たった一言。



それだけの為に、どれだけ時間を使ってしまったのだろう。


とにかくアイツは何時でもどんな時でもリヒトと一緒にいるから、基本一人になると言う事が無い。
リヒト以外と一緒に居るのをあまり見た事が無いが、別にアイツがひっつき虫になっている訳でなく、リヒトの子守役を押し付けられてる形になっているみたいだ。
現に他の一年達とも仲良くやってるみたいだし。元々一人でも俺ら先輩に乗り込んでこれる奴なんだ。社交的でも、まあ当たり前かと思う。


その社交的な性格のせいで、ここまで時間がかかったのだ、二人きりになってしまえば悩む必要も無い。
周りに聞かれてからかわれるのが嫌だから人目を避けてきたのだ。だから、チャンスは余計今しかない。躊躇う理由なんて無い。

放課後、練習が終わった部室。
リヒトは用事があるから先に帰ると俺に鍵を渡してきた。
他の奴らも、あくまで自然に、結構無理矢理にだがなんとか帰した。

残って、今日の練習内容を書いているのだろうか。ノートに向かってペンを引っ切り無しに動かし続けている。

「…及川」

ぼそりと呼びかけてみたが、集中して聞こえていないのか反応しない。
俺は一度深呼吸してからもう一度、今度は大きめの声で及川を呼んだ。

「おい、及川」
「え?はい…ってあれ!佐治さん!?」

何だよ俺が呼ぶのはそんなに驚く事か。と思ったがそう言えば、俺から及川に話しかける事なんて今まで殆ど無かった気がする。
こんな風に二人きりの時なんて尚更、皆無だ。

「あ、すいませんっ。すぐ出ます」

俺が続ける前に、及川は俺が、早く部室から出ろと言おうとしているのだと判断してしまった。慌ててノートを閉じ鞄を持つその手を待てと制する。

「待て、待て!違う、から!…いや部室にはまだいていい。つか、いろ」
「へ?」
「たのむから」

声が上擦る。
何故だ。何故に自分はこんなにも、及川に話しかける事に緊張しているのか。
試合中なら勢いで声をかけれるのだが、こういう改まった場になると途端に気持ちが萎縮する。

たった一言。たった一言を言うだけなのに。
何でこんなにも心臓が五月蝿く鼓動するのか。

「…佐治さん?あの、どうしましたか?」
「え?あ、」
「えと、僕、何かしましたか…?」

きょとんとした顔を向けてくる。何か疑問はあるみたいだが、そこに特に怯えの様なものはない。
変に誤解はされてないみたいで少し安心したが、まだ目的は果たせていない。

「その…」
「…」
「その、だな」

視線を泳がせながら言葉を濁すが、覚悟を決めた。
俺はギッと及川を睨むと、少し竦んだその顔を見ながら口を開いた。



「―悪かったッ!!」



言った。
言った。
ついに、言えた。

及川の顔が見れなくてつい逸らした視線を床に向ける。



考えてはいたのだ。

ノートを集めて直したとは言え、破いた張本人の俺が口で言わないのは、けじめがつかないだろう。
引っ張り上げたのは吏人だが、俺を立ち上がらせるきっかけを作ったのは間違いなくコイツなんだ。それなのにこっちがそんななぁなぁなのは、いけない気がする。

たった一言、悪かった。って、言えばいいのに。
周りの目やタイミングばかり気にしてて今まで言えなかった。

今更。とか思われてないか。
バクバクと高まる心臓の音を聞きながら、じっと返事を待つ。
もの凄い長い時間の様に感じた沈黙の後、及川は俺の言葉に口を開いた。

「あ、の…佐治さん?」
「…何だよ」
「いや、その」
「聞こえなかったか?悪かったって、言ってんだよ!」

ぶっきらぼうになってしまったが。そう答える。
それでも言い淀む及川に疑問を感じ、俺は顔を上げる。
及川は大変申し訳ない。と言うように頭を掻き、再び口を開いた。



「えと…何か僕達、ありましたっけ?」



…は?


ぽかんとしていると、及川は慌てた様に続ける。

「あ、いやえっと。僕何か佐治さんにしたかなって!な、なんか心辺りが浮かばなくて…すいませんっ」
「………………」
「…佐治さん?」



俺は及川に部室の鍵を投げ付ける。
いきなりだが反射的にキャッチした及川が更に疑問の顔を浮かべていたが、構わず自分の荷物を掴んで俺は部室の扉を開ける。

「あ、あの佐治さ」
「…ねェ」
「へ?」
「知らねェわバカ!!残りたきゃ残ってろ!!俺は帰るッ!!」
「ええええッ!!」
「しっかり片付けろよ!明日来た時汚かったら一日掃除させるからな!!分かったか!!」
「あ、えええ!!ちょ、佐治さん!!」

まだ何か叫んでいる及川を置いて、俺は部室の扉を乱暴に閉めてさっさとグラウンドを出た。



もうアイツ、知らんッ!!













「…あれ?佐治さん?」

やっと部室の片付けが終わったらしい及川が、外に出てきて俺に視線を向ける。
壁に寄り掛かって待ってた俺は、ゆっくり背中を離して及川に首を向ける。

「…いや、その」
「…?」
「…悪かった」

気まずくて、すぐに視線を逸らしてしまった。




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