「おい何してんだッ!!」

険悪な空気を破る様に、声が響いた。
その声は何故か聞き慣れたもので、きょろきょろと辺りを見回して声の主を探す。
声の主は、あっさり見つかった。

「お前何してんだ。ガキだろ、ソイツ。ガキ相手に集団でよってたかって喧嘩か?」
「な…うるせェ関係ないだろうがッ」
「うるせェな。ここ人通り多いぜ。どっちが先か知らねーけど周りからはお前らがソイツリンチしてる様にしか見えねェぞ」

声の主は金髪を掻いて不機嫌そうにそう言う。見た目はこんな状況に助けに入る様な姿ではないのに、その人を見た途端、ああ変わってないなと頭の中で呟いてしまった。

「いいからもう止めとけ。お前らもいい大人だろうが。ガキ相手にマジになってんなよ」

本当に変わらない。短いのは格好悪いからと伸ばしてる髪も、周りの見慣れた面子すら変わらない。大学行っても、まだ皆一緒にいるんスか。

「お、おいもう止めようぜ。アイツの言う通りだって」
「…ッチ」

掴まれていた襟首から手を離される。
それが合図かの様に、男達はしらけたしらけたと自分達の荷物を取りどこかに行こうとする。

「待てよまだ…!」
「おいお前もだよ!」

肩を強く掴まれそう制される。
俺は肩を掴んだ声の主―佐治さんの方を見る。佐治さんは俺の顔を見るや否や、驚いた様に目を丸くしてまじまじと俺を見つめる。

「お前…リヒトか?」
「佐治さん…」
「お前、おー久々…じゃねェよ何してんだお前!こんな所で」

今一状況が掴めなかったみたいだが、明らかに不自然な事だったようで佐治さんはそう問い詰めてきた。
俺が何って…と言い澱んでいると、佐治さんの隣にいた倉橋さんの手に、見慣れた物が収まっているのに気がついた。
「俺のサッカーボール」
「あ、やっぱこれリヒトのか。何か駐車場に転がってたからよ」

誰のかと思って周り探してみたら、さっきの見つけたってワケ。
そう言えば、部室からずっと抱えていた筈のボールはいつの間にか手の中から無くなっていた。大切なボールを忘れるなんて、相当頭に血が昇っていたようだ。

「何、絡まれてたワケ?」
「いや、その…俺から」
「はぁ!?お前、何こんな大事な時期に馬鹿やってんだよ!!怪我は?」
「腹」
「腹にやられたのか?」
「何回か」

流石に1年も付き合っていると、詳しく説明しなくても分かるもので。
佐治さんは喧嘩を売った俺に対して怒ってはいたものの、すぐに怪我が無いかの心配をしてくれた。
後に響くものにはならないだろうが、気持ちが落ち着いてくると段々と殴られた場所が痛みを増してくる。
俺が痛みに少し眉を潜めると、佐治さんは病院行け。とすぐに命令してきた。

「病院は行くッス、スンマセン。迷惑、かけて」
「迷惑って。お前な、後輩が怪我してたら心配するもんだろ普通。お前らしくねーぞ」
「………………」

俺らしくない。
確かに、そう思う。

こんな風にただ人を殴るなんて初めてだし。いつも手放さないボールを置いて行ってしまったのだって。

でも、

「リヒト?」
「…スンマセン。俺、用事ありますんで」
「は?」
「ボール、ありがッス。時間無いんで、それじゃあ」

奪い取るようにボールを受け取り、逃げるように走り出した。
遠くから佐治さん達の声が聞こえた気がしたが、振り向かず足を動かす。殴られた跡が鈍く痛んだが、それも我慢して走った。

こんなの、俺らしくない。

分かってるんだ。



最初から。

分かってたんだ。








「…………………」

真っ白い病室に響くのは、規則的に響く心電図の音と、自分の荒い息遣いだけ。
二、三度大きく深呼吸をして、出来るだけ息を落ち着かせてから、俺はシアンが眠っているベッドに歩み寄った。

いつもと同じ。
シアンは、瞼を閉じて静かに眠っている。

「…よう、シアン」

荷物を足元に置き、壁の隅に置かれた椅子を引き寄せる。
ゆっくりと腰を下ろして、いつものようにベッドに寄り掛かりながら、シアンの顔を見る。
布団の中にある右手をゆっくり、丁寧に少しでも傷がつかないように、外に出す。
普段の体温より温かくなっていた右手を握ると、もう聞き慣れた小さな鼓動が、手の平に伝わってきた。

「…………………」

ずきりずきりと、体が痛む。
痣になったかななんて頭の隅で考えながら、今日の一日の出来事を話す為頭の中を整理する。

シアン。
今日は何の話をしようか。

今日も楽しい事が沢山あった。
嬉しい事が沢山あった。
お前は、俺の一挙一動なんて馬鹿にするかもしれないけど。
本当に楽しかったんだ。面白かったんだ。

朝見たニュースで、昨年優勝したヴェリタスの試合映像が出ていたとか。その話題をしながら及川と登校したとか。
朝練で一年達がいきなり勝負しかけてきたとか。本気出して勝ったら猪狩さん達になんか怒られたとか。
授業やってたら、先生のネクタイが変な模様だって手紙が回ってきて、確かにそうで。今日一日それが気になって授業に集中できなかったとか。
部活が始まって、朝勝負を仕掛けてきた一年達がまた勝負勝負と言ってきたとか。また勝ったらやっぱり怒られたとか。

あんまりいつもと変わらない話だけど。悪かったな。
お前はもう飽きたかもしれないけど、興味ないかもしれないけど。悪かったな。
ぶっちゃけ俺がしつこく来るのが気持ち悪いって思ってるかもしれないけど。悪かったな。



じわりと、世界がぼやけた。
熱い涙が、ぼろりぼろりと頬を伝っていく。
慌てて空いている手で目頭を拭っても、涙はタガが外れた様に溢れ続ける。

訳が分からなかった。何故、こんなに涙が流れるのか。

縋る様に、シアンの手に濡れた右手を添える。
滲んだ世界の先に、シアンの姿は見えなかった。
俺は、握る手に更に力を込める。
微かに聞こえる鼓動だけを聞き取る為、涙しか出ない、役に立たなくなった目を瞼で塞いだ。


「シ、アン…」

とくりとくりと聞こえる音は、本当に微かな音でしかない。
心臓が動いている証拠。温かい血が、体の中を流れている証拠。

生きている証拠。生きている。


「馬鹿…野郎…ッ!何こんな所で、呑気に寝てんだよ…またサッカーすんぞって、言ったろ…!!」

最後に見た、起きているシアンはいつもの如くで。別れ際の俺の言葉だって、まー考えとくよ。と軽く流してしまうようなヤツだった。

「サッカーなんて、どうでもいいのかよ…俺の事、どうでもいいのかよ!!俺はまだ、お前に心折られてねェんだぞ!!」

当たり前の返答で。だから俺は何も言わずに手だけ振った。
また、どうせ会えると思ってたから。どうせ結局、また一緒にサッカーが出来るだろうと考えてたから。

「立って、サッカーするんだ!!立って、こんな所から出て、早く…俺は、本気のお前と戦って勝たない限り、最強だって認めないからな…絶対に…」

こんな姿では、もう立ち上がる事も、
そんな声は、2秒で切り返してすぐに忘れた。

「認めない…だから…」

それ以上は、何も言えなかった。



自分の泣き声と、心電図の音だけが、真っ白い病室に響いていた。


誰の声も、ここでは聴こえなかった。


















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