ベットに寝転び窓から空を見上げながら、吏人は今年は曇りだなと眉を潜めながら考えていた。
部屋に置かれたプロサッカー選手の写真が載った卓上カレンダーは昨日漸く7月に捲ったばかりで、本日7日に小さく書かれた行事を楽しみにしていたかと言えばそうでもない。7月7日など学校や世間がその話題を思い出した様に振る位の認識で、吏人自身もサッカーに関係がないのであればどうでもいいと感じていた。短冊に何の願いを書くか悩んでいる暇があるなら、少しでも練習をしていたい。
しかし朝から雨が降り続ける今日はその練習すらできない。連日の猛暑で疲れきった部員のコンディションを回復する為、今日の部活は休みということにしたがそのせいで吏人は家で不機嫌そうにベットに寝転ぶ位しかやることがなかった。
昔の様にどこかに遊びにでも行けばいいのだが一人というのは少し寂しさを感じる。ほんの1、2年前なら佐治や猪狩等世話のかかる先輩達が無理矢理吏人を引っ張り出していたものだが、卒業して以来それもほとんど無い。柚絵も嘗ての積極性はどこへ行ってしまったのかたまにメールや食事をするだけでろくに会話もしていない。
及川も既に予定があり断られてしまっている。ボールを蹴ることすら出来ない吏人ははあ。とため息を吐いて寝返りをうつ。吏人が毎年この日になると不機嫌なのは両親も分かっている為あまり構わずに部屋で好きにさせている。それはありがたいのだが、別に吏人は七夕に曇ると不機嫌になる訳ではない。

小学校の頃、吏人は七夕がまだ好きだった。それは行事の内容が。ではなもっと子供らしい単純な動機だった。
給食の時間。七夕、もしくは七夕に近い時期になると、学校の給食では七夕を模した可愛らしいゼリーが配られる。何味のゼリーなのか。と問われると首を傾げるのだが、天の川のようにキラキラとした模様を付けられたあのゼリーが吏人にとって一番の楽しみだった。
流石に中学に上がった頃にはもうそこまで楽しみと言う訳ではなくなったが、高校に入学してから約2年半。あのゼリーがないだけで吏人の機嫌はかなり損なわれていた。たかがゼリーと笑われそうで吏人は誰にも言った事は無いが、もうこれから学校の教師にでもならなければ口にする事は出来ないのだ。そう考えると、つい吏人の口からはため息が出てしまう。
せめてあのゼリーをもう一度。記憶も大分薄れ少々美化しかかったその存在を想いながら少し目を閉じていると、ガチャリと吏人の自室のドアが開く音がした。
母親だろうかと寝返りをうちそちらを見れば、そこにいたのはなぜか心亜だった。

「暑いね」

挨拶もなく返答に些か困る言葉を吐くと、心亜は手に持っていたコンビニ袋をガサリとテーブルに置く。

「エアコン位つけたら?」
「帰れ」
「嫌Deathぅ〜」

心亜が家に来ると必ず行うやり取り。どうせまた両親が勝手に家に入れたのだろうと吏人は眉間に更に皺を寄せる。戸畑で一緒にサッカーをしていたせいか両親は心亜に対して特に警戒心は抱いていない。今まで一度も家に来ていなかったのにおかしいとは思うが、また同じようにサッカーをしているからだろうか、それとも心亜が得意の饒舌で丸め込んだのか。どちらにせよ今更だし吏人もどうしようとも考えていない。
構おうが放って置こうが好きな時に帰るだろう。

「吏人。こっち来いよ」
「何で」
「お前が不機嫌そうだからプリン買ってきてやったんだよ」

恐らく嘘だろう。単純に自分が食べたくて買ってきたに違いない。

「お前が好きなプッチンするタイプじゃねーけど」
「別に好きじゃねぇよ」
「じゃあプッチン出来るのと出来ないの。どっちがいいわけ?」
「…出来る方」

何だかいたたまれなくなり、吏人はベットから漸く起きるとテーブルを挟んで心亜の向かい側に腰を下ろす。
寄越せと言うように手を伸ばすと、心亜は素直にまだ開いていないプリンとプラスチックスプーンを渡す。こういつも素直であれば、吏人も心亜に対して変な反発を起こさないのに。吏人は七夕の不機嫌もサッカーが出来ない不満も全て心亜のせいにしてしまうと、心亜が買ってきたプリンを開けスプーンを突き刺す。

「お前さ。暑くないの?」
「暑くねぇけど」
「えー。蒸し暑いじゃん」

確かに雨の日の割には蒸し暑いとは思う。しかし連日続いた猛暑と、元々暑さにには強い吏人は大して今の気温を暑いとは感じない。精々髪がいつもより跳ねるなと思うだけだ。
プリンを口に運びながら吏人は心亜を見つめる。接着が固いのかうまく蓋を剥がせない心亜の額には少し汗が浮かんでおり、そう言えば外から来たばかりなのだと思い出した。
肩が見えそうな位のぶかぶかな半袖を着て暑いのも当然だろう。漸く開いた蓋を剥がし、吏人と同じようにスプーンを突き立てる。それにタイミングを合わせる様に吏人も無意識にスプーンでプリンを掬うと、二人同時にカラメルソースが絡んだそれを口に含んだ。
卵で作られたそれは口の中でと言うより、口の中がとろけそうな甘さで、それがほろ苦いカラメルソースで程々にセーブされ味に違いを出している。この味が吏人は嫌いではない。寧ろ好きと言ってもいいくらいだが、やはり吏人の脳裏によぎるのはあのゼリーの事だった。
違いすぎる味のせいで更に恋しさが増し、ふう。とため息を再び吐いてしまった。それを見ていた心亜はもう一度プリンを口に入れ、味わってから飲み込むとため息でなく言葉を吐きだした。

「元気出せよ」
「…別に、元気ねぇ訳じゃ」
「本当はゼリー買ってきたかったんだけど、無かったからさ」

「あれってどこにも売ってないんだね」と続ける心亜に、吏人は目を丸くした。ゼリー、と心亜は確かに口にした。心亜が言ったそれが吏人が今思い出していた物と同じか定かでは無いが、今のタイミングでその言葉は出来すぎている。それに、心亜は直前に元気出せよとまで言ってきているのだ。何かを含んでいる様にしか思えなかった。
いっそ、聞いてみようかと悩んだがもし勘違いだった時は心亜に腹を抱えて笑われる事は間違いないだろう。きっと会う機会があれば毎年七夕には言い続けてくるだろう。特に既にヴェリタスのプロチームに所属している心亜と、もう既にヴェリタスからスカウトが来ている吏人だ。来年チーム全体の笑い者になる可能性すらある。
悩みながらも手は止まらずプリンを口に運び、黙々とプラスチックの器の中身だけが減っていく。やはり何も聞かない事にしよう。そう考えていると、再び心亜が口を開いた。

「リヒト君はさ、どっちが好き?」
「何が?」
「プリンとゼリー」
「…………ゼリーかな」

何のゼリーかは言わずに答える。そんな吏人に対して心亜は不満そうな顔をして「おいしいかなぁあれ」とゼリーへのマイナス評価を出した。

「味薄いじゃん」
「そうか?結構濃いだろ」
「プリンに比べたら薄いなぁ。俺濃い味が大好きなんだよねー」
「…別に俺が何好きでもいいだろ」
「別にいいよ?」

いきなり肩透かしな事を言われ、吏人は拍子抜けする。「お前が好きでも、俺が嫌いなのは変わりないもん」と言いながら最後のひと欠片を食べる。柔らかい印象を与える垂れた目が満足そうに細くなり笑顔になる。コイツもこんな顔になれるんだなと珍しい物を見るように吏人はその様子を見つめていた。
飲み込み、余韻を楽しんでいる心亜を見るのも飽きたところで「で、何の用なんだ」と吏人は尋ねる。恐らく理由なんか無いのだろうと践んでいた吏人だが、今回はそうでもないらしく、心亜は「ああ」と思い出した様に呟き、ガサガサとビニール袋の中を漁る。
出てきたのは電器屋でまとめ売りをされている透明ケース入りDVDで、ネームペンで書かれたらしい達筆な文字は「2012.アジア最終予選」と並んでいた。

「これ。見たいって言ってたでしょ」
「…これ、先月のか」
「そ。アウェー戦ね」

確かに、ワールドカップの試合の記録を見せてほしいと吏人は初戦の頃から心亜に頼んでいた。テレビでも試合は見れるが、別角度から撮られた記録用ビデオも見ておきたい。
「監督、ヴェリタスの人じゃないんだからダビングに毎回苦労するよ」と皮肉を叩きつついつも持ってきてくれる心亜だ。マリンコニア所属の佐治もスタメンなのだからそちらに頼めばよかったのでは。と考える時もあったが、佐治にそんなコソコソ何かをする事など向いていないし何より先輩だった分私物化する様な行為を佐治に強いるのも吏人には出来ない。
「毎回悪いな」と口だけで言いながら吏人はそれを受けとる。触れるとケースはしっとりと濡れており、それがさっきまで何と一緒の袋に入れられていたかを思い出した。

「お前、いつもいつも…!ちゃんと渡せよ!」
「渡してるじゃん」
「それに日付とか!どこと対戦したかも書いてくれって言ったろ!」
「自分で書けばいいじゃん」

書けばいいのは分かっている。
だが達筆な心亜の字の横に、お世辞ながらも綺麗とは言えない自分の字が並ぶのが吏人には不満なのだ。それを知っていて心亜はわざとやっているから質が悪い。水滴が付いてしまっているケースをティッシュで拭うと、壁際のゴミ箱にぽいと投げる。紙屑はゴミ箱の縁に当たりそのままポトリと床に落ちた。

「ハズレ」

ニヤニヤと可笑しそうにしながら吏人を見る心亜を睨み付けると、吏人は再びゴミ箱に入れるため気だるそうに腰を上げた。


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