白い湯気を立てた中華まんにかぶりつくシアンを見かけたのは冷えきったバス停の中だった。
突然の秋雨に慌てて中に入って見たものの、日陰に建てられたコンクリート打ちっぱなしの待合室の中は外よりも冷えきっている気がする。
ペンキが所々剥がれたベンチに座っているのはシアンしかいなく、引き戸を開けて入ってきた俺に気がついている筈なのに無反応で中華まんを咀嚼する事に集中している。
何故こんな所に。という考えは2秒でどうでもよくなった。シアンの行動範囲など元から知らないしどこにいたとしても大した違いは無いからだ。それよりも腹の虫が小さく鳴いている俺には、シアンの存在よりその手に持っている中華まんの方が重要だった。

「くれ」
「嫌」

いつものふざけた口調も無しに、短く拒否される。
半透明の小さなビニール袋に入っている白い楕円は一人分の量とは思えない。まさかコイツ食いたいがままに注文して買ってきたんじゃないかと思いながらシアンの隣に座った。

「一個だけいいだろ」
「やーだ」
「一個」
「嫌Deathぅ」

白い湯気と共に微かに肉の匂いが漂った。どうやら今食べているのはスタンダードに肉まんだったらしい。
膝の上に乗せたままのビニール袋に手を突っ込むと、「何すんだよ!」とシアンが阻止しようとする。そう言ってももう遅く、俺は奪い取った中華まんに大きな口でかぶりついた。
「あー!」と叫ぶシアンを尻目に中身が分からない中華まんの味を確認する。と、じゅわ、と広がる脂と先程まで嗅いでいた匂い。加えてこの味。

「肉まんだ」
「当たり前でしょ」
「お前肉まんしか買ってねェのかよ」
「肉が食いたかったからいいんだよ。もう…最悪だ」

残りを口の中に詰め込むと、シアンもビニール袋から肉まんを取り出す。白い包装紙から取り出し薄い包装紙を半分程まで剥がすと、まだ口に残っているというのに柔らかい生地に歯を立てた。
むぐむぐと頬張る姿を見てリスみてェ。と思ったが、こんな可愛いげの無いリスもいないだろう。大体リスは肉を食うのだろうか。どうしても胡桃とかしか食べている想像が出来ず、そのまま今のシアンが胡桃をリスの様に食べているのを想像して、思わず吹き出してしまった。

「…何」
「い、や。何でも」
「人の顔見て吹いておいて、何でもないは聞かないから」

言わなければ怒るだろうか。きっと言っても怒るだろう。意外と「なーんだそんなこと」と言って終わるかもしれない。

「リス」
「リス?」
「リスみてェ。お前の食い方」

このまま語らずを貫くのも面倒臭くて、正直に答える。
頬をむぐむぐと動かしているシアンはそれを聞くと、驚きに少しだけ目を見開いたが、それ以上何もせずに視線を前に戻した。

「犬の方がいいな」

なんだか訳が分からない返答を残して。
そうか。犬の方がいいのか。なら次から犬に例えよう。今後このような機会があれば、だが。
その間に俺も奪い取った肉まんを平らげ、まだ治まらない腹の虫を静める為にもう一度袋に手を突っ込む。

「ちょっとちょっとちょっと!」
「腹減ってんだよ。もう一個」
「家帰れよ!」
「雨降ってるし」

ばたばたと騒ぐシアンはいつもと違った印象があり、こいつも食べ物の一つや二つでムキになる事もあるのかと思う。
と言ってもこっちも部活帰りで限界なのだ。目の前でうまそうなものをこれみよがしに食べられていれば欲しくなっても仕方ないだろう。うん、俺は悪くねェ。
再び奪い取る事に成功した肉まんにかぶりつく。シアンは不機嫌な顔を隠す事なくこちらを睨みつけていたが、やがて何かを思い出したかのように前を向いた。

「リヒト」
「? な」

んだ。と言おうと肉まんから口を離した瞬間。柔らかい何かが唇を塞いだ。
思わず見開いた目の前には、そっぽを向いていた筈のシアンの顔しか写っていない。
んっ。と唸るとシアンの舌が口の中に侵入してくる。突然の行為に頭の中が一瞬真っ白になり、次の瞬間にはシアンが眉を歪ませて顔を離していた。

「痛っ…思い切り噛みやがった…」
「あ…悪ィ」

唇を押さえている手を離すと、シアンの唇から赤い色がじわりと滲んでいた。
どうやら無意識に噛み付いたらしい。唇から血が滲む程なら侵入してきた舌は更にだろう。「口内炎できるかも」と呑気に言うシアンにもう一度「悪い」と謝罪した。そのまま、口の中にまだ残っている肉まんを飲み込む。

「別に初めてじゃないくせに」
「いきなりでビックリしたんだよ」
「だからってこんなに噛むかよ」

ペろりと唇を舐める舌先にも赤が滲んでいる。その色に引き寄せられる様に自分からシアンに軽く口付けた。一瞬だけ触れて離れると、またシアンから唇を寄せる。離れたら、また自分から寄せる。

「あ、つーか何でいきなりしたんだよ」
「ん?…肉まん」
「肉まん?」
「奪い取ってやろうって」

それでキスして、口の中の物を奪おうとするか。相変わらずシアンの考えは理解できない。
呆れていると「でももういいや」とシアンは呟いて、それが言い終わった直後にがりっと生々しい痛みを感じた。

「痛った…!」
「仕返しDeathぅー」
「…何だそれ」

唇に触れなくとも、口の中に滲んでくる味で噛まれた事が分かる。ぺろりと舌先で舐められ、痛いのに興奮した時に似たような痺れを、頭の奥で感じた。
悔し紛れにシアンの傷口も舐めてやる。

「下手くそ」
「下手もくそもあるのかよ」
「それよりさぁ」
「何だよ」
「焼肉食べたくなってきた」

「今度食べに行こうよ。リヒト君」と言われながらまた口付けられる。寧ろ噛み付く様に体を寄せてくるもんだから、慌ててシアンの膝に置かれたビニール袋を掴む。
案の定ベンチの上に押し倒されてしまったが、なんとか肉まんが地面に落ちると言う事態を避ける。しかし片手に食いかけ、片手にビニール袋と、少しはこっちの苦労を考えてくれないか。
そういえばシアンが持っていたものはどこにいったと視線をコンクリートの地面に向ければ、二口三口しか食べられていない肉まんが土埃に塗れて転がっていた。
肉、食いたいんじゃなかったのかよ。

「食いかけビニールに入れちゃえば?」
「じゃあ離れろ」
「嫌Deathぅー」

離れないと入れれないのだが。
そう言ってもやはりシアンは聞かないのだろう。
何で発情したのか分からないシアンの口元に自分の食べかけを寄せると、匂いに誘われる様にそれに食いついた。俺にもたれる様に俯せのまま食べ続けるシアンを見つめながら、ベンチの冷たさに背中を震わせる。

「そんな腹減ってんのかよ」
「どーだろ」
「じゃあしたいのかよ」
「そーなのかな」
「どっちだよ」
「…とりあえず肉が食いたい」

ふと、それって性欲なんじゃないのか。と思ったが何も言わない事にした。シアンの事だ。そう言われたらそのままここで始めるという最悪の事態になりかねない。

「…今もあんま良くねェけど」

今誰か来たら、どう言い訳をすればいいのだろう。
そう思いながら、シアンの関心が俺より肉まんに再び向く事を静かに待った。
冷たい雨の音が、やけに五月蝿く聞こえる。まだ、暫くは止まないのだろう。

「ねェー」
「何だよ」
「焼肉食べに行こうよ」
「…機会があったら行く」



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