俺の憧れの【あの人】は実を言えばご近所の関係だ。
数年前に近くに越してきて最初は不思議な容貌になんだこいつと思ってしまったが、東京ヴェリタスユースでの活躍を聞いて以来すっかり俺は【あの人】に魅せられてしまっていた。
同い年なのだしと自分を奮い立たせて積極的に話しかけ、Aチーム入りを果たした頃には向こうからも少しずつだが話しかけて貰えるようになってきた。特に高円宮杯が終わった後は今まであった見えない壁が無くなったかのような接し方に変わって。内心驚きを隠せなかったが嬉しさの方が上回り最近はずっと気分がよかった。
今日も回覧板を母親に頼まれ、この猛暑にと不満が浮かぶ事もなく俺は【あの人】の家に向かった。
暑さでコンクリートの熱が凄まじく、早歩きで向かうがそれでも汗が滲む。
エアコンが壊れてしまいそうな位の連日の暑さ。髪の色素が薄い【あの人】はこんな日が照っている日でもいつも平気な顔をしているが暑さには強いのだろうか。
そんな事を考えている間に玄関までたどり着き、チャイムを鳴らす。暫くしてから「はい」と声が聞こえた。【あの人】だ。

「お、おはようございますシアンさん!回覧板です!」
『あ、ご苦労様Deathー』

てっきり郵便受けに入れてくれと言われるかと思ったら「暑いし上がったらー?」と言われ、一気に浮き足立つ。
そういえば【あの人】の家に上がるなんて初めてで、逆上せる頭で「喜んで!」と叫ぶと、また暫くしてから今度は玄関の扉が開いた。

「さっさと上がってー。暑いし」
「は、はい!お邪魔します!!」

体をガチガチに緊張させながら、俺は中に入る。
中は外よりはマシだがやはり少し暑く、「今俺の部屋だけエアコン点いてるから」と返される。

「先に行っててよ。俺飲み物取ってくるから」
「え、あ!わ、悪いですよ!」
「いいからいいから。階段上がって右側のドアだから」

そう言うと俺の制止も無視して【あの人】は台所へ向かってしまう。
余りしつこくして機嫌を損ねてもいけないから、俺は大人しく言われた部屋へ向かう事にした。
初めて入る【あの人】の部屋とはどんな物なのだろう。やはり、名前に合わせて西洋風なのだろうか。それとも生活感が全く無い部屋なのだろうか。普通の友人との付き合いしかないから、まるで女の子の部屋に入るかの様に頭の中は期待と不安でぐるぐる渦巻いていた。
一度手の汗を拭い、深呼吸をして、よしと覚悟を決める。
どんな部屋でも自然体でいようと決意して、ドアノブを握りガチャリとドアを開ける。意外にも部屋の中は生活感に溢れ、ベットの荒れ具合も男子特有の部屋の匂いも友人の家に言った時と一緒で、逆に不思議な気分になった。
そして更に不思議な事に、

「おせーぞシアン。クエスト一個終わっちまった」

床に寝転んでポテトチップスうすしお味を食らいながらゲームにかじりつく天谷吏人かそこにいた。
カチカチと眉に皺を寄せながらこちらを見ずゲームに夢中になっていて、それでも片手はポテトチップスに向かい口に運んでいる。
予想の範囲外どころか、未来予知ができるとか言うマリンコニアのエースでも予知不可能な展開に、一瞬これは蜃気楼かと疑ってしまったがそんなことないだろう。瞼を擦りよく見るが床に寝転んでいるのは間違いなく天谷吏人。眠そうにあくびをして体を起こし、「早く閉めろよ暑い」とこちらを見た瞳は、赤みがかった茶色。あの輝く瞳は間違いなく天谷吏人だ。
こちらが茫然としていると天谷吏人も俺の来訪が予想外だったのか、茫然とした顔で俺を見上げる。
数十秒見つめあったと思ったら、近くに寄せていたらしいティッシュの箱が俺の顔面に飛んできた。完全に不意打ちだったそれは勢いよく俺にぶつかり、ぱこんと音を立てて床に落ちる。
鼻先に当たり、痛さに思わず擦りながら何してんだ天谷吏人と叫ぼうとした。が、その時には既に天谷吏人はカーペットから完全に体を起こし、クッションを本来そう使うであろう座布団式にしてその上に胡座をかいていた。
ゲームもセーブを終えたのか一度テーブルに置き、ゆっくりと俺を睨み付けると「よお」と吐き捨てる様に呟く。
なぜこんなにも威嚇体勢を取られなくてはならないのか分からないのだが。ぱくぱくと声が出ず動く口でなんとか「天谷吏人」と呟くと、

「どうしたの来栖」
「う、わあっ!!」

いつの間にか階段を上がっていたのか、忍び寄っていきなり話しかけてきた【あの人】の声に大袈裟に驚いてしまい慌てて部屋の中に入り距離を取ってから振り返る。
【あの人】は何とも面白い物を見るかのように笑いを含ませてこちらを見ており、その瞬間やられた。と思った。
最近はこういった質の悪い悪戯も無かったのですっかり油断していたが、相手は【あの人】なのだ。上がっていけなんてそんな奇跡のような展開になるなんてこんな事がなければ絶対言わないだろう。
自分で考えてて悲しくなってきた辺りで「早く閉めろ」と先程より荒れた口調で天谷吏人が【あの人】に言う。

「あっれーリヒト君さっきまでごろごろしてたのにお行儀よくなったんDeathね」
「うるせぇさっさと閉めろよ」

からかわれたのが気にくわなかったのか視線を向けずに吐き捨てる。
俺も促され天谷吏人と向かい合う様にクッションの上に座る。ぶすりと不機嫌そうな天谷吏人と顔を合わせるのも癪だったが隣に座るよりはマシだ。
落ち着く為に部屋の中を見回す。最初こそ綺麗にされていたのであろうが机やカーペットの上に広げられた菓子の数、二人で今まで遊んでいたと思われるゲーム機。テレビに繋げられたものまであるからかなり長く間居るのではないか。試しに三人分の飲み物を持ってきた【あの人】に聞いてみると、昨日の夕方からと答えられた。

「昨日の!?」
「リヒト君がどーしてもクリア出来ないから〜って。俺だって受験勉強とかあるのに人使い荒いよね」
「な、んだそれ…アホか!」
「違うだろ!お前が勝手に泊まるとか母さんに連絡するから…」

俺も天谷吏人も、そこまで口にしてからはたと今の言葉に違和感を覚えた。天谷吏人がゲームをしている所でない。もう1つ。

「「受験勉強!?」」

コンマ一秒も違わずに二人同時に叫んだ。

「シアン、お前もうサッカーしねぇのか!?」
「シアンさんヴェリタスからのスカウト蹴るんですか!?」

その瞬間【あの人】は見たことが無いくらいに笑いだし、腹を抱えてカーペットの上を転がった。
思いっきり笑い転げる【あの人】の姿なんて今まで見たことがなく、つい不思議な物を見るかのようにその姿を見てしまう。対して天谷吏人は驚く様子もなく、笑われている事に腹を立てて【あの人】が持ってきた炭酸飲料を一気飲みする。そう言えば、スポーツドリンクとかではないのだなと今更ながら気がついた。

「って言うかヴェリタスからのスカウトってなんだ!お前そんなの言ってねぇだろ!」
「はははー…だって言ってないし」
「言えよ!」
「いいじゃん、リヒトももう声かけられてんでしょ。言ってないじゃん俺に」

「言う必要ねぇだろ」と言う天谷吏人に呆れながら、それよりも本当にプロ入りしないのかと【あの人】を見つめる。
暫く俺を見つめると、なぜか【あの人】はいきなり吹き出し「嘘Deathぅ〜」と再び笑いだした。

「しねーよ大学受験。面倒くさいの」
「な、なんだ…よかった」
「ねぇねぇリヒトは安心した?安心した?」
「別に」

先程あれだけ叫んだくせに【あの人】がそう言うとそう返す。何なんだと思って睨み付けていると何かを開き直ったのかゲーム機を再び手に取りゲームを始める。【あの人】が俺にやったことあるかとテーブルに置かれていた、【あの人】のものであろうもう一つのゲーム機の画面を俺に見せる。それは俺も去年から遊んでいるゲームの新作で、曰く今年の夏休みは最近やっとこのゲームをやりだした天谷吏人のレベル上げにずっと付き合っているらしい。違うこいつが勝手にレベル上げに付き合ってくるんだと天谷吏人は反論するが真意は定かではない。

「今度三人で協力プレイしようぜ。俺リヒトのサポート疲れちゃったー」
「はあ…」

クーラーが効いた部屋で不健康そうな飲み物や菓子を食いながら終始ゲームに勤しんでいる。普通の学生ならまあありえる光景だが、それが【あの人】と天谷吏人が行っているのだと思うと珍しい光景過ぎて仕方がない。
何となく、この二人は自分たちがいない所でもずっとサッカーばかりやっている気がして、確かに好きだからそればかりやっているわけでもないが意外に思えて仕方がない。
その内ただ見つめているだけの俺に気がついたのか、自宅行ってゲーム取ってこいと俺に指示を出した。

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