この命尽きるまで

窓辺の花、それは牡丹だった。

紅い、いや朱い花だった。
僕の部屋においてそれは唯一の色で、1日それをみて過ごした。



「お前を、俺の帰る場所にしてくれ」



兵隊さんにそう言われた。
僕は少し戸惑いながらも、笑顔を見せていいですよ、と受け入れた。

「これが最後の戦いになる。きっと。」

崇亡島(タカナシジマ)、という所へ戦争にいくらしい。
聞いたことのない地名だった。
それが僕を更に不安にさせた。

「きっと、きっと帰って来ますよね?」
「ああ。お前の居るところに、俺は帰ってくるよ。」
「本当ですよね?僕、」




「綾部さん、検温ですよ」

看護婦さんががらりと扉を開けて部屋へ入ってきた。
手には体温計と濡れた布巾。

「最近また綾部さん元気無いですね?外に出られるよう先生に頼んでみましょうか?」

胸元をはだけさせ、そこから脇へ手を入れて濡れた布巾で拭く。
その作業をしながら看護婦さんは僕に言った。

「いいえ、いいです。ありがとうございます。」
「そうですか?いつもなら外に出られるとなると舞い上がるのに。」
「あはは。それだけ体が弱くなってきているのですよ」
「…もう!綾部さん!冗談はやめてください!!ほら、ちゃんと脇に挟んで」

体温計をぎゅっとはさみ、しばらくじっとして熱がはかりおわるのを待った。

「はい、もういいですよ。」

看護婦さんにそういわれ体温計を抜き、渡す。

「お熱はありませんね。すごいです綾部さん。最近は体調も崩さないし、治ってきてますよ!」

笑顔できゃっきゃと言う看護婦さん。
でも僕はそれが嵐の前の静けさだということを知っていた。




「喜八郎クン」

ふにゃんとした優しい声がした。
そちらを振り向くと、タカ丸さんが立っていた。

「タカ丸さん!きてくれたんですか!?」
「そりゃー綾部さんちの喜八郎坊ちゃんにはよくしてもらってるしねぇ」

人懐こい笑顔できゃらきゃら言う。

「そんな、僕がかまってもらってるのに…」

タカ丸さんは僕の家がお世話になっている美容室で、歳の近い僕はよく話し相手になってもらっていた。

「そっちいってもいい?」
「ええ、どうぞ」

よいしょ、と地雷でなくした片足が、さもあるかのように器用に一本足で歩く。

「………」
「………足ね、もう慣れちゃった。松葉杖もね、最近じゃ新しい使い方とか見つけてね、便利だよ。」

今はない片方の足をじっと見つめていたら、目を細め、遠い昔を懐かしむように言ったタカ丸さんに、僕はずきりと痛みを覚えた。

「………タカ丸さん」
「何?」
「…………僕みたいな、何もできないやつが生きてる意味なんてあるんでしょうか………」
「…どういう意味?」
「僕だって、こんな体じゃなければ滝ちゃんやタカ丸さんや………兵助さんみたいに戦地へいって、お国のために尽くすことが出来たのに………。日本男児としての義務を果たせずこんな場所でぬくぬく生きてていいのかなって………。」

僕の言葉をきいたタカ丸さんは、松葉杖に肘をかけ、口の前で手をくんでいて、僕を見るその視線は、とても厳しいものだった。

「喜八郎クン」
「はい」
「次そんなこと言ったら、もう君の髪を切ってあげないからね。」
「え?」

タカ丸さんには珍しい厳しい声だった。

「何でそんなこと言うの?」
「なんでって…それは」
「君が戦地へいけないから?お国のために何もできないから?」
「………」
「だからって、やだよ。君が死んじゃったら、僕やだよ!悲しいよ。滝夜叉丸君だってそう言うよ。彼が帰って来たとき、君が居なかったら、どうなると思う?きっと彼はその場で君の後を追うと思うよ。」
「………やだ。滝ちゃんが、死んじゃうのは、やです。」
「なら、君は生きなきゃ。滝夜叉丸君に、お帰りなさいって言おうよ。」
「…はい。」

ぽたり
手に落ちた雫は、じわじわと広がり、小さな水たまりを作った。

「タカ丸…さっ………」

ごめんなさい

「やだ、いやだ。こんな体…。もっとみんなみたいに動き回りたいのにっ…遊びたい、戦争に行きたいっ………!!」
「喜八郎クン…」

ぽたりぽたりとどんどん涙が溢れてくる。
気づけば今まで溜まった不満をタカ丸さんに漏らしていた。

「タカ丸さんの前でこんな事言うの…失礼だと思いますけど………僕、走りたい。走って、みんなを追いかけたいです。滝ちゃんや、兵助さんを。戦地へ行って、元気な姿を見たいっ………!!」

泣きじゃくりながら話す僕を、タカ丸さんは何も言わず、ただ優しく見ていてくれた。
だから、僕もタカ丸さんの涙はみてみぬふりをした。



ごめんなさい
「兵助さんに………会いたいっ………」




ごめんなさい、兵助さんを、好きになってしまって。


「僕、いつまでもお慕いしてお帰りをお待ちしておりますからね」

兵助さんは笑った。




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