「あんなに痛いなんて思わなかった」

起きてから不機嫌そうに雪哉は呟き、俺のベットで布団を被り出てこようとしない。
何を今さらと言えばテメェ知ってたのかおいコラと枕を投げつけられ、俺も腹が立ったので唯一出ている雪哉の頭に枕をぶつけると、無理矢理布団を引き剥がしその中に体を滑り込ませた。
なにしてんだと蹴り出される前に抱きつき密着すると、暫く暴れまわっていたがやがて疲れが勝ったのかそのまま俺にされるがままになってしまった。

「痛いの分かってお前がしろって言ったんだろ」
「…………」
「…何でいきなり、言い出したんだよ」

そりゃあ、俺だってしたくなかった訳じゃない。
知識だってその時がいつきてもいいように仕入れていたし、準備だって恥ずかしいが万全だった。だが、雪哉が今日言い出した時は、明らかにムードも何もへったくれもなかった。もう正に押し倒され、抱くか抱かれるか選べと言うような状態だった。
たしかに雪哉の突拍子の無さはいつも通りの事だが、今日は何かおかしい。
雪哉は唸るように小さく声を上げると、数十秒悩んだ後にゆっくり口を開いた。

「プロ入り、決まったんだろ」

驚いたのは、俺だった。

「なんで」
「吏人から聞いた」

何で天谷吏人がと思ったが、そう言えば今泉にはプロ入りの事は話していたのだった。恐らくそこから話が届いてしまったのだろう。
親友だからと言って口が軽すぎだろうと思ったが、そもそも今泉は俺達の関係を知らない。天谷吏人もだ。二人とも何の気なしに呟いてしまったのだろう。

「念願のヴェリタスなんだってな。来年の春からって」
「ゆき」
「別に言わなかったの怒ってるとかじゃねェよ」

じゃあ何で。と言う前に、ゆきが言葉を続ける。

「これからもっと会えなくなる」

淡々と呟いた言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
雪哉の背中に回した手に知らぬ内に力が込もってしまう。辛そうでもなく、悲しそうでもなく、嬉しそうでもなく。ただなんの抑揚もない声が雪哉の心の中を語っている気がした。

「別れようなんて、言うなよ」

そう言ったのは雪哉の方だった。
驚き、顔を見ようとする前に抱き返され肩に顔を埋められる。そんな事言うかとここで言わなきゃならないはずなのに、なぜか口が淀んでしまう。

別の学校。別のチーム。
歳の違い。進路の違い。
小さなズレが重なって大きく外れて。お互い数分だけしか会えない時間でも相手の顔を見たいが為に走って。メールも何日もかけて同じ話をし続けたりして。
一年も関係は続いたのに、いつもどこかに寂しさがあった。
触れたい、とかやらしい事をしたい、とかそんなのではなく。ただ、隣を見たら雪哉が居て、顔を見て話していられる。
それが一番欲しかった。
でも、それはきっともうできないことなのだろう。どちらかが、無理矢理相手の道に交わろうとしない限り。
俺は今の道を逸れるつもりはない。
雪哉も、同じなのだろう。
俺達は似た者同士だから。

「ゆき」
「ん?」
「好きだ」
「知ってる」

それでも、俺は雪哉がいい。
どんなに寂しくても、会えない時間が増えても。いつか、隣を見た時にそこに雪哉が居るかもしれない。
お互い、歳なんて沢山とってしわくちゃの顔になっているかもしれない。それほどの時間をかけなければ叶わない夢だと思うけど。

「俺の事、ずっと好きでいろよ」
「うん」
「浮気すんじゃねェぞ」
「うん」
「…………頑張れよ」

「ありがとう」と小さく呟いた。
長い金髪にキスをして、今度は顔を上げたゆ雪哉の唇にキスをした。
触れるだけの口づけを何度かして、再び雪哉が肩に顔を埋める。
眠ったのかと思ったが、小さく聞こえる嗚咽と、肩に感じる暖かい水分の感触に俺は何も言わず背中を撫でた。
頑張れと何度も小さな泣き声が聞こえたが、俺は頑張れとは言えなかった。せめて今、雪哉が好きなだけ泣ける様に、たったひとつの短い言葉を小さな声で言いながら背中を撫で続けた。

何か見えない首輪をつけられてしまったような気がした。
でもその息苦しさは嫌ではなく、お返しをするようにこれから会えなくなる時間の分を埋める位、俺は好きだと伝え続けた。



冬休みが終わったら、最後の高校生活が始まる。
忙しい時間の中でも、せめて卒業式には会いたいなと。雪哉を抱き締めながら願った。
メールや電話ではない。雪哉の顔を見て、卒業したいと。


まだ来ない春を夢みていた。


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