そのまま口元も拭こうとしたが、佐治は俺の手を引きはがし自分でティッシュを使って口元を拭い始めた。
ほっと一息ついたが、不機嫌な表情は相変わらず変わらない。一体どうしたんだと思ったが、目を合わせようとした途端そっぽを向かれてしまった。

「…佐治?」

ティッシュを受け取り、佐治を呼んでみる。
不機嫌そうな顔は少し悲しそうに眉を寄せたかと思うと、「もういい」と言って立ち上がってしまった。
へ。と思っている間に佐治は自室へのろのろと向かっていく。慌てて下着とボトムスを上げて立ち上がると、俺もそのまま佐治を追った。もしかしたら閉め出されるかと思ったが、佐治は続いて部屋に入ってきた俺に何も言わず、ふて腐れた顔で和室用ベットに腰を下ろした。
一瞬躊躇ったが、少しだけ距離を空けて隣に座る。俺が佐治をじっと見ていると、ちらりと俺の方を見た後「悪かった」と小さく呟いた。訳が分からず「なんで」と尋ねてみても口を閉じたまま何も言ってくれない。

どうすればいいのか。
大体今日の佐治はおかしい。おかし過ぎる。
正式に付き合ってまだ一ヶ月だが、その前から恋人じみた事はしていたし、確かに肉体的な行為はキス止まりだったが、今までそんなそぶりも佐治はして来なかった。
告白は俺からだったが、デートもキスも最初は佐治からだった。まさか欲求不満なのか。と脳みそが変なところに到達しそうになったところで、佐治が小さい声で何かを呟いた。

「…今、なんて言った?」
「…………」

ほてりが落ち着いた佐治の頬がまた赤みを帯びていく。
こんな状況で呑気だとは思うが、そんな佐治の表情は中々拝めない為、俺は佐治の表情を覗き見る。

「…、…」
「え?」
「…ぃ…かよ」

肝心の部分が聞き取れない。
耳を傾ける為に佐治の方へ体を寄せようとしたら、ベットに投げ出されていた佐治の手に触れた。
いや、投げ出していると言うより、俺の手に触れようと伸ばしているような腕。試しにその手を握ってみると、分かり易いくらいびくり。と佐治の体が震えた。

「何、して」
「もう一回」

空けていた距離を一気に詰める。

「い、やなんじゃ、ないのかよ」
「嫌って?」
「…くっつくの」

なんでそんな話になるのか。と思ったが、体を離そうとする佐治を、とりあえず先程自分がやられた様に引き寄せる。
視線をさ迷わせる佐治の顔を真っ直ぐ見つめる。先程の大胆さは見る影も無く、言い辛そうに唇をもごもご動かす。

「…お前いっつも距離取るだろ」
「へ?」
「隣に座る時とか、歩いてる時とか」
「そ、れは」

確かにそうだが、余り距離を詰めたら不自然に見えないかとか。余り密着したら佐治は嫌なのではないかとか。自分なりに色々と考えていたのだ。

「…今日、家に二人だけだってのに」

佐治の手に力が篭る。

「…なんか俺ばっかで。嫌なら、もうしねェし」

そこまで言われて漸く、佐治の言いたい事が理解できた。
なんてことはない。俺が佐治との事で色々考えていたように、佐治も俺との事で色々考えていたのだ。
触れたい、側にいたい。たったそれだけ。恋人同士なら当然の行為を、佐治は今の今までずっと悩んでいた。そういえば、一月前までは普通だった佐治の態度も、恋人になってからは少し甘える様なものに変わっていなかったか。

恋人になったのだから、もっと近付きたい。
触れたい。感じたい。―今まで以上に。
苛立ちは、付き合う前と変わり無い俺の態度に向けられていたのだ。
情けなさ過ぎて、今までの自分を呪いたくなる位だった。何が嫌なのか、何が距離を取る必要があるのか。こんなにも体を寄せて顔を近付けて見るだけで、佐治の顔はみるみる内に赤くなる。赤くなって、期待する様な視線を俺に向けてくる。そこに先程までの不機嫌そうな表情はどこにもない。
翻弄された分も補って、俺の何かがぷつんと頭の中で切れた。堪忍袋の緒ではなく、もっと大事な何かだった気がする。が、もうどうでもよかった。
噛み付く様に口付けて、そのままベットに押し倒す。
先程と違い変な味がしたが、自分が吐き出してしまったものの味だと理解ができるとなんだか佐治に申し訳なくなった。ちゃんと臭い、取れるのだろうか。

「好きだ」
「…………」
「くっつくのも。キスとか、するのも」

「だって俺が、佐治の事好きだから」と続けると、佐治は驚いた顔をして「恥ずかしい事言うな」と文句をつけてきた。恥ずかしいのはどっちだ。と思いながら、もう一度キスをする。
佐治の口内に残っているものを舐め取る様に舌を這わせる。たまに大きく体が震えた時は、そこを何度も攻めて、佐治の好きな場所だと脳みそと体に覚え込ませる。
口の端から零れたどちらのかも分からない唾液を舌で舐め、そのまま首に這わせる。ひくりと反応する喉仏を口に含む様に甘噛みをすると、そこでも佐治はびくりと体を跳ねさせた。

「く、るす」
「なんだ?」
「好きなら…あれだろ」

「その」と淀んでいる隙に、シャツをたくし上げて胸の飾りに触れる。佐治が小さく体を震わせて、こくりと何かを飲み込む音が耳まで届いた。

「…下の名前で呼べ、馬鹿」

そう言われ思わず顔を上げると、佐治は空いている腕で顔を隠していた。しかし、隠しきれていない所は変わらず赤いままで。

「…ゆき、や」

呟く様に名前を呼べばまた体はびくりと震えて。
俺は佐治の顔を隠している腕を掴み引きはがすと、また貪る様にキスを再開した。

幸せ過ぎないか。これ。











さ…雪哉がおかしい。

掛け布団に包まりベットの端で小さく丸まって早数十分。
俺がシャワーから帰ってきてからの時間だから、もっと前からこの状態なのだろう。
唯一はみ出している金髪はまだ水気を含んだままで、このままでは風邪を引きかねない。
覚悟を決めて「雪哉」と呼ぶと、もぞりと布団の塊が動いて雪哉が顔を出した。蝸牛か何かかと思いながらも、ベットに座り自分のタオルで雪哉の髪を拭く。不満そうに雪哉が頭を振るが、無理矢理頭を固定してがしがしと水気を取っていく。

「痛い痛い痛い!!」
「じゃあちゃんと拭け!!」
「拭く!拭くから離せ馬鹿くるくる!!」

誰かくるくるだ。と思ったが渋々タオルを離すと、先程より更に不機嫌な表情で起き上がり俺のタオルを使って頭を拭く。
服装は雪哉がシャワーから帰ってきた時と同じ、下にデニムを穿いて上は裸状態のままだった。風邪引くぞ。と思いながら雪哉の膝にとりあえず布団をかけておく。

「今度はどうしたんだよ」
「あ?」
「また不機嫌そうじゃねェか」

そう言うと、雪哉は眉尻をひくりと上げ、こちらをぎろりと睨みつける。一瞬驚いてしまったが、負けずにこちらも目を合わせていく。

「…当たり前だろ」
「当たり前?」
「なんで俺が下なんだ」

下?と頭に疑問符が浮かんだがすぐに思いつく。

「そりゃ、当たり前だろ」

返すと、雪哉は「何が当たり前だ!!」とタオルを投げつけてきた。湿っているものだから結構痛い。

「何するんだよ!」
「なんで俺が下なんだよ!お前が俺に突っ込まれる方だろ!」
「はあッ!?」

とんでもない発言に思わず叫んでしまう。

「なんだそれ!?なんで俺が雪哉に突っ込まれなきゃならないんだよ!男だぞ俺!」
「俺だって男だ!下手くそ!無理矢理指入れやがって、死ぬかと思ったっつーの!」
「だ…から、指一本で止めたじゃねェかァ!」

それでも雪哉にも何か思う所があるのだろうと理由を聞いてみると、まず俺の方が年上なわけだし先に仕掛けたのも俺からだし、何よりお前が俺を抱いてるだなんて何か変だ。お前は雰囲気とかどっちかというと下の方だろうが。そのくるくるな頭とか。などと、最後の方になればなるほど大分理不尽なものになっていた。

「そんなの理由にならねェだろ!俺だって男なんだ好きな奴抱きたいのは当たり前だろ!って言うか頭は関係無いだろうが!」
「へー今の今まで手も出せなかったヘタレがかよッ!大体俺が途中で止めてなかったら絶対流されて俺にやられてたろ!」
「止めた時点でもう関係ないだろ!散々可愛い声出してたくせによくそんな事言えたな!」
「あぁ!?誰がか…」

言いかけた雪哉の顔が、先程までの行為を思い出したのが一気に赤く染まる。俺もそれで何か気恥ずかしさを感じ、一気に顔が熱くなる。
変な沈黙が出来た後、「もういい」と言った雪哉が再び布団を被ってしまった。恥ずかしさもあるが、多分疲れているのだろう。下手くそと言われても仕方ない位、俺の愛撫は雪哉のそれに比べて拙すぎたから。おかげで散々痛い思いをさせてしまった。
やっぱり俺が下になった方がいいのではないのか。そういう時に、ゴム以外にも道具を用意しなければならなかったのも知らなかった俺だ。これから先無事に最後までいけるのかすら分からない。そこに入れると言う事すらほんの少し前に雪哉に教えられたのだし。
「ゆき」と呼びかけ終わる前に、布団から雪哉の右手が出てきた。なんだと思ってそれを見ていると、右手は軽く拳を作り潜もった声で「じゃんけん…」と呟いた。

「負けた方が、下な」

続いて聞こえた声。
布団を引っ張って無理矢理雪哉の顔を出すと赤くなった頬はそのままで、俺と目が合うと気まずそうに視線を逸らした。

「…やるのか、やんねェのか」
「………やる」

俺も右手を前に出し、軽く拳を握る。
なんだかんだで嫌じゃなかったんだな。と心の中で安堵の息を吐くと、やる気の無い雪哉の掛け声と共に拳が軽く振られた。




その後、勝敗の結果で再び口論になったのは言うまでもない。

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