「リヒト」

頭の上に、聞き慣れた声がかけられる。呆と空を眺めていたリヒトの焦点がいきなり合う。シアンは、リヒトの瞳に写るその姿を見て、声をかけてきた人物が誰かを特定した。

「お前また一人で限界まで走り込んだな」
「…ユーシ」
「俺が居ない時はちゃんと水分取れって言ってるだろ?脱水症状起こしたら大変だろ」

そう言って、いつの間に持ってきたのかリヒトのスポーツドリンクをほれ。と差し出す。
リヒトはふらふらと起き上がりそれを慌てて受け取ると、待ち望んでいた水分を一気に体内に入れる。
よっぽど喉が渇いていたのか一気に煽ると、ぶはァッ。と大きく息を吸う。どうやら呼吸すら忘れる位必死だった様だ。

「アッハハハ。お前必死過ぎ」
「うるせー笑うな!!」
「どうしたよ?最近なんかお前変だぞ?」

シアンは面白くなさそうにユーシとリヒトの会話を見ている。
こんな存在になってからというもの、シアンはユーシの事が少しずつ、少しずつ嫌いになっていた。
長ったらしい時間のかかり過ぎるサッカー。負けても馬鹿みたいに笑っている姿。何よりリヒトがユーシと話している間、シアンはリヒトと顔を合わせる事が出来ない。つまりシアンなりの"会話"が出来ないのだ。
無理矢理間に入っても、リヒトの瞳に写っているのはシアンでなくユーシだ。何も面白くない。

「…なあユーシ」
「ん?」
「俺、いつになったら最強になれるのかな」

最強。
シアンの記憶でも散々言っていたリヒトの言葉だ。
リヒトのこんな気弱な言葉を聞くなんて初めてだが、根っこの方はやはり変わらないらしい。
シアンは胡座をかいたままリヒトの背中をじっと見つめる。
いつも着ている数字入りのシャツは、走り込んだせいですっかり汗が染み込んでしまっている。おそらく汗の匂いもしているだろうが、匂いも関与できないシアンはただその背中をじっと見るだけである。

「もうすぐで全国大会だろ。俺優勝して、早く最強のプレーヤーになりたい」
「それで最近無茶してんのか?体壊したらどうにもならないぞ」
「だって!!」

シアンは分かっている。
リヒトは昨年、自分のサッカーが全く通用しなかったのを引きずっている。そしてそれをユーシも分かっている事も、知っている。
ユーシはリヒトが気にしない様に何とかしているみたいだが、これはリヒトの気持ちの問題だ。リヒトが変われなければ、ユーシの努力など無駄で、意味も無い。
リヒトは自分が何故こんなにも焦っているのか分からず、小さくぽつりぽつりと呟くだけになってしまっている。
シアンは呆れた様に溜息を吐き、ユーシをリヒトの頭越しに見る。
ユーシはシアンの方に顔を向ける事なく、リヒトの頭をいきなり撫でると、いつもの様にシアンの嫌いなへらっとした笑顔を浮かべた。

「リーヒートー」
「な、なんだよいきなり!!」

両手でぐしゃぐしゃと頭を撫でているせいで、リヒトの髪はすっかり乱れてしまっている。
いい加減にしろとリヒトが両手を払う頃には、見るも無残な状態になっていた。リヒトは手櫛で髪型を適当に直しながらユーシを睨む。ユーシはユーシで、笑顔のままリヒトが髪を整えるのを待っていた。

「リヒト。少し俺の昔話してやろうか」

しゃがんでいた足を崩し、胡座をかいてユーシはリヒトと向かい合う。
リヒトはよく分からないと言う様に首を傾げるが、ユーシの昔の話に興味があるのか、背中を少し丸めてユーシの言葉に耳を傾ける。

そのリヒトの後ろに座っているシアンは、眉を潜めてユーシを睨む。
ユーシが昔の話と言って語る話を、シアンは昔聞いた事があった。
日本代表を外された理由。選手を辞めて監督になった理由。最初から最後まで、一言一句同じ台詞だった。

「…バカじゃない?」

シアンは小さく呟く。
そして、あの時ユーシに向けて言い放った言葉を、同じく一言一句変えずに言い返す。

「上手くなりたい、上に行きたいなんて茶番だね。もっと手っ取り早くて確実に頂点になることもできるでしょ」




「だからリヒト。俺はお前に勝ちだけにこだわるサッカーをやって欲しくない」

そう言って、ユーシはリヒトの肩をぽんと叩く。その瞳は真っ直ぐリヒトを見つめ、リヒトもそんなユーシを見つめる。

「楽しく面白いサッカーを続けていれば、いつか最強のプレーヤーに必ずなれる。絶対にだ!!」
「…本当かよー!!」
「うるせー!!要はお前がやるかやらないかだろ?いつも言って聞かせてんだろ」



楽しげに笑う二人の後ろで、シアンはつまらなそうにそれを見つめる。

(なになに?何それどこの青春漫画Deathか?勝ちにこだわらなきゃいつか最強になれる?馬鹿じゃない。勝たないでどうやって最強になる訳?弱いままでどうやって勝つ訳?やっぱりユーシさんのサッカーはダメだよダメダメ絶対最強になんかなれないムリムリムリムリムリムリムリもうムリもうムリもうムリあんた間違ってんだよ絶対いつかわかるあんたのサッカーでリヒトが最強になんか、なれっこない!!)



ユーシのサッカーでリヒトが優勝に行ける訳が無い。
そう、シアンは思っていた。

―思って、いた。


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