「佐治、俺病気かもしんねー」
「はァ?」

「何言ってんだ」と佐治が返してきて確かにそうだ。と思う。しかし、口は考えとは裏腹にすらすらと次の言葉を吐き出していく。

「と言う訳で今日の部活は休む。家で寝てるわ」
「いや、駄目だろ」
「そんな事言うなよ。俺倒れたらどうすんの」

佐治の白い目が痛いくらい突き刺さる。そんな目で見るなよ。と言いたかったが元はと言えば自分のせいなのでそこは言葉を飲み込んでおく。
教室の時計に目をやれば、あと30分もしない内に部活の時間だ。

冬の大会も終わり、3年生も形だけ引退をして後は任意参加になっているが、実際受験や就活を名目に休む奴はほとんどいない。まあ、人数的に3年生がいなければ練習試合も出来ない状態なのもあるが、実際のところは皆このメンバーでサッカーし続けたいからだろう。

俺だってそう言いながらも皆とサッカーはしたい。
しかし、病気かもしれないと思うのは事実だ。
頭がクラクラするし、妙に涙腺が緩いし、胸辺りがズキズキと痛い。
とにかくこの胸の痛みが辛いもので、しかも日が経てば経つほど痛みは増していく。キャラじゃないから保健室に駆け込むとか学校休むとかはしていないが、流石に限界なのだ。

「本当に休むのか」
「俺が言って、やらなかった事があるか?」
「大体やらない」
「ははは」

佐治にはお見通しである。
高校総体決勝ではあんなこと言ってしまったが、案外一番分かりやすいのは俺なのかもしれない。
暫く佐治と笑い合っていると、少しだけ、胸の痛みは薄れていた。

「じゃあ―」

やらない。と言う前に、佐治の携帯が五月蝿く鳴り響いた。
教室には俺達とほんの数人の生徒しかいないため、音は随分と耳に届いた。

「やべ」

「マナーモードにしてねェ」と呟きながら、佐治はポケットから携帯を取り出す。よく授業中鳴らなかったなと言う前に佐治は携帯を開き、画面を見た途端に嬉しそうな表情を浮かべる。

ドン、と。

ナイフで刺された様な痛みが、俺を襲った。


「悪い倉橋。ちょっと待っててくれ」

まだけたたましく鳴る携帯を掴んだまま、佐治は俺が返事する間もなく教室を出て行く。
出る直前に通話ボタンを押し、「もしもし?」と嬉しそうな声を出す佐治の後ろ姿。直ぐに廊下へと消えてしまったが、その姿は眼に焼き付いてしまった。


高円宮杯が終わり、数週間した頃だったろうか。
佐治に、恋人が出来たのは。
未だに名前も写真もどんな子かも教えてくれないが、話に出る度に見せる幸せそうな笑顔を見ると、いい子なんだろうと思う。
冬の大会、会場に見に来ていたらしいけど姿は見ていない。
佐治も、浮かれて負けたら顔合わせらんねェ。なんて言って、観客席に一度も目を向ける事はなかった。
それだけ、好きで好きで大切なのだろうと。あの時佐治の姿を見ていて、分かってしまった。

「…はは」

俺は自分の荷物を掴むと、さっさと教室を出ていく。
階段を降り、下駄箱で靴を替え、校門を飛び出しグラウンドに脇目も振らずに走り出す。誰かに見られたかな。まあいいか。
それ程足が速い方ではない。体力だって直ぐに切れる。それは分かっていたから、数十メートル走った所で俺は速度を落とし、軽く切れた息をゆっくりと整えた。

佐治に悪い事したな。

待っててくれって言ったのに。明日会ったらボコボコにされるだろうか。ちょっとぐらい元気が無い顔を作れば、心配でもしてくれるだろうか。それも、ちょっと嫌だな。

俺が見たいのはいつだって佐治の笑顔で。
佐治のそんな顔ではなくて。


佐治が、好きな奴と幸せにしている姿を、俺は見てェんだ。
なのに。


やっぱり、一番分かりやすいのは佐治だ。
佐治は俺の事なんて、何にも分かっていない。

俺も。
俺の事なんて、何も分かっていない。
馬鹿な位、分からない。


「…何だそれ」

何を考えているのか俺は。
かくんと曲がった膝が落ちるまま、歩道の真ん中にへたりこむと、どすりとスポーツバックが大きな音を立てた。
三年間、佐治と同じ位ずっと一緒にいたスポーツバック。擦り切れてボロボロになって、卒業したら捨ててしまうだろうスポーツバック。
ボロボロになったそれを見て、もうすぐで俺達は卒業するのだと、やっと自覚する。

「…ッ…」

すっかり緩くなってしまった涙腺から、涙が溢れた。

声は出なかった。
声は、出せなかった。
きっと、こんなものは言葉にしてはいけないと、どこかで思っているからだ。

法律とか偏見とか、そんな寝ていて聞き逃していたものが理由じゃない。
振り向けない背後に、もしアイツが居たらと思うと、怖くて言えなくなってしまうんだ。

優しいアイツは、俺のこんな言葉を聞いたら、絶対に笑ってくれないだろう。

怒るにしても、
引くにしても、
泣くにしても、
何にしても、


「…はは、は」

だから、俺は笑っているよ。
お前が笑顔でいれるなら、どんな時でも笑っているよ。

だから、「心配して損した」と言って俺を見てくれ。




「佐治、恋人出来て、おめでとう」



気づいてなかったけど、お前が好きだったんだ。


やっと、分かったんだよ。



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