「…ざけんな」
「?」

首を傾げた天谷吏人に更に苛立ち、俺はその胸元をぐいと強く掴みあげた。
ガサリと何か大きな音がしたが気にしなかった。
驚いた様子で俺を見るその額にごつりと俺も額を合わせて睨み付ける。近くでみた赤みがかった瞳は最初に出会った時より輝きが燻っている気がして、ああやっぱりそうなのかと確信してしまった。

「何が仕方ないだ!お前のサッカーに対する気持ちなんてその程度なのかよ!」
「…く」
「そんな奴に負けて、そんな奴を超えようとか、そう思ってた俺が馬鹿みたいじゃねェか!」

形にならない苛立ちを叫び、叩く様に掴んでいる胸元から手を離す。それでも苛立ちは胸の底から沸き立ち、どうにもならない熱を治める為に「なんとかしろ!」と指を突きつけた。

「な、んとかしろって…」
「うるせェ!兎に角なんとかしろ!勝ち逃げされてたまるか!」
「勝ち逃げってなんスか…あんたと勝負した覚えねェし」
「俺は、お前をブッ潰したくて…」

そこまで言ってから自分が何を言っているかに気が付き、かぁ、と顔が熱くなってしまう。違うこれは言葉のあやで別にお前を潰すなんてオマケ程度のものでと慌てて弁明していると、いきなり天谷吏人が吹き出して笑いだした。
馬鹿にされたのかと思い何だよお前と怒鳴ると「うるせェッスよ」と眉を潜められる。

「あ、あとだなァお前ッ」
「なんスか」
「ち…ちゃんと親とも話せ。お前口が足りねェんだよ」

言ってから急に恥ずかしくなり口を押さえると、更に天谷吏人が吹き出した。
「同じチームでどうやって」と笑うのが憎たらしくて、その言葉に数秒遅れで更に驚いた。

「おま、今なんて…」
「ん?入るならヴェリタスかなとは思ってたんで。でもそれじゃシアンと決着はつけれねェかなって」

「親に言うならチーム決めてからでしょ」と更に続ける天谷吏人に、すっかりからかわれてた事を知り頭に一気に血がのぼる。
人がせっかく心配してやってたのに、何てヤツなんだ。
道路に落とした買い物袋を拾い上げ、さっさと歩いてしまう。勝負ですら勝てないのにあまつさえこんな風にからかわれて、しかも【あの人】との決着だけで自分なんか眼中に無いときた。
なんだか泣きたくなりそうな感情の高ぶりを必死に抑えて、兎に角早く家に着こうと早歩きでコンクリートの地面を踏み続けた。

「来栖さん聞いてるんスか?」
「うるせェ!聞いてるよ!あー聞いてる聞いてる!!」

最早なげやりに叫ぶと、呆れたかの様にンフーとため息が聞こえた。呆れたいのはこっちだと振り返って叫んでやろうと思った瞬間、天谷吏人が俺を追い越して目の前に立ち塞がった。

「成功しなきゃジリ貧の仕事ですから、親には反対されるとは思ってたんです。今まで苦労させたから、子供には安定した仕事をとか思ってそうですし」
「…へ?」
「でもそうッスよね。自分一人で抱えて達観して何も言わないなんて、佐治さんや及川が見たらまた11発パンチくらいそうだ」

夕日に照らされて、赤毛の髪が橙に輝く。逆光でよく表情は見えなかったが多分笑っているのだろう。
買い物袋を持ったその姿が、妙に綺麗に写った。

「まずプロ入りしたいって事だけ親に話して、説得します。あんたに負けない様にちゃんと足掻いてみせますよ。来栖さん」

ありがとう。
声は聞こえなかったが、唇はそう動いているように見えた。
どきり。と心臓が跳ねる。まるで驚いたかのようなその鼓動には覚えがあるのだが、いつそれを聞いたのか思い出せない。
ずっと昔どこかで、しかも確かに聞いた事のある音なのに。
はて。と首を捻って考えこんでいたが、先程言われた台詞をもう一度思い返してふっと気がつく。
あんたに負けない様。
あんたに負けない様。って、言ったか今。

「い、今なんて…」
「ほら早く行きますよ。シアンがヘソ曲げちまう」
「いやちょっと待て天谷吏人!さっき何て言ったんだお前!」
「ん?えーと…忘れました」
「嘘つけさっき言ったばっかだろ!」

教えろと飛び付いたが、あっさりと天谷吏人に避けられてしまう。
「本当に執念だけは凄いッスね」と呆れる言葉に噛みつきながらも、俺は何度も問い質す。

「と言うか結局ヴェリタスにするのかどうなんだ!」
「話変わってますよ」
「それによって俺の計画がなァ!」
「まずヴェリタス入り決まってから立ててくださいそんな計画」
「う、うるせェ!」

また鼓動が鳴る。
先程より小さいが、ずっと続く心臓の音。でもそれは何か考えたら駄目な様な気がした。その音が鳴る理由を考えるのはいけないような気がした。
よく分からないが、本能的な警告が俺の思考にストップをかける。


まだ考えたら駄目だ。

まだ、まだ今は。

今だけは。


お互いの言い争いの声と暴れる腕にぶら下がったビニールの音で、鼓動はいつか忘れてしまう程にかききえてしまっていた。
 

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