まさか、

短いホイッスル音と同時にパスが渡される。ゴールに向かって走ればすぐに吏人が前に立ち塞がり、またボールを奪いにかかる。
俺は一度ドリブルを止め、吏人に悟られない様、月村にノールックでパスを――しなかった。

「ッ!?」

吏人がパスコースを塞いだ隙に、俺はゴールに向かって力の限りボールを投げる。半コート以上の距離で、フォームもまるで砲丸投げかの様に目茶苦茶なものだったが、奇跡的にボールは真っすぐ弧を描き、リングの中を通ろうとした。

「入れッ!」

叫んだが、ギリギリアウトだったのかリングにぶつかりボールは床に弾き飛ばされる。
既に追い付いていた吏人がボールをキャッチするが、次の瞬間月村がボールをカットする。
床をバウンドしたボールを受け取ると、今度はスリーポイントエリアから投げる。
吏人は無理矢理体勢を立て直し、シュートを阻止しようとする。が、吏人の手の平どころか、指先にすらボールはかすらなかった。
ボールは吏人の真横を飛んでいき、月村とは反対側にいた森川の腕に収まる。他の一年生がシュートを阻止するが、構わず森川は腕を振り抜き、ゴールに向かってボールを放った。

吏人が床に足を着けたのと、再びボールがリングに弾き返されたのは同時だった。

「なッ!」

予想外の展開に油断し、その隙に吏人が床に落ちたボールを奪い取る。
三人掛かりでも止めるのが難しい吏人の切り返しに、俺一人が太刀打ちできる筈がなくあっさりと抜かれてしまう。
後ろを振り返れば倉橋が一人でも防ごうとしていた。
既にペナルティエリアに入っていた一年生がパスを要求していたが、吏人はパスも、シュートもせず、地面を蹴り上げた。

ズタンッ!という音と共に、吏人の体は宙を飛んでいた。

高く。高く。
本当に翼があるかの様に。

その比較的平凡な体格からは想像もつかない跳躍を見せ、吏人は手に持ったボールを、そのままリングの中へ叩き入れた。



体育館中に音が鳴り響き、ぶらりとリングにぶら下がった吏人は手を離して地面に着地する。
キュッと靴底を鳴らして、俺の所へ駆け寄った吏人は子供の様な笑顔を浮かべる。
呆然としたままの俺は、床を転がるボールと吏人を交互に見つめる。対した吏人はさも当然と「昼メシ、佐治さんの奢りッスね」と言葉をかけてきた。

「…お…ま…」
「なんスか?」

吏人が首を傾げた瞬間、体育館中の生徒が歓声を上げた。
「ダンクかよ!」「吏人スゲーッ!」とゲームを見ていた一年生達が一斉に吏人に集まる。慌てて吏人から離れると、男子生徒に囲まれた吏人は一瞬で見えなくなってしまった。女子の黄色い声も響き、こりゃ暫くは治まらないな。と苦笑しながら、倉橋達の所へ向かう。

「佐治よー。悪い」
「いいよ。…それより」

森川を睨みつけ、頭にチョップを喰らわせる。

「森川、お前…どっちに賭けてた?」
「え、いやぁ…」
「森川は吏人だったか?」

シーッシーッ!と月村の口を塞ぐ森川を見て、やはり図星か。と更に睨みつける。

「森川ァ…!?」
「あー…いや、手。手だから勝手が違って」
「お前ボーリングでも正確に投げてたよなあ」
「妨害されたし」
「妨害されても正確なのがお前だろ」
「すいませんでした」

あっさり白状した森川の胸倉を掴む。
おかしいと思ったのだ。寸分違わないパスやシュートができる森川があの場面でミスるなんて。確実に手を抜いているとしか思えないだろう。

「佐治よーそんなカリカリすんなよ」
「うるせーよ。お前いっつもそれだな!」
「まあまあいいじゃん」
「…月村、お前どっちに賭けてた」
「え」

ぎくりとする月村にもチョップを喰らわせる。こいつもか。

「悪い佐治。俺も」
「お前らマジホントにだな!!」

どうやら最初から味方はいなかったらしい。と言うか、何故全員吏人に賭けているんだ。賭けの意味が無いじゃねぇか。

「いやでも佐治スゲーよ。あの一年にだろー」
「前の時はズタボロだったじゃん」

三年生達もネットの向こうから声をかけてくる。どうやら自分達のバレーは完全に忘れてこっちを見ていたらしい。

言われてみれば。
いくら昔とは違うと言っても、あの吏人を相手に抜く事が出来たのだ。
高校最強になった今では練習試合ばかりで、たとえミニゲームでも中々吏人と戦うなんて機会は無かった。だから吏人を抜くなんて、まだまだ遠い話だと思っていたのだが。

「佐治さん」

声にかけられ、後ろを振り向けば、いつの間にか抜け出していた吏人がこちらに来ていた。
髪とか服が先程見た時より随分乱れているが、吏人は気にせずに「すごいッスね」と呟いた。

「あ?」
「さっきの。全然止めれなかったッス」
「あー…」

吏人が指している事を思い出し、思わず言葉を濁す。

ふと、思いついたのだ。
俺のサッカーは、俺が指示をしなくとも俺が『ここで欲しい』『ここでパスしたい』と思った場面で、全員が俺に都合のいい場所、都合のいいパスをしてくれるものだ。
倉橋曰く「お前の考えている事なんて全部分かる」らしいが、つまり逆を考えれば、俺の考えが分かる奴には通じなくなると言う事だ。
だから同じチームの吏人にボールをあっさり奪われる。

だから先程は、"その逆"をやってみた。

俺がやらないであろう行動。到底無理な場所からシュートを決めたり、届く場所であえてパスを投げる。俺の動きが俺の最善の動きならあえてしない方、自分が不利な行動を取ってみる。それに吏人は反応出来なかった。
思いつきの即興だったが、何とか上手くいったようだ。

「ギリギリだったけどな」

素直に褒められて思わず顔を逸らすと、目の端で吏人が面白そうに笑みを深めた。

「大会までにどう成長するんスかね。佐治さんの"エ―」

ガッと手で吏人の口を塞ぐ。吏人は目を丸くして俺を見つめて、俺はゆっくりと手を離した。

「言うなよ」
「何でスか?」
「…恥ずかしいからだよ」

私立帝条のあの魔法使いに命名されたものの、イマイチ自分で言うのも人に言われるのも恥ずかしい。吏人の"ライトニング"や"ライトウイング"ならともかく、随分な名前をつけてくれたものだ。
吏人はわからないのか首を傾げ、それでも「わかりました」と納得した。

ホッとした所で、口から大きな欠伸が出てきた。

「変な顔ですよ」
「うるせー、眠いって言っただろ…」

時計を見ると時間は四時限目を半分過ぎたところ。俺は「寝る」と一言言い放って、さっさと三年生のエリアに戻る事にした。

「えー寝るのかよ!」
「佐治ーバレーやろうぜー」
「裏切り者の言うことなんか知らん」
「ちっちぇー」

倉橋にチョップを喰らわせ戻る。端に置いていた上着を着てジッパーを上げると、ここならボールは来ないだろうと体育館の角に腰を下ろした。
「終ったら起こせ」と言って瞼を閉じれば、「仕方ねーな」と諦めた声がして足跡が遠ざかっていった。
運動した後だと眠気は更に助長され、どんどん意識が遠ざかっていく。ぶるり、と体が震えて一度意識が浮かび上がったが、またすぐに沈んでいった。
「佐治さん」と遠くで声が聞こえ、続いて体に何か暖かい物を掛けられる。
思い出した寒さから逃れる様に、それに入るよう体を縮こませる。

「昼メシ、楽しみッス」

まるで耳元で囁かれたような声が聞こえたが、寝ている頭は全くそれを認識出来ずに、そのまま意識を落とした。



チャイム音に目を覚ました時には、何故か誰のものかわからないジャージの上が、体に掛けられていた。



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