「あれ?」

いつも通りの厳しい練習を終え、部活の先輩達と別れ一人帰っていた大宮が声を上げる。
通学に利用する駅の改札口。そこで見慣れた後ろ姿を見つけ、一気に顔を明るくして意気揚々と駆け寄っていく。改札口の時刻表を見ている為大宮に背を向けていたその人物は駆け寄ってきても暫く大宮の存在に気が付いていなかったが、「メーイジッ」と呼ばれると条件反射のように振り返り、

「鳴路です」

と答えた。

「あははやっぱりメイジだ」
「…大宮さん?」

大宮と同じ高校の指定ジャージを着た藤原は大宮の顔を見て名前を呼ぶ。どうやら名前を訂正したのは本当に条件反射だったらしくその存在が大宮とまでは頭が回っていなかったのだろう。

「俺以外に誰がメイジって言うんだよ」
「…確かにそうですね」

大宮の言葉に密かにぎくり。としたが、大宮は特に深い意味を持たせて言った訳ではないらしい。そのままいつも通りの無表情を崩さないまま藤原は呆れた様に呟いた。

「でもメイジ。何でこんな所いるんだ?今日ってさ、あれじゃん。あれ行ってたじゃん」
「偵察ですか?」
「そうそれ」

インターハイ地区予選で市立帝条に負けてからというもの、藤原は顧問兼監督である美織が居る日居ない日に関わらずよく一人で偵察に赴いていた。
最初の内は大宮も行くと聞かなかったが、キャプテンにレギュラーが二人も抜けたら下に示しがつかんと妨害を喰らっていた。不満はあったが大宮も名門校のサッカー部レギュラーというプライドはある。藤原の成果を待ちながら次こそは、と今まで以上に練習に身を尽くしていた。
だからこそ、偵察の日の帰りは会う事が無い為、ここで藤原に会うのが不思議に感じられたのだ。まさか今日市立帝条は休みだったのだろうか。

「いえ、練習をやってはいたんですが…」
「ですが?」

大宮が休みだったのかと尋ねると藤原は首を振り、言い辛そうに言葉を濁す。
大宮が続きを促せば、少し悩んでから藤原は再び口を開いた。

「人が少なくて、自主練だけだったんです」
「少ない?何それ時期外れの風邪か?」
「いえ…まあ集団でかかっていると言うと合っているんですが…」
「んー?メイジ分かんねェよ」

分かりやすく。と言うと、藤原は眉間に寄った皺を更に寄せて、観念したように口を開いた。

「補習」
「へ?」
「中間テストの成績が酷かったらしく…部員殆どが補習でした」

予想外の答えに、大宮は唖然とした。
それも無理は無く、私立帝条は名門と言うだけあり部活もさる事ながら生徒の成績もかなり優秀の部類に入る。
文武両道を貫く私立帝条は赤点どころか成績が少しでも落ちてしまえば部活への規制が入ってしまう。その為苦手な者すら普通高校の中でなら上の下程の成績を保持しているのだ。
中学の頃から成績優秀の藤原は当然。大宮も補習の一画目すら知らない学力を持っている。特に担当教師が教師のせいか、英語の成績は学年一、ニ位を争う程だ。

なる程、これは言い辛いのも無理は無い。
仮にも自分達からニ桁も点を奪い取った相手校なのだ。そんな奴らが今サッカーの点では無く別の点で苦しめられていると知ったら少なからずこちらはショックだろう。大宮ですら愕然としたのだ。キャプテンが知ったら目眩の一つ位起こすのではないだろうか。

「はー…補習なー…」
「…………」
「じゃあキャプテンも怒ってたろ。そんな弛んだ状態じゃ」
「そのキャプテンが補習だったんです」

流石の大宮も目眩を起こした。

そういえばあのキャプテンは中学まではサッカークラブに所属していたと聞いた事がある。
選手の学力を意識していないのであれば赤点を出して補習を受ける事になっても不思議ではない。

「結局いたのは監督が気に入っている副キャプテンと数人位…偵察の意味も余り無かったので環商業にも寄って帰ってきました」
「いやーはっは…本当にあの学校にはやられたねー」

大宮はそこまで人の頭の中が分かる人間というわけでもないのだが、それにしても市立帝条だけは予想の斜め上を飛んでいく。藤原も呆れた様に息を吐くと、「そういえば」とスポーツバックの中から何かを取り出した。

「何なに?ゲーム?」
「違いますよ。食べますか?」

そう言って藤原が取り出したのは何個かの小さな飴玉だった。半透明の小さなビニールに包まれた六角形型の薄茶色い姿は宝石みたいで、何の味なのか分からない大宮は「飴?」と確認をした。

「飴です。べっこう飴」
「渋いもん持ってんなーメイジ。何、買ったの?」
「いえ、貰ったんです」

市立帝条の副キャプテンに。そう言われ、一瞬だけ大宮の眉間に小さく皺が寄った。
副キャプテンといえば大宮と同じ番号を背負ったあの金髪ピンク頭の事だろう。大宮が言うのもあれだが妙に目立つ髪の色だったし、決勝の時には色々とやられた為よく覚えている。

「前にスポーツドリンク持って来た時の礼とか…丁寧ですよね」

スポーツドリンク100本がどこをどうやったらべっこう飴数個に変わるのだ。頭の色で色々性格を決めるのはあれだが、遊んでそうな顔を見る限り藤原程丁寧な奴とは大宮は思えなかった。

「食べますか?」
「食べる」
「それじゃあ…」
「ちょーだい。全部」

藤原が答える前に手の中にあったべっこう飴を全て奪い取ると、まだ口が開いたままのバックを睨みつける。

「まだあるの?」
「え?あ、まあ」
「それも全部。あともう食べた?」
「あ、何個か…」

そう藤原が答えた瞬間、大宮は藤原の腕を引き寄せぶつけるように唇と唇を合わせた。
驚いた藤原の意思は他所に、大宮は開いたままの藤原の口の中に舌を這わす。
ちゅっ、とリップ音が立つと藤原も漸く状況が理解できたのか、勢いよく大宮を突き飛ばし体を引きはがす。
そのまま定期で改札を抜けると、勢いがよすぎて尻餅をついた大宮に何も言わずホームへと向かっていく。
大宮も自分の行動のとんでもなさにしまった。と自覚し、尻をさすりながら合わてて藤原の後を追う。大宮の足音が聞こえると藤原は更に足を早めて大宮から距離を取ろうとする。

「メイジ、ゴメンッ。ゴメンってば!」
「何がですか」
「いや本当にゴメンって!怒んなよッ」
「怒ってないですが」

まずい。まずい。藤原の口の中に残っていたべっこう飴の味がじゃない。
大人びた態度とは裏腹に、怒ってしまうと子供の様に暫くの間拗ねるのは藤原の傍にばかりいる大宮がよく知っている事だ。
冷たくあしらわれても今機嫌を直さねば。そうしないと暫くの間触る事すら禁止になってしまう。

「怒ってる!」
「怒ってません」
「だって、だって、メイジがあんな奴から変なもん貰うから…」

言い訳がましくそう口にすると、いきなり藤原の足が止まった。必死に追いかけていた大宮はそのまま藤原の背中にぶつかる事になり、ホームまでの狭い通路で意図せず密着してしまう形になった。
他の通行人の迷惑極まりなかったが、藤原はピクリとも動かない。ほんの少しだけ高い後頭部を見ながら、大宮は藤原の名前を呼ぶ。

「…………」
「メーイジー、俺が悪かったって…」
「…焼いたんですか」
「へ?」

藤原が振り返り、大宮の顔を見つめる。サッカーをしている時の様な真剣な表情。大宮は藤原のその表情が何より好きで、だからこそそんな顔を自分に向けられると、嬉しさやむずかゆさで顔が熱くなる。

「やきもち、焼いたんですか」

そう言う大宮の顔も、ほんのりと赤がさしている。それは先程の口付けが恥ずかったからではないだろう。

「…そう!」
「あの副キャプテンにですか」
「焼いた!すげー焼いた!俺のメイジに何手出してるんだよって思った!」
「…!ちょ、」
「メイジも何であんな奴がくれたもん食ってんだよ!腹壊すぞ!」

最後の方はよく分からなかったが、大宮もあまり自分の言っている事がよく分かっていないのだろう。嫉妬心が変な方向に飛んだ大宮を「声小さくして下さい」と宥めながら、藤原は顔を真っ赤にして怒る大宮に密かに鼓動を高鳴らせた。
見た目もさることながら初対面の他校のマネージャーをナンパする様な性格だ。恋人関係になれば一番大事にしてくれるのは藤原も分かっているつもりだが、どうにもあの軽さは好きにはなれない。そのせいか恋愛事に関してはついつい冷たく接してしまうのが現状だ。
その大宮が自分に近寄ってきた男に、たかがべっこう飴を渡しただけの相手にここまで嫉妬心を燃やしている。
心が狭いとか言っている場合でない。今自分は、大変に珍しいものを見てしまっている。

そして、それを馬鹿みたいに浮かれて喜んでいる自分がいる。

「…それとこれとは話が別です」
「う」
「あんな場所であんな事をするなんて、されたこっちの気持ちを考えて下さい。大体同じ学校の生徒がいたらどうすんですか。明日何て言い訳するつもりですか?」
「あー…いっそ婚約発表しちゃう?」
「大宮さん」
「ごめんなさい」

藤原が睨みつければ、流石にふざけ過ぎたと思った大宮は頭を下げる。
とりあえずはこれで許してやろう。と心の中だけで藤原は納得すると、頭を下げたままの大宮を置いてまたホームへと向かって行った。置いていかれた大宮は慌てて後を追いながら、ゴメン許してもうしませんと五月蝿く声を上げ続けていた。

「せめてべっこう飴捨ててよ!」
「相手に失礼なのでそれは駄目です」
「じゃあ俺が全部食う!」
「それも駄目です」
「なんで!?」

妬かせるにはうってつけなので。
言わずに藤原は、バックに残っていたべっこう飴を取り出し口に入れる。
甘いような苦いような、不思議な味がした。


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