*アナトリアのひとりごととそれに付き合うアスピナの傭兵
*話があっちこっちなのはAMSのせいとかいう言い訳
*やっぱり最終的にはアナトリア→アスピナ
*アナトリアが病み気味独善的




「奇遇な場所で会うな、君とは」

聞き慣れた声が唐突に背中に当たり、流行おくれの鼻歌をうたいながらご機嫌に歩いていた足が止まる。

「んん?……ジョシュ、か?」

どうやら彼には呆けたような顔に見えたらしい、面白そうに笑ったのが肩越しに見えた。

「ああ。どうした、こんな所で」
「何ァに、野暮用ってやつだよ」

そっちこそ、と尋ねようと振り返ると、もう見慣れた、ラフな普段着の彼がいつもの薄い笑みを湛えてそこに居た。

「おう、今日はオフか」
「君は仕事の帰りか」
「ああ、この近くでな」
「息災のようで何よりだよ」

どちらともなく、ほとんど当たり前のように並んでまた歩き出す。

変わらずこの市井の賑やかな声はいつ来ても絶える事無く響き、瞬間、"今"をどこかへ忘れてしまいそうになる。
そしていつも、いっそどうせなら、貧乏(慎ましやかとも言うか)でも良い、こんなに賑やかなら毎日素晴らしいのだろうなと夢想する。それと、もし、彼とともに居られたらもっと良い、とも。

今俺が過ごす毎日は、今現在の『普通』の日々に較べてとてもとても恵まれていると断言出来るだろうが、しかし残念なことに俺当人にとってそれはあまりにも寂しく、惨めで、自由が無いとしか感ぜられていなかった。

様々が豪華にしつらえられた、けれども息の止まる様な狭ッ苦しい牢屋に無理くり押し込められているような、とんでもなく無為な気分にさせられる。(――いや、押し込められているような、じゃあない。そうしなければならないんだった。俺はそういうものになっていたのだった。)そしてそんな気分のときには、よく、鴉でいた時分を懐かしく思い返す。あれは、何も縛るものが無かったのだと首輪で括られてから知るところとなった。変わらず気付くのが遅い。
そして、こんなことをフィオナが聞いたらどう思うだろうかと考える。彼女はきっと困った顔をしてしまうだろう。だから、彼女には言うまい。

そんな下らない事を片隅でボンヤリと考えながら、間もなく山向こうに落ちて行こうとする陽の、まだ強く残った光を背に受けながら、長く長く伸びた影をお互い踏んで歩く。
「ああ、ナンだかなあ」
「どうした」
「いやなあ、なんつうか……」

言いかけて、それを飲み込む。
先程ぼやぼやと考えていた事を、この聡い友人に悟られないよう。

「またいつもの、だろう」
「…まあ、そんなところだな」

頭の後ろを掻く。安堵したような笑いが思わず漏れた。
どうして見透かされるのが面白い。安心する。本当に、こいつはナンなのだろう。俺を見るのが本当に巧くて嫌になるくらいだ。

「君は単純だからな、直ぐに顔に出るんだ」
「はっは、単純は単純でまあ、イイ所もあらぁな」
「そうかも知れないがね。ふふ、悪い悪い」

久方振りに実に楽しそうに語る彼の横顔に、しかし俺は、俺と同じ場所に佇んでいる彼を見る。こんなに正反対な俺達に、俺はどうともどことも知れない共通点を見出している。そうして、それは甘えた憧れである事も俺は知っている。
同じような牢屋に彼もまた押し込められていると、そう思い込みたいだけなのだ。俺はずるいから、彼もそうであって欲しいと願うのだ。

そんな下らない思い込みは勿論、言うまい。言えるはずも無い。
聡い彼がそれを既に解っているとしても、俺は笑って下手な言い訳をしていようと思う。「日が暮れるな」
「早く帰ったほうが良い、ここいらも、夜は物騒になるからな」
「分かっているさ、君ももう上がるだろう」

目を細めたいつもの表情で、ゆったりと声を吐き出す彼の横顔をしばし横目で盗み見て、

「そうする、死にたくないからな」

残り僅かになったタバコを啣え直してそちらを見ると、彼も笑った。端から見ればまるでそれはガキ二人が大切な悪戯を誓い合うようにすら見えたかも知れない。

滔々と暮れてゆく陽の中を歩きながら、会わないで居た数週間のことをどちらともなくポツリポツリと報告し合う。
互いが互いの立場であるから、下手に通信したりするのはナニがどうとは言わないが、今の時分は、まあ危険だ。だから、俺達はこうやって運良く顔を合わせた時くらいしか話が出来ないし、しない。不便は不便だが、たまにだから良いということもある。

「お前さんはいいとして、俺はいつくたばるとも知れんからなァー、こうやって会えるだけ、有難いってなモンだ」
「またそんな謙遜をして、君は」

彼がくすくすと笑う。
ああ、今日は良い日だ。こんなに西日が明るい日は近頃滅多に無くなった。眇めた右目で後ろを眺めていると、「また、会えると良いな」

黄昏に染まった灰白の髪の向こうから唐突に噛み締めるように呟いた声がして思わず彼のほうに視線を向けると、真直ぐを見詰めたまま瞬かないシトロン混じりのグレイスチールブルーの眼が恐ろしく寂しそうに光った気がして、ああ、やっぱり彼もそうだったのじゃないかと、とても安心してしまった。
安心したと一緒に、とんでもない不安に襲われた。どうにも彼が、居なくなってしまいそうな程薄く見えたからだ。西日が透けているんじゃないかとすら見えた。思わずはっと手をのばしかけ、止めた。数センチの溝を、きっと俺から埋めるべきではないからだ。
手をのばす代わりに、無理に笑った。
これは得意技だ。鴉の頃からよくやっている、誰でも騙してきた俺の得意技だ。

「"会えると良い"、じゃあない。"会う"んだよ。そのほうがイイだろう」

そうだろう、という意を込めた横目で彼を見る。
彼は、ゆっくりと一つ瞬きをして、それから聞こえるか聞こえないか程の呼吸がフと聞こえた。

「ああ、……ああ。そうだな」
「そうだよ、俺達はまた会うために別れるんだ」
「そうだな。こんなのは、私らしくも、君らしくもないな」西日で染まった空を仰いで笑う彼の顔はもう一瞬のうち何の影も差してはいないかった。こんな下らない一言で笑顔になってくれる彼がとても好ましく思えてならなかった。
そうだ、そしてそれが――ただ俺は彼にその顔でいて欲しいだけなのだ。

「アスピナまで乗せて行ってやろうか」
「どれだけ離れていると思ってるんだ」
「じゃあ、泊まるか、ここに。お前さんとなら平座だろう」
「冗談は止してくれ」

柄にもなく歯を見せて笑う彼の肩に手を回す。回した手を引き寄せ掴んでくれたその手があたたかい。互いに笑う。笑い合う。何が面白い訳でもないのに。

「また会おうぜ」
「勿論だ、勿論友人として」
「けどな、仕事の時分は本気だぜ」
「それも勿論だ、君に失礼だからな」

輸送機に着くまでのほんの数十分のこの時間が短い。
二人してどうしようもない馬鹿みたいに

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