「…ここ?」
「そ」

ますます訳が分からない。
しかし吏人は心亜に促されるままに男子トイレの中に入り、その一番奥、何故か一つだけ妙に広く作られている個室の中に連れ込まれる。
こんな場所で何をするのか。と思っていた矢先。心亜は吏人が驚愕するような言葉を吐き捨てた。

「脱いで」
「…は?」
「脱いでって言ったの。全部。下着もね」

ふざけた冗談を。と吏人は思ったが心亜の顔に冗談の類のものはない。本気で言っているのだ。
別に服を脱ぐなど、女でも無いのだから躊躇う事は無い。しかしここは外。しかも心亜が目の前にいるのだ。こんな場所で見られながら全裸になれなど、吏人でなくても躊躇うだろう。
そんな吏人の動揺など知らぬように「早くしてよ」と心亜は促す。それでも吏人が渋っていると、心亜は呆れた様にため息を吐いて鍵をかけている扉に寄り掛かった。

「する気ないの?」
「いや、でも」
「モタモタしてる間に時間なくなっちゃうよ?もう後が無いんでしょ?」
「…………」
「お金。欲しいんでしょ」

そうなのだ。後ろめたい感情が、吏人の中でむくりと起き上がる。
欲しい。金が。それも今すぐ。
その為に吏人は憎い心亜に頭を下げてここまできたのだ。
唇を噛み覚悟を決めると、吏人はシャツから順番に服を脱ぎ始める。洋式便器の蓋の上に脱いだ服を置いていき、それを心亜が綺麗に畳んでいく。ショルダーバッグから不透明のビニール袋を取り出すと、心亜は畳んだ服を次々と入れていく。
最後にボクサーパンツを脱ぎ、着ている物は靴下と靴しか残っていない所で、心亜は吏人に脱衣を中断させた。
「何で」と吏人が言えば「靴下穿いたままの方が需要あるの」と訳のわからない事を言う。

「それじゃーそこに座って」
「…トイレにか?」
「そ。あ、蓋開けないでね」

大丈夫なのかと思いながらも吏人はそのまま便器の蓋の上に座る。心亜は便器の後ろに回り込むと「両手後ろ」とまた指示を出す。
冷たい蓋に体をぶるりと震わせながら両手を後ろにやると、ガチャン。と金属音と共に右手首に冷たい感触が伝わった。

「な…わっ!」

ぐいと引かれバランスが崩れた隙に、左手にもガチャリと何かがつけられる。慌てて腕を前に戻そうとするが、ガチャガチャと金属音を立てるだけで何の解決にもならなかった。

「なんだよこれ!」
「手錠ォー」
「て…!?騙したのか!」
「騙してないよ。いいから静かにしてて」

そう言って吏人の視界に姿を現した心亜の手には、細い長いロープが握られていた。
ぞっとして反射的に心亜に蹴りを飛ばすが予測されていたのかあっさりと避けられてしまう。それどころか脚を差し出す形になってしまい、好都合と言わんばかりに心亜は脚を掴み膝を曲げ纏めるように縛り上げてしまう。残っていた脚も動揺に縛りつけ、更に残っていたロープで両足を大きく開く形に便座に固定されてしまう。
赤ん坊がオシメを変えて貰う時の様な格好にされてしまい、羞恥で吏人は顔を赤くする。
「外せ」と叫ぶが心亜は全て無視し、代わりに吏人の靴を脱がせ奪うとバックの中から黒いマジックペンを取り出した。

「ねぇ。吏人は何円がいい?」
「は、はあ?」
「だから、一回何円がいい?」
「訳わかんねぇ!いいから説明しろよ!」

「まだわからないの?」と再び呆れたように息を吐く心亜は、続けて吏人の問いに答える。

「セックス」
「せ…?」
「だから、セックスしろって事。ここでさ、お前のケツの穴にチンコ突っ込んでもらって、金貰えって言ってんの」

ぽん。と蓋を外し、マジックペンの先が吏人の腿の裏に触れる。何か文字の様な物を書いているが、流石の吏人も心亜に言われた意味が分かった。
つまり、先程の何円と言うのは。

「い、やだ。嫌だ!」
「もう遅いっての」
「聞いてない!こんなの…!」
「聞かなかったのはそっちだよねェ?」

顔を青くしながら、吏人は抵抗するようにばたばたと身をよじる。心亜は不機嫌そうに顔を歪め「ちょっと、大人しくしてよ」と吏人を咎める。それでも抵抗し続けると、吏人は自分の肛門に嫌な違和感を感じた。
びくり。と体が跳ねたと同時に「あ」と心亜が呟く。

「ケツの穴黒くなっちゃった」

大人しくさせる為に肛門に突き刺したマジックペンを引き抜くと、すぼまった菊門は真っ黒になってしまっている。
「まあいいか」と心亜は呟くと、そのまま再び文字を吏人の体に書き始めた。
吏人の頭の中には後悔の念しかなかった。
シアンなど信じなければよかった。なぜ自分は信用してほいほい着いてきてしまったのか。いつもの様に切り返しが出来ない感情が、頭の中で渦巻く。
「できた」と心亜は嬉しそうに言うと、マジックペンの蓋をはめ込む。

「金額テキトーに書いたから」
「お…い、シアン…」
「それじゃあ今からスタートね。明日の朝迎えに来るから、頑張って稼いでね?あとこれ餞別」

そう言って、空のビニール袋を排水のひねりに掛け、トイレの床にはまだ未使用のローションを置く。
一仕事が終えたと言うように心亜は背伸びすると、吏人の靴を手に持ったままガチャリと鍵を開け個室の扉を開いた。

「大丈夫。ここ鍵空いてても扉閉まってるから、普通の人には見えないよ」
「や…だ…シア…」
「じゃあおやすみリヒト」

そう言って、あっさりと心亜は出て行ってしまった。
コツ、コツとタイルを叩く靴音がゆっくりと遠くなっていき、何も聞こえなくなった所で、吏人の胸の中に再び不安が沸き上がりぶるりと体を震わせた。

「…シ、アン?」

もしかしたらと思い名前を呼んでみるが、返事は返ってこない。
試しに体を捻ってみるが、しっかりと固定されてしまった体は吏人の執着心を煽る格好のままになっている。そこで漸く吏人は、自分が考えていた以上に大変な状況に置かれているのに気が付いた。
こんな所に、いつ誰が来るかわからない場所で全裸で放置されてしまっている。反射的にテレビや新聞紙で見る露出狂の逮捕のニュースを思い出した。
こんな所でしかも下腹部を見せ付ける様な格好でいて、警察でも呼ばれた場合なんと言えばいいのだ。心亜に指示されたとは言え服を脱いだのは吏人自身なのだ。
吏人の頭から血の気が引いていく。ガチャンッと大きな音を立たせながら、何とか手錠が壊れないかと躍起になる。音で誰かがくるかも知れないと言う可能性にまで頭が回らず、それでも100均で買ったであろう玩具の手錠を力ずくで外そうとする。

「こ…の…!」

手錠さえ外れれば、腕さえ自由になれば脚も何とかなる。せめて扉に鍵をかける事ぐらいはできる筈だ。しかし、便座の蓋の上という不安定な場所に仰向けになるように固定されているせいか、中々腕に力を込められない。

「外れろ…外れ…!」

その時、コツリ。と小さな音が室内に響いた。



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