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「なぁ謙也さん、あんた英語得意やったやんな」
「ん?おお、英語っちゅーてもオーラルやけどな。何や教えてほしいとこでもあるんか?お前に分からんとこ俺分かるかなー」
「あんたに教えてもらうことなんか1個もないっすわ、ふざけんといてください」
「はいすみません」
「オーラル得意やったら好都合やわ。謙也さん、」
「んー?」
「結婚しましょう」
「ふざけてんのお前じゃねぇえええええ!!!??」










遥か先の未来に絶叫











財前光、7月20日生まれ、かに座A型、好きなものは白玉ぜんざいと音楽。以上、小春調べの俺の知るクールな後輩のプロフィール。この中に今日から新しく“不思議ちゃん”という項目が加わることになった。
俺が財前からの衝撃のプロポーズを受けてから早三日が経つ。俺は未だにあれは何だったのかと頭を悩ませていた。新手のボケかと思い、盛大にツッコむも、非常に真摯な瞳で俺は本気ですと言い切られてしまった。いきなり男の後輩からのプロポーズなんて、本気にしろというのが無理な話ではないのか。百歩譲って、俺と財前が愛し合っていたらまだ受け止められただろう。そう、愛し合っていたら。

「謙也さん」

財前はふと俺を呼び止めると、コートの隅までとことこと近寄ってきた。

「答え、出ました?」

いつものクールな表情で、財前は首を少し傾げた。嗚呼、その仕種はとても可愛いのだけど。
財前の言う答えとはもちろん三日前のプロポーズのお返事だろう。俺はため息をついて財前の頭をぽんぽんと叩いた。

「あのなぁ財前、衝撃の事実を教えたろか」
「ぜひ」
「男同士は結婚できません」
「知ってます、日本の話ですよね」
「もう一つ」
「まだあるんすか、謙也さんは物知りっすね」
「俺とお前は交際していません!」

そう、愛し合っていたらどんなに無理なプロポーズも俺は受けいれただろう。しかし残念なことに、俺と財前はただの部活の先輩と後輩、チームメイトだったのだ。ちなみに俺は財前から愛の告白を受けた記憶はなく、ついでに付き合ってと言われた試しもない。そして俺が財前を恋愛対象として見た覚えもない!
ノンブレスで言い切ると、財前は驚いたように目を見開いた。いつもけだるげに目を細めているが、真っ黒の瞳は意外と大きい。

「お付き合いを経ないと結婚でけへんのですか。知りませんでした」
「そことちゃうやろ!」

誰だ財前を天才とか呼んだヤツは。バカだよバカ、この子はただのバカ!いや、天才と馬鹿は紙一重とも言うが。

「好きやも愛してるも含めた結婚してやったんすけど」
「悟空かお前は!」
「あ、俺もドラゴンボール好きなんすわ。趣味合いますね、謙也さん」
「誰かァアア!絆創膏持って来てぇ!人一人包めるくらいのォオオ!」

お前が俺を愛してたなんて知らなかったよ。読みとれなくてごめん!謝りかけて俺は何も悪くないことに気付いた。何だか頭が痛くなってきた。

「あのなぁざいぜ…」
「光」



「光って、呼んでください」

健康的な黒髪から覗く、コートで相手に向き合うときと同じ真剣な瞳に、勝手に心臓が収縮した。ドキッて何だ、俺のハート!
少し整った顔で見つめられたくらいで、ほだされてなるものか。

「…ひ、かる……?」
「はい」

ああ、俺のド阿呆。






財前のことは、決して嫌いな訳ではない。むしろ小気味よいはっきりとした物言いは、好感を持つほどだった。しかしお付き合いを受け入れるかどうかはまた別の話だ。俺ははっきりとした返事を返さないまま、いつもと変わらない日常を過ごしている。
財前の気持ちは一時の気の迷いのはずなのだ。きっと、すぐに忘れる。
そう思ったときに、何故か胸のあたりがズキリと痛んだ。






「最近よろしくやっとるらしいやん、財前と」

部室で半裸真っ最中のタイミングで、ユウジがニヤニヤと話し掛けてきた。もちろん露出目的の半裸ではなくて着替えの話だ。

「よろしくって何やねん」
「聞いたで、プロポーズされたらしいやん」

どこから漏れたんだ、と思ったが、そういえば財前は所構わず返事返事と言ってくるから、何処から漏洩しても何もおかしくはない。
からかう気満々だと顔に書いてあるユウジにため息をついて、俺はユニフォームを被った。

「しかし何で謙也なんやろうなぁ。あいつなら女の子なんざより取り見取りやろ」
「知らん。からかって遊んどるんとちゃう」

言葉が刺々しくなって、しまった、と思う。その棘は跳ね返って俺の心をえぐった。
どうして俺かなんて、こっちが聞きたい。財前はモテる、女の子なんか選びたい放題だろう。何故俺がいいのか、俺のどこがいいのか、財前は一個も云ってはくれていない。仮にもプロポーズをかましておいて、それってどういう了見なんだ。
知らずにムカムカした気持ちが込み上げてきて、乱暴にロッカーを閉めた。

「おぉ怖、で、返事はどないしたん」
「…断ったに決まっとるやん」

何を分かりきったことを聞くのだ、と振り返れば、ユウジは少しだけ呆れた顔をしていた。

「何で断るねん、両想いやんけ」

両想い?誰がだ。両想いは、お互いが好き合って始めて言えるものだろう。
意味が分からなくて、頭の中をぐるぐるとユウジの言葉が回る。

「お前の態度、明らか財前のこと好きやん」

顔と頭が同時に真っ赤になって、理性が働くより先に気がついたら俺は声を張り上げていた。

「俺は財前なんか好きとちゃう!プロポーズとか、迷惑や!」

静かな部室に、俺の叫びの残響が消えていった。
静まり返った室内で、ガタン、と物音が響く。
扉から覗いた顔と目が合った瞬間、俺の頭は一気に冷えていくのを感じた。
すんませんでした、と一言頭を下げられて、指先一本動かない。
俺が冷静さを取り戻したときには、もう扉は閉まっていた。

「…今のがお前の本音でも、面と向かって言わなあかん」

びくり、と肩が震える。混乱する俺とは正反対に、ユウジは妙に落ち着いていた。

「俺もなかなか素直になれへん照れ屋を知っとるけど、そいつは相手の気持ちから逃げようとしたことはあれへんで」

告白してフラれて、それでも肩を組み合っている二人の姿が浮かんだ。気持ちから逃げてしまった俺と財前はそんな二人みたいにはなれない。このまま、もう二度と前のようには笑えないのだ。そう思うと苦しくて息が出来なくなった。

「は、そんな顔してさっきのが本音やなんてどの口が言うねん。走ってこいや、スピードスター」

あとでおごれや、というユウジの野次を背に、俺は部室を飛び出した。





「財前…!」

何処に行ったかも分からない財前を、当てもなく捜す。着替えの途中で飛び出した俺は、上はユニフォーム、下は制服というハイセンスな格好だ。
校内くらいの広さなら、必ず走り回って見つけてやる。俺は唇を噛み締めて、再び走り出す。

「財前!」

あんなことがあった後で、素直に返事して出て来るとは思っていないが、呼ばずにはいられない。

「財前!ざいぜ…、っ光!」
「はい」

後ろからいつものトーンで返事が聞こえて、俺はゆっくりと振り返った。
まさか、あんなことがあった後で素直に返事して出て来るとは思ってなかったって、今言ったばかりなのだが。

「光…」
「だから、はい」
「何処行っててん…」
「教室っすわ、携帯忘れたんで」
「………は…?」

俺に嫌いやって言われたから、ショックで飛び出したとかそういう展開じゃないの。俺はへなへなと地面にへたりこんだ。妙に力を入れていた分、脱力して身体が動かせない。

「謙也さんこそどないしたんすか。そんなオシャレな格好で」
「うっさいアホ!急いどったんや!…俺が、好きやないって言うてもたから…」
「ああ、照れ隠しやって分かってますから大丈夫です」

あんたの性格くらい分かってますよ、好きな人なんですから。
そう言われて、顔を覆った掌が上がっていく熱を感知した。なんだ、この熱。

「でも、プロポーズ、迷惑やったんは申し訳なかったですわ。急過ぎましたよね」

確かにそれはもう急に違いはなかったけど。
眉ねを寄せて真剣に謝ってくるものだから、俺は大慌てで首を振った。

「迷惑とか、思ってへん!さっきのは勢いで…」
「ほんまですか」

良かった、と財前がふわりと破顔した瞬間、俺の心臓は悲鳴をあげた、というか絶叫した。
これでも気持ちに嘘をついたら、きっと心臓にどつかれるんじゃないだろうか。

「謙也さん、言えてへんかったこと言うてええですか」
「いつでもどうぞ」

財前の冷たい掌が俺の手を包む。触れ合った部分が熱を孕んで、火傷しそうだ。咳ばらいをして言葉を待った。

「俺は謙也さんのことが好きになってまいました。誰にでも平等に笑いかけるあなたを尊敬しています。あなたの笑顔を可愛いと思います。あなたが隣にいてくれたら、あなたを一人で想う日々より幸せになれます」

だから、お付き合いしてくれませんか。
告白はそう締め括られた。俺は財前の細い指先を握って、目を逸らさないまま頷いた。

「俺も光が好きです。喜んで」

さっきやっと向き合えた事実やけど。
言い終わるが早いか、財前の腕の中に囲われていた。
展開についていけずに、身を固くすることしか出来ない。頭の中がワンテンポズレている状態で、気付けば唇が財前のそれに食べられてしまった。







「今日から結婚前提にお付き合いっすわ」
「結婚本気なのォォォオオオオ!!!!??」












(もちろん喜んで!)









素敵企画をありがとうございました!
ひかけんとひかけんを愛するみなさまに幸あれ!

2010/07/12 れのむ





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