※「朝帰り」の続きです
 
 
 
 
目の前にあるパソコンの画面がちかちかと光り、少し前に流行った映画がただただ流されている。
お気に入りの俳優の声が左のイヤホンから耳の中へ入ってくるが、全然映像も音もそのまま右耳から通り抜けていくだけで内容がちっとも理解できない。自分で気になると言って持ってきたDVDだったのに、これでは全然意味が無いではないか。
そう思いちらりと横目で全ての元凶を見てみれば、先程見た時と変わらない状態のまま、人の右肩に頭を乗せ、気持ち良さそうにすやすやと眠っている。

雪哉の右耳には俺が今つけているのと同じイヤホン。映画が始まって30分位で寝てしまったがそんなにも疲れていたのだろうか。それともまさか、詰まらなかった、とか。
そんな事は…と否定してみるが内容が全然入ってこないから何も言えない。と言うか、何故雪哉は人の横でこんなに簡単に安眠しているのだ。


適当な漫喫に入り、映画でも見ながら寝ようと雪哉が言った所まではよかった。問題は、ツインルームで取った筈なのに、随分と狭すぎるこの部屋の事である。
女性同士、若しくは男女で入るのならまだいいだろう。しかし男二人がこの狭い二人掛けソファーに座ってしまえば、動けばどうしても相手の体に触れてしまう距離になってしまう。
慌てて部屋を変えようと相談したが、雪哉は不満そうに却下を上げるとそのまま俺を部屋の中に押し込み、密着した状態で本棚から持ってきた映画を見始めてしまった。
それでも端に寄れば少しは…と思ったが、利き手を左腕に搦め捕られしっかりと手を握られてしまえばどうしても密着する形になってしまう。

そしてこれだ。

もう狭いとかとは関係無しに、息が詰まりそうになってしまっている。因みにまだ手は繋がれたままだ。
付き合ってから結構な期間にはなるが、こうやって手を繋いで密着するというのは未だに慣れないし、雪哉の家でならまだマシだが公共の場で。と言うと更に心臓は跳ね上がる。
明日は休日だが練習があると言うのに。いや、雪哉が行く時間に比べれば大分遅いものだが、全く寝ないまま行く事になってしまえば慣れてもキツイヴェリタスの練習だ。結果は明白だろう。
こっそる抜け出したくても狭い室内だ。絡んだ手を剥がして、雪哉の向こうにある扉から出ようとしてもその間に起こしてしまうだろう。

詰んでる。確実に詰んでいる。

そろそろ電車でどれだけの時間寝ていられるかの計算をしようかと考え出した所で、雪哉の繋いだ手に力が篭った。
何だ?と思い右肩に視線を動かした瞬間、ぐるぐると考えていた思考は一瞬で凍りついた。

「…寝ねェのかよ…」

まだ半分夢の中にいるのか、舌が回らない小さな声でそう呟く。

「あ、いやその…」
「明日も練習あんだろ?」
「う、ん」
「んじゃ寝ようぜ…」

眠そうに薄目を開いた雪哉はそう言って俺を見上げる。
普段はこっちが見上げる立場だから、何だか新鮮…と思ってしまったが違う、そんな事考えている場合じゃない。
大体誰のせいで睡魔が吹っ飛んでしまったと思ってるのだ。元凶は元凶ですやすや人の肩で気持ち良さそうに寝ていたし、あまつさえ早く寝ろと要求してくる。ちょっと理不尽過ぎないか。人の気持ちも考えてくれ。
そう口には出せない事を思っていると、見上げていた雪哉が肩から頭を上げ、空いている手で俺の後頭部を一度撫でる。そのままぐいと引き寄せられたかと思ったら、雪哉も俺の顔に自分の顔を寄せてきた。

「んっ」

当然、お互いの唇が重なり合う形になった。
慌てて瞼をぎゅっと閉じると、雪哉の唇が啄む様に小さなキスを繰り返してきて、そのうち何かを要求するように軽く舌の先で唇を舐められた。
薄く口を開けば、ぬるりと雪哉の舌が口の中に侵入してくる。その感覚にびくりと肩を震わせると、手を握る雪哉の指に少し力が篭った。ような気がした。
興奮してくる体にまずい。と思いながら雪哉から離れようとするが、離れたその分近寄られるだけで、最終的には壁に体を押し付けられる形でキスは続けられた。
後頭部を撫でていた手は逃がさないと言う様にもう片方の手に絡み、ゆっくりと歯列をなぞる舌にぞくりと背中を震わせる。
前々から思っていたがコイツ、キス上手過ぎではないだろうか。そりゃあ女性経験なんて皆無に等しい自分に比べれば多いとは思うのだが、だからと言って、何だ。
見た事も無い昔の彼女とかを想像してしまい自己嫌悪に陥っていると、ちゅ。と小さく音を立てて雪哉の唇が離れる。
瞼をゆっくり開けば、また不満げに雪哉は俺を睨みつけている。

「…何で逃げるんだよ」
「え」
「全然やり返しもしねェし」

多分、キスの事を言っているのだろう。
いや、別に嫌で逃げた訳では無いのだが。やり返さなかったのは色々考え過ぎてうっかりしていたとか気持ち良すぎたとか理由はあるのだが。そもそもこういう行為に至ってはいけない理由が、今目の前にある気がするのだろうが。

「だ…だって…」
「ん?」
「こ、ここ…漫喫…」

公共の場なのだ。
完全に密閉されていない薄い壁が、如何にここの防音性がゼロに等しいかを物語っている。
それに、漫喫はあくまで漫画とか映画とかインターネットとか、そういうものを楽しむ所であって決してそういう行為の為に利用する場所ではないだろう。
いや、無い。完全に無い。

「…確かにここ満喫してるけど」
「親父かァッ!」

なるべく小さい声に抑えたが、突っ込まざるを得なかった。
「てかこれだけでかよ」何て呟かれて顔に一気に熱が集中するが、元はと言えば俺のせいではない。そう心の中で反芻して気持ちを落ち着かせていると、雪哉の顔が再び近付いてきた。

「待っ…」

た。と言う前に、ごとん。と寄り掛かっている壁の向こうから、鈍い音が聞こえた。
あと数ミリで触れると言う位置で雪哉の動きも止まり、いきなり響いた音に二人で何だ。と耳を澄ませる。
よくよく聞いてみると壁の向こうからは何か小さな音がしていて、隣のツインルームにも誰か居たのか。と考えた所で、女性のものらしき、少し上擦った声が小さく壁の向こうから聞こえてきた。それに合わせる様に、何かが擦れる様な音も聞こえる。
それが何を意味するのか一瞬分からなかったが、目の前の雪哉の顔がどんどん赤くなっていく様子を見て、俺も漸く隣がどんな事になっているかが想像できた。
ついでに言うと、ここのツインルームがなぜか異様に狭い事も何となく分かってしまった。

「…雪哉?」

ぽそりと、隣の部屋まで届かない位小さい声で名前を呼ぶ。
耳まで赤くなっていた雪哉ははっと気が付くといきなり顔と両手を離し、「違うそんな意味でやったんじゃない」と早口に答えた。勿論、かなり声を潜めながら。

「…じゃあ何だったんだよ」

入口付近まで出来る限り体を離した雪哉にじり。と近寄る。それは単純に声が向こうに聞こえない為に距離を縮めただけだったのだが、慌てて「ち、近寄んな」と言う雪哉の姿に、何だか変に心をくすぐられる。

「お、俺はそういう意味でやったんじゃなくてな…」
「うん」
「そ、その…」

視線をさ迷わせて、ぱくぱくと口を何度か開閉すると、佐治は消え入りそうな声で答えはじめた。

「き…キスって…心、落ち着かせる…とか聞いた…から…」
「…それで?」
「く、倉橋が言ってた…」

「だから」と小さく呟いて口を真一文字に結ぶと、もう話さないと言うように真っ赤な顔をぷいと横に逸らした。
キスで落ち着くって。確かに聞いた事はあるが…それはああ言う、深い方のものも含まれていただろうか。
もしかしてしている間に雪哉も興奮してきてそっちの方向にいってしまったのではないだろうか。なんて自分の願望で予想してみた。
ともあれ最初は雪哉も自分を気遣かってキスしてきたのは分かった。分かったが…。

「雪哉…」
「…ん」
「………して、いい…か…?」

顔を近付けそう尋ねてみると、雪哉は一度だけ大きく目を見開くと、はあー…と大きな溜め息を吐いた。
何だよ。と言う前に、雪哉から再び顔を寄せ口を塞がれてしまう。
今度は最初から深く口づけされ、短い吐息がお互いの口から小さく零れる。雪哉の背中に手を回し引き寄せるように抱きしめると、雪哉は俺の首に腕を絡ませて、「聞くな馬鹿」と一度口を離し小さく呟いた。
それは。つまり。流石に聞く事は出来ないがそういうことでいいのだろうか。
背中に回していた右手を前に持っていき、そのまま雪哉の服の裾を捲ろうとした所で、ばしりと平手打ちが手の甲にぶつけられた。

「痛っ!」
「バ…お前どこまでやる気だッ!」
「え…違う…のか?」
「お前も言ってたろ!ここ漫喫!」

そう口で抵抗する雪哉だが、そのまま二人で視線を下に向けると、雪哉も更に顔を赤くして黙りこくってしまった。
まあつまり。雪哉が言っていた言葉を借りれば、お互い満喫中である。

「…どこまで?」
「…聞くな」

ワガママか。
しかし「トイレ行ってくる」と体を押され引きはがされれば俺はなす術もなく、黙って雪哉が個室から出ていくのを見送る事しかできなかった。
扉がゆっくり閉まってから、いつの間にか外れて床に落ちていたイヤホンを拾う。
最早展開が何もかも分からなくなってしまった映画を止めてDVDディスクを取り出すと、テーブルに置かれていたケースを掴んでそれをしまい込んだ。と、口から大きな欠伸が出て、それがきっかけというようにどこかに行ってしまっていた睡魔が戻ってきた。
DVDを入れたケースとイヤホンをテーブルに置くと、抗えない位の睡魔に誘われる様に背もたれに寄り掛かる。ずりずりと体が少し滑り落ちたが、心地好い感覚にそのまま目を閉じた。

何だかんだで、雪哉の行動には効果があったらしい。先程まで感じていた雪哉の唇の感触を思い出すと、心臓は少し早鐘を打ったが、むしろそれは気持ちがいいくらいのものに感じた。
と言うか、寝かせてくれなかった元凶が今トイレに行ってしまっているからなんじゃないかと気が付いた瞬間、俺の意識は真っ逆さまに暗い場所へ落ちてしまっていた。



次の日なぜか雪哉の膝枕で目覚めた俺は朝から慌てまくり、雪哉も俺も寝不足でヘロヘロのまま、休日の練習に向かう事になった。


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