「にしてもお前達が一緒なんて、戸畑サッカー少年団以来だな」

ユーシの家に着いて部屋に案内されるないなや、ユーシは俺達を見ながらそう言った。

「へえー」
「そういや」

あれから今まで対峙した事はあるものの、こうやって一緒にユーシの家に来る事になるなんて考えていなかった。
なるものはなってしまったのだから2秒で切り返したが、やはり未だに違和感がある。
勝負には勝ち、更にシアン本人が記憶喪失になってしまったのだから別に敵対する理由も無い。あとは俺が慣れればいい話だ。

「俺は嬉しいけどな。立派になった教え子が家に来てくれてるんだから」

時間帯も時間帯だからと言うことで、流されるまま夕飯をご馳走になる。
どこから出したのか、目の前のテーブルには明らかに3人分より多い献立が大皿に盛られて陳列している。
俺はちらりとシアンの前に置かれた山盛りの白米を見てから視線を前に戻す。どうやらこの量は特に俺だけと言うわけではないらしい。

「ユーシ、多い。こんなに食えねェよ」
「うるせースポーツマンなら大量に食え。成長期だろうが」

そう言うユーシのご飯茶碗には平均的な量しか盛られていない。まあ監督だから俺達より運動量は少ないだろうが。

「「…いただきまーす」」

シアンと俺は諦めた様にそう言うと箸を手に取り食事を始める。

「これってユーシさんが全部作ったんデスか?」
「いや、俺は少し手伝っただけだなー。後は全部作ってもらった」
「は!?誰に!!」
「はっはっは。リヒトォ、大人には子供に教えない話ってものがあるんだぞ?」

そんな影、全く無かった気がしたが。ユーシにそんな相手がいる事が分かってしまうと、今までサッカーにしか向いて無かった頭が急に方角を失ってしまう気分になる。
シアンはシアンで特に驚きもせずに食事を続けている。何だよお前もう少し驚けよ。

「ヒカル達の差し入れに作ったんだけどな。意外に余っちまったから助かった」
「差し入れならウチにも来てくれよ」
「じゃあヴェリタスにも宜しくお願いしますー。ユーシさん」
「うるせー俺を金欠にする気か!!」

食事も話も進む中、俺はちらりとシアンを横目に見る。
流暢に話し、腕にはぐるぐるに巻かれた包帯が覗いているが体はほぼ全快。今では激しいゲームはできなくてもサッカーの練習ができる程だ。
ほんの数週間前、有り得ない場所で有り得ない高さから落ちた人間とは思えない。
記憶を失ったと言う事すら忘れてしまいそうだ。が、言葉の選び方、身振り手振り、アクセントの違い。
小さな一つ一つの仕種が、こいつはもうあのシアンでない事を証明している。

「なあ、シアン」
「ん、何ー?」
「お前、今サッカーやりてえって思ってるか?」

俺のより大分減った茶碗を置くと、口の中にまだ残っていたものを飲み込み、シアンは俺の方を向いた。

「リヒトォ、流石に食後すぐに運動は無理だろ。横っ腹痛くなんぞ」
「そういう意味じゃねえ」
「はいはい、ユーシさんの家出たら遊んでやるから。我慢我慢〜」

頭をぽんぽんと叩かれ、子供扱いされた事にぴくりと眉が動く。何でコイツ、こんな偉そう。と言うか今日始めて会ったばかりで馴れ馴れしくないか。

「おいシアンッ」
「リヒト。食事中は行儀良く、怪我人には優しく。あと喧嘩はすんなよ?」
「ユーシッ、別にそういう意味じゃ…」

続けようとしたが、一度考え直してぐっと堪える。多分この話はこれ以上続けれないだろう。
俺は反論を諦めるかわりに残っている飯を一気に口の中にかきこんで、飲み下した。

「リヒト。早食いは体に悪いぞー」
「シアンにも言えよ!!」







食後が終わり暫くした後、リビングでは今シアンが大人しくテレビを眺めていた。
画面に流れるのは撮影された戸畑サッカー少年団の試合映像。
まだ台所に居るユーシの手伝いを済ませた俺は、座りこんで食い入るシアンの後ろから覗き見る。
試合はちょうどシアンが来たばかり、ユーシと対立する前の頃の映像で、その頃のシアンは今見てみても驚く程サッカーが上手かった。
子供の頃は漠然と上手いとしか思えなかったが、5年もサッカーをしていれば見る場所も変わってくるもんだなと頭の隅で考える。

「リヒトォ。隣で見れば?」
「ん?…いいよ俺、先にエプロン返さなきゃならねえし」

ユーシに借りっ放しのエプロンを外しながら戻ろうとしたら、いきなりシアンに腕を掴まれて隣に座らされる。

「いいじゃん後で。俺、一人で見てんの飽きちゃった」
「お前な…自分勝手…」
「ん?それが俺なんじゃ無いのォ?」

本当にコイツ記憶喪失なんだろうか。
無邪気に笑う表情なのに、そう考えてから見てしまうとどこかべったりと顔に貼り付けたような物に見えてしまう。実は記憶喪失なんて嘘で、周りの反応が面白くて振りをしているだけなんじゃないか。
そんな事を考えている間に、映像はいつかの試合を映し出す。
これは、初めてシアンの本性を見た、次の試合。
試合映像を見るだけなら圧倒的に優勢になっているようにも見える。しかし、よく見て見れば分かる。
シアンと勝負した選手から、どんどんパフォーマンスが落ちている。俺は思わずまた眉間に力を込めてしまう。

「すっげー。あっという間に勝っちゃった」
「…面白くねェサッカーだな」
「そう?勝てたら楽しいんじゃないの?」

違う。
少なくとも俺は、ユーシのサッカーでそれを知っている。
負けたら悔しい。だけど全力で戦ったサッカーは楽しい。
逆に勝つ為だけのサッカーなんて楽しくない。勝つ為だけにやるサッカーなんて感動も無いししんどいだけで、だから戸畑サッカー少年団は優勝後、解散してしまった。

「楽しくねェ」
「じゃあ負ける方が楽しいの?」
「それも違う」
「あぁ〜?分かんねェよリヒト。勝つのも負けるのも楽しくないなら、何が楽しい訳?」

首を捻り金色の瞳を俺に向けてくる。
画面には既に次の試合が流されており、戦い方は前の試合と同じ。俺すらもシアンの道具に使われているのに腹が立つ。

「勝ち負けなんて試合の結果だろ。俺はサッカーが好きでやってんだ」
「ふぅーーーん…そんなもんなのかなあ」
「お前は勝つのが楽しいからサッカーやってんのか?」

シアンのシュートが決まり、歓声が沸き起こる。
俺以外のメンバーがシアンの元に集まり、喜び合う。とてもいいチームに思う。…見た目は。

「いや。俺勝った事ねえもん」

隣に居るシアンはそう答える。
呆と映像の中のシアンを見るシアンの目は、見ず知らずの他人を見るかの様な目をしていた。

「でも前の俺はそれ、やってたんだろ?今の俺が分かんなくてもさ、前の俺の事はやんなきゃならないし」
「…楽しくねェのか?」
「無いって訳じゃないけど。何かふわふわしてんだよね。何やっても、心臓の裏側って言うかさ、そこら辺がぽっかり空いてるんだよね」

自分の胸を指差してそう続ける。

「悪いけどさァ、きっと興味無いんだよね。自分の記憶も前の俺がやってたサッカーも。高校でまたサッカーやり始めて?ヴェリタスを三冠に導いて?随分好きで頑張ってたみたいだけど、今の俺は正直どうでもいいし」

環商戦で再会した時と同じ様な言葉。それでも、違う。
今のシアンは、前のシアンの事を何も知らない。あいつが昔、何を思ってサッカーをしていたか。何を思って戸畑サッカー少年団に入団したのか。

心臓の裏側が、またじり。と熱くなった気がした。

「それにあんまり周りにはよく思われてなかったみたいだし。だって俺、誰かに突き落とされたんでしょ?」

そうだ。
お前がやってきた事を考えれば当然だ。
心を折られた人間が、全て大人しく足元に転がっている訳が無い。いつかはある事だったんだ。
お前がやっていた事は、お前も周りも傷しかつかない行為だ。

「監督も俺の事いらないみたいだしだったらいっそ―」
「…いい加減にしろ」

ぺらぺらと話すシアンを遮る様に呟く。
シアンはよく聞こえなかったのか、言葉を止めて暫く俺を見た後、何て?と聞いてきた。

「いい加減にしろって、言ったんだ」

ゆっくり、力を込めてそう言った。
映像はまたいつの間にか変わっており、いつかの試合がまた流される。
俺達が優勝した年。何人がシアンに壊され、サッカーをやめて行ってしまったのだろう。

「リヒト…?」
「お前がサッカー興味ねェならそれでいい。前のお前に興味ねェなら新しくやり直しちまえばいい。他に興味ある事があるならそれをやればいい」
「何言って」
「…んな訳ねえだろ」

また、心臓の裏側が熱くなる。
さっきよりも強く、痛く。もう気のせいだと、ごまかせない位に。熱く焼けて、焼けた。
俺は力任せにシアンの襟首を掴み、額を自分のそれに勢い良くぶつける。
頭の中が少し弾けたが、気にしている余裕なんかもう、無かった。


「そんな風に、思える訳ねェだろッ!!!」


キッチンにまだ居るユーシにも届きそうな位の声で、叫んだ。

「何が興味ねェだ。何が思われてねェだ。お前がそんな事言うなんて認めねェ。絶対に!俺が!認めねェ!!」
「リ…ヒッ…」
「お前がやってきた事ってのはそんな簡単に忘れちまう事だったのか!!お前にとってサッカーッてのは、結局その程度だったのか!!」

高円宮杯。あの時俺達が勝った後も、シアンはサッカーを続けていた。
健太からは何も聞かなかったが、シアンが依然チームを抜けなかったのはつまり、そう言う事何じゃないかと思っていた。
試合の最後まで勝とうと向かってきたのは、そう言う事何じゃないかと思っていた。

「許さねェ!!散々壊して、壊しまくって全部忘れて、やり直すなんて絶対に許さねェ!!そうじゃねえと…!」

声がいつの間にか、震えていた。心臓の熱さが胸を圧迫して、疲れてもいないのに呼吸が苦しくなった。
額を離すと、目の前のシアンは呆然と俺を見ていた。その右手がゆっくりと上がると、俺の頬をゆっくりと撫でる。

「リヒトォ…お前、何で泣いてんの?」

シアンの指が頬を滑ると、湿った感触が肌に感じられた。いや、気付かない間に、俺が泣いていたんだ。
熱さに比例するかの様に、俺の目から涙が零れ落ちる。それは何故か自分の意思では止められず、蛇口でも壊れたかの様になっていた。

「知らねェ…」
「じゃあ、何で泣くの」
「知らねェ…くそ、分かんねえ。何言いたいのかも、分かんねえよ…」

涙も鼻水も出ている顔を見せているのが恥ずかしくなって、俺は顔を俯かせる。
拭われない涙が、ぽたぽたと床に落ちて染みた。

「…俺は、もう一度…」

憎い訳じゃない。そうじゃない。
最後まで戦ったあいつを見て、俺は、嬉しかったんだ。

あいつに、ユーシのサッカーが最強だと見せつけて、嬉しかった。
あいつが、サッカーを好きになったんじゃないかと思えて、嬉しかった。
5年間、ずっとずっと。変わらなかったお前に、やっと届いたと思った。


「もう一度…お前と…」


あのシアンと、再びサッカーをする事は二度とできなくなった。
何も言わなくなったシアンの襟元を力無く離し、俺は恥も気にせず泣き続ける。

もう触れてこない、何か言うわけでもない。泣いている俺をただじっと見ているだけのシアン。
確かに二人居るのに、俺だけここにひとりぼっちの様な気がした。


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