夏休みも半ば、夏の盛りだった。



何時も通り練習を終え、及川達と別れた帰り道。途中で通る小さな公園で、珍しい影を見つけた。

けだるそうな表情なのに整った顔。夏の陽射しを浴びてきらきら光る銀色の髪。
遠目からでもすぐに分かる。シアンだ。
何でこんな所に。と考えた所で、俺の顔に思わず力が篭る。それはシアン自体に向けた表情ではなく、正しくはシアンの服装に向けたものだった。

シアンの服装は、見慣れたヴェリタスのユニフォームでも見慣れないあいつの私服でもない。ましてや今まで見た事も無いあいつの高校の制服でもない。


この気温に似合わない黒い。真っ黒な喪服。妙に大人びた印象を滲ませるその姿。
そしてそれは、いやがおうにもあの時の記憶を蘇らせた。

「…おい、シアン」

暑苦しい陽射しから顔を背けて歩くシアンに声をかける。
俯かせた顔を上げると、シアンは表情を変えずに俺の顔を見つめる。
長袖の分厚い服だと言うのに、シアンの額には汗が少しも流れていない。半袖のジャージとハーフパンツ姿の俺が暑いと思っているのに、シアンは暑さを感じないのだろうか。

「…リヒトか」

なんだ。とでも言う様に呟くと、そのままシアンは俺の横を通り過ぎようとする。
俺は慌ててその肩を掴み、シアンを引き留める。加減をしなかったせいか、シアンは眉を寄せて振り向き、再び俺の顔を見た。

「…痛いんだけど」
「シアン、お前」
「ていうか、何」

肩を掴む腕を払ってシアンが向き直る。
真正面からしっかり見れば見る程、その服はあの時と全く同じものだったと分かってしまう。
眉間に更に力が篭り、シアンの顔は満足に見れなかったが、多分シアンも笑っていないだろう。そんな気配がしない。

「お前何してたんだ」
「…はァ?」
「何してたんだって聞いてんだ」
「何。て…リヒトはおつむも昔のままな訳?」

見りゃ分かんじゃん。と喪服の襟元を摘んでそう答える。
余りにも当然と言う様に、寧ろ馬鹿にするかのように口元を歪ませるものだから、余計に苛立ってしまう。
コイツは今日と同じ格好をしていた時。俺の目の前で、人を、仲間を壊そうとした。

ふざけた台詞も同時に思い出す。あれが本当なら、今喪服を着ている理由も大体想像がつく。

いやコイツなら、本当にありえる。

「シアン、テメェ。テメェはまた…」
「…何?リヒト、暑さで頭おかしくなった訳?」

俺の態度とは裏腹に、シアンは首を傾げて不思議そうに俺を見る。その態度も、更に俺の神経を逆なでた。

「シアンッ!!」

襟元を掴み、声を荒げながらシアンの名前を叫ぶ。
シアンは襟元を掴まれたのが不満なのか顔を不機嫌そうに歪ませる。と思ったら、何故かまた人を馬鹿にした様な笑顔を浮かべて、俺を見下したその目が俺の目と合う。

「何だよ…!」
「ん?いやァ、リヒトの事がちょ〜〜っと分かっちゃっただけDeathよ?」
「だから何が…」

その時。
どこかで嗅いだ事のある匂いが鼻についた。
言いかけていた声を止め、俺は一度匂いを確かめる。俺とシアン。お互いの匂いに紛れて漂ってくる、それとは別の独特な匂い。
それは、シアンから発されていたものだった。

「…これ」

襟に顔を近付けて、匂いを嗅ぐ。服や髪に、微かにだがついてしまっているこの匂い。
夏によく鼻につく、この匂いは、

「…線香」

そう呟くと、シアンは力が抜けた俺の手をばしりと払う。
慌てて頭を引いたから顔を叩かれる事はなかったが、叩かれた手の甲がひりひりと痛んだ。
乱れた襟元を綺麗に正し、ネクタイの位置を直すと、シアンはまた見下した様な目で俺の目を見て微笑む。

「正解Deathぅ」

そう言ってダブルピースを向けるシアンに更に腹を立てたが、先程嗅ぎ取ってしまった匂いのせいで反論の言葉を見つけ出せない。
思い切り払われた手は、まだじわりと痛みを残している。随分強く払われたのだと、そこでやっと気が付いた。
俺が黙りこくっていると、シアンはぽんぽんと軽く俺の肩を叩いてきた。

「いいんだよリヒト君。誰だってさ、間違いはあるんだから気にする必要なんかないんだよ?」
「…、…」
「ああ、無理に何か言わなくてもいいから。仕方ないよねリヒト君は。喪服が一体、何の為に使われるのか分かってなかっただけだもんね」


可哀相。


シアンは最後に一言そう言うと、するりと俺の横を通り抜けて行った。
去り際にシアンは何か呟いていた気がしたが、俺は振り向く事すら出来ず、暑い夏の陽射しを、一人で浴び続けていた。









夕立が降り出し、上がった体温が一気に冷えていく。

五月蝿い雨音と、痛い位の大粒の雨を受けながら、俺はやっと顔を上げる事ができた。
ギリ、と歯噛みをして空を見上げてみても、狂った様に激しく降る雨は、暫く止む事は無かった。














「…ごめん」

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