「天谷吏人ォ!勝負だァ!!」

最早市立帝条サッカー部の名物になりかけているその騒がしい声を聞くと、吏人は「またか」と呟いた。
高円宮杯が終わり、悲願であった勇志との再会も果たした吏人は冬の大会に備え、新たにサッカー部キャプテンとしての再スタートを切った。のはいいのだが、その途端ヴェリタスユースである筈の来栖が何故かよく部活に押しかけるようになった。
大体週に一回、部活が終わりかける時間に五月蝿く叫びながら市立帝条に現れる。そして言葉通り吏人にしつこく勝負を仕掛けてくる。
最初こそ文句も言わず2秒で承諾していた吏人だが(そして2秒で勝ち部活を締めていた)、こう何度もコピペの様に現れると吏人でもうんざりしてくるのだろう。表情一つ変えていなかった吏人は今呆れた様に、ため息すら吐いている。
断っても勝負をするまで帰らないのだ。高円宮杯が終わってしまい、吏人と戦う機会を失ってしまった来栖の気持ちもなんとなく、まあなんとなく分かるのだが吏人でも許容できる範囲とできない範囲がある。

「アンタ、練習ちゃんとしてるんスか?」
「当たり前だろ!テメェに勝つ為に毎日練習は怠ってねェ!」

ワハハハァと笑う姿に吏人も耳が痛くなる。せめて月に二回程度に抑えてくれと提案すると、「俺に勝てたら考えてやる!」と返される。吏人の記憶が正しければそんな大きな事を言えた戦歴ではなかった筈だが。そう思いつつもサッカー勝負で決めると言う吏人にはわかりやすい事態になったのでよしとした。
そしていつもの如く2秒で勝ち、「それじゃー部活終わりますよー」と部員に号令をかける。何故勝てない何故勝てないとへたりこみ唸る来栖を完全に無視している辺りどれだけこれが見慣れた光景なのかというのもよくわかる。
いつもならここでもう一つ、恒例のパターンが起こるのだが。
と、そこで来栖はそのもう一つが来ない事に違和感を感じたのか。落ち込むのも早々に解散をかけた吏人に話しかける。

「なああの金髪は?」
「金髪?…ああ佐治さんの事ですか」

来栖が勝負をしかけ、吏人が負かし佐治が落ち込む来栖に慰めの言葉を入れる。
それがいつものパターンで、意識していた訳ではないが聞き慣れた声がないのに違和感を感じたのだろう。辺りを見回してみても、長い金髪を一つに結ったあの姿はどこにもない。

「今日は進学の講義受けてるんス」
「進学…あいつが?」
「本人は就職希望だったみたいスけど」

家に負担をかけたくないと頑なに就職希望と言っていた佐治だったが、周りの説得と父親に子供が変な気遣いをするなと説教を受けたのが効いたのだろう。スタートは遅かったが、佐治は今自分が行きたかった大学への進学に向けて猛勉強している。
吏人としてはどこかのクラブにでも入ればよかったのにと思ったが、それは佐治の希望ではなく自分の願望なので言い出しはしなかった。

「まあ高円宮杯のおかげで部員も増えましたしね。サッカーやるには問題ねェッス」
「はあ…」

進学。と来栖はぼんやりと考える。
卒業したらそのままプロになると決めている来栖にとって卒業後の進路など未だ深く考えてはいない。まだ二年と言うこともあるだろうが数ヶ月もすれば来栖も三年になるのだ。進路に追い回される自分というのはいまいち想像がつかない。
「佐治さんに用スか?」と珍しいものを見るかの様に吏人は尋ねるが、別にそういうわけでも無かった来栖は首を振る。

「な、なんか物足りないなーと思っただけだ!」
「そッスか」
「首を洗って待ってろ天谷吏人!次こそはお前を倒す!」
「あいよー」

もう相手するのに疲れてきたのか、やる気の無い声を上げると吏人もさっさと片付けに向かってしまう。来栖もいい加減立ち上がり自主練に励もうと考えた。が、なにかしっくりこない違和感にその思考が一瞬揺らいだ。
まさかサボりたいのかと考えたが体はそうでもないらしい。よく分からず頭をひねってみるが、先程頭をよぎった佐治の姿しか思いつかない。
そういえば先週言われた言葉はなんだっただろうか。
最近では佐治が言い終わる前に「余計なお世話だ!」と口答えをしそのまま口論になるから寧ろ聞いていなかったかもしれない。怒鳴り声しか覚えていない。
かけられる言葉一つ一つに悪意は感じられないのは来栖も分かっているが、ついつい口を出されると吠えてしまっているのが現状だ。あの如何にも遊んでそうな軽い容姿が来栖の妙に生真面目な神経を逆撫でているのだろうか。そこは来栖にもよく分からない。

暫くその場で唸ってみて、とりあえず金髪に会いに行こうと来栖は考えた。Bチーム時代キャプテンを張っていたものの現Aチームキャプテンの心亜程頭が回る人間でもないと来栖は自分で自覚している。どちらかと言えば感情で行動しがちなタイプでコーチに毎度注意を受ける位だ。
しかし流石に校舎内に入るまでは学校側に許可を取っていない。仕方なく正門の近くで待っているかと持ってきた荷物と一緒に移動し、そこに腰を下ろした。
校舎内に残っていた文化部。佐治の様に講義で残っていた三年生達がぞろぞろと下校し、一際目立つ来栖を見てぎょっとする。
見た目が確実に不良から遠いせいか通報されると言う事にはならなかったが、一時間も時間がまわると流石に暖まっていた体も肌が露出している部分から冷えていく。
もう秋も終わりなのだ。汗や体温を上手く逃がす作りのスポーツウェアはじっとしていればどんどん体を冷やしていく。上着を着てみても変わらず、来栖は無理矢理袖の中に手を収め上着の襟の中に顎を埋めた。
黒いファスナーの留め金が、鼻息で水蒸気を浮かべ来栖の唇に冷たい感触を与える。それでも首が冷えるよりかはマシらしく、そのまま首を埋め続けた。

早く金髪の奴。来ないかな。

来栖がそう考えているその同時刻、佐治は遠くから来栖の横顔を訝し気に見つめていた。
部活ができない不満をなんとか飲み込み、進学の為にせっせとノートを取ってやっと解放されたと思いきや来栖がいた。
普段なら吏人がいるグラウンドに居る筈だがどういう風の吹きまわしだ。別に声をかけてもいいのだがいまいち理由が分からないと声もかけ辛い。大体自分が話しかけたとしてもまた口答えするだけだろう。
しかし寒さを堪える様に体を小さくしている姿を見ていると放っておく気にもなれず、結果佐治は来栖の死角に入りながらその特徴的な青髪をじっと見つめていた。

「あーどうしたよ佐治」

部活に間に合うかもと飛び出した佐治にやっと追いついた倉橋が話しかける。

「あー…いや、あれさ…」
「ん?あれ来栖じゃん」

「何やってんだ?」と佐治も思っていた事を呟くと佐治は首を振り「わかんねェ」と答える。誰かを待っているのは分かるが吏人を待っているのだとしたらグラウンドにいるだろう。正門でわざわざ待つと言う事は校舎側にいる人間に用があると言う事だ。

「あれじゃねェの?佐治待ってるとか」
「は?何でだよ」
「何で…」

倉橋から飛び出た言葉にそう尋ねてみると倉橋は暫く考え、

「いつも通り吏人に負かされたけど佐治がいなくて誰も慰めてくれなかったからとか」
「いやないだろ」

正に大正解を引き当てたが佐治によって一蹴される。「だよなァ」と倉橋も自分の発言を却下するとじゃあ何でだ?と二人で唸り始める。

「つーか、ここで考えても仕方なくね?本人に直接聞こうぜ」
「は?いやだって、誰かと待ち合わせしてたら」
「いいじゃん。もしそうだったら来たら帰るって事で」

そうなのだが、どうもその気になれない。
昔の同級生がいるとかならいざしらず待っている相手が女子だったらどうするのだ。爆発しろと言う前にあの来栖に彼女とかそういうものがいるかもと考えるだけで苛々してくる。
結局倉橋とジャンケンをして負けた方が話しかけると言う事になり、見事勝利を掴んだ倉橋に見送られながら佐治は不満げに来栖の元へ向かった。
アホ面下げやがって。何してるんだ。と佐治が少し遠目に来栖を見ていると、やはり寒さが堪えるのかへくしっと小さくくしゃみをした。それを見た途端、佐治は体を180度反転させ校舎の中へ駆け出した。

「おおい佐治逃げんなーッ」

倉橋が慌てて追うが、下駄箱でもたもた靴を履きかえながらどこ行ったと思っていると中に入った佐治が再び外へ飛び出す。
どうやら中履きに替えず裸足で何か用事を済ませてきたらしい。再び来栖に近寄ると早めていた足を緩め、歩いてその小さく丸めた背中に近付く。

「おい」

そう言いながら佐治は手に持っていた、今走って買ってきたばかりのコーンポタージュを来栖の頭に乗せる。
「ぎゃあ!」といきなりの事に驚いた来栖はばたばたと暴れ、せっかくのコーンポタージュがバランスを崩して地面に音を立てて落ちた。



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