ホットが無ェ。

自販機の前で行き場のない指先を泳がせながら、佐治はそう呟いた。
口の中で転がしていたのど飴を軽く噛むと、カリッと音を立てて表面が少しだけ剥がれた。

「そりゃそうだ。昨日寒くなったばっかだろ」
「冷たいのなんか飲めるかよ…」

一昨日まで暑い暑いいつまで残暑続いてるんだよと言っていた奴が言う台詞とは思えない。
自販機のボタンを押す筈だった指はそのまま佐治の頭に置かれ、不満そうにがしがしと頭を掻く。風が吹けば俺より少しだけ背の高い姿がぶるりと大きく震え、上着の代わりに着てるジャージの下は鳥肌だらけなんだろうなぁとなんとなく思った。
部活帰りなら寒さなんて感じないだろと考えていたが、どうやら佐治は俺が想像していた以上に寒がりだったらしい。まだ練習の熱が残っている俺は半袖でも平気だったが。
「コンビニで買おうぜ」といつまでも動かない佐治に提案する。が、それを聞いて振り向いた佐治の顔が随分と不機嫌に満ちていた。

「…もう少し先に自販機、あったろ」
「あるけど」
「そっちならあるかも知んねェだろ」

佐治が指差した方向は俺達の通学路とは真逆の方向で、しかもそこにあった自販機はここの自販機と同じメーカーだった気がしたが。
帰り道にあるコンビニで買った方がいいんじゃないかと思ったが、俺はいつも通り「しゃーねーな」と答えて佐治の提案をのんだ。
未だに不機嫌な顔で頷いた佐治は寒そうに首元を両手で寄せるとさっさと歩き出してしまう。ジッパー上げればいいのになぁと思いながら、口の中ののど飴を転がして金柑の味を舌の上に広げた。

佐治のこういった事は大して珍しいものでもない。たまに、ほんの一月に一回…うん、本当に珍しくない。とにかくそれくらいの頻度で、よく分からないこだわりとか妥協点を妥協しなかったりだとか、俺達が頭を捻る行動をする。
部活でも一回だけあって、被害にあった吏人は終始頭の上に疑問符を浮かべていたが「そんなの2秒で忘れて下さい」といつも通り一蹴していた。
勿論俺を含めた佐治とつるんでいる奴らは、そうなった佐治に何を言っても仕方ないので基本的にははいはいと了承する方を選択している。

「お前さっきから何食ってんだ?」

隣を歩く佐治がそう尋ねてくる。
次の自販機に向かうまでにすっかり小さくなってしまったのど飴を奥歯で軽く噛みながら「のど飴」と答える。

「のど飴?」
「のど飴」
「何味?」
「金柑」
「俺にもよこせ」

「言うと思った」と笑いながらポケットに入れていた金柑を取り出す。
そのまま佐治が差し出した手の平に乗せるが、何故か佐治はそのまま俺の手ごと握ってきた。当然、手の中にあるのど飴は取り出せない。それなのに佐治は人の手をまじまじと見ながら手を握り続ける。

「佐治?」
「…………」
「佐治ー?歩き辛いって」
「…お前の手、あったかいな」
「そうか?」
「赤ちゃんみてぇ」

「あんま嬉しくないな」と答えると、佐治はもう片方の手を俺の手の甲にそえる。そえられた手の平は俺に比べると随分冷たくなっており、思わずぶるりと体が震えた。
これは温かい方が欲しいだろうなぁと初めて知った親友の体温を感じながら、よく言われるちょっとした迷信を思い出した。

「手が冷たいと、心があったかい人なんだっけ?」
「あー…俺あれ信じてねェんだよな。だからなんだって気分だし」
「まあな」

すっかり熱が奪われてしまった所で、漸く佐治は俺の手を解放した。
佐治の手の平に残ったのど飴はすぐに封を破かれ、橙色の姿を一瞬だけ見せて佐治の口の中に消えた。そこで、いつの間にか口の中ののど飴が完全に溶けて姿を消していたことに気が付いた。
もごもごと口を忙しなく動かしていたと思うと、佐治の口の中からゴリッと鈍い音が聞こえてきた。咀嚼する口の動きと続けて聞こえるゴリゴリとした音に、「のど飴の意味無いなぁ」と小さく呟いた。口の中の音で聞こえていなかった佐治は、そのままのど飴が姿を消すまで噛んでいたのか、音がなくなった瞬間に口を一切動かさなくなった。

「お」

そこで漸く、目指していた自販機の姿が見えてきた。
真っ白な側面しか見えないので中身はまだ何か分からないのだが、俺達は特に急ぐでもなくだらだらと歩いて近寄っていった。どこぞから鴉の声が聞こえて、遅いお帰りだな。と思いながら携帯の時刻を確認した。
その内に佐治は自販機の前まで行き、そこにホット缶があるか確認をする。暫く視線を泳がせ財布を出す様子を見せないので、まああらかた予想はついた。
時刻を見れば夜の7時を回った所だった。部活が終わった時間を考えると結構経ってしまっている。母親に言い訳考えとかないとな。と思考を動かしていたら、佐治が何も言わずにその場にしゃがみ込んでしまった。

「…佐治?」
「…………」
「さーじー?」
「…うるせェな」

小さい文句が聞こえてきた。
律儀だよな。と言う前に「他に知ってるか?」と尋ねてくる。
俺もここが駄目だともう一つ位しか分からない。何せこれで七台目だ。しかも最後のはここからだと結構距離もある。

「コンビニで買わね?」
「やだ」
「なんで?」
「…なんでも」

もうこうなったら意地の問題なんだろう。「しゃーねーわなー」と呟いて、自販機に寄り掛かるようにしゃがみ込んだ。いきなり横にきた俺に佐治は驚いた顔を見せたから「ちょっと休憩」と笑って答えた。

「…………」
「どうした?佐治」
「…倉橋」
「ん?」
「…悪ィ」

先程までの我が儘はどこにいったのか、気まずそうに佐治は呟いて、抱えた膝に顔を埋めてしまった。
多分、自分の悪い癖に今気が付いたのだろう。なんか悪い事したなーと思いながらも、練習後では足もそこまでもってくれない。

「何が?」

そう尋ねると、佐治は頭を上げ少し驚いた様子で俺を見る。のど飴が入っていないはずの口がもごもごと動き、何とも言えないような顔で「お前さぁ…」と呟いた。

「何?」
「…何でも無ェよ。馬鹿」

ふて腐れた顔をしてしまった。
首を傾げるが何故佐治がそんな顔をするのか理由が分からず、結局隣で足を休ませる事しか出来なかった。

「次の自販機ちょっと遠いけど平気か?」
「…いい」
「へ?」
「コンビニで買う。帰ろうぜ」

佐治がそう言って立ち上がると、俺もそれにならって立ち上がる。口の中が寂しくなってきたのでポケットの中ののど飴を出すと「お前何個食うんだよ」と佐治に言われた。

「いいだろー好きなんだから」
「のど飴が?」
「金柑が」

のど飴じゃない金柑飴があれば別なのだが。
「変な奴」と言いながらも佐治は手を差し出してきて、俺はその手に最後の一個を乗せた。多分また噛むのだろうなぁと思いながら、まあ人それぞれだよな。と勝手に一人で結論を出した。

「そういえばさ、佐治」
「ん?」
「結局何買おうとしてたんだよ」

歩き出した佐治についていくように、元来た道を歩いていく。佐治の口の中からゴリッと音がして、その咀嚼音が無くなってから漸く佐治は口を開いた。

「コーンポタージュ」

これはもう暫く帰れないなぁと思いながら、口の中ののど飴を舐めた。



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