Invoice No.3 の続き

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「生まれることを自分で選べなかった分、死ぬタイミングは自分で選ばせて貰えないかと思うんだ」
 自殺志願者ではないけれどもね、と言って珈琲を口に含んだ苗字をグリードは訝しげに見やった。今の外見が、元々細目のシン国皇子リン・ヤオのものであるがゆえ、余計にその表情はそれらしく見える。彼のその表情の真意は、この苗字という人間が己の想像していたよりも悲観的だったことへの驚嘆である。どこかの誰かから漏れ聞いた話では、苗字准将(現在は少将であるが、それを聞いたときは准将だったのだ)という人物は「死」を避けて通る癖があるとのことだった。
 ほんの少し昔、とある夜に出会ったときにはそういう素振りは微塵も見えなかった。見せなかった、なのかどうかは、グリードの知るところではない。ジンの氷が解けきるよりも短い時間での巡り合わせだったのだ、無理もないだろう。
「傲慢だな。うちの長兄と馬が合うんじゃねぇか」
「おや、そこは強欲だとは言ってくれないのか」
 苗字自身は冗談めかしたつもりだったろう。しかしグリードはそうは受け取れなかった。まるで彼に「強欲だ」と言ってほしかったかのように見えたからだ。また、彼もなぜ自分の冠する「強欲」ではなく「傲慢」を口にしたのか、その理由は理解しえなかった。
 リゼンブールでの束の間の会合である。苗字も仕事を押してここにやってきているわけであるから、じきに中央に戻らなければならない。それを判っていながら、こうして2人で話をしている。とりとめのない話だ。あの夜以降にどう過ごしていたか、なんて野暮なことはお互いに聞かない。
「もし、生まれることを自分で選べたら、アンタはそれを選んだか?」
「はは、まさか。少なくともこんな時代の、こんな人生はまっぴらごめんだよ」
「『いい時代』なんていつだって存在しないんだぜ?知ってたか、賢くて可愛いお嬢さん」
 200年程生きている男からの揶揄いに、苗字は思わず「あぁ、そうだったかもしれない」と息を吐いた。
 実際のところ、いつ死んでもおかしくないとは思っているのだ。恨みなら、それこそ『死ぬほど』買っている。いつ死んでもいいという覚悟が、いまいち出来ていると言い切れないだけで。
「アンタは神様なんて信じちゃいねぇだろうな」
「あぁ、神様とやらに救われなかった人を、ごまんと見てきたから」
「でももし、神様がいるなら俺は感謝するぜ」
「その心は?」
 柄にもないグリードの言葉に、苗字は興が乗る。神様なんてあり得ない、と言ったところで、あり得ないなんてことはあり得ない、と返されるのはわかり切っていた。
 もうすぐ空になるコップが手の中で踊る。
「少なくとも最高に欲深くて俺の好みのアンタに出会えたからだ」
「…今の君の姿かたちが他国の皇子でなければ、キスの1つでもしていたかな」
「光栄だ」
 そう言って口角を上げたグリードはそのまま、浅く揺蕩う珈琲が入ったコップを苗字の手から掠め取って飲み干した。
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