既に区別された荷物を隙間なく段ボールの中に入れ、仕上げにクッション代わりにタオルを入れてガムテープでしっかりと閉じる。
半分程まで片付いた部屋の中はまだ生活の跡がそこかしこに残っており、本当に明日引っ越し業者が来るまでに終わるのかと考えてしまう。

「来栖ー終わったかー?」

疲れた様に聞いてくる佐治に「あらかた片付いた」と答えると、大きく伸びをして凝った肩を鳴らす。

「ちょっと休憩しようぜ。おふくろが作っておいた飯あるから」
「はぁ!?お前さっきも休憩してたろ!」
「いいんだよ。腹が減っては戦が出来ぬって言うし」

ほら、と無理矢理俺の腕を引っ張り上げ、俺は呆れた様にため息をつく。折角朝から手伝いにきていたと言うのに、これでは佐治の両親が帰ってくるまでに終わらなそうである。こんなズボラでルーズな佐治が本当に一人暮らしなんて出来るのか。とつい疑ってしまう。
リビングのテーブルの前に座り、味噌汁を温めている佐治を呆と見る。握り飯も味噌汁も、佐治の母親が仕事の前に作ってくれたものだ。そう言えば何度か佐治の家には遊びに来ているが、佐治の手料理と言うのは食べた事が無い。いつも作り置きを食べるか外食にしてしまうから気がつかなかったが、そもそも佐治は料理をした事があるのだろうか。

「佐治」

立ち上がり、キッチンに入った瞬間驚愕した。
何せ、俺の目の前にはゴボゴボと泡立ち湯気が上がっている鍋を黙々と掻き混ぜる佐治がいたからだ。

「おいおいおい!何やってんだ!」
「あ?味噌汁温めてんだろ」
「味噌汁沸騰させる奴がどこにいるんだ!」

そう怒鳴るが、佐治は訳が分からないと言う様に首を傾げるだけだ。まさか本当に分かっていないのだろうか。
とりあえず火を消し味噌汁を椀に入れるが、味噌汁が軽く手に跳ねてその熱さに肩を震わせる。これでは口に入れたら火傷をしてしまうだろうに。もう一度佐治の方を見てみたがやはり佐治は首を傾げるだけだ。
俺は一度味噌汁をキッチンに置くと、佐治に手を洗う様指示をしてその間に冷蔵庫を開きそこにあった卵を二個取り出す。別の椀を出しキッチンに置いてから「割ってみろ」と卵を突き出すと、手を洗い拭いた佐治は黙って一個だけ受け取りそのままガツリとシンクの角にぶつけた。
"割る"というのではない。正に"ぶつけた"それは大きな皹を付け、破れた膜から溢れた白身がシンクと佐治の指を汚す。不愉快に顔を歪め両手の親指を割れた穴に突っ込むと、力を入れすぎなのか皹が入り過ぎて脆かったせいなのかぱきりと手の中で卵は砕け、割れた黄身が手に張り付きぼたぼたと椀の中に落ちていく。当然殻も砕けて入り、「うげ」と佐治は嫌そうに呻いた。

「嘘だろ…」
「あ?何だよ」
「お前、調理実習とかやってねェのかよ!」
「俺食う担当」
「んな担当あるかァ!!」

料理が出来ないとかそんなレベルではない。下手をしたら米の中に洗剤を入れて洗うのではないかと思う位だ。
「流石にそれは無い」と佐治は否定したが卵が割れないという事実は否定できない。
こんな状態で本当に一人暮らしなんか出来るのか。料理だけでは無い、洗濯、掃除、その他諸々。大学生だから家賃は親が負担すると言っていたが、生活まではどうにも出来ないだろう。

「おい佐治。もう一回だ」

もう一つ卵を取り出し、今度はボウルを出す。俺も手を洗った後、軽くぶつけて皹を入れ見本代わりに片手で卵を割る。綺麗な形でボウルの中に落ちた黄身と白身に佐治は感嘆の声を上げる。まだ手の中に残っていた卵を佐治に渡すと、佐治はもう一度ガツリと強くたたき付けた。今度は半分まで砕けてしまい、でろりと中身がシンクと床に零れる。

「〜っ!お前なァ」
「別に卵割れなくてもいいだろ」
「よくねェ!」
「飯ならコンビニとかで…」
「金かかるだろ!栄養バランスだって悪い!」
「じゃあお前が飯作れよ」
「いつもいつも来れる訳が…!」

そこまで言ってから、佐治の言葉をもう一度反芻する。

じゃあお前が飯作れよ。

つまりそれは広い意味で考えれば…『毎日俺に味噌汁作ってくれ』と同じ意味ではないのかと。そこまで考えてから、急に顔が熱くなりばくばくと心臓は高鳴った。

「来栖?」

どうした。と言われた声すら甘く聞こえてしまい、「い、いいから手洗え!」と言い捨て、味噌汁を掴んでリビングに向かう。こぼれない様にゆっくりテーブルに置くと、何あれぐらいで過剰に反応しているんだと額をテーブルに擦り付ける。
佐治の進学が確定するまで受験勉強、面接練習と殆ど会う機会が無くなっていたとはいえ、飢え過ぎだろうと自分を恥じる。佐治の事だ。きっと何も考えずに言っているだろうに。はぁとため息を吐いて、冷たいテーブルで頭を冷やし続けた。

「おいクルクル。卵放置するんじゃねェ」

そんな俺に対して佐治はそう文句を言うと、人の襟首を掴んでキッチンに引っ張り込む。いいからさっさと何か作れと仁王立ちする佐治を見るが、やはり自分で作る気は無いみたいだ。
自分が割った卵。佐治が割った卵の殻を取り除いてそこに混ぜる。二個目は佐治自身が片付けたのか床もシンクも綺麗になっていた。掃除はちゃんと出来るみたいだな。とシンクに叩きつけられた黄身塗れのふきんは見て見ぬ振りをする。

「何作んだ?」
「卵焼き」

賽箸で卵を掻き混ぜていると、佐治が背中から抱き寄せ肩に顎を擦り付ける。長い金髪が顔に当たりくすぐったいなと思いつつ、治まりかけていた心臓がまたばくばくと高鳴っていく。
醤油や砂糖を入れて味を調整してしっかりと掻き混ぜると、フライパンをコンロに置き、火をかけて油を引く。
「危ないから離れろ」と言っても佐治は離れる気配がなく、それどころか頬に軽くキスまでしてくるから慌てて火を止める。いきなり中断した俺を不思議に思ったのか佐治はきょとんと俺を見て、その態度に腹が立った俺はぐいと佐治の無防備な唇に自分の唇を押し付ける。

「っ、おい卵…」
「煽ったのは誰だよ」

こっちは引っ越しで時間がないからと、久々の二人きりの時間を我慢しているのに。これだから部活サッカーはと適当に理由をつけつまり佐治が悪いと一方的に決めつけ、もう一度唇を押し付けた。体を捻り佐治と向かい合う体勢になると、呼吸をしようと薄く開いた唇から舌を侵入させた。
熱い吐息がお互いの口から漏れ、恥ずかしそうに目を伏せる佐治の頬にキスをする。シャツの裾から手を入れ、指をゴツゴツした背骨を下から順にゆっくり沿っていく。んん。と喉を鳴らす佐治は俺に寄り掛かり、縋るように俺の背中に腕を回す。
密着した佐治の胸からばくばくと心臓の音が聞こえ、余裕が無い俺と同じ心情だったのだと知って嬉しいのと、愛おしさが込み上げてくる。
このまま、もっと先へともう一度キスしようと唇を近付けた直後、ぐう。とお互いの腹の虫が大きく鳴いた。
静かな室内に二人分の腹の音が鳴り響きやっと止まると、

「…飯食うか」
「…おお」

気まずい雰囲気でそう呟いた。



塩加減が丁度良いおにぎりにかじりつきながら、お昼でお馴染みのバラエティ番組を眺める。お互い中途半端な所で終わってしまったせいか、どうも顔を合わせ辛い。佐治も同じ様で不自然な位食い入る様にテレビ画面を見つめ、俺と絶対目を合わせない。
あからさま過ぎてさりげなくショックではあるがまあ当然だろう。うなだれつつちらりと佐治の顔を覗き込むと、同じ様にこちらを盗み見てた佐治とばっちり目が合ってしまう。
慌てて目を逸らし作り立ての卵焼きを箸で摘み口に入れる。佐治も卵焼きを摘みゆっくり口に入れると、軽く目を見開き「うまい」と小さく声を漏らした。

「そ、そうか?」
「おふくろが作ったみてェ。うまい」
「は、ははは。そりゃあよかった」
「やっぱお前が俺に飯作ってくれよ」
「ははは…は?」

いつの間にかこちらをじっと見つめている佐治に、また顔が熱を持ちはじめる。その顔は真剣そのもので、その上恥ずかしそうに少し頬を赤らめてるもんだから。

「…結婚、て…ことか?」
「ん…まあ。高校卒業、してからな」
「…いいのかよ」
「お前こそいいのかよ。俺で」

もそもそと卵焼きを頬張り味噌汁で飲み下す。その瞳はどこか不安げなもので、佐治なりに振り絞った言葉だったのだろう。
本当に、軽いのか違うのかどっちなんだと思いつつ、それでも嬉しくて仕方なくて、佐治に笑いかける。

「雪哉がいい」

佐治の手から箸が落ち、先程より顔を赤くし潤ませた瞳で俺を見る。
馬鹿野郎調子に乗るなクルクルのくせにと可愛くない言葉を並べ、散々言い尽くすと先程までの元気の良さをすっかり潜めて「俺も」と小さく呟いた。

「引っ越ししたら」
「ん」
「遊びに行くから」
「…そん時は飯作れよ」
「佐治も覚えろよ」
「やだ」

即答され、思わず何でだよ。と頭の中で突っ込んだが、まあ佐治らしいかと俺は再び苦笑した。
素直じゃない、生意気で軽くて無愛想なくせに可愛い恋人の為に、料理を覚えるのもまあ悪くないかとつい考えてしまったから。
愛しい顔を見つめていると、顔を赤くしたまま佐治は再び食い入るようにテレビ画面を見はじめた。



「…飯食ったら休憩な」
「また休憩!?お前休み過ぎだろ…!」
「そっちじゃなくてな」
「は?」
「…いや、分かんなくていいわ」
 
 
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