手前の乗るこの鉄の巨人の何たるかさえ、実の所オレには良く解っていやしないのだ。
けれどもオレは、こいつの動かし方も、弄り方も知っている。

解らずとも、知っている。




『間もなく作戦領域に到達します。ミッションの内容はブリーフィングの通りですが、本作戦の性質上逐次伝達を行いますので、回線は常にオンラインにしておいて下さい。――それでは、幸運を』

いつも通り、オペレーターの声に特別な感情は無い。
今回はそれなりに長い期間契約しているこいつらだが、一時の雇われに掛ける言葉なんて、まあこんなものだろう。
それに、こんな程度で十分だななどと輸送機から切り離された機体の中で、そんな下らないことを考えるでもなく考えて自嘲した。
相変わらずACには存外な高度から落としやがって、改めろと言っても結局いつまでも聞きゃあしやがらない。やっぱり"こんな程度"のものかと、いっそ笑いすら込み上げてくる。
高度を確認しつつ改めてぐるりを巡らすと、辺りは切れ切れに道路らしきものが点在する海上施設の廃墟のようだった。
『だった』というのは、ブリーフィングに作戦場所の明示が無かったせいなのだが、それじゃあ一体ブリーフィングとは何の為にするものなのかわかったもんではない。
何が『本作戦はレベル5として、現地到着後詳しい説明を行います』だ。


ブースターを噴かして着地の衝撃を緩和・分散させる。ぎしりと軋んだ脚の関節の音に眉間にシワの寄るのをわからないフリをして、体勢を安定させる。
モニタに次々表示される情報で各機能のオンラインを確認。ざっと目を通して見たが、目立ったエラーも無いようで内心ほっとする。
連日こうも駆り出されたのでは、基礎のメンテナンスすらままならない状態で、手前では把握していると思っていても不足が出るという事も当然ある。
命を預ける相棒であるこいつはミッション毎に細々調子を見てやりたいが、この忙しい御時世そうもいかない事が当たり前のようになってしまっていた。稼げる時に稼がないと、器用でない俺は特に飢えてしまう。

ただでさえ掘り出し物のポンコツのボロだと言うのに、少しは労ってやって欲しいものだ。

「全く、ミグラント使いの荒いこった」
『…我々は貴方に相応の報酬を支払っているつもりです。しかも、前払いで、です。』
「――…あぁ、解ってるよ。」

聞こえないつもりでぼやいた嫌味は案の定このポンコツのマイクがバッチリ拾ってくれてしまっていた。こういう時ばかりコイツは仕事がしっかりしている。
それに野郎、"前払い"をわざわざ区切って言ってくれやがる…

まあ確かに、今時前払いで報酬を払う雇い主なんて滅多とお目にかかれるものでないのは確かだ。
"前払い"なんて、余程金回りが良いか、それとも――これは余計な勘ぐりか杞憂か…けれどもしかし、こんな風に考えてしまう程、"報酬の前払い"と言うのはオレ達傭兵には特殊な事なのだ。








「…――っ!」

"誰"のカンがそうさせたのか、機体右背部のブースターが火を噴いた。
錆びれたファイアレッドの機体がグローのアクアブルーの残光を伴って、アスファルトの殆ど剥がれた砂利と残骸の地面を更に抉りながら5メートル程横スライドした。その勢いのまま、半ば骨組だけのビルの陰に機体を滑り込ませる。

ポンコツのバランサーが何とか体勢を立て直したのを確認して、足元のコンソールを思い切り蹴飛ばす。がごん!と何かがヘコんだような音がしたが、コクピット内は頑丈に作ってあるから問題無いだろう。

"――Sy-tem、戦闘モードに移行。"

ノイズ混じりのcom音声が言い切るのを待たず、悪態が口を吐いて出る。

「クソッタレが!!!」

こちらの場所は割れている。
このまま隠れていてもいずれ撃破されるのは言わずもがな、なら、性分に合う事をするまでだ。
改造ガトリングとロングレンジライフル、引っ掛けてあるブレードの磨耗、予備の改造ハンドガンの残弾数をさっと確かめる。
リコン射出。
撃たれた場所とオレの場所の着弾時間を鑑みるに、今オレが載せているリコンでも十分情報の拾える距離だろう。案の定、直ぐにインフォがモニタにざっと表示された。…こんな距離にまで近付かれていたとは、やはり最初っからそうする気でいたんだろう。これだから傭兵稼業は全くたまらない。

固定砲台の四ツ脚と、その直ぐ隣で待機する軽二の二機。初弾の外れたのはこいつらにもとっく、解っちゃいるだろう。軽二が前に出て来るに決まっている。



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