"ひかり"か"やみ"のどちから。と問われたら俺は迷わず"ひかり"を選ぶだろう。
周りが聞いたら多分意外だと言う表情でこっちを見るのだろうが。周囲が自分の事をどう思っているか何て、良い方でも悪い方でもわかっている。
それを分かった上で、空気を読まずにそう答えるのだ。話を持ち掛けてきたくるくる頭の驚く顔を見ながら「何?」と聞けば複雑な表情で「何でもないです…」と小さく呟いた。

「まあそれが三日前位の話なんだけど」
「帰れ」
「嫌Deathぅ」

自室でテーブルの上に参考書を広げているリヒトに冷たくあしらわれ、強制退去を命じられたが拒否で返す。
もうすぐで期末試験が始まるのでこんな事をやっているのだろう。リヒトに参考書なんて似合わないと思いながらテーブルの下を覗きこめば、投げ出された足は床に転がっていたボールを捕まえ器用に遊んでいる。
どれだけだよ。と思いながら自分も足を伸ばし、その素足からボールを奪い取る。ノートを睨みつけているリヒトの眉がぴくりと動き、凶悪になりかけていた表情が更に険悪なものに歪む。これが本当に16が浮かべる顔かと思うが、目の前にそれがいるのだし、今その表情にさせているのは間違いなく自分とテーブルに置かれた参考書だ。

「勉強する時くらい、球遊びやめたら?」
「返せ。シアン」
「嫌Deathぅ」

暫くボールを奪い合いながらのリヒトの試験勉強が行われるが、靴下を履いてきたせいで上手く掴めず、結果テーブルからボールは転がり出し、ベッドの足にぶつかりに行ってしまった。
ボールを見やってリヒトに視線を向ければ、明らかに不満そうな表情をこちらに向けている。
ノートを見るどころか首ごとこちらを向いており、利き手に持ったペンはくるくるとその指に弄ばれる様に回っていた。

「勉強しねーの」
「帰れ」
「嫌Deathぅ」
「帰れ」
「嫌Deathぅ」
「…いいから帰れよ」
「嫌Deathぅ」

ペンが勢いよくテーブルに叩きつけられる。
リヒトは立ち上がると俺の腕を掴み、部屋の外に引っ張りだそうとする。抵抗して床にしがみつくが、ずる。ずる。と少しずつ少しずつ、ドアまで運ばれていってしまう。
流石に五年以上も鍛えている力には敵わないと思っているので刹那で諦める。代わりに、ドアの前まで来たのを確認すると、勢いよく立ち上がり、ドアに視線を向けていたリヒトに思い切りぶつかってやる。
予想外の攻撃と自分の力のせいで踏み止まれず、リヒトは顔面からドアにぶつかる形になってしまった。
するりとリヒトの腕から抜け出して掴まれた手首を見る。跡にはなっていないがひりひりと痛んでおり、折る気か。と心の中で一人ごちた。
座り直すと顔を押さえながらリヒトが睨みつけてくる。俺が知らんぷりを決め込むと、リヒトは大きくため息を吐いて、自分が座っていたクッションの上に座り直した。

「リヒトォ」
「…」
「リヒト、リヒトリヒトリヒトリヒトリヒトォーー?」
「…何だよ」
「冷蔵庫におやつある?」
「知らね」

自分の家なんだから把握しようぜ。
何か物色しようかと思ったが、リヒトの部屋にはよく見ると鍵が付いている。出ていったら多分、閉め出されてしまうだろう。リヒトもそれに気がついたのか、「見に行ってみろよ」と明らかに不自然な誘導をしてくる。

「リヒト」
「何だよ」
「わかりやすい」
「………」

ぽきりとシャーペンの芯が折れた。カチカチと何事もなく芯を押し出し、再び勉強を再開する。吹き出しそうになるのを堪えながら、じっと動き続けるペンの動きを観察し続ける。

「ねぇリヒト」
「…」
「何で俺が"ひかり"がいいって答えたと思う?」

ぴたりとペンの動きが止まり、リヒトが俺の方を見る。
そう言えば、リヒトは自分の名前がある国でどんな意味で使われているか知っているのだろうか。
頭の隅でそんな事を考えながら、俺はリヒトの顔に向けて行儀悪く指を差した。リヒトは眉間し皺を寄せて、その指先を見遣る。

「リヒトは"やみ"にいると思ったから」

「はあ?」と訳が分からないと言うような声が返される。納得ができてなさそうだな。と思っていると案の定、

「なんで俺が闇なんだよ」

予想通りの言葉が返された。
予想通り過ぎて詰まらないなと思いながらも、まあいいかとすぐに切り替えて続ける。

「リヒトって、いつも暗い場所にいる気がするから」
「いないぞ」
「イメージだよリヒト君。真っ暗い場所で、馬鹿みたいに突っ走ってそうだなぁって思ったの」
「…なんだよそのイメージ」
「いいじゃん。俺のイメージ。だから俺は"ひかり"なの」

真逆と言う意味じゃない。
周りが明るくないと、不安なのだ。
歩く場所がどこか、立っている場所がどこか。進む先に何があるのか。
それが分からないと呼吸すらできない。自分が今吸って吐いているものが何か分からないと。それすらも不安になる。
だから"ひかり"を選んだ。明るい場所なら、何も怖くないから。
リヒトは、どんな場所でも進めるのだろうけど。

「…訳わかんねぇぞ」
「わかんなくていいんDeathぅ」
「何だよ。じゃあ喋るなよ」
「リヒトはさ」

でも知ってる。知ってるんだ俺。

「俺みたいになっちまえばいいんだよ」
「…シアン?」
「そうすりゃ何も怖くないじゃん」

大切な師を失う事も、自分の仲間を失う事も、全てを踏みにじられて壊される事も。全部全部、何もかも見えているなら怖くない。
得る事に感動を覚えれなくなっても、失う恐怖はなくなる。それって、予想以上に安心できる事なんだ。

知ってるんだ、俺。
五年前に比べて、お前が随分ボロボロの姿になったのも。もう走る事も出来なくなってる事も。
今は弱っちい奴らと手探りで歩いてみてるけど、そんなのもすぐに行き詰まる。全員で手を繋いでいたって、一人踏み外しちまえば全員落ちちまうだけだ。

いっその事こっちに来ちまえばいいのに。

ずっとずっと、引っ張っても引っ張っても、その腕は払われていた。

「シアン」
「何?リヒト」
「俺はお前みたいにはならない」

真っ直ぐ、目を見て答えるリヒト。
その目は確かに俺を真っ直ぐ見ていたけど、

「…あっそ」

急に覚めてしまい、俺は立ち上がる。リヒトが「どうした」と俺の背中に声をかけてきたから、「帰る」と一言だけ答える。

「リヒト詰まんないもん」
「勉強の邪魔するからだ」
「対して成績良くなるわけないのに」

どうやら図星だったらしい。眉間の皺が再び刻まれた。
「お前はどうなんだ」と返されるが、元々期末試験なんて真面目にやる筈が無い。試験の範囲だけ適当に覚えて文句の無い程度の点が稼げればそれでいい。別に部活をやっている訳でも無いのだし。

「お前と違って要領いいから」

そう言って最初に来たのと同じ様にふらりと出ていく。
リヒトは見送りもせずに再び参考書にかじりついていたが、それでいいと思った。
玄関に辿り着く前に、一度キッチンへ寄り冷凍庫に名前付きで入れられていたそれを掴む。マジックで「吏人」と書かれた袋を破り近くにあったゴミ箱に捨てると、俺もリヒトに別れの挨拶も言わないまま、リヒトの家を出ていった。

既に溶けかけていたその氷菓子を口に入れると、ほんのり甘い味を舌に残してすぐに溶けていった。


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