終電逃した。

始発でもギリギリ朝練には間に合うか間に合わないかだが、帰る足が無いのだから仕方が無い。
漫画喫茶にでも行けば待ってる間仮眠位は取れるだろうが、確実にろくに疲れは取れないだろう。
すっかり諦めた俺を尻目に、隣に座る来栖はカチカチとケータイを叩きながら睨みつける。
先程から俺がまだ間に合うか必死に検索しているのだろう。くあ。と欠伸をして来栖のケータイを奪い取った。

「あ、返せよッ」
「もういいって」
「あるかも知れねェだろ!」
「電池の無駄だっつの」

2個になった電池残量を見ながら、元の画面に戻して来栖に投げ返す。

「ここからなら始発で練習行ける」

そううそぶいて見せるが、睨みつけてくる瞳は明らかに俺の言う事を信じていない。
また大きく欠伸をして背中を反らす。
誰もいないホームというのは本当に静かなもので、静寂が心地好くてついつい睡魔に誘われてしまう。俺は目頭を強く擦り、あと数分で来る、この駅の最終電車を待った。
乗換駅の終電が無くなった俺はともかく、来栖はまだ家に帰れる。各駅停車なんて気が遠くなりそうだがそれでも自分の家で横になれる方がマシだ。

「お前家、大丈夫なのかよ」
「え?」
「門限とかあるんじゃねェの」

深夜まで引っ張り回した張本人から言うのも変なものだったが、そう聞いてみる。
家には連絡しといた。と短い返答がきて一先ず安堵する。
家に行った事は未だに無いが、結構いいとこの一人息子らしいし。こんな見た目がいいとは言えない奴とつるんでるなんて知れたら大事になりそうだ。

「お前こそどうすんだよ」
「あ?」
「家に連絡」
「もうした。友達の家泊まるって言ってごまかした」

うちの家も大概子供の事が気にかかる親なので、そうでも言わないと疲れた親父が車を引っ張り出すんじゃないかとはらはらする。
幸い倉橋達の家に泊まったりする事は多いから疑われなかったが、もしばれたら後が怖い。

「…俺の家、来るか?」

何度目か分からない欠伸を噛み殺していると、来栖がそんな事を呟いた。

「行かねェ」
「何でだよッ」
「俺みたいな奴が深夜にお前ん家泊まりに行ってみろ。お前のお袋さんぶっ倒れるぞ」

最初訳が分からず首を捻っていた来栖だったが、俺の言いたい事に気付いてくれたのか、悪い事を言ってしまったかの様な表情になる。

やばい。気、使わせた。

もう少しいい言葉回しがなかったのかと後悔していると、ホームに踏切音が流れだした。

「もうそろそろ来るな」
「来るな」
「寝過ごすとかすんじゃねェぞ絶対」
「…お前、こっち方面学校近いっけ」
「いや、逆方向」
「…そうか」

渋る背中を叩いてベンチから立ち上がらせる。2、3歩よろめいて振り向いた来栖の表情は見ないで、手の甲を向けて追い払う仕種をする。
大きな音を立てながらゆっくりとホームに電車が到着する。ホームと同じく殆ど誰もいない電車内の電灯が、俺達を明るく照らした。

「じゃあまた今度な」
「雪哉」
「遅くまで付き合わせて、悪かった」

別れ際に言えなかった言葉を付ける。
電車が停まる前にホームを出ようと腰を上げたら、肩を掴まれもう一度座らされる。何。と顔を上げたら、影がかかって見えない来栖の顔が目の前にあった。



瞬きをしていたら気付かない位、それは刹那に終わった。
それでもよく知っているその温かい感触に、俺は思わず口元に手をやる。
電車が停まり、ドアが開くと来栖はすぐに離れて、そちらの方を向いてしまった。

「き…気をつけろよ。もう、夜遅いから」

来栖はそう言って、早足で電車に乗り込もうとする。
俺はすぐに立ち上がって、スポーツマンとは思えないその細い腕を掴み引き留める。驚いて振り向いた来栖の顔は逆光で影がかかっていたが、こっちが恥ずかしい位に真っ赤に染まっているのはわかった。

「―帰るな」

思わず、そう口にした。
いや、思うも何も、あの軽すぎる口付けの後から、ろくに物なんて考えられなくなっていた。

「お、俺、明日練習…」
「うるせェ。いいから帰るな」
「雪哉っ」
「来栖」

名前を呼べば、いつもの自信に満ち溢れた顔はなりを潜める。
誰も乗り込まない電車の扉は閉まり、ゆっくりと最終電車は来栖の目的駅へ向かっていく。

二人でそれを見送ると、俺は掴んでいた手を来栖の手の平まで這わせ、利き手でないその指を絡め取る。
定期区間の改札を大股に通り過ぎ、もう隈を擦る駅員しかいないそこから出ていく。

「おい雪哉!どこ行くんだよ!!」
「知らねーよ」
「知らねー…ッて!!」
「うるせーな。いいから付き合え」

そう言って、もう一度自分の唇に指を当て、頬に這わせる。
いつもより大分高くなっている自分の頬の熱を感じながら、そういや駅員に手繋いでたのばれてないよなと今更考えた。

「前言撤回するわ」
「は?」
「まだ付き合わせる。夜明けまで。だから、」

朝まで俺と一緒にいろ。

そう言って更に熱くなった顔を見られるのが嫌で、俺は来栖の顔を見ずに元来た道を歩き続けた。




明日の朝練は遅刻だな。と、
落ち込みつつも浮かれた気分で、俺はその手を握りしめていた。




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