「あー何やってんだよ。勿体ね」

拾いあげ、凹んだ缶を見ながら佐治は呟く。騒ぐ来栖を無視して傷が付いてしまった缶の土埃を掃うと、ブレザーに手を突っ込みそこからホットタイプの小さなペットボトルを取り出す。

「んじゃお前こっちな」
「は、はぁ!?いきなりなんだお前!」
「あぁ!?俺が買ってきてやった茶が飲めないってのかッ!」

緑色のパッケージが描かれたお茶の缶を押し付ける様に渡された来栖はまだ言いたい事はあると言いたい様に口を動かしていたが、手の平に伝わる温かさには勝てなかったのか暖を取りながらキャップを開ける。
佐治もコーンポタージュの缶を振ると片手で器用に開け、来栖の横に腰を下ろす。つぶ入りのそれを飲んでいると「苦ッ」と呟く声が聞こえて、佐治が振り向くと噎せる来栖の姿が目に入った。

「これ渋くねェか!?」
「知るかよ。俺濃い目が好きなんだよ」
「だったら自分で飲めよ!それ寄越せ!」
「てめ…人が折角気ィ遣ってやったのに!」

ぎゃあぎゃあと正門前に座り込んで何を騒いでいるのか。下校する他の生徒達は妙に目立つ二人を遠巻きにしながらそそくさと立ち去っていく。
と、そこで周りの反応には気付かなかったが、来栖の用事が何か聞くのを忘れていたのには気が付いた。
奪い取ろうとする来栖を引きはがすと佐治は再び缶に口をつけて尋ねる。

「お前さ、誰か待ってたのかよ」
「ん?」
「こんな所で座り込むって事は何だあれか?彼女とかか?」

頻繁に市立帝条に訪ねてきているのだ。喋らなければ顔はそこそこ悪くはないと佐治は思っているし、佐治がいくらリア充爆発しろと言ってもリア充は爆発しない。苛々して頭は殴るかも知れないが彼女がいたら認めてやろうじゃないかと年上らしく振る舞ってみた。が、

「…お前」

一拍置いて言われた言葉は佐治には予想外のもので。
「へ?」と思わず間抜けな声を上げてしまった。

「だから、お前だよお前!佐治…あーえっと、」
「…雪哉」
「そう!佐治雪哉!お前を待ってたんだよ!」

何がそんなにも彼をそうさせるのか。ペットボトルを強く握りしめながら「大体お前が今日部活にいないからだな」と来栖は佐治には理解できない文句を息継ぎ無しに並べていく。
3文字目で早々に聞く事を放棄して、「フルネームで呼ぶな」と佐治は言いながら来栖の額にデコピンを食らわせる。「ぎゃあ!」とまた叫ぶと、理不尽な暴力に額を摩りながらすっかり黙ってしまった。
怒ったり騒いだり落ち込んだり、短い時間だけでころころと変わる表情が面白いなと思う。しかも感情が驚く程ストレートに伝わってくるから余計だ。

「…………」
「何だよォ…お前も俺の相手したくないのかよォ」
「言ってねェだろそんな事。おいそれよりクルクル」
「誰がクルクルだ!」

また吠えだしたのを確認すると佐治は飲み終わった缶をその場に置いて立ち上がり来栖を見下ろす。犬みたいだよなァと綺麗にセットされた頭を撫でようとすると、「触んな!髪が乱れる!」と手を払いのける。よっぽど先程の缶が効いたのだろう。頭周りの警戒が強かった。

「お前、今日俺ん家来ねェ?」
「は?」
「よし決定。じゃ、帰るぞ」
「は…は?お、おい佐治雪哉ァ!」

呆然とする来栖の腕を掴みあっさりと引っ張り上げる。スポーツマンの癖に体重無いなと思いながら、佐治は自分の荷物と一緒に来栖の荷物も掴んだ。

「お、俺まだ行くなんて言ってねェぞ!」
「ん?どうせ来るだろ?」
「何でだよ!行かねェよ!」
「お前に拒否権はねェ」
「強制!?」

来栖に無理矢理荷物を持たせると、ペットボトルを持った手とは反対の手を握る。無理矢理袖に入れていた手を引っ張り出され手の甲がひやりとしたが、暖かい場所にずっといた佐治の手が触れている部分は気持ちがいい位暖かい。
ふらふらと荷物を空いていない手で何とか担ぎながら佐治に引っ張られるまま着いていく。強引に振り払ってもよかったのだが、何故かこの暖かさが無くなるのが勿体無くてそんな気分になれない。
疲れたから腹が減ってるから体が冷え切っているからと適当に言い訳を必死に自分に与えている来栖に対して、佐治は今日の晩飯は何だったかと考えながら母親に連絡する為携帯電話を開いた。





「て事があってさ」
「はあ」

及川と最後の戸締まりを行っていた吏人は、佐治に置いていかれた倉橋からの報告を受けてそう答える。
何故この人は佐治に置いて行かれた理由を言う為だけに部室に来ているのだろう…。吏人と及川二人の頭の中に浮かんだ疑問に倉橋は気が付く事なく話を進める。

「何だよ反応悪ィー。なんかもっと言う事ないのかよー」
「別に無いッスけど」
「僕も特には…」
「だってあの二人だぜ?しかも佐治が飯に誘うとかさー信じられないもの見たわー」
「…そうッスか」

大きく手を動かしながら話を止めない倉橋に、吏人の眉間に皺が寄る。しつこくて苛々しているのだろうかと及川が心配し出すが、どうやらそうでは無いらしい。

「あの二人ってそんな仲良かったか?吏人ーお前しょっちゅう噛みつかれてんだから分かんじゃねーの?」
「知らねッスよ」
「本当にかよ」
「興味も無いッス」
「マジか…」

あそこまで勝負勝負と通い詰めているのにその相手は本人に興味無いとすらきた。流石に来栖が哀れに感じてきた倉橋だったが、唇を尖らせている吏人の言葉が更に倉橋を驚かせる。

「通い犬が飼い犬になっただけでしょ」
「―へ?」
「及川帰るぞ」
「え?う、うん」

及川も吏人の発言に驚いていたが、慌てて部室に鍵を掛け吏人に渡す。
唇を尖らせふて腐れたような表情はまだ変わらず、普段無表情の吏人には随分似つかわしい姿だった。吏人は自分の表情に気が付いていないのかそのまま鍵を返却する為に職員室へと向かっていく。及川はその後を追い、倉橋は今日は珍しいものばかり見るなと思いつつ、二人の後を追っていった。


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