二度目の全国制覇を見た辺りで、シアンはやっとこれが夢で無いことに気が付いた。
何だかよく分からないけど、自分にはリヒトと戦った記憶があって、何故か自分が存在しない世界に幽霊みたいな状態で存在している。存在していないのだが。
理由が分からなくとも、一度認めてしまえば後は楽だった。こんな状況、まあいいかと切り捨て、特に行きたいと思う場所もないからずっとリヒトの側にいた。

シアンは暫く、リヒトと無理矢理顔を合わせて一方的なお喋りを続けていたが、何も写らない瞳を見ている内にその眼球をえぐり取りたくなって、でもそれもできないから顔を合わす事を止めた。
背中越しに、リヒトの背中に寄り掛かる様に、独り言の様な会話を続けた。
不思議な事に、会話ができなくとも口数とは減るものでは無いらしく、寧ろ誰にも聞こえないとはっきり理解できてくると、更に口数は増えていった。
今まで口にする事が無かった言葉すら、誰も聞いていないとそうなるのだろうか。シアンはどんどんリヒトの背中で止まらない会話を、まるで歌うかの様に唇から吐き出していた。

「リヒトォ。今日どこに行くの?またユーシさんの所?お前も好きだね中学生にもなったのにさ。まああの人も新しいメンバー集めてて大概ヒマそうだけどー」

こんな存在になってから、シアンは空腹を感じる事が無くなった。睡眠も必要ないしいくら喋っていても疲れる事がない。熱さも寒さも感じない。代わりに何も触れないし、何も食べれないし飲めないし、匂いも分からない。触感も、自分のあるかないか分からない体に触れなければ感じる事が無い。でも、触れる肌はいつも冷たくも熱くも無かった。

「でさァ?来栖さ、あれ絶対お前の事馬鹿にしてたと思うんだよねェ〜まあリヒトって本当馬鹿だから気が付いて無かったと思うけどさ。ねェ、聞いてる?あ、聞こえてないんDeathよねェ〜」

リヒトの背中で、シアンは何度も夏を過ごした。
試合中はリヒトの背中に居る訳にはいかなかったから、空いているベンチかグラウンドの隅で試合が終わるのをずっと待っていた。
横を見れば、かつてどこかでシアンも着ていたヴェリタスユースのユニフォームを着た選手達。
グラウンドの方へ視線を動かせば、かつてどこかでシアンが与えられてた10番を背負うリヒトの姿。

「いつの間にかスタメンどころかエース入りのリヒト君。…予想通りの未来でつまんないDeathぅ〜。何か面白いもんでもありゃよかったのに」

このままリヒトの側に居たとしても、シアンの予想を超える様な未来は待っていないだろう。
退屈そうに試合を見つめるシアンは、興味が無くなった試合から意識を外して、そもそも何故リヒトの前に自分が表れたのかを考える。実際は表れてもいないのだが。
大体こうなる直前の記憶すらシアンは曖昧だ。どこから自分の記憶が途切れていて、どこから始まったのかそこだけがぼやけている。
どこまでの記憶があるかと言われれば、どこまでもありそうな気がするが、どこまでも無い気もする。特に記憶が二重になっているから尚更だ。どちらが自分がいたかもしれない世界か分からない。
結局シアンは試合が終わり、リヒトが戻ってくるまでに結論を出すことができなかった。
くたくたになったリヒトが戻ってくると、シアンはまあどうでもいいかと頭を切り替え、またリヒトの背中につく。

「おかえりリヒトォ。大活躍だった?俺興味無くなったから途中から見てねーけど。見てた所も刹那で忘れちゃったし」

久々にシアンがリヒトの顔を覗き込むと、リヒトはメンバーに向かって何か呟いているのか。何か口を動かしていた。

「ん?なになに聞こえない。何て言ったのリヒト」

ふざける様に耳の後ろに手の平を当てて見たが、リヒトの口はぱくぱくと動くだけで何の声も発しない。
シアンは不思議そうにリヒトの顔を見るが、別に過呼吸とかになっている訳でも無い。
普通に話しているのに、声だけ聞こえない様な、そんな状態だ。

「…………………」

ふと、シアンは自分の声も、思考も止めて耳を澄ませてみた。
耳を澄ませて、キョロキョロと辺りを見回す。

「…………………」

周囲では、リヒトを含んだヴェリタスのメンバーが反省会か。何かを話している。
夏ならここは郊外だし、遠くから蝉の声だって聞こえる。毎年、聞いている。

でも、何も聞こえない。
何も、聴こえない。

蝉の声も、人の会話も、風の音も―リヒトの声も。

何時から。シアンは自分の声で、何も聴こえなくなっていた事に気が付いていなかった。
リヒトが自分に話かける事など無いから、シアンはリヒトの声が聞こえない事も分からなかった。ずっと側に居たというのに、顔すら、見るのは久しぶりだった。

「…リヒト」

呼んでも、聞こえない声がリヒトに届く筈が無い。
聞こえていたとしても、その声がシアンに届く筈が無い。

(そう言えば、リヒトが最後に話してた事ってなんだったけ)

二重になった記憶は、ぼやけて、二度と見える事は無かった。



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