*jojo四部創作
*既存キャラなし
*つづきません





空をとぶ夢を見た。
ありきたりな、よくある夢。

身体中に吹き付けて耳元でびょうびょう鳴って遠ざかってゆく風の感触、さわれそうなくらいの近さを通りぬける雲の白さ、今にも深く落ち込んでいってしまいそうな空のあおは、まさに夏のそれだった。

素晴らしく素敵な夢。『ぼく』の『世界』にはどうあってもありえない体験。
人間にはとうてい無理なこと。
けれど、その夢のなかでぼくが感じた感触は、じっさい、ぼく自身がまるで本当に体験したようなリアルさを帯びていた。

夢だと理解していたはずなのに。
いや、理解していたからこそそう感じたのだろうか。

視線を下に落とす。
眼下には、ぼくの世界であってそうじゃあない、けれどもよく見慣れたぼくの住む町が広がっていた。







「………夢、…?」

あくびと一緒にもれ出たつぶやきに、そんなの、当たり前じゃあないか、と頭の中で返答する。

『ここ』はまっ白で清潔なベッドの上。
ぼくの『世界』のひとつで、そのかなりの範囲を占めているもの。病院の個室。ぼくの部屋。つまり、ぼくは病人。
小さいころからずうっと、このまっ白な部屋と、病院のなかが『ぼく』の『世界』だった。

重いまぶたの隙間から、目玉だけ動かして当たりを見回す……どうもまだ早い時間みたいだ。
ぬかるんだ水たまりに片足突っ込んだままぼんやりしているような意識を持て余していると、クリーム色のカーテンの向こうに、いつの間にかふいに、誰かの気配があらわれた。

「…あら、起きてたの?それとも起こしちゃったかしらァ〜…そうだったらごめんなさいね〜」

それはよく知った声だった。
一瞬こわばった体から、余計な力が抜けていく。こんな時間にいる人間だから、思わず警戒してしまった。

「…江上さん。ンン…大丈夫です」
「そぅお〜?まだ早い時間だし、もうちょっぴり寝ててもいいのよォ〜…」
「うん、ありがとう…」

いつもの眠そうな調子の江上さんの声に返事しながら頭を窓側に倒す。
薄手のカーテン越しにもれてくる光は夜明けの青さを多分に含んで、その色はまた部屋中に散らばってその成分でぼくの世界を深海のような雰囲気に染めていた。

曖昧で素敵な時間だとおもう。
たまにこんなに早い時間に目を覚ますと、得をした気持ちになる。たとえ、誰かに起こされたものだとしても。

「具合はどう、苦しかったりしない?」
「ンン……うン、平気、です」
「そう、なら、良かったわ〜。何かあったらすぐ呼んでちょうだいね」
「ありがとう、江上さん…」

何かを書き付けるような様子のあと、江上さんはぼくの『世界』から出て行った。
忙しいひとだから、ぼくだけには構っていられない。



――江上さんはまだかなり若い。
本名、江上 恵(えがみ けい)。22、3さいくらいだろうか。
目鼻立ちのすっきりと整ったきれいな人で、でも眠たそうな垂れ気味の目とのんびりした喋り方とは裏腹に、仕事はてきぱきとこなし、ミスもほとんどないのだそうだ。
そうしてこんな美人できれいな人が、どうしてかぼく担当の看護士だった。わけのわからない病気持ちのぼくに当たり前みたいに接してくれる。

仕事だから、と言えばそこまでなんだろうけれど、江上さんは、なんて言えばいいんだろう、『仕事だけ』でぼくに良くしてくれているんじゃないような気がするんだ。


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