玄関の鍵を開け、家にいる筈の母に「ただいまー」と声をかけるが返事が無い。
リビングに入ってみると買い物に行ってきますと書き置きが残されていて、それじゃあ着替えて先に風呂にでも入ろうかなと自室のドアを開けたら、コタツに入りぬくぬくとしている男がいた。

「……………」

一瞬意味のわからなさに思考が停止したが、明らかにおかしい事に気がつき目を凝らして部屋の中を見る。
まて。ここは俺の家で、あそこは俺の部屋だ。
つまり、何で俺の家にしかも俺の部屋に知らない奴がコタツでくつろいでいる?

「あ、佐治さんおかえりなさい」

しかも挨拶までしてきた。

「て、テメェどこから入ってきた!ここ俺の家だぞ!」
「そッスね」
「出てけ!」
「イヤッス」
「出てけッ!」

人が騒いでいるにも関わらず、男、と言うか俺と同じ位の少年は部屋どころかコタツから出ていこうともしない。ちょっときつめの目が眠そうに瞼を下げ、もぞもぞと更に潜り込もうとさえしてくる。
鞄を部屋の隅に投げ捨てた俺は少年の服を掴みコタツから引っ張り出す。不満そうに人の顔を見てきたが不満があるのはこっちだ。

「大体誰だよお前!」
「俺は市立帝条高校サッカー部1年!!キャプテン!!右ウィングの!!天谷吏人だ」
「誰だよッ!!」

と言ってから市立帝条?とコイツの言葉が少し引っ掛かった。
市立帝条と言えば俺が今年入学した高校で、しかもサッカー部も俺が入学当初から所属している部活だ。
確かに1年全員の顔を把握するのは不可能だがサッカー部にいる奴位はわかる。しかしコイツの顔は全くどこでも見かけた事がない。
いや自分が自惚れているだけで、もしかしたら本当はいたのかもしれないが。

「オイテメー1年何組だ」
「8組」

やっぱり知らない。
流石に同クラス同部活の奴を知らない筈が無い。と言うか知っていたとしても自分の部屋にいる理由にはならない事を今更ながら気が付いた。

「おいとりあえずお前が誰とかはどうでもいい!どこから入った!出てけ!」
「ンフー佐治さん。あまりカリカリしないで下さい」

コタツから中々抜け出そうとしないコイツ、天谷吏人とか言ったか。呆れた様にため息を付きながら隣へ座る様に促してきて、何で俺が宥められなきゃいけないと思ったが体力にも限界がきたので一度休戦することにした。
畳の上に座りずりずりとコタツに移動してから、態度の割に意外と小柄なソイツを見る。
「で、何でうちにいるんだよ」と聞いてみると、天谷は暫く悩むように唸った後俺を見て口を開いた。

「俺は世界最強になる為ならなんでもやります。世界一になるために世界一キツイ練習をやります」
「…ん?」
「世界最強になる為になんでもやってたら…こんな事に」
「…………」

110番。頭の中にそんな言葉が思い浮かんだ。
訳のわからない奴が何故か家に在宅していて訳のわからない事を口走っている。はっきり言って通報しない選択肢の方が無いだろう。
問題はコイツにばれないように、どうやって通報するかだ。トイレに行ってくるとでも言ってどうにかしてしまおうか。

「へ、へー…で、その世界最強になる為に練習してた奴がなんで俺の家に…?」

話を合わせるように質問すると、天谷は自分のポケットを探りはじめる。天谷の格好は間違いなく市立帝条の冬指定のブレザーで、恐らく市立帝条の生徒だということは本当なのだろう。
す、と天谷は手を俺の顔の前に上げると、銀色に光る何かを見せ付けてきた。
これは…

「鍵?」
「佐治さんから貰った合い鍵です」
「は?」
「今から2年後の佐治さんに貰った鍵ですよ。うちによく来るなら持っておけって」
「な…ッ!」

つまり、この鍵の開くドアは。

「テメッ!いつ人の家の合い鍵作った!返せ!」
「イヤッス。大体作ったんじゃなく佐治さんがくれたんスよ」
「あげてねェよ!そうかテメェストーカーか!人の家に侵入する過激派だな!?」
「人の話聞いて下さいよ」

どうどうと宥められ、何故さっきから俺が宥められているんだと疑問に思いながらも浮きかけた腰を再び下ろす。
さっきからコイツと話していると調子が狂って仕方が無い。

「あ、あーさっき2年後とか言ったよな」
「そッス」
「なんで2年後の俺から鍵貰えてるんだよ」
「だって2年後から来ましたから」

落ち着け。落ち着け俺。
ここで再び怒ったらまたさっきの二の舞だ。

「に、ねんごォ…?」
「そうッス。俺は2年後、3年生になって腐ってた佐治さんと一緒に全国大会まで行って優勝するんですよ」
「はあ…」
「それがいつの間にか2年前に飛んじまってて…まあそんなの2秒で切り返して、せっかくだから昔の佐治さんを見に来ようと」
「待ってくれ、よくわからん」

と言うか、2秒で切り返して人の家に侵入するのはどういう了見だ。
と、思っていると、いきなり天谷の奴が人の頬を掴んできた。
柔らかさを確かめるようにむにむにと摘み、「いやでも」と言いながら頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

「何すんだ!」
「2年前の佐治さんって、俺より子供くさいですね」
「テ、メ、ェ…!」

人が気にしている事を言いだす始末だ。
決めた。絶対に髪伸ばす。と今決めなくてもいいことを決意してから、ベタベタと触り続ける腕を引きはがす。

「テメェ家帰れよ!」
「イヤッス」
「何でだよ!」
「家に帰ったら2年前の俺がいるでしょ」
「だったら何だよ!帰れ!」
「イヤッス」
「あーじゃあ分かった!お前みたいな奴とこれ以上付き合うなんてゴメンだ!俺は警察を呼ぶぞ!」

コタツから立ち上がり家の電話をかけにリビングに向かう。受話器を掴み3桁の番号を素早く打ち込むと、呼び出し音が鳴るまえにガチンと受話器を置く場所についているスイッチを切られる。
横から伸びた腕に視線を向け、そのまま指先から腕の付け根までゆっくり視線をなぞると、さっきまでコタツから出ようとしなかった天谷が目の前に、いた。

「電話を切るスピードが早くて"ライトニング"なんて呼ばれてましたけど」
「知るか!何なんだよお前!」
「俺言った!さっきも言った!俺は市立帝じょ「聞いたよ!うるッせェよテメェマジホントにだな!」

ぜぇぜぇと突っ込み疲れて受話器を下ろす。「これ位で情けないッスよ」と原因である天谷が言い出すが、言い返す気力も無い。大体なんでコイツは人の家にいる癖にこんなにもぶれないのだ。

「…………」

はあ。と息を吐いてその場に座りこむ。ただでさえこっちは部活帰りで疲れているのだ。こんな変な奴と付き合ってる余裕なんてない筈なのに。
天谷の妄想とは言え、何で俺はこんな奴に鍵を渡してしまったんだ。

「佐治さん」
「なんだよクソ…」
「サッカーやりましょうよ」

いきなりの展開に、俺はは?と天谷の顔を見上げる。いつの間にかしゃがみ込んでいた天谷の顔が予想外に近くて、思わず少し後ずさってしまう。
「サッカーやりましょうよ」と再び言う天谷の瞳は輝いていて、人をガキくさいとまで言っていた筈なのにその姿は先程よりも子供っぽいあどけなさがあった。
何だか。何だろう。
同い年なのに、なんだか酷くガキくさい。

「サッカー」
「…やだよ。疲れてるし」
「たるんでますね。じゃあ練習しましょうよ。鍛えてあげますから」
「は?お、おい」

返事をする前に天谷は俺の腕を掴んで立ち上がり、玄関に置いていたサッカーボールを掴むと意気揚々と外へ出ていく。
このままだと裸足で外に出ると慌ててスポーツシューズを穿くが、制服から着替える暇は無かった。
ガチャリと俺から貰った(天谷曰く)鍵で玄関を閉めると、俺が何を言っても知らんぷりで天谷は嬉しそうに外へ走り出した。

「お、おいおいおいおいィーッ!!」





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