ゲームを取って戻ってくると、また天谷吏人はカーペットの上に寝転んでいる。先程と違う所はベットの脇に転がっていたサッカーボールを足で転がしている所位のもので、今度は俺の事を確認しても何も言わずにそのままゲームを続けている。
一瞬、ここは本当に【あの人】の家なんだよなと疑ってしまうが取り敢えず先程と同じ場所へ腰を下ろす。
【あの人】は一度ゲーム機を置き背中を伸ばすと、「ねぇねぇ」と天谷吏人に話しかけた。

「リヒトはどうすんの」
「何が」
「ヴェリタスに行くの?」

そう言えば、天谷吏人も声をかけられていたのだった。まだ二年生だと言うのに卒業後のスカウトをされているだなんて、何一つそう言う話が来ないこちらとしては些か嫉妬してしまう。
それに対して天谷吏人は「知らねえ」と言い捨てまたゲームに勤しむものだから、ついカチンときてゲーム機をテーブルの上に置き睨み付ける。

「お前知らねェって、知らねェってなんだよ!」
「何だよいきなり」
「お前なぁ、普通…ヴェリタスからのスカウトなんて受けるしかねェだろ!」
「そんなの俺の勝手だろ。大体他からもスカウトきてるし」

どこを選ぼうが俺の勝手だろと言うように返され余計に腹が立ってくる。
他のクラブより難関であるセレクションをクリアし、そこから更にレギュラーに昇格するには更に血の滲む努力をしなければならない。自分とてユースのBチームのキャプテンに昇りつめ、Aチームにまでのしあがるまで様々な時間を切り詰め這い上がってきたのだ。それなのにこいつは。
しかし天谷吏人は首を傾げるだけで、何がそれほどまでに俺を苛立たせているのか分かっていないようだった。正に、正に今その態度が俺を怒らせている要因なのだが。

「リヒト君分かってあげなよ」
「何がだよ」
「来栖はリヒトと同じチームでサッカーしたいんだって。分かるでしょそのくらいさ」
「なっ!」

声を上げたのは俺の方だった。

「だ、誰がこんな奴と一緒に…!」
「違うの?だって来栖もヴェリタスに入る気なんでしょ?」

当たり前だ。
俺はヴェリタスの方針に惚れ込み、がむしゃらに練習を重ねてきたのだ。必ず勝つ。自分がチームを優勝させる。それをユースの頃から全員が持ち合わせている。そんな場所だから辛くて苦しくてもやり遂げてきたのだ。
プロだって東京ヴェリタスがいいに決まっている。しかし、先程まで俺はヴェリタスにプロとして入れと天谷吏人に向かって口にしていた。つまりそれは、自分と同じチームになれと言うことだ。
だがコイツとは絶対に反りがあわないだろうしなにより同じチームになってしまえば試合でブッ潰すという俺の野望が潰えてしまう。むぐうと言葉を詰まらせる俺を見て【あの人】は何を思ったのかしらないが、天谷吏人の方を向き「俺はリヒトと一緒がいいなー」と楽しげに話した。

「何でだよ」
「いいじゃん。戸畑サッカー少年団の頃からの仲でしょ」
「関係無ェだろ」

しつこい程【あの人】はねぇねぇと誘うが、天谷吏人は頑なに首を縦に降らない。答えても漠然としたものではぐらかし、イエスもノーも言わない。最初こそただ見ているだけだったが、いつまでも終わらない無限ループに【あの人】でも天谷吏人でもなく俺が痺れを切らしてしまった。

「ああもう!そもそもお前本当にプロ入りする気あんのか!?」

ばんっとテーブルを叩き叫ぶと、二人は呆然とした顔で俺を見上げる。しかし気にせず天谷吏人をぎろりと睨むと、何故か小さく息を吐き出して、

「………知らねェよ」

頭を俯かせ、再びゲームを続け始めた。
俺は堪忍袋の緒が切れそうになるのをなんとか抑え、テーブルに残っていた自分のコップを手に取り炭酸が泡立つそれを一気に飲み干した。


*


夕方になり、そろそろ日も沈んできて涼しさを感じてきた頃、俺と天谷吏人はとぼとぼとスーパーの袋を抱えて【あの人】の家に再び向かっていた。
結局あの後サッカーの話は打ちきり、ゲームに三人とも集中していたのだが【あの人】がいきなり「カレー食べたい」等と言い出してそのまま誰が材料を買ってくるかとゲームでの勝負になり、見事ビリの天谷吏人と二番目の俺は近くのスーパーで買い物をすることになってしまった。
【あの人】は料理とか作るのだろうか。いや、【あの人】の事だから作れるに決まっているだろうが、問題は作る気があるのかどうかだ。

「おい天谷吏人」
「なんスか」
「お前料理できるか」
「無理です」

即答され、台所に立つ自分の姿が頭の中に浮かんだ。嫌な予感を頭から振り払うため、別の事を考える事にする。
そう言えば【あの人】の両親は帰って来ないのかと思いつつ天谷吏人の家族は二日連続で友人の家に泊まるのを了承するのだろうかと思った。
それを雰囲気で感じ取ったのだろうか。天谷吏人はこちらが何かを聞く前に口を先に開いていた。

「うちの親、シアンの事信用してますんで」
「そ、そうか」
「二日位大丈夫ですよ」

そう言う天谷吏人の表情はどこか寂しい様な、悲しんでるような、怒っているようなもので。それがふて腐れている物だとわかったと同時に、プロ入りの話を思い出した。
あの時の声の調子と、どこか似ていた。てっきりもう答えるのが面倒になり、そんな声色になったのだと思っていたが。

「…プロ入りの話だけどよ」
「…………」
「…親がなんか言ってんのか?」

大きな沈黙を返され、そのまま会話が無理矢理中断される。
何となく、プロ入りをするのかどうかの話をはぐらかす訳が分かった気がしたが、それは俺の思い込みだ。直接天谷吏人に聞いてみなければそれは分からない。
でも俺はそれを聞かなかった。
聞かない代わりに、待った。
沈黙を貫く天谷吏人の返答をただ待ってみることにした。何となく、それは言葉で聞いてはいけない気がした。
あの金髪のチャラ男やいつも近くにいるチビなら聞いてもいいかもしれなかったが、俺はまだそこまで踏み込む関係では無いような気がした。
そのままずっと口を閉じ、いい加減俺の痺れが切れそうな時にやっと天谷吏人がこちらに歩み寄る様に口を開いた。

「何も」
「…………」
「そもそも親にプロ入りしたいって話はしてないです」
「してないのかよ!」

つい突っ込みを入れてしまい慌てて口を押さえる。しかし天谷吏人は特に何も反応せず話を続ける。

「ユースのセレクションに落ちた時、他のクラブに行こうとは思ったんです」

確かに、遊び感覚でやっている奴もいる部活サッカーより本気でサッカーをやりたいやつだけが来ているクラブの方が天谷吏人には都合がいい環境だろう。だがこいつが結局入ったのは部活サッカーだった。

「両親にも言ってみて、そしたら苦い顔されまして」
「…………」
「…"別にクラブでなくても、サッカーはできるだろ"」

「まあ散々我が儘言ってクラブ入れてもらったから仕方ないッスよね」と付け足す様に呟いた言葉は、少し早口気味に聞こえた。
天谷吏人の家庭の事情は、俺には分からない。何でもかんでも自分を貫くこいつが折れたということは、よっぽどの訳があったのだろう。
だけど、両親から言われたその言葉を聞いて

どんな顔で、それを受け入れたのだろう。

切り返すまでに、どれ程の時間をかけたのだろう。

隣を見れば、赤い空を見上げる顔が唇を噛み締めているのが分かった。
耐えきれない痛みをそれでも耐え忍ぶ様に。その顔はまるで、赤い夕日の光りに隠れて泣いているように見えた。
 

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