Jr.ユースの時からの馴染みのせいか警備の人はあっさりと通してくれたが、深緑のユニフォームしかない敷地内で橙のユニフォームとジャージというのは流石に目立った。
通りすがるスタッフや選手達は必ずと言っていい位の確率で俺を見てくる。それに今年入団した奴らは知らないだろうが、一応こちらはかつて高円宮杯でユース最強のチームを潰した学校のキャプテンなのだ。注目されても無理ないかもしれない。
そんな事気にしても仕方がない。今の俺はヴェリタスではなく市立帝条サッカー部なのだ。橙のユニフォームで当たり前だ。
周りの目を無視してAチームのグラウンドに入る。丁度休憩の時間だったのかグラウンドの真ん中で走り回ってる事はなく、ベンチ周りで全員雑談をしている。
その中で一際目立つ三人組の所へ大股で近寄る。俺に気が付いた何人かがおいあれ市立帝条じゃね?と声を上げていたがだからなんだ。

「アァッ!?天谷吏人ォ!何でテメェがこんな所に!!」
「リヒト?どうしたんだ」
「ちょっとな」

目の前に立ち塞がり噛み付いてくる来栖を押しのけ、健太に答える。その二人の間にいたシアンはぱちくりと大きな金色の瞳を丸くしてこちらを見ている。
いきなり来て何の用だ。とでも言い出しそうな表情に余計に感情が逆立つ。再び噛み付こうとしてきた来栖を今度は強めに振り払いシアンへ更に近寄る。

「おいテメェシアン!」

自分でも驚く位でかい声が口から出てきた。
「うるさい」と呟きながらスポーツドリンクを飲むシアンに更に腹を立て、口を離した瞬間に飲みかけを奪い取る。

「お前今日何日か知ってんのか?」
「リヒト。練習は?」
「何で来ないんだよ」
「もしかして途中で抜け出したわけ?」
「俺がわざわざ…」
「市立帝条ってジャージもオレンジなんだ」
「人の話を聞け!!」

質問に質問で返す所か話すら噛み合わない。いい加減怒るのに疲れてきた所で、シアンがぽんぽんと子供を宥めるように頭を軽く叩く。ついでにスポーツドリンクも奪い返された。

「あのねリヒト。今日は練習あるから行かないに決まってるじゃん。俺三年だし、学校じゃ進路の話もあるし。わかる?」
「うるせェ」
「そ。じゃあちょっと一緒に来てよ」

何がじゃあ、なんだと思っている内に腕を引かれ、グラウンドから出されてしまう。
背中に来栖の声がまた五月蝿く聞こえていたが、楽しそうに案内するシアンを見ていたらそんなのどうでもよくなっていた。

シアンに引かれるまま連れて行かれると、どうやらユースで使っているらしい更衣室の中に案内される。
Jr.ユースの時と余り変わらないが、セレクションを落ちなければもしかしたらここのロッカーを使う事になったかもしれないのだ。見慣れたヴェリタスの施設内なのにやけに興奮する。

「部屋ばっか見てないでこっち来いよ」

手を離してベンチに座ったシアンがそう言う。一瞬だけ躊躇ったがシアンの隣に座り、そうすると、スポーツドリンクをベンチに置いたシアンが更にこちらに寄り、体を密着させてくる。「離れろ」と言ってもお構いなしだ。こんな所は一年前から変わらない。

「ねェねェリヒト君」
「…何だよ」
「その手に持ってるのさ。何?」

指を差されたのは定期入れとチョコレートを掴んだ左手で、定期入れが落ちない程度に緩く拳を開くと、折り畳んで纏めていたチョコレートの小袋が重量に任せて広がりながら落ちる。
左手からぶら下がる硬貨の形をしたキャラクターのパッケージを見て「五円?」とシアンが呟く。

「…今日、ハロウィンなんだろ」
「用意してくれてた訳?」
「また部活荒らされたら迷惑だからな」

そう言うと、シアンは面白い玩具を見つけたかのようにいきなりにやにやと笑い、ふーんそうなんだーへー。と何か言いたそうな言葉を吐く。

「なんだよ」
「いやァ?リヒト君は俺にそれをあげたいが為にわざわざ会いに来てくれたんだって」
「は?違ェよ俺は、」

そこまで言ってから、ふと自分の先程までの行動を思い出してみた。最初から最後まで。
考えてみれば、シアンが来ないからと言ってわざわざヴェリタスまで来なくともいいではないか。チョコを買ったのはあくまで来た時の対策。来なければ、自分で食べて小腹の足しにでもしてしまえばいいのだ。
それなのにわざわざ部活を抜け出し、電車を使ってまでわざわざヴェリタスまで来てしまって。これでは、あげたいが為に来たと思っても仕方がないではないか。客観的に見たってそう思う。
急に自分の行動が恥ずかしくなり、顔が一気に熱くなる。及川に下手な嘘までついて、自分は一体何をやっているのだ。

「ねェ、頂戴よ」
「い、いやだ!」

小袋の端を掴んでシアンがそう言ってくる。慌ててチョコを引き寄せるが、繋ぎ目からブチリと小袋は分かれてしまいシアンの手の中には二、三個のチョコレートが残る。
意気揚々と袋を破り食べようとしたシアンだったが、機嫌良さそうにしていた表情を袋の中を覗き込んだ途端に歪める。眉を潜め、嫌な物を見る瞳を不思議に思い一緒に袋の中を見ると、その理由が判明した。

「溶けてる」
「…………」
「溶けてる…」

形こそまだ残っているが、シアンがチョコを掴もうとしても柔らかくなったそれは指に絡みつくだけでとても食べれる状態ではない。
いくら十月。秋で冷え込んできた季節でも学校からヴェリタスまでずっと手の中にあったのだ。熱で溶けてしまっていたのだろう。
こんなので菓子を渡した事になるのだろうか。まさか色々いちゃもんをつけてまた部活を荒らされるのではないか。シアンに視線を向けると、チョコレートが着いた指がいきなり俺に向けられた。何かを言う前に人差し指が唇に当てられ、ぐりぐりとそこにチョコレートを塗りたくられる。

「シ」

アン。と呼ぶ前に、今度は唇が当てられた。
噛み付くように口付けされ、犬が飼い主に甘える様に唇を舐められる。胸を押されベンチに押し倒されると、何かがかさり、ぱたりと落ちる音がした。視線を音のした方に向ければ、左手からチョコレートと定期入れがいつの間にかなくなっていた。

「んー…これ苦い」
「テメ…いきなり何すんだよ」
「だって溶けちゃってたし。―ほらリヒト、口閉じて?」

再びチョコを纏った指先が唇に当てられる。
先程と違い湿った唇に指先がゆっくりと這う。はっきりと感じるシアンの指先が妙に官能的で、ぞわりと肌が粟立つ。
そう言えば最後にシアンに触れられたのはいつだったろうか。熱さで、頭が参っていた時なのは覚えている。

再び重ねられた唇が、暑かった日を思い出させる。無駄に高まった体温はぶるりと体を震えさせて、寒さから逃げるようにシアンに縋り付く。
普通のチョコより少し苦い味と、静かな室内に響く水音だけが頭の中を埋める。

チョコレートなんて、ただの対策にしか過ぎなかったんだ。
昨日まで、シアンは来ると思っていた。来ると思っていたから、チョコレートを用意した。
50円の価値とか言って。自分が期待していた事を無理矢理ごまかして。結局自分でも訳がわからないままシアンに会いに来て、

部活を抜け出して。及川に嘘ついて。俺は。本当の本当に。何をやっているのだ。

これじゃあ、今まで会いに来なかった俺の方が、



「…あ」

呆とする頭で一つ。思い出した。今日猪狩さんにも言われた言葉。

「…トリックオアトリート。しねェのかよ」
「して欲しいの?」

「菓子ねェけど」と言われ、確かにそうだなと思う。
回らない頭で暫く考えてみたが、まとまらないまま俺は小さく息を吐いて「好きにしろよ」と呟いた。

「じゃあやらない」
「…あっそ」

面白そうに見下ろすシアンに対して、つまらなそうに答えた。
菓子なんか用意して損した。
そう思いながら、再び唇に当てられた指先の感触を感じて俺はゆっくり目を閉じた。




後日、及川含む先輩達に叱りを受けたのは言うまでもなかった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -