「シアンさんは靴下ぶら下げた事ありますかっ?」
「…は?」

完全に話の輪にも入らず、その内容も全く聞いていなかった俺は間抜けな声を上げる。
目の前の阿呆面下げた来栖もそれに気が付いたのか、俺が尋ねるより先に自ら話し出す。
どうやら練習が終わり、着替えもしないで全員何で盛り上がってるのかと思ったら明日のクリスマスイヴの予定で盛り上がっていたらしく、靴下と言うのは小さい頃にサンタさんを信じていたかに類する質問だったようだ。
何とも下らない話で盛り上がっているのか。と内心思いつつも「へーそんな話してたんだ」と当たり障りのない言葉を笑顔で返す。

「生憎俺はそういった事したことないんだ。クリスマスもケーキ食べるだけだし」
「へー…なんか意外ですね」
「来栖はあんの?靴下ぶら下げた事」

そう尋ね返すと来栖は恥ずかしそうに赤くした頬を掻きながら肯定する。別に小さい頃の事だ、恥ずかしい事でもないだろうに。と思うが来栖にとってはそうではないのだろう。

「朝起きると靴下の隣に置いてあるんですよ。両親に聞くといい子だからサンタさんがきてくれたんだーって」
「へー」
「来栖の奴、中学上がるまで信じてたらしいッスよ」
「なッ!い、言うんじゃねェよ!」

来栖の後ろについて来た双子がそう言って来栖をからかう。俺は笑った振りをしてそのまま適当に相槌を打つと、着替え終わったユニフォームをスポーツバックの中に突っ込み「用事あるから先帰るね」とまだ残っているメンバーにそう告げる。
お疲れ様です。と背中にかけられながら居心地の悪い更衣室を抜け出し、首に限界まで巻いたマフラーに顔を埋めてバス停へと向かう。
今の時間なら丁度送迎バスが出る時間だろう。容赦なく服の裾から侵入する寒さに体を小さくしながら足を早める。
冬なんて嫌いだ。寒くて寒くて、どれだけ服を着込んだって指先がかじかんで痛い。
早く暖房をガンガンに効かした部屋へと帰りたいと考えていると、いつの間にか姿が見えなかった今泉が白い息を吐きながらバス停で送迎バスを待っていた。
別に時間が決まっているのだからわざわざ寒い思いをしなくて待たなくてもいい筈だ。
それなのに10分も前に着いた自分よりも早く来ていると言うことは今泉自身も更衣室の居心地が悪かったと言うことなのだろう。赤くなった鼻をずびっと鳴らして、じっと前だけを見ている今泉の隣に立つ。今泉は俺の存在に気が付いていなかったのかいきなり現れた俺に驚いた表情を向けたが、またいつもの堅い表情に戻り再び前を向いた。

「雪降るかもね」

余りの寒さについどうでもいい事を呟く。今泉は再び驚いた表情をこちらに向けて、暫く間を空けてから「今夜降るそうですよ」とどうでもいい事を答えた。
そう言った今泉の言葉通り、鼻先に何か、寒さとは違う冷たい物が当たる。触っても手袋越しでは何も分からず、だけど見上げれば、月で明るく照らされた空から白い綿の様な物がちらほら降ってきているのが分かった。

「降った」

言った途端に降ってくるなんてタイミングがいいのか悪いのか。ふわふわと風に乗って落ちてくるそれを何の気無しに見上げていると、「好きなんですか」と今泉が尋ねてきた。

「嫌い。寒いもん」
「寒いのは嫌いですか」
「嫌い」
「俺もです」

何だかその言葉はどこかそっけなく、嫌い。の意味がどこに投げられたものなのかは定かではない。が、興味も湧かなかったので特に追求もせずに流しておいた。
ふと、ある事を思いついて、くだらないな。と思いながらも今泉に返す言葉を口にする。

「たけのこだから?」
「は?」
「たけのこ。だから寒いの嫌いな訳?」

訳が分からないと言った表情で見つめられる。前に一度リヒトが言ったらしい例えの如く言ってみたのだが、余り冗談は通じない質らしい。いや自分が相手だから、冗談を言う様な間柄ではないと思われているのか。

「…たけのこじゃないです」
「たけのこじゃん。また最近背伸びてさ。…ああでも前程じゃないかもね」

春から見かけた時より随分成長したと思うが、そろそろ体の成長が止まってきたのか。最近ではそこまででかくなったとは思わない。
何かとサイズが合わなくなったとうなだれる姿もそう言えば少なくなった。この辺りが、今泉の成長の終わりなのかもしれない。
俺の体の成長も殆ど止まりかけていて、今泉とは身長の差は開いても縮まる事はなかった。大人になっても、この身長差はずっと埋まらないのだろう。

「ねェたけのこ」
「たけのこじゃないです」
「お前靴下とかぶら下げた事あるの?」

あからさまに嫌な顔になり、そんな話をしないでくれと顔を背けられる。しかし「どうなんだよ」と追求して見れば、ため息を吐いて「ありますよ」と観念したように呟いた。

「小さい頃にありましたよ。イヴに靴下ぶら下げて。夜は早く寝て」
「ふーん。サンタクロース信じてたんだ」
「…最初はそうでしたよ」

最初は。そう言葉を添えられ、ふと自分のクリスマスを思い出す。
小さい頃は、当たり前の様にサンタクロースなんて空想の産物を信じていたものだ。それでも自分の家ではクリスマスだからと盛大に祝う様な事は無く、いつもの食事にケーキを添え、食事をする前に神様に祈りを捧げる位。
キラキラ輝く物なんて家にはなかった。それでもそれに不満があった訳でもなく普通に過ごしていたし、クラスメート達が言うクリスマスを羨ましいとも思わなかった。

それでも、クリスマスが嫌いだった。今でも嫌いだ。
サンタクロースを知って、そのサンタクロースが架空のものだと自覚してから、クリスマスは大嫌いになった。
少なくとも、クリスマスだとキラキラ目を輝かせている奴らをぶっ壊したいと思う位には。

「…小さい頃」

ふいに今泉の声が聞こえて、続けそうな雰囲気にそっと耳を傾ける。俺が続きを促しているのを察したのか、躊躇いがちに話し出した今泉は一度言葉を切りながらも再び話し出す。

「靴下をぶら下げて、早く寝て…いや、寝たふりをした事があるんです」
「うん」
「まあ、当然クリスマスプレゼントを入れるのは父親なんですよ」
「うん」
「…それが、自分にとってショックでして。自分がいい子じゃなかったからサンタクロースが来なくて、代わりに父親がプレゼントを入れてくれたと思ったんです」
「…変わってんね」

サンタクロースがいないと分かるまで、それでずっと悩んでいたらしい。
いい子じゃない。自分はいい子じゃない。だからサンタクロースは来ない。
妙に大人びた今泉にしては意外なエピソードだが、当時にしてみれば真剣に悩んだ事なのだろう。
靴下にプレゼントが、入ってるか入っていないかごときで。

「あ」

雪景色の向こうから、二つのライトが見えた。
バスだと思うより先に目の前に見慣れた車体がゆっくり滑り込み、止まったバスはドアを開ける。今泉の後ろに着いて行くように乗り込むと、身長が高いからだろうか一番後ろの座席へと腰を下ろす。
何となく隣に座ると、今泉はずりずりと少しだけ体を動かし何故か間を空ける。あからさま過ぎるそれも特に興味がなかったので追求はしなかった。

「信じてたんですか」
「ん?」
「サンタクロース」
「…………」

小さい頃から、家ではクリスマスだからと騒ぐ事はしなかった。いつもの食事にケーキが添えられるだけで。だからと言ってそれに不満があるわけでも無かった。

それでも周りにいる同い年の子供と同じに、サンタクロースは信じていた。
新品の靴下をぶら下げて、期待に胸を高鳴らせて眠りに着いた。

両親もいなくなったベットの上で、空っぽの靴下を見て泣いた。声を上げずに泣き続けて、自分にはサンタクロースは来ないのだとキリストの誕生日の朝に一人で理解した。
いつ、サンタクロースが存在しないと気がついたのか、それはもう分からない。
忘れてしまった。


「信じなかったよ」


でも今更どうでもいい。
小さい頃サンタクロースを信じていようがいまいが、自分はもうそんなのを信じれる程幼くはない。過去の事が、今さら何と関係あるのか。多分それも無い。

無駄に過去を掘り返して、理解できなくなった過去の感情に触れるだけ。


「ねェたけのこ」
「たけのこじゃないです」
「じゃあなに?」
「何って…」
「なんて呼ばれたいの?」

小声でそう言って距離を詰めれば、今泉は少しだけ体を固くして身構える。再び離れようとする体を止める様に腕を掴めば、びくりと面白い位に肩を震わせる。
まるで寒さに震える子犬のようだ。試合中は目で見えるのではないかというくらいの圧力をかける体格なのに、今の姿はどんな時よりも小さく見えている。

近いものがあると言うなら、秋の高円宮杯が終わった後すぐの後ろ姿だろうか。
多分、誰よりも信念を持っていた今泉だ。"毎年一回戦負けの部活サッカー"に気圧されてしまった事で、最強のチームにいるという自信をなくしてしまったのかもしれない。チームの奴らは、何人かはそうやってへこんでいたからだ。

それとも、
あのリヒトを見たからか。

もう今泉の側にいた頃とは違う、リヒトを見たからか。


「教えてよ」

弱くなった人間を折るのは簡単だ。逆に、その隙間を突くのだって。
困惑した様に俺を見つめる今泉は、今まで俺が見た事の無い姿だ。いつでも歳の割に冷静に振る舞って、俺の横暴にいちいち文句を付ける存在。最後まで"俺"にもならず、ただもうここにはいないリヒトを見つめ続けていた存在。

それに興味を持ち始めたのはいつからだったなのか。
それこそ、サンタクロースを信じ無くなった時くらい分からなかった。いつの間にか。だった。

「…………」

俺はじっと、今泉が次に何を言うかそのまま待ち続ける。
今泉はずっと口を動かし、余り動かない表情を微妙に動かすと、ゆっくり口を開いた。



サンタクロースは、もう信じていない。
もうそこまで小さい子供では無くなったから。

だから、欲しい物は自分の力で手に入れようと思った。
例え、その目に映る光が翼の形をしていたとしても。奪いとらなきゃ気が済まない。欲しくて、欲しくて、仕方ないものだから。だからリヒトのものだとしても、自分に振り向かせようと思った。



一人で泣いた朝は記憶の隅に放り投げ、俺は今泉が言った言葉をゆっくりと声に出して、反芻した。
その言葉は、どんな砂糖菓子よりも甘く感じた。

そんな気がした。




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