェ」
「……離して」
「怒んないでヨ、ねぇ」
「荒北が悪い事するからだよ」


割と本気で怒っているのを察したらしい。少し佇まいを改めて珍しく真面目モードになったようだ。


「…置いていかれるのつまんない、一緒に行きたかった」
「それでも勝手にああいうことするのは駄目」
「…ごめん。ていうかさぁ、さっきの」
「ドーナツは買ってよ、奢りで」
「それは分かってるけど違うヨ…、カレシって言ったのつっこんでくれないの」
「荒北の言動にいちいちつっこんでたら日が暮れるっての」
「そーじゃナイじゃん」


ああ、聞きたくない。
これを言う時だけは、ふざけないでまっすぐしているから。
耳を塞ごうにも逃げようにも手をガッシリ掴まれていては叶わない。
だから、仕方なくこの先に続く言葉を聞いてしまうのだ。


「そんな意地悪しないでヨ。…オレの気持ち分かってるくせに」
「…知らない」
「…その返しも、なかなか酷いヨ?」


ぼすん、と肩口に頭を預けるられるとこちらからは荒北の黒髪とつむじしか見えなくなる。

私と荒北は友達だ。
部内恋愛はご法度だから、万が一にも私たちがそういう関係にでもなろうものならどうなる事やら分かったものではない。
一介のマネージャーである私はまだいいものの、今年のIHのエースアシスト候補である荒北にこんな事でどうこうなってもらっては色んな人が困るという自覚を持って貰いたいものだ。
とはいえ確かに最近冷たくしすぎた節はあったので、罪滅ぼしのかわりなら少しくらい何かしてもバチは当たらないかもしれないな、と思い手頃な位置にある頭をポンポンと二度叩いて催促する。
そんなにしょんぼりされるとどうしていいかわからない。


「まったく、いじけないの。ドーナツ行くんでしょ」
「……行く」

こっちを見もしないで、それでもそう答えた荒北は私の事を嫌な性格だとでも思っているところだろうか。
好かれているのを完全に拒否するでもなく中途半端な態度をとることや、たまにかける優しさは残酷なものだろう。
それでも私はこうするしかない。
そもそも私だって荒北のことは嫌いじゃないのだ。
だからこそ下手に受け入れると恋をしてしまう可能性があるから、なんて考えている時点で私はもう自分の気持ちを押し殺しているのかもしれない。

荒北、ごめんね。





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