「―ッァア!!」

叫んだのは、来栖さんだった。
芝をえぐる程に二人はその場から駆け出し、ペナルティエリアから出ようとするボールを追いかける。
一歩早かったのはシアンさんだった。
ラインギリギリのボールを無理矢理引き戻し、そのままゴールへ蹴り出す。上手く切り返せなかった来栖さんをそのまま抜き、足を振り抜く。が、体力はとうに限界だったのだろう。集中力が乱れたシュートはガシャンと音を響かせ、弾かれた。
がくり。と膝から崩れ落ちたシアンさんに、今度こそ俺は駆け寄る。今度は自分のスポーツドリンクを持ってだが。
大量に汗をかき、脱水症状で目が虚ろになったシアンさんにスポーツドリンクを渡す。条件反射で受け取り、それを一気に煽り飲み下すと、空になった容器を地面に落としてシアンさんは仰向けに倒れ込んだ。
来栖さんを見ればその様子に驚き、ふらふらとした足どりでゆっくりと寄ってくる。
慌てる来栖さんに溜め息を吐くと、俺は再びシアンさんに視線をやった。

「シアンさん。動きに無駄が多過ぎます」
「…え?」
「動きが大き過ぎて、過剰なパフォーマンスになっているんです。それじゃスタミナだってすぐに切れてしまいますよ」

特にここ最近はコーチの指示でシアンさんの個人メニューが増えていたのだ。くたくたの体を無理矢理動かせば、取り込んだ水分などすぐに汗に昇華してしまう。

「あー…通りで?」

ぼんやりと俺を見上げながら、他人事の様にシアンさんは呟く。
こんな事を言えば昔なら何て返答されるのか想像もつかなかったものだが、シアンさんは素直に俺の言葉を受けとると一際大きく息を吸い、一拍止めてから吐き出した。

その様子を見て来栖さんは安堵の息を吐き、対してそれを見た金色の瞳はにやりと楽しそうに口元を歪ませた。

「あーあッ。折角引っ掛けて出し抜いたのに、失敗しちゃった」
「なァッ!!し、シアンさんやっぱり…」
「騙し打ちデスぅ」

べえ。とおかしげに舌を出すシアンさんとは対称的に、来栖さんはすっかり騙されていたらしく何とも言えない表情で唸り続ける。

「あー疲れた…」
「すいません…限界まで走らせちゃいまして」
「いーよ。別に」

額の汗を拭いながら、来栖さんもグラウンドに座り混む。来栖さんだって練習が終わってからいつも勝負を申し込んでいるのだ。体力は限界だろう。

「ねェ、来栖君」
「…はい?」
「…何でさ、いっつも俺に勝負申し込む訳…?」

シアンさんが俺や、チームの誰もが思っていた事を尋ねる。
チームの皆はただの自己満足じゃないかと推測していたが、俺は違うんじゃないかと思っている。
来栖さんは確かに自信過剰とかそんな所はあるが、決してそんな勝ち方で満足をする人ではないと知っている。吏人と初めて戦ったあの時も、かなり点差をつけて勝ったと言うのに、一番悔しがっていたのは来栖さんだった。

「だってシアンさん…なんか…」

言っていいものか。と言うように、来栖さんの視線が泳ぐ。
シアンさんはそんな来栖さんをじっと見上げ、返事を急かさずに待ち続ける。二人を暫く眺めていると、やがて来栖さんは腹を決めたのか、シアンさんに向き直る。
その瞳は、今までの何の時よりも真剣な物だった。

「シアンさん。サッカー楽しいですか?」

それを聞いたシアンさんは驚いた様に目を見開き、今度はシアンさんが視線を泳がせてしまった。
そんなシアンさんの顔を覗き込みながら来栖さんが更に続ける。

「最近のシアンさんってなんか…仕方なくサッカーやってるって感じがして。楽しそうにしてないって言うか」
「…それは」
「何て言うか、俺、それが嫌なんです。小さい頃から、ずっとサッカーやってるから。嫌々やってる姿とか、あんまり見たくないんです」

それは。たしかに俺だってそうだ。
真剣にやるのは、どんなに辛い練習でも続けていられるのはサッカーが好きだから。だからこそ上手くなりたいと思っているし勝ちたいと思っているし。好きな物を嫌そうにやっている姿を見るのは嫌だ。
だからと言って、

「…それが、これとどう関係があるの?」

シアンさんが、俺が言いたかった言葉を来栖さんに問いただした。
来栖さんはぐっ。と詰まらせると。また暫く考えてから口を開く。

「…シアンさんは考え過ぎなんです」
「俺が?」
「サッカーの事でもそうですけど。いつも周りの事考えてませんか」
「…………」
「周りに気、使って。ちゃんとサッカー好きかどうか、考えれてないんじゃないんですか」

シアンさんが起き上がり、地面に座り直すと来栖さんに向き直った。その顔は、来栖さんの話を真剣に聞いている様に見えて、俺もその場に座り込む。

「それがなんで勝負?」
「…二人だけの勝負なら、周り関係ないじゃないですか」
「うん」
「だから、好きかどうか。楽しいかどうかが分かるかなー…って思いまして…」

段々と小さくなっていく語尾についため息を吐いてしまう。
言葉が選べなくなってきて、俯いた来栖さんをシアンさんは容赦なく覗き見る。どんな顔をしているか俺の場所からは分からなかったが、それでもシアンさんがにやりと悪い顔になったので、大体の想像はできた。

「来栖君」
「は、はい」
「正直言うと、俺お前の事ムカついてた」
「ええええッ!!」

ガバッと顔を上げて来栖さんが驚く。その顔には意外と思いっきり書かれていたが、普通考えて、そうだろう。端から見ても嫌がらせにしか見えないのだし。

「な、なんで…」
「だって勝てないもん。容赦無いし。コイツ性格悪いなーって思ってた位」
「なああ…!」
「うんでも。分かった。理由が」

シアンさんはふらりと立ち上がり、覚束ない足でどこかに歩いていく。どこに行くのかと二人でその様子を見ていると、ゴール近くで放っておかれ転がっていたボールへと向かっていた。
ボールを一度踏んで位置を固定してから、シアンさんはゴールを見る。

「あ」

俺がそう呟く頃には既にシアンさんは足を振りかぶり、来栖さんが呟いた時には、蹴られたボールは放射状に飛んでいき、ゴールの中に綺麗に入っていた。

「あーーーーー!!!」
「…………」

来栖さんは叫び、俺はただ呆然とシアンさんを見つめた。
シアンさんは面白そうにこちらにVサインを向け、「俺の勝ちー」と声をかける。

「ちょっ、ずるいですよシアンさん!!」
「何で?ゴールしてないから勝負続いてたでしょ?」
「いや、でも…!」

戻ってきたシアンさんに、立ち上がりあわあわと来栖さんは言い続ける。シアンさんはシアンさんで「勝ちは勝ち」と突っぱねて来栖さんの言葉を却下し続ける。

「…見苦しいですよ来栖さん」
「今泉!お前まで…」
「ルールに、どちらかが倒れたら中断なんてありませんでしたよ」
「そんな…」

シアンさんははっはっはっと面白そうに笑って、来栖さんの頭をぐしゃぐしゃといきなり撫で始める。
俺に反論していた来栖さんは全くの予想外だったらしく、混乱したままシアンさんに良いように頭を乱されていた。
いつもセットしている髪はすっかり乱され、来栖さんも諦めたようにうなだれる。追い撃ちで「俺の勝ち?」とシアンさんが聞けば、「シアンさんが勝ちです…」とぐったりと答えた。

「はははっ」
「シアンさん。楽しそうですね」
「ん、そう?今泉君にはそう見えるの?」
「はい」

正直に答える。
はっきり言うと、その時のシアンさんは、今まで見た事が無いくらいに楽しそうだった。
記憶を無くしてからではなく、記憶を無くす以前から。こんなにも楽しそうに笑うシアンさんは、見たことがなかった。

そもそも、あの人が本当に笑っていた姿など見たことがあっただろうか。
思い出すのは、あの貼り付けた様な笑顔だけ。いや貼り付けた様な"表情"だけ。

「シアンさん」
「何?」
「サッカー、楽しいですか」


あの"表情"の下には、ちゃんと笑顔はあったのだろうか。いや、あの"表情"は、ちゃんとシアンさんの感情を映し出していたのだろうか。


シアンさんは唸りながら少しだけ考えると、再びにっこりと笑顔を浮かべて答えた。


「楽しいっ」






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